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第三章 鍛冶場の鋼と火事場の蝶(インゴット&イグニート)
第七話「スタンピード」
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メロウリンクにある宿屋の一室はランプもつけず真っ暗なままだった。
その部屋のベッドに銀髪の少女と黒猫は精魂尽き果てて重なるように倒れていた。
もちろん、黒猫が下である。
街に夜の賑わいが訪れたころ、アリスと黒猫は夕食を一緒したいと申し出てきた双子から逃げる様に帰ってきた。
この半日一緒に行動しただけでこの有様だ。
夕食まで同伴したらどうなっていた事か、もしかすると……いや絶対宿も共にすると言いかねない。
出会ってから宿屋にたどり着くまで、アリスはライラから、黒猫はラインから執拗なスキンシップを受け続けていた。
元神様とその最強従者はあべこべ双子からのセクハラに精神力の大半を持っていかれるという事態に陥っていた。
さすがのアリスも酒だ食事だと騒ぐこともなく、ただ全身に重たくのしかかる疲労感に苛まれていた。
「タロ様……ヒールとか出来ません?」
『それが出来るのはアリスだろ……』
「魔力がありませんもん」
『魔法が使えませんもん』
「……」
『……』
外の喧騒とは対照的に、疲れ果てた一人と一匹は会話も少なく動くこともなく時間を過ごしていた。
「タロ様……どう思われます?」
アリスは自分の下敷きになりながらも、疲れ果てて抗議も出来ない主人のヒゲを軽く指ではじきながら質問する。
黒猫はそれさえも抵抗せず窓から見える月を眺めていた。
『我らがこの街に入る前に遭遇したケースと同じだろうな。単なるスタンピードだと決めつけるには疑問点が多すぎる。炎を纏った鬼……が元凶なのだろうか……』
アリスは動かない体を強引にひっくり返し、黒猫と同じ様に窓から移る月を見つめる。
月明りだけが照らす銀髪の少女の横顔、黒猫はこの世で美しいと思うもの二つを同じ視界に留めるという贅沢な時間に身を委ねていた。
「いえ、今晩のごはんについてですが」
『そっちか~』
黒猫のツッコミももはや勢いを失っている。
このまま夢の世界に沈むのも一興なのだが、すでに料金を支払っている以上、一食逃すのはすごく惜しい。
いや、体力回復の観点からも……とはアリスが必死に弁解した内容だ。
『アリス……いいか?』
主人の命令に意を決して上半身を起こす従者。
湿った眼が月明りでキラキラと光る。
少し震える唇がようやく動く。
「私、初めてですが一生懸命頑張りますから……でも、猫とどうやってやったら……」
「ストーーーーーップ!」
黒猫は思わず飛び上がり、勘違いを突き進む従者の唇に頭からつっこむ。
「痛いじゃないですか。しかしタロ様……元気ですね?」
『うん、俺もビックリするぐらい体が動いた』
アリスは息を切らす黒猫を横に、自分の唇を指で確認する。
「キスって口と頭でやるんですっけ?」
『もう一度顔にダイブされたくなきゃ、今すぐ食事を取ってこい』
「ちぇーっ」という仕草で舌を出した後、ベッドから飛び降りた。
『お前の方こそ元気じゃないか』
厨房へ向かうアリスはもう一度自分の指で唇に触れる。
微かに残る主人の感触に体温が上がるのを感じ、嬉しさと恥ずかしさが混ざった表情になっていた。
アリスと黒猫はようやく今夜の食事にありついていた。
白身魚や馬鈴薯を油で揚げたもの、フルーツ多めのサラダとトマトと魚のスープ。
食事で空腹を満たしながら、話題は今日の問題について語られる。
「タロ様、モンスターの暴走はここ近年の鍛冶神祭りの時だと言われていましたね。例の鬼が出てきたのもその時期でしょうか?」
『そうだな、あれだけの数のモンスターを狂わしている程の存在だ。誰かが何かの封印でも破ったか……』
黒猫はサラダから器用にフルーツだけを取り分けかぶりつく。
「誰かが仕組んだか……」
アリスは主人の言葉に動揺せず、淡々と食事を口に運んでいた。
「まあ、そうそう神話級のモンスターが現れることは無いですからね。それほどの存在がいたとして魔力も出さずに隠れていられる訳がありません。それに・・・・・・」
『それに?』
「なぜそれほどの力があるモンスターは街を襲わないのでしょうか?」
ギルドで聞いた話では、狂った様に逃げ惑うモンスターに巻き込まれた不運な冒険者はいたということだが、元凶だと思われるモンスターに襲われた例は報告が無かった。
アリスは続けて謎解きをするかのように呟く。
『襲わないのか、襲えないのか……』
黒猫はいち早く食事を終え、毛づくろいに勤しむ。
『最初はギルドが絡んでいるのかと思ったがな、そんなことをしても誰も得しない。得しないばかりか面倒事が増えるだけだ』
「アルテシア様……でしたか」
アリスの脳裏にやり手のギルド鑑定士が思い浮かぶ。
『ああ、あ奴、我々を視ていたな』
アリスと黒猫が教会を双子と共に去るとき、明らかな視線を感じていた。
殺気でも警戒でもなく、ただ純粋な好奇の目線がしばらく背中にまとわりついた。
「まあ、こんな事件が起きている最中、ヒラヒラのメイド服着た美少女が黒猫連れで街に来たら誰だって怪しむでしょうがね。何といっても黒猫ですしね」
『ヒラヒラのメイド服の方はいいのか……』
アリスも食事を終え、テキパキと食器をかたずける。
黒猫がベッドで丸くなるのを確認すると、そそくさと服を着替え黒猫の背中で同じ姿勢を取る。
「ともかく誰の企てにしろ、鍛冶神の祭りは二日後です。仕掛けてくるでしょうね」
ランプの灯は消され、この部屋に再び月明りの夜が訪れる。
『私も面倒事には巻き込まれたくないのだが、あの鍛冶師から料金の残りを貰わねばならんしな』
「私も面倒事には巻き込まれたくないですが、あの酒場にある銘酒を頂かねばならないですしね」
『利害が一致したところで……ってしていない!』
疲労感と満腹感で、アリスは即座に眠りにつく。
黒猫は鍛冶の神と呼ばれた旧知の友を思い出していた。
秩序側についた後は、鉄と炎を司る神に奉られたのかと、苦笑した。
見つかるわけにはいかないが、祭りを楽しむ分には文句は言われまいと目を閉じた。
翌朝、アリスと黒猫の起床は早かった。
宿屋に小部屋を借り、桶に水を張ってアリスは水浴びを行う。
「絶対に覗かないでくださいね」
アリスはそう言いながら、黒猫は体を洗われる。
だったら連れてこなければいいのにと、黒猫は考えるがそれは既に諦めていた。
何故なら水浴びや湯浴みを行なう度に、毎度毎度同じやり取りを繰り返すからである。
『見られたいのか見られたくないのか……』
「何です?」とアリスは刺すような視線で見つめ、黒猫の濡れた体毛を乾かしながら、自らも小綺麗になった体の滴を布でふき取る。
身なりを整え、簡単に朝食を済ませたアリスと黒猫は再び街に出るべく部屋を後にする。
『今日中には鍛冶師から連絡が来るだろう。上手くいって料金を弾んでくれればいいが……ん?』
宿屋から出るなり街が騒がしい。
荷物を抱え逃げ出す者。
武器を手に取り声を掛け合って猛る者。
子供を抱きしめ何かに怯える者。
明らかに異変が起きている。
アリスは大きな荷物を抱え逃げる男を捕まえ何事か聞いた。
「しばし、一体どうしたのです?この騒ぎは?」
男は足を止めはせず、軽く足踏みしながら叫んだ。
「モンスターの群れだ、それも百や二百じゃねぇ!嬢ちゃんも早く逃げな!」
アリスと黒猫は昨晩の仮説をひっくり返す現状に驚きを隠せなかった。
「スタンピード……」
街から見える山のふもと、神が座する社からは煙が立ち昇っていた。
その部屋のベッドに銀髪の少女と黒猫は精魂尽き果てて重なるように倒れていた。
もちろん、黒猫が下である。
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『それが出来るのはアリスだろ……』
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「……」
『……』
外の喧騒とは対照的に、疲れ果てた一人と一匹は会話も少なく動くこともなく時間を過ごしていた。
「タロ様……どう思われます?」
アリスは自分の下敷きになりながらも、疲れ果てて抗議も出来ない主人のヒゲを軽く指ではじきながら質問する。
黒猫はそれさえも抵抗せず窓から見える月を眺めていた。
『我らがこの街に入る前に遭遇したケースと同じだろうな。単なるスタンピードだと決めつけるには疑問点が多すぎる。炎を纏った鬼……が元凶なのだろうか……』
アリスは動かない体を強引にひっくり返し、黒猫と同じ様に窓から移る月を見つめる。
月明りだけが照らす銀髪の少女の横顔、黒猫はこの世で美しいと思うもの二つを同じ視界に留めるという贅沢な時間に身を委ねていた。
「いえ、今晩のごはんについてですが」
『そっちか~』
黒猫のツッコミももはや勢いを失っている。
このまま夢の世界に沈むのも一興なのだが、すでに料金を支払っている以上、一食逃すのはすごく惜しい。
いや、体力回復の観点からも……とはアリスが必死に弁解した内容だ。
『アリス……いいか?』
主人の命令に意を決して上半身を起こす従者。
湿った眼が月明りでキラキラと光る。
少し震える唇がようやく動く。
「私、初めてですが一生懸命頑張りますから……でも、猫とどうやってやったら……」
「ストーーーーーップ!」
黒猫は思わず飛び上がり、勘違いを突き進む従者の唇に頭からつっこむ。
「痛いじゃないですか。しかしタロ様……元気ですね?」
『うん、俺もビックリするぐらい体が動いた』
アリスは息を切らす黒猫を横に、自分の唇を指で確認する。
「キスって口と頭でやるんですっけ?」
『もう一度顔にダイブされたくなきゃ、今すぐ食事を取ってこい』
「ちぇーっ」という仕草で舌を出した後、ベッドから飛び降りた。
『お前の方こそ元気じゃないか』
厨房へ向かうアリスはもう一度自分の指で唇に触れる。
微かに残る主人の感触に体温が上がるのを感じ、嬉しさと恥ずかしさが混ざった表情になっていた。
アリスと黒猫はようやく今夜の食事にありついていた。
白身魚や馬鈴薯を油で揚げたもの、フルーツ多めのサラダとトマトと魚のスープ。
食事で空腹を満たしながら、話題は今日の問題について語られる。
「タロ様、モンスターの暴走はここ近年の鍛冶神祭りの時だと言われていましたね。例の鬼が出てきたのもその時期でしょうか?」
『そうだな、あれだけの数のモンスターを狂わしている程の存在だ。誰かが何かの封印でも破ったか……』
黒猫はサラダから器用にフルーツだけを取り分けかぶりつく。
「誰かが仕組んだか……」
アリスは主人の言葉に動揺せず、淡々と食事を口に運んでいた。
「まあ、そうそう神話級のモンスターが現れることは無いですからね。それほどの存在がいたとして魔力も出さずに隠れていられる訳がありません。それに・・・・・・」
『それに?』
「なぜそれほどの力があるモンスターは街を襲わないのでしょうか?」
ギルドで聞いた話では、狂った様に逃げ惑うモンスターに巻き込まれた不運な冒険者はいたということだが、元凶だと思われるモンスターに襲われた例は報告が無かった。
アリスは続けて謎解きをするかのように呟く。
『襲わないのか、襲えないのか……』
黒猫はいち早く食事を終え、毛づくろいに勤しむ。
『最初はギルドが絡んでいるのかと思ったがな、そんなことをしても誰も得しない。得しないばかりか面倒事が増えるだけだ』
「アルテシア様……でしたか」
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