黒猫の王と最強従者【マキシサーヴァント】

あもんよん

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寄り道(インターミッション)

第花話「最後のトモダチ」

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 この世界には四季がある。

 地域によって多少の差はあれど、一定の期間で新たな季節は廻り、生命のサイクルを回している。
 今、この地域の季節は「春」。
 太陽のもたらす恩恵は生命に心地よく降り注ぐ。
 風の強さも水の冷たさも優しく、地上の者たちにとって生きる喜びを感じる時間がそこにはある。

 街道から少し離れ丘を降りた場所に野原があった。
 その場所は小川のせせらぎが耳心地よく、春の祝福を受けた花々が咲き乱れ、次の世代へ繋げる香りが鼻をくすぐる。

 銀髪の少女は長時間酷使した足を冷たい小川で癒し、今は草原のベッドで疲れた体を放り出している。
 時折イタズラな風が少女の銀髪を躍らせ、毛先が鼻をくすぐる。

 少女はくすぐったさを押し殺して、睡眠の衝動に甘んじていた。

「だめですよう……タロ様……いくらなんでもその穴は……」

『何の夢みてんだよ』

 先程まで静かに寝息をたてる少女を穏やかな表情で見守っていた黒猫は、その可愛らしい寝顔を前足で軽く踏みつける。

 一面を黄色に染め上げた花の一群は風に揺られて踊っている。

 タロと呼ばれた黒猫は、その光景にある日の出来事を重ねていた。

『確か、同じ花の香りだったな』

 突然強い風が吹く。
 黒猫には黄色い花で作った花冠を付けた女の子が目に浮かんでいた。




 どれぐらい前の事だっただろうか。
 その日もちょうどこんな心地よい風が吹いていた。

 とある城下町。
 銀髪の少女アリスと黒猫のタロは、昨夜着いたばかりの街を探索していた。
 水晶を使った占いを生業としているが、これほどまでに大きな街だと商売敵も存在する。
 余所者が集まる大きな街ではナワバリも存在するだろう。
 なるべくベストのポジションを確保するのもマーケティングの基礎である。

 ……みたいな事を熱弁したアリスは街の探索を始めた早々、大きなマーケットにある書店を見つけそこから動かなくなってしまった。
 黒猫は従者がこうなってはテコでも動かないことを知っている。
 なんせどっかのバカに誘拐された時も事件が解決するまでただ本を読んでいたのだから。

 黒猫は溜息をつき、一人で探索を続ける。
 ここは大陸の中でも大きな国の一つ「ローエングラム」。
 小さないざこざはあっても治安は悪い方ではない。
 ここの王族は「民衆第一主義」を掲げ、経済と保安の安定を政策として注力してきた。
 教会との連携も強く、多くの街にとってのモデルケースとなっている。
 だが、治世の王として知られた王は亡くなり、妃も病床にふけっているという。


『アリスはしばらく放っておいても大丈夫だろう、さて』

 黒猫は街を外れ、城の近くを流れる小川まで来ていた。
 城壁に近いこの場所は適度な加減で街の喧騒が聞こえ、また小川のせせらぎと風の音が損なわれない。
 今日の陽気と相まってとても気持ちが良かった。
 猫が落ち着くには最適な場所だ。
 軽く伸びをして体を丸め全身で太陽の光を受ける。


『アリスの読書狂にも困ったものだ、しかし・・・私にも責任の一端はあるか』

 黒猫がはるか昔、まだ光の祝福を受けていた神であったころ。
 拾い上げた少女アリスに与えた物のひとつに膨大な書庫があった。
 アリスはそこで様々な知識を手に入れる。
 乾いた大地に吸い込まれる水の如く、本の知識はアリスの頭脳へ浸透していく。

 その中には少々俗な物語もあったりした事は、後のアリスに多少の影響を与える事になったのだが。


「あー!猫ちゃん!」

 緩やかな時間を堪能していた黒猫は、それを台無しにした主を確かめるべく振りむいた。

 両手に摘んだ花束を抱えた女の子がそこには立っていた。
 澄んだ湖を思わせる透明な水色の髪。
 その傍らには真っ白なリボンが彩を添えている。
 顔立ちは幼いが所々の仕草から、実年齢はもう少し高いことがうかがえた。
 ストレートの髪、前髪は直線に揃えられ、服は庶民の貧祖さからは遠く離れている。
 どこかの貴族か令嬢であることは疑いようもない。

 女の子は黒猫が逃げないようにそっと近づき、抱えていた花束を脇に置いて恐る恐る触ろうと試みる。

 正直、黒猫は判断しかねていた。
 かつては膨大な力を持ち、幾千万の兵の先頭に立った神も今はただの小さい獣。
 これまでも他の捕食者や、心ない人間に襲われたことは数知れず。
 特に悪意が無い分、子供は質が悪い。
 耳や尻尾を引っ張られ、もみくちゃにされる前に退散しようとしていた。

 ふわりと優しい手が黒猫の体を持ち上げる。
 鼻先と鼻先が触れるかという間際まで近づいた女の子はとびっきりの笑顔で挨拶をした。

「初めまして!私はフローネ!猫ちゃんのお名前は何ていうの?」

『タロですよ』

 と、聞かれたからと言って、答えても伝わるわけではない。
 それでも黒猫はつい自分の名前を伝えてしまった。
 あの日、二人で旅立つと決めたときに、従者がつけてくれた名前を。
 あまり気に入っていないこの名前を。

「んー?そうだなーまっくろねこちゃん。夜みたいに真っ暗闇だからヤミちゃん!ヤミ猫ちゃん!

 ああ、あの従者にもこれぐらい純粋なセンスがあれば、と黒猫はどうにもならない事を嘆いた。
 それからしばらく、フローネと黒猫は傍らで先ほど摘んだ花を編みながら話をしていた。

 実際に猫を見たのは初めてだということ。
 普段はあまり外で遊ばせてもらえないこと。
 一人になることもあまりないこと。
 明日は大切な日だから、この時間は自由にさせてもらったこと。

「ちょっと前まではね、街のお友達もたまに遊んでくれてたの。でもね明日からは遊んじゃダメなんだって……」

 フローネは少し寂しそうな目をして、編みこまれていく花を真っ直ぐと見つめていた。

「でもね、それは仕方ない事なの。私はお父様とお母様みたいに頑張らなきゃだから。」

 そう言うとフローネは編み込んだ花の輪を黒猫の首にかける。
 黄色の花で出来た首輪はすこし大きく不格好だが黒猫は鼻をくすぐるその香りに悪い気はしなかった。

「にゃーん」

「ヤミちゃんも気に入ってくれた?ほら私とお揃いだよ!」

 フローネはもう一つの花の冠を取り出し自らの頭に乗せる。

「この花はね“菜の花”、お日様の陽を浴びて光っているみたい。ヤミちゃんの黒い体にも光が宿りますように。そして私にも……」

 小さく優しい手が黒猫を撫でる。

「本当はね、今もここで遊んじゃダメって言われてるの。でも最後だからってわがまま言っちゃった。そのかわりね、これを付けていなさいって。もしも悪い人が来てもこれがあれば大丈夫だって」

 女の子の首にはネックレスが掛けられていた。
 そこには髪の色によく似た水色の水晶がはめ込まれていた。
 非常に純度が高く、アリスの使う占い用の水晶とは質が違う。
 売れば大層高価な値が付くのは間違いない。
 ただのお守りとは、違うようだ。

 フローネはネックレスの水晶を触りながら少しづつ表情を曇らせていく。

「だからね、最後に遊ぶ場所はここだって決めてたの。すごく小さい時、お父様とお母様、そしてお兄様と遊んだこの場所」

 黒猫は僅かに流れた女の子の涙に気付かぬふりをし、そしてそれを少し後悔した。
 だからというわけではなかったのだろうが、フローネの足に体をこすりつけ尻尾を絡ませる。

「ヤミちゃん……」

 足元でじゃれる黒猫を抱き上げ頬ずりで感謝を伝える。

「自由に遊べるのは今日で終り……だからヤミちゃんは最後のトモダチだよ。」

 強い風が吹く。
 頭にのせていた花冠は飛ばされたが、それを庇うことはしなかった。
 女の子の幼い唇が黒猫の額に触れる。
 永遠の友情を誓うキス。

 それは王と騎士が忠誠を誓う儀式にも似ていた。

『!』

 黒猫が強引にフローネの手から離れ、小川の向こうを睨みつける。
 風はより一層強さを増し、草花を揺らす。

「誰か……いるの……?」

 風が止み沈黙が支配する。
 先ほどまでの街の喧騒と木々の揺らぎ、小川のせせらぎ全てが音を止めたかの様だった。

 黒いフードに最低限の体を覆う皮の鎧を着た使者が3人。
 花の匂いに当てられ、ここまでの接近に気が付かなかったことを黒猫は悔いた。
 音もなく近づく3人。
 相当訓練されている、暗殺を生業とする者特有の殺気を黒猫は感じ取っていた。

「だ、だれ?私に……ご用?……キャッ、ヤミちゃん?」

 黒猫はフローネに体ごとぶつかり、そのまま暗殺者の前に出る。
 当然言葉は伝わらない。
 目の前の賊を滅する力もない。
 前ならば息をするより容易いであろうことも出来ない。
 今は無力な体が口惜しい。

 その瞬間、体中を襲う衝撃と共に黒猫が宙を舞う。

「ヤミちゃん!」

 アスタロトと呼ばれた神は今、小さく哀れな獣としての痛みにのたうち回る。
 それは自らのことながら、すごく滑稽で笑い出しそうでもあった。
 怒りや恐れはない。
 だが目の前の女の子は守りたい。
 この性格は昔からどの神にも理解されなかった。
 地上にいる小さき者ひとつに過剰な加護を与えるべきではない。
 そう言われ続けた。

「やめて!ヤミちゃんにひどいことしないで!」

 フローネは慌てて黒猫へ駆け寄る。
 その小さな体で、黒猫に覆いかぶさりこれ以上危害を加えられないよう庇っていた。

「ごめんね私のせいで。ヤミちゃんは必ず守るから」

 力強く言い放たれた言葉と裏腹に、その体は震えていた。

 近づく暗殺者たち。
 ほぼ同時に刃が抜かれる。

 黒猫を抱きしめるフローネの体が一層こわばる。
 その拍子に黒猫の眼前に水色の水晶がこぼれ落ちた。

「恨むならご自分の出生を恨まれよ」

 凶刃がフローネの頭上にかざされる。
 瞬間、周囲の異変に暗殺者の動きが止まる。

 先ほどまで止まっていた風が吹き荒れる。
 どこかに隠れていた動物たちが騒ぎ出し、木々から鳥が一斉に飛び立つ。

 気が付くとフローネの体から禍々しい黒い霧が溢れていた。
 三人の暗殺者のうち一人は足元から震えだし跪く。

「な、何が……?」

 うろたえる暗殺者と異変に気付いた女の子の前に闇を纏った黒猫が姿を現す。
 目に青白い炎を宿した黒猫に呼応するかのように、フローネの持つ水晶が水色の輝きを増す。
 それはさらに大きさを増し、光は天に届いた。


「タロ様?」

 多数の本に囲まれた銀髪の少女は、主の異変に気付き書店を後にする。


「ヤミちゃん?」

 目の前にいるには先ほど友達の誓いを交わした猫、のはずだった。
 だが、フローネの足はピクリとも動かない。
 先ほど暗殺者から受けた恐怖とは違う、魂が全力で拒否反応を起こしている。
 身を削られるような恐ろしさに囚われながらも、女の子は必死で戦っていた。

「ヤミちゃんは……私が守る」

 僅かながら、ようやく一歩足を踏み出した瞬間。

「フローネ様ー!」

 城の方より異変に気付いた騎士が駆けつけてくる。
 フローネの水晶はこのための物であった。
 その身に災いが降りかかろうとする際に光を発するように呪文が組まれている。
 ただ今回反応した原因ははたして、暗殺者の殺意なのか黒猫の魔力なのか。

「いかん、引け!」

 先ほど刃を振り上げた暗殺者が倒れた仲間を抱え逃げる。

「逃がすか射れ!」

 無数の弓が放たれたが暗殺者は獣のような動きで森の闇に消える。
 その身のこなしはやはり手練れの暗殺者であったことが伺える。

 フローネの周りにはすぐに多くの人だかりが出来た。
 先ほどの騎士、執事やメイドなど多くが女の子の身を案じ安堵の顔を浮かべていた。

「だからあれ程一人で出歩かれるのには反対したのです!兄上様の敵はまだそこら中にいるのです!」

 若い騎士の一人が女の子を窘める。

「御免なさいアスラン。でも、もう大丈夫だから」

 若い騎士は妙齢の騎士に肩を叩かれ、しぶしぶ矛先を収める。
 他の使いの者もフローネに付き添い城へと戻る。

 ふと先ほどの場所を振り返る。
 だが既に黒猫の姿はなかった。

「守ってくれてありがとうヤミちゃん。もう会えないと思うけど……また会えたら……きっと遊ぼうね。」

 風も木々も小川も、温かい陽の光も元の穏やかさを取り戻していた。
 動物たちも平穏を取り戻した自然へ帰ってくる。

 誰もいなくなった場所には太陽の光と同じ色の花が咲き乱れる。
 そこには花冠と小さな首輪が寄り添うように並んでいた。


「タロ様!」

 息を切らしようやく主を見つけた従者は息を切らして駆け寄ってくる。

「先ほど魔力の気配が……何をされていたのですか?まったくちょっと目を離すとすぐどこかに行くのですから!」

 どの口が言うか、という顔で黒猫は先を歩く。
 街は人で溢れていた。
 大通りは様々な店が開かれ、そのどれもが祝福の旗を掲げていた。

『何だか騒がしいな?』

 黒猫はあまりの賑わいに驚き、アリスの肩に乗って周りを見渡す。
 普段は見られない出店の数々、旅人だけでなく他の国からの人も多数見られる。
 街角には店同様、王国の印である双頭の山羊が描かれている。

「どうやら明日はこの国の戴冠式らしいですよ?なんでもまだ幼い女王が即位されるとか・・・」

 黒猫は城を見上げた。
 そして黄色の花冠を頭に乗せた女の子に思いを馳せた。

『王女様のキスか……大変な誓いを交わされたもんだな』

 アリスは遠くを見つめる主を横目に、先ほどの本屋から購入した本を袋に詰めなおしていた。

「で、本当に大丈夫だったんですか?どこで何をしていたんです?」

 黒猫は何度も何度も本を出し入れする少女に、本当に心配をかけたのだと察し笑った。

『女の子と……遊んでいた』

 戴冠式の前夜祭が始まる。
 大きな花火が夜空を照らす瞬間。
 黒猫の頭に本がクリティカルヒットした。



 その翌日、無事戴冠式は終わり。
 アリスと黒猫は多くの客に恵まれ、1週間ほど滞在していた。

 新女王誕生のお祝いムードは衰えることは無かったが、アリスと黒猫はその街を後にした。
 その後も街を転々とし、季節は巡り新たな春を迎えた。
 黄色の花が咲く丘で休息を取っていた。

 黒猫はあの時と同じ小川の音、心地よい風、花々の香りを楽しんでいた。

『フローネと言ったかな、あの女の子は』

 目の前にはあの純粋な笑顔と黄色い花冠が浮かぶ。
 そして次第にそれは黄金の王冠へ姿を変えた。

「そろそろ出発しましょうか?タロ様」

 先程まで寝ていたアリスは、主を待っていたのだと言わんばかりに出発を急かす。

『アリス……私の名前、ヤミちゃんにしない?』

 上目遣いで見上げる黒猫に、スカートをふわりとなびかせ銀髪の少女は真っ直ぐに主を見つめ言い放つ。

「嫌ですダメですキモイです川に沈めますよ?」

『うわあ、めっちゃ拒否られたスミマセン』

 次の街ではご馳走を提案しないと本当に川へ捨てられそうだな……と、黒猫は溜息をついて少女の後を追った。

 黒猫の体に黄色い花びらがくっついていた。
 それは暗闇の中に輝く一点の光の様だった。
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