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第三章 鍛冶場の鋼と火事場の蝶(インゴット&イグニート)
第二話「酔いどれ従者」
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アリスと黒猫は街にある料理屋で至福のひと時を送っていた。
テーブルの上に置かれた木製の器は少し深く作られており、そこには獣の乳と調味料から出来たシチューに沢山の山の幸が詰め込まれている。
香草を添えて焼かれた野鳥が放つ香りは絶え間なく食欲をそそり、チーズを乗せたパンの風味はまさに「とろける」の一言に尽きる。
アリスはテーブルに並んだ料理の皿を、平等に、均等に、平均的に食べ続ける。これが食べ終わるときに全ての皿の中身が同時に無くなるコツらしい。
その点について、アリスは“譲れない美学”というものを持っていた。
黒猫は野鳥の香草焼きとシチューに入っている野菜を少々、そして冷たいミルクを堪能していた。
「ぷはぁ!」
シチューの入っていた器と同じく木で出来たジョッキになみなみと注がれていたエールは、あっという間に小さなアリスの体に流し込まれていった。
近くを通りかかった女中にお代わりを宣言し、おもむろに掴んだ野鳥の香草焼きをほおばる。
入店してきた凛とした少女がお酒であるエールと、ドワーフの分かと思わせられた量の食事を注文した時は何の冗談かと思ったが、この飲みっぷり食いっぷりを見てしまえば寧ろ足りるのだろうかとこの店の従業員は不安さえ覚えたという。
一方、黒猫はチビチビとミルクを舐め、アリスから拝借したシチューの具材を冷めた順番に食べていた。
「やっぱりこの街の料理は最高ですね、タロ様。屈強な男女が集う街の料理はどれも大胆で強引です」
肉やパンをエールで流し込むという作業に快感を覚えた少女は、破顔しながら目の前の料理を褒めたたえる。
アリスと黒猫がオークの狂行を退け、足早に向かった街の名は“メロウリンク”。
煙突から絶え間なく昇る黒煙と珍しいレンガ建ての建物が目立つこの街は“鍛冶屋ギルド”の管轄する街である。
戦士の武器や農耕の道具に至るまで、鉄と炎を操る鍛冶師は鍛冶ギルドに名を連ねている。
鍛冶師は一般的に職人の弟子になり一人前と認められるためいくつかの試験をかいくぐり、ギルドに認められてから鍛冶屋として名乗る事を許される。その後、自分で工房を開くも良し、どこぞの国家や傭兵団、ギルドのお抱えになるのも良し、そこから名をあげるまでが至難の道のりであった。
この街はそんな“鍛冶屋ギルドが仕切る街”で、独立し工房を構える者、名をあげ弟子を取る者、名をあげどこぞの国家への志願を夢見る者などを受け入れている。
故に人々はこの場所を「鍛冶師の聖地」と呼んだ。
メロウリンクには名工を夢見る鍛冶師はもちろん、その鍛冶師が作り出す名刀を求めて、あらゆる騎士団、傭兵団、冒険者が訪れる。
屈強な戦士達が集う街の料理は、粗野でいて美味、精巧な武具を作る街とは思えないぐらい大胆な調理が主流であった。しかしながら、そのアレンジと量、格式張らないスタイル、そして安価な料金設定で騎士から傭兵、職人に至るまでファンは多い。
「腸の肉詰めを挟んだパンや馬鈴薯を刻んで油で揚げた物もよかったですがねー」
一通り食べ物をお腹に詰め込んだアリスは満足げに次回のメニューを模索する。
『食事もいいが、アリス。この街に来た目的も忘れてないだろうな?』
同じく食事を終え、丁寧に前足で顔を洗う黒猫にアリスの顔が近づく。
「分かってますよ?これの換金ですよね」
そういうと布袋から大きめの石を取り出す。
『そう、それだ。あと顔近い。そして酒臭い』
黒猫はアリスの顔と距離を取り、取り出された石を触る。
石は表面に凹凸がなく楕円の形をしていた。
色は赤と緑が混じった模様をしている。
成人男性の拳程度のそれは、光を発することはなかったが赤と緑が石の中で交じり合うような奇妙な模様をしていた。
そして模様は見るたびに色の割合が変化し時より真っ赤に、そして緑一色に姿を変えた。
以前、ダンジョンに潜った際に遭遇した魔物“キマイラ”を討伐した際、発見したコアからは魔力が感じられた。
『複雑な術式を感じる』と黒猫はアリスに保管を命じたのだった。
魔力を帯びた武具の製造は同じく魔力を秘めた素材が必要となる。
複数の獣が一つとなり、炎を操るキマイラのコアなら高値で売れるだろうと考えた一人と一匹は、よりその価値を知るであろう鍛冶師の聖地へと赴いたのであった。
『しかしながらこの活気、鍛冶の聖地“メロウリンク”健在だな』
珍しくご機嫌そうな顔をしている従者をよそに、黒猫は改めて店の外を見渡す。
夜も更けて来たというのに鳴りやまぬ槌の音。
武器を求める者と自らの武器を売り込むもの。
大取引を目的とした商団や傭兵団。
そしてそれらに売り込もうとする腕自慢の猛者も集まる。
休息の寝床を提供する宿屋。
美食と情報のるつぼと化す酒場。
あらゆる性別、種族に一晩の快楽を提供する風俗店。
お立ち寄りのついでにもう一品……という土産屋まで、この街は鍛冶を中心に人が集まる。
黒猫はこの光景が嫌いではなかった。
互いを傷つけあう武器を中心に、人々は寄り添い生を営む。
人とは一つの側面だけでは判断できないのだ。
武器との共存、争いと繁栄の関係、どれも大切で掛け替えのないものなのだ、と黒猫は理解している。
それははるか昔の時代より、変わることなく。
「タロ様ーそろそろ宿にかえりましょうかー」
『もういいのか?俺が思考に耽っていた時も何杯か飲んでいたようだが?』
いつの間にか増えているジョッキを前足でコツンと突いた黒猫は呆れながら確認する。
「思考って窓からぼーっと見てただけでしょう?それに私はこんなに飲んだ覚えはありません。私を酔わせてどうする気ですか?」
『これ以上食費が増えないように早く寝てもらいたい』
「わかった!私が寝た後でエッチなお店に行くんでしょう?」
アリスは酔いが回った頭をテーブルに乗せ、片手で主人の尻尾を掴んで引き寄せる。
『ばか、やめろ、痛い!そもそも俺の体じゃそんな店いけないだろ?』
「じゃあ、元の体なら行くんだぁ……」
黒猫は少し不貞腐れながら瞼が閉じかける従者に優しく微笑む。
『これじゃ情報収集どころではなかったな……』
呆れる黒猫の前にすっと紙が差し出される。
このところ武器や鎧の発注が増えている事。
北の大国が西への進行を計画している事。
南の小国が異国の英雄によって救われた事。
近々鍛冶の神様に宝剣をささげるお祭りがある事。
この街の付近で傭兵や魔物の集団が襲われている事。
アリスはテーブルから顔を上げ、黒猫の小さな額に紙を押し付けた。
「ちゃんとやることはやっています、タロ様を失望させる事は致しません」
先ほどの酔いどれ顔はきれいさっぱり消え去り、しっかりと開いた目で店を見渡す。
ただでさえ蟒蛇のアリスは一旦眠りに落ちると酔いがリセットされるらしい。
いつのまにかこんな酒豪に育ってしまった従者に戸惑いながらも、
『俺は優秀な従者に失望させられた記憶は無いよ、今のところね』
と優しくささやき、まどろみが抜けきっていない従者の潤んだ目を見つめた。
アリスは顔を少し赤らめ軽い会釈をする。
酒のせいか不意に褒められたせいか顔が火照る。
「では、ご褒美にあそこの棚にある“銘酒 紅桜”を頼んでいいいですか?」
『ごめん、今失望した』
テーブルの上に置かれた木製の器は少し深く作られており、そこには獣の乳と調味料から出来たシチューに沢山の山の幸が詰め込まれている。
香草を添えて焼かれた野鳥が放つ香りは絶え間なく食欲をそそり、チーズを乗せたパンの風味はまさに「とろける」の一言に尽きる。
アリスはテーブルに並んだ料理の皿を、平等に、均等に、平均的に食べ続ける。これが食べ終わるときに全ての皿の中身が同時に無くなるコツらしい。
その点について、アリスは“譲れない美学”というものを持っていた。
黒猫は野鳥の香草焼きとシチューに入っている野菜を少々、そして冷たいミルクを堪能していた。
「ぷはぁ!」
シチューの入っていた器と同じく木で出来たジョッキになみなみと注がれていたエールは、あっという間に小さなアリスの体に流し込まれていった。
近くを通りかかった女中にお代わりを宣言し、おもむろに掴んだ野鳥の香草焼きをほおばる。
入店してきた凛とした少女がお酒であるエールと、ドワーフの分かと思わせられた量の食事を注文した時は何の冗談かと思ったが、この飲みっぷり食いっぷりを見てしまえば寧ろ足りるのだろうかとこの店の従業員は不安さえ覚えたという。
一方、黒猫はチビチビとミルクを舐め、アリスから拝借したシチューの具材を冷めた順番に食べていた。
「やっぱりこの街の料理は最高ですね、タロ様。屈強な男女が集う街の料理はどれも大胆で強引です」
肉やパンをエールで流し込むという作業に快感を覚えた少女は、破顔しながら目の前の料理を褒めたたえる。
アリスと黒猫がオークの狂行を退け、足早に向かった街の名は“メロウリンク”。
煙突から絶え間なく昇る黒煙と珍しいレンガ建ての建物が目立つこの街は“鍛冶屋ギルド”の管轄する街である。
戦士の武器や農耕の道具に至るまで、鉄と炎を操る鍛冶師は鍛冶ギルドに名を連ねている。
鍛冶師は一般的に職人の弟子になり一人前と認められるためいくつかの試験をかいくぐり、ギルドに認められてから鍛冶屋として名乗る事を許される。その後、自分で工房を開くも良し、どこぞの国家や傭兵団、ギルドのお抱えになるのも良し、そこから名をあげるまでが至難の道のりであった。
この街はそんな“鍛冶屋ギルドが仕切る街”で、独立し工房を構える者、名をあげ弟子を取る者、名をあげどこぞの国家への志願を夢見る者などを受け入れている。
故に人々はこの場所を「鍛冶師の聖地」と呼んだ。
メロウリンクには名工を夢見る鍛冶師はもちろん、その鍛冶師が作り出す名刀を求めて、あらゆる騎士団、傭兵団、冒険者が訪れる。
屈強な戦士達が集う街の料理は、粗野でいて美味、精巧な武具を作る街とは思えないぐらい大胆な調理が主流であった。しかしながら、そのアレンジと量、格式張らないスタイル、そして安価な料金設定で騎士から傭兵、職人に至るまでファンは多い。
「腸の肉詰めを挟んだパンや馬鈴薯を刻んで油で揚げた物もよかったですがねー」
一通り食べ物をお腹に詰め込んだアリスは満足げに次回のメニューを模索する。
『食事もいいが、アリス。この街に来た目的も忘れてないだろうな?』
同じく食事を終え、丁寧に前足で顔を洗う黒猫にアリスの顔が近づく。
「分かってますよ?これの換金ですよね」
そういうと布袋から大きめの石を取り出す。
『そう、それだ。あと顔近い。そして酒臭い』
黒猫はアリスの顔と距離を取り、取り出された石を触る。
石は表面に凹凸がなく楕円の形をしていた。
色は赤と緑が混じった模様をしている。
成人男性の拳程度のそれは、光を発することはなかったが赤と緑が石の中で交じり合うような奇妙な模様をしていた。
そして模様は見るたびに色の割合が変化し時より真っ赤に、そして緑一色に姿を変えた。
以前、ダンジョンに潜った際に遭遇した魔物“キマイラ”を討伐した際、発見したコアからは魔力が感じられた。
『複雑な術式を感じる』と黒猫はアリスに保管を命じたのだった。
魔力を帯びた武具の製造は同じく魔力を秘めた素材が必要となる。
複数の獣が一つとなり、炎を操るキマイラのコアなら高値で売れるだろうと考えた一人と一匹は、よりその価値を知るであろう鍛冶師の聖地へと赴いたのであった。
『しかしながらこの活気、鍛冶の聖地“メロウリンク”健在だな』
珍しくご機嫌そうな顔をしている従者をよそに、黒猫は改めて店の外を見渡す。
夜も更けて来たというのに鳴りやまぬ槌の音。
武器を求める者と自らの武器を売り込むもの。
大取引を目的とした商団や傭兵団。
そしてそれらに売り込もうとする腕自慢の猛者も集まる。
休息の寝床を提供する宿屋。
美食と情報のるつぼと化す酒場。
あらゆる性別、種族に一晩の快楽を提供する風俗店。
お立ち寄りのついでにもう一品……という土産屋まで、この街は鍛冶を中心に人が集まる。
黒猫はこの光景が嫌いではなかった。
互いを傷つけあう武器を中心に、人々は寄り添い生を営む。
人とは一つの側面だけでは判断できないのだ。
武器との共存、争いと繁栄の関係、どれも大切で掛け替えのないものなのだ、と黒猫は理解している。
それははるか昔の時代より、変わることなく。
「タロ様ーそろそろ宿にかえりましょうかー」
『もういいのか?俺が思考に耽っていた時も何杯か飲んでいたようだが?』
いつの間にか増えているジョッキを前足でコツンと突いた黒猫は呆れながら確認する。
「思考って窓からぼーっと見てただけでしょう?それに私はこんなに飲んだ覚えはありません。私を酔わせてどうする気ですか?」
『これ以上食費が増えないように早く寝てもらいたい』
「わかった!私が寝た後でエッチなお店に行くんでしょう?」
アリスは酔いが回った頭をテーブルに乗せ、片手で主人の尻尾を掴んで引き寄せる。
『ばか、やめろ、痛い!そもそも俺の体じゃそんな店いけないだろ?』
「じゃあ、元の体なら行くんだぁ……」
黒猫は少し不貞腐れながら瞼が閉じかける従者に優しく微笑む。
『これじゃ情報収集どころではなかったな……』
呆れる黒猫の前にすっと紙が差し出される。
このところ武器や鎧の発注が増えている事。
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この街の付近で傭兵や魔物の集団が襲われている事。
アリスはテーブルから顔を上げ、黒猫の小さな額に紙を押し付けた。
「ちゃんとやることはやっています、タロ様を失望させる事は致しません」
先ほどの酔いどれ顔はきれいさっぱり消え去り、しっかりと開いた目で店を見渡す。
ただでさえ蟒蛇のアリスは一旦眠りに落ちると酔いがリセットされるらしい。
いつのまにかこんな酒豪に育ってしまった従者に戸惑いながらも、
『俺は優秀な従者に失望させられた記憶は無いよ、今のところね』
と優しくささやき、まどろみが抜けきっていない従者の潤んだ目を見つめた。
アリスは顔を少し赤らめ軽い会釈をする。
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