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第二章 冒険者ギルドと神々の遺産(アーティファクト)
第三話「ダンジョンの異変」
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ダンジョンは魔物を生み出す一種の装置だと考えられている。
ダンジョンがある限りにおいては、常に魔物の危険を孕んでいるため、早急にダンジョンコアと呼ばれる核を破壊し、その機能を停止させる必要があるが、そこで人々は悩ましい問題を抱える事になった。つまり、貴重な素材となり得る魔物を生み出すダンジョンを潰すことは、せっかくの金のなる木を自ら切り倒してしまう事に他ならないからだ。
結局、ダンジョンでの素材を有効活用するため、と言うお題目の元、冒険者ギルドがダンジョンを管理し、ダンジョンを抱える町やその領主に少なくない利益をもたらすこととなっている。ダンジョンを近隣に抱える町には必ず冒険者ギルドの支部がおかれており、常にダンジョンの動向を監視しているのである。
最も警戒すべきはスタンピードと呼ばれる魔物の氾濫で、一度に数百から数千の魔物がダンジョンを抜け、人々の住む町や村を襲い出すのである。対処を誤れば多くの人命が奪われる災害になるのだが、幸い事前に兆候が現れるため、対応策を講じる事で現在は被害を受けることは稀だと言われているのだが。
「えっ?前回のスタンピードがあってから、まだ2年ですよね?」
エルミアの話を聞いたアリスは訝しげに問いを返した。
一般的にひとつのダンジョンでスタンピードがおこる周期は凡そ二十年と言われている。一旦、スタンピードで魔物が一時的に一掃されるが、それからまた時間をかけて魔物がダンジョン深部に溜まり始め、次のスタンピードに繋がるというのである。
このモリーユにあるダンジョンは、二年前にスタンピードの兆候が現れたため、大規模な掃討作戦が実施され、それを未然に防ぐ事に成功している。普通に考えれば、あと十八年は猶予があるはずである。
「だから異変なのよ」
「それは確かにおかしいですね……でも、何故そんな話を私に?」
何かの折には協力することもやぶさかではないと伝えているため必要があれば協力要請がある事は想定されていたが、今回の案件は普通に考えればアリスに協力を要請するには大ごと過ぎるきらいがあった。だから、アリスはなぜ自分にこの話を振ったのかエルミアの意図が読めずにいた
「もちろん、状況確認を手伝ってもらうためよ?」
さも当たり前と言わんばかりのエルミアを見つめたアリスは、
「……それでは顔見せも終わったので、今日はこれで…何してるんです?」
面倒ごとに巻き込まれるのは御免被りたいアリスは、早々に辞去しようと立ちかけたが、エルミアに両手をしっかり掴まれ、身動きを封じられてしまった。
「……エルミアさん、私はしがない美少女占い師ですよ?」
『……ブレないな、アリス』
タロはこんな状況でも自らに美少女をつけるアリスを尊敬の眼差しで見つめた。
「いい?アリス。普通の占い師はファイアボールなんか使えないのよ?その力、世の中の役に立てないでどうするの?」
「いえ、前も説明しましたが、私の力はか弱い女の我が身を守る程度の拙いものです。そんな冒険者の真似事なんか出来ませんよ。」
そう返すアリスに、エルミアは一息ため息をつくと、意を決したように言葉続けた。
「……そう。ホントはこんな手は使いたくなかったけれど、他に手が無いから許してね。あなた、実は使える魔法って、ファイアボールだけじゃないわよね?」
その言葉を聞いた瞬間、部屋を包む空気が一瞬張り詰めた。
この世界において魔法を使えるのはごく一部の人たちだけであり、あまり一般的ではない。魔力自体は持っているものも多いが、それと魔法を使えるという事は必ずしもイコールでは無い。魔法を使えれば、それだけでエリートの証と言えた。実際、王宮等の宮廷魔術師や各領主が抱える魔術師達、魔法剣士として騎士団の高位に位置するものや高ランク冒険者等も魔法を使える事によって現在の地位を手に入れている事も多かった。当然、その地位に相応しい収入による裕福な生活が約束されていることは言うまでもない。従って、アリスの様に魔法が使えるのにも関わらず、地位も求めず放浪の占い師を続けるなど、普通の感覚からすれば考えられない事だった。
表情には全く変化が無かったもののアリスとタロに緊張が走るなか、エルミアは慌てて言葉を継いだ。
「あ、そんなに警戒しなくてもこの事に気づいてるのは私だけよ。そもそも、この支部で魔法の件を知ってるのはマスターと私とレイシャだけだしね。」
その言葉を聞いて、若干警戒を解いたタロとアリスだった。
「実はね、私の特殊能力というか…まぁ、見て。」
と言ってエルミアは長い金髪をかき上げ、その特異な形状をした自身の耳を見せた。
「……エルミアさんってエルフだったんですか?」
その長めの耳を見たアリスは、そう問いかけた。
「正確にはハーフエルフね。うちの母がエルフなのよ。」
ここ数年の付き合いとはいえ、全く気付かなかったアリスは驚きを隠せなかった。
「全く気づきませんでした!」
そう言うアリスに苦笑しながらエルミアは事情を話す。
「まぁ、あんまり人には知られないように努力してるからね。もちろん、うちの支部の連中と子爵様はご存じなんだけど、それ以外に知られると……わかるでしょ?」
人族以外に亜人も存在するとは言え、エルフなどは人との交流をあまり望まず、彼らの住まう森からあまり離れることも無かった為、実際に目にする人も少なかった。従って、たまに人里に出てくるエルフがいれば好奇の対象となったし、特に女性のエルフはその美しい容姿も相まって、奴隷商人に狙われる事も多く、結果人里離れた場所に住まうか、姿を偽って暮らすかといった不自由な生活を余儀なくされる場合が多かった。
「私の場合はハーフだから、そこまで目立つ事は無いんだけど、やっぱり耳は人より少し長いからトラブルを避けるために隠してるのよ。今までゴメンね。」
そう言いながら、若干申し訳なさそうにするエルミアに対してアリスも言葉を返す。
「いいんですか?その事を私に話しても。」
「大丈夫よ。私、アリスの事は信用してるし、第一大好きだもの!」
臆面もなく大好きなどと言われ、若干顔を赤らめつつ
「あ、ありがとうございます……」
と返すアリスだった。
『信用されてるな』
「茶化さないでください」
間の抜けた鳴き声で話しかける黒猫に小声で抗議した後、
「エルミアさんの事情は分かりましたが、先ほどの話とどうつながるのですか?」
居ずまいを正してそうエルミアに問うた。
「実はね、私、その人が使える魔法の種類が何となく分かるのよ。あぁ、この人は水魔法が使えるんだなぁとか、光魔法が使えるんだなぁとか。でもね、アリスの場合は、それが全く分からないのよ。あの襲撃事件の時に、アリスがファイアボールを使ったのは見てるから分かってるんだけど、その火魔法も使える要素が全く分からないの。だから、逆に言うと、もっと複数の魔法が使えるんじゃないかなって。まぁ、カマかけたわけなんだけど……当たったみたい?」
実際それは、アリス自身にはまったく魔法の素養が無かったものを、主人の魔法を受け継いだが故の事だったのかもしれない。
事実はどうであれ、偶然にしろアリスの特殊性に感づいた初めての人間と言って良かった。もっとも、実は闇魔法も使えるアリスにとっては記憶操作などの対応手段が無いわけでもないが、エルミアや少しとは言え仲良くなったレイシャなどにそのような手段を行う事には躊躇もあった。
懊悩するアリスに
『アリス、致し方あるまい。協力してやれ』
そう黒猫がささやいた。
「よろしいのですか?」
『構わん。それに、少し気になる事もある。場合によっては俺達単独で動くことも考えねばならんかもしれんな。もちろん、口止めはしておけ』
「承知しました」
エルミアに気づかれないよう短い主従のやり取りをした後、おもむろにアリスはこう告げた。
「降参です。その調査とやらに協力します」
「ホントに?ありがとう、アリス!」
アリスの返答を聞き、エルミアは安堵の表情と感謝の笑みを浮かべ、そう言葉を返した。
「協力しますから、私の事はあまり詮索しないでくださいね。お願いします」
「もちろんよ。今回の事は悪いと思っているわ。あなたの事はこれ以上詮索しないし、秘密も守る。約束よ」
「分かりました」
ようやく難題をクリアしたエルミアは、何気ない事のように言葉をつづけた。
「もちろん、報酬は出すから安心してね。報酬は金貨十枚。よろしくね」
「……すみません、よく聞こえなかったんですが……今、金貨十枚とか聞こえたような……?」
「そうよ。足りなかった?さすがに金貨二十枚とか出せないから、十五枚ぐらいで勘弁してもらえると助かるわ」
通常、ダンジョンの調査などをギルドで依頼を出す場合、報酬は金貨一枚程度である。
その破格の報酬額を聞いて、若干頬を引きつらせながら、
「いえ、十枚で十分なんですが……エルミアさん、私に何をさせようとしてるんですか?と言うか、そんなに危険なんですか?」
と問うアリスに対し、エルミアは悪びれもせずにこう答えるのであった。
「ん~、危険っていうか、変異種を見たっていう報告もあったから危険手当?って事で。大変かもしれないので、報酬多めにしときました」
アリスは、若干ハメられた感を感じつつ頭を押さえていたが、
「大丈夫よ。今回は私が一緒に同行するから、いざとなったら私が守るわ」
という言葉を聞いて、エルミアを見やった。
「サブギルドマスターが現場に出ていいんですか?」
「今回は特別よ。報告を見た限りでは今までのスタンピードとは明らかに違うし、早く対応しないと取り返しのつかない状況になりかねないしね」
その言葉を聞いたアリスは先ほどの主人の言葉を思い出し、体に緊張が走るのを感じた。
ともあれ、その日は翌日から調査を開始することと、細かい打ち合わせを行いギルドを辞去したが、その頃には既にとっぷりと日は暮れていた。
「今から食べに行くの?」
エルミアにそう問われたアリスは、
「えぇ、それを楽しみにここまで来ましたので。」
と答え、
「では、明日また参ります。」
とタロを伴ってギルドを後にするのだった。
それを見送るエルミアは、
「あの子、今が何時かわかってるのかしら?」
とつぶやくのだった……。
レストラン『リストランテ・ロゼッタ』。
王都の有名レストランでかつて料理長を務めた男が、余生を故郷で過ごそうと始めた店だったが、さすがの腕に口コミで評判が広がり、辺境にあるレストランながら客足も上々で、果ては王都からもシェフの料理を求めて客が訪れるほどであった。また、このシェフのモリーユ茸を使った料理が評判になった事により、それまでは地元でしか食される事のなかったモリーユ茸を知らしめることとなり、その後、高級食材として珍重される事になったとも言われている。
ともあれ、ここモリーユに立ち寄ったら一度は訪れるべきと多くの人が語る店の前で、アリスはドアに掛けられた札の文字を読んだ。
「閉店……」
エルミアとの打ち合わせに想定外の時間がかかった事により店の営業時間に間に合わず、目的の料理のお預けを食らってしまったアリスだった。
『まぁ、また別の日に来ればいいんだから、そう落ち込むな』
「……そうですね」
表には出ないがアリスの落胆を察した主人の言葉にやや力なく答えると、アリスは若干うなだれ気味に宿屋へと向かうのであった。
「今日はご主人様と同じさもしい夕食で我慢することにします。」
『それ、主人に言うのひどくない!?』
アリスの冴えわたる毒舌にもだえる主人と共に……。
ダンジョンがある限りにおいては、常に魔物の危険を孕んでいるため、早急にダンジョンコアと呼ばれる核を破壊し、その機能を停止させる必要があるが、そこで人々は悩ましい問題を抱える事になった。つまり、貴重な素材となり得る魔物を生み出すダンジョンを潰すことは、せっかくの金のなる木を自ら切り倒してしまう事に他ならないからだ。
結局、ダンジョンでの素材を有効活用するため、と言うお題目の元、冒険者ギルドがダンジョンを管理し、ダンジョンを抱える町やその領主に少なくない利益をもたらすこととなっている。ダンジョンを近隣に抱える町には必ず冒険者ギルドの支部がおかれており、常にダンジョンの動向を監視しているのである。
最も警戒すべきはスタンピードと呼ばれる魔物の氾濫で、一度に数百から数千の魔物がダンジョンを抜け、人々の住む町や村を襲い出すのである。対処を誤れば多くの人命が奪われる災害になるのだが、幸い事前に兆候が現れるため、対応策を講じる事で現在は被害を受けることは稀だと言われているのだが。
「えっ?前回のスタンピードがあってから、まだ2年ですよね?」
エルミアの話を聞いたアリスは訝しげに問いを返した。
一般的にひとつのダンジョンでスタンピードがおこる周期は凡そ二十年と言われている。一旦、スタンピードで魔物が一時的に一掃されるが、それからまた時間をかけて魔物がダンジョン深部に溜まり始め、次のスタンピードに繋がるというのである。
このモリーユにあるダンジョンは、二年前にスタンピードの兆候が現れたため、大規模な掃討作戦が実施され、それを未然に防ぐ事に成功している。普通に考えれば、あと十八年は猶予があるはずである。
「だから異変なのよ」
「それは確かにおかしいですね……でも、何故そんな話を私に?」
何かの折には協力することもやぶさかではないと伝えているため必要があれば協力要請がある事は想定されていたが、今回の案件は普通に考えればアリスに協力を要請するには大ごと過ぎるきらいがあった。だから、アリスはなぜ自分にこの話を振ったのかエルミアの意図が読めずにいた
「もちろん、状況確認を手伝ってもらうためよ?」
さも当たり前と言わんばかりのエルミアを見つめたアリスは、
「……それでは顔見せも終わったので、今日はこれで…何してるんです?」
面倒ごとに巻き込まれるのは御免被りたいアリスは、早々に辞去しようと立ちかけたが、エルミアに両手をしっかり掴まれ、身動きを封じられてしまった。
「……エルミアさん、私はしがない美少女占い師ですよ?」
『……ブレないな、アリス』
タロはこんな状況でも自らに美少女をつけるアリスを尊敬の眼差しで見つめた。
「いい?アリス。普通の占い師はファイアボールなんか使えないのよ?その力、世の中の役に立てないでどうするの?」
「いえ、前も説明しましたが、私の力はか弱い女の我が身を守る程度の拙いものです。そんな冒険者の真似事なんか出来ませんよ。」
そう返すアリスに、エルミアは一息ため息をつくと、意を決したように言葉続けた。
「……そう。ホントはこんな手は使いたくなかったけれど、他に手が無いから許してね。あなた、実は使える魔法って、ファイアボールだけじゃないわよね?」
その言葉を聞いた瞬間、部屋を包む空気が一瞬張り詰めた。
この世界において魔法を使えるのはごく一部の人たちだけであり、あまり一般的ではない。魔力自体は持っているものも多いが、それと魔法を使えるという事は必ずしもイコールでは無い。魔法を使えれば、それだけでエリートの証と言えた。実際、王宮等の宮廷魔術師や各領主が抱える魔術師達、魔法剣士として騎士団の高位に位置するものや高ランク冒険者等も魔法を使える事によって現在の地位を手に入れている事も多かった。当然、その地位に相応しい収入による裕福な生活が約束されていることは言うまでもない。従って、アリスの様に魔法が使えるのにも関わらず、地位も求めず放浪の占い師を続けるなど、普通の感覚からすれば考えられない事だった。
表情には全く変化が無かったもののアリスとタロに緊張が走るなか、エルミアは慌てて言葉を継いだ。
「あ、そんなに警戒しなくてもこの事に気づいてるのは私だけよ。そもそも、この支部で魔法の件を知ってるのはマスターと私とレイシャだけだしね。」
その言葉を聞いて、若干警戒を解いたタロとアリスだった。
「実はね、私の特殊能力というか…まぁ、見て。」
と言ってエルミアは長い金髪をかき上げ、その特異な形状をした自身の耳を見せた。
「……エルミアさんってエルフだったんですか?」
その長めの耳を見たアリスは、そう問いかけた。
「正確にはハーフエルフね。うちの母がエルフなのよ。」
ここ数年の付き合いとはいえ、全く気付かなかったアリスは驚きを隠せなかった。
「全く気づきませんでした!」
そう言うアリスに苦笑しながらエルミアは事情を話す。
「まぁ、あんまり人には知られないように努力してるからね。もちろん、うちの支部の連中と子爵様はご存じなんだけど、それ以外に知られると……わかるでしょ?」
人族以外に亜人も存在するとは言え、エルフなどは人との交流をあまり望まず、彼らの住まう森からあまり離れることも無かった為、実際に目にする人も少なかった。従って、たまに人里に出てくるエルフがいれば好奇の対象となったし、特に女性のエルフはその美しい容姿も相まって、奴隷商人に狙われる事も多く、結果人里離れた場所に住まうか、姿を偽って暮らすかといった不自由な生活を余儀なくされる場合が多かった。
「私の場合はハーフだから、そこまで目立つ事は無いんだけど、やっぱり耳は人より少し長いからトラブルを避けるために隠してるのよ。今までゴメンね。」
そう言いながら、若干申し訳なさそうにするエルミアに対してアリスも言葉を返す。
「いいんですか?その事を私に話しても。」
「大丈夫よ。私、アリスの事は信用してるし、第一大好きだもの!」
臆面もなく大好きなどと言われ、若干顔を赤らめつつ
「あ、ありがとうございます……」
と返すアリスだった。
『信用されてるな』
「茶化さないでください」
間の抜けた鳴き声で話しかける黒猫に小声で抗議した後、
「エルミアさんの事情は分かりましたが、先ほどの話とどうつながるのですか?」
居ずまいを正してそうエルミアに問うた。
「実はね、私、その人が使える魔法の種類が何となく分かるのよ。あぁ、この人は水魔法が使えるんだなぁとか、光魔法が使えるんだなぁとか。でもね、アリスの場合は、それが全く分からないのよ。あの襲撃事件の時に、アリスがファイアボールを使ったのは見てるから分かってるんだけど、その火魔法も使える要素が全く分からないの。だから、逆に言うと、もっと複数の魔法が使えるんじゃないかなって。まぁ、カマかけたわけなんだけど……当たったみたい?」
実際それは、アリス自身にはまったく魔法の素養が無かったものを、主人の魔法を受け継いだが故の事だったのかもしれない。
事実はどうであれ、偶然にしろアリスの特殊性に感づいた初めての人間と言って良かった。もっとも、実は闇魔法も使えるアリスにとっては記憶操作などの対応手段が無いわけでもないが、エルミアや少しとは言え仲良くなったレイシャなどにそのような手段を行う事には躊躇もあった。
懊悩するアリスに
『アリス、致し方あるまい。協力してやれ』
そう黒猫がささやいた。
「よろしいのですか?」
『構わん。それに、少し気になる事もある。場合によっては俺達単独で動くことも考えねばならんかもしれんな。もちろん、口止めはしておけ』
「承知しました」
エルミアに気づかれないよう短い主従のやり取りをした後、おもむろにアリスはこう告げた。
「降参です。その調査とやらに協力します」
「ホントに?ありがとう、アリス!」
アリスの返答を聞き、エルミアは安堵の表情と感謝の笑みを浮かべ、そう言葉を返した。
「協力しますから、私の事はあまり詮索しないでくださいね。お願いします」
「もちろんよ。今回の事は悪いと思っているわ。あなたの事はこれ以上詮索しないし、秘密も守る。約束よ」
「分かりました」
ようやく難題をクリアしたエルミアは、何気ない事のように言葉をつづけた。
「もちろん、報酬は出すから安心してね。報酬は金貨十枚。よろしくね」
「……すみません、よく聞こえなかったんですが……今、金貨十枚とか聞こえたような……?」
「そうよ。足りなかった?さすがに金貨二十枚とか出せないから、十五枚ぐらいで勘弁してもらえると助かるわ」
通常、ダンジョンの調査などをギルドで依頼を出す場合、報酬は金貨一枚程度である。
その破格の報酬額を聞いて、若干頬を引きつらせながら、
「いえ、十枚で十分なんですが……エルミアさん、私に何をさせようとしてるんですか?と言うか、そんなに危険なんですか?」
と問うアリスに対し、エルミアは悪びれもせずにこう答えるのであった。
「ん~、危険っていうか、変異種を見たっていう報告もあったから危険手当?って事で。大変かもしれないので、報酬多めにしときました」
アリスは、若干ハメられた感を感じつつ頭を押さえていたが、
「大丈夫よ。今回は私が一緒に同行するから、いざとなったら私が守るわ」
という言葉を聞いて、エルミアを見やった。
「サブギルドマスターが現場に出ていいんですか?」
「今回は特別よ。報告を見た限りでは今までのスタンピードとは明らかに違うし、早く対応しないと取り返しのつかない状況になりかねないしね」
その言葉を聞いたアリスは先ほどの主人の言葉を思い出し、体に緊張が走るのを感じた。
ともあれ、その日は翌日から調査を開始することと、細かい打ち合わせを行いギルドを辞去したが、その頃には既にとっぷりと日は暮れていた。
「今から食べに行くの?」
エルミアにそう問われたアリスは、
「えぇ、それを楽しみにここまで来ましたので。」
と答え、
「では、明日また参ります。」
とタロを伴ってギルドを後にするのだった。
それを見送るエルミアは、
「あの子、今が何時かわかってるのかしら?」
とつぶやくのだった……。
レストラン『リストランテ・ロゼッタ』。
王都の有名レストランでかつて料理長を務めた男が、余生を故郷で過ごそうと始めた店だったが、さすがの腕に口コミで評判が広がり、辺境にあるレストランながら客足も上々で、果ては王都からもシェフの料理を求めて客が訪れるほどであった。また、このシェフのモリーユ茸を使った料理が評判になった事により、それまでは地元でしか食される事のなかったモリーユ茸を知らしめることとなり、その後、高級食材として珍重される事になったとも言われている。
ともあれ、ここモリーユに立ち寄ったら一度は訪れるべきと多くの人が語る店の前で、アリスはドアに掛けられた札の文字を読んだ。
「閉店……」
エルミアとの打ち合わせに想定外の時間がかかった事により店の営業時間に間に合わず、目的の料理のお預けを食らってしまったアリスだった。
『まぁ、また別の日に来ればいいんだから、そう落ち込むな』
「……そうですね」
表には出ないがアリスの落胆を察した主人の言葉にやや力なく答えると、アリスは若干うなだれ気味に宿屋へと向かうのであった。
「今日はご主人様と同じさもしい夕食で我慢することにします。」
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