黒猫の王と最強従者【マキシサーヴァント】

あもんよん

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寄り道(インターミッション)

第読話「少女のひめゴト」

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 人は夜の海に何を感じるだろうか。
 自然が織り出す暗闇の恐怖か、それとも潮が奏でるさざ波の調べか。
 もしくは遥か彼方に輝く、月の満ち欠けに導かれるこの世界の神秘か。

 どちらにしても、夜の海はある者を引き付ける魅力がある。
 誰にも悟られまいと胸に秘めた想いを抱く者たち。

 それらはここに集まる。

 昼間の喧騒が嘘のように、夜の闇が波止場を支配する。

 ここは闇の住人が集まる場所。


ギィ


 波止場にある倉庫の扉が開く。
 普段は漁に使用される船や道具を保管している倉庫のドアは大きく、その重さも大の大人がやっと開けることが出来る程度に作られてある。

 その扉をいともたやすく開けた者がいる。
 まるでひとりでに動いたと錯覚させるのは、灯りひとつない事ももちろんだが、その扉を開けた者があまりに小さくおおよそ扉を開くだけの力があるように見えないからだ。

 漁に携わる道具の独特な匂い、時々倉庫に入る隙間風は潮風特有の湿気をはらみ素肌に絡みつく。

「約束の時間より早く来たつもりでしたが、先を越されてしまった様ですね」

 夜の倉庫。
 何も見えない暗闇の先へ向けて来訪者は話しかける。

 腰まであろうかという長い銀髪、黒を基調としたフリルやリボンをあしらったメイド服。
 先ほどの身の丈以上の扉を軽々と開け、闇に溶け込んで小屋に忍び込んだのは銀髪の少女であった。

「そうでもないさ」

 倉庫の奥、声が聞こえた場所に一点の光が揺れる。
 赤い光、もしくは灯り。
 だがそれは独特の匂いによって正体を明かすことになる。

「私の前で煙草はご遠慮いただけないでしょうか?」

 時間通りとはいえ呼び出した相手より遅れて到着したことに悪びれもせず少女は淡々と話す。

 煙草の主はやれやれといった仕草で煙草を消し、軽口をたたきながら少女へ近づいた。

「煙草は嫌いかい?それとも煙草を吸う男と会っていた事がバレるとまずいのかな?」

 そう言いながらも、男は少女が不快に感じる匂いを纏って近寄る。
 男性にしては長めの髪を無造作に後ろで束ね、手入れのされていない髭も相まって無精者であることを暗に示している。

「匂いが嫌いなだけです」

 少女は男と一定の距離を保とうと後ずさるも、男の勢いに押され眼前への侵入を許す。

「相変わらず素っ気ない奴だな、もう少し愛嬌良くしろよ、可愛い顔が台無しだぜ?」

 恐らくどの港でも同じような言葉で女を口説いているであろう男はさらに少女へ近づいた。
 壁際まで詰め寄られた少女の横顔をかすめた男の腕が壁をたたく。

「最近の女はこんな風に迫るとトキメクらしいぜ。ようやく会えたんだ・・・少しは笑顔でいてくれよ」

 壁に突き立てられた腕が少女の逃げ道を塞ぐ。
 少女は見つめられる眼差しから逃れる様に顔を背けた。

 暗闇に、たださざ波の音だけが流れる。

「どれだけ……どれだけ私が探したと思っているんです」

 少女は唇をかみしめ、顔をそむけたままで睨みつける。
 男は腕を壁に当てたまま、先ほどまでの軽口とは異なる空気で語り掛ける。

「でも……見つけてくれたんだろ?そんなに会いたかったのか?」

 暗闇の倉庫で二人きり。
 少女は男を責め、男は少女をあやす様に質問を繰り返す。

「どれほどぶりだろうな、こうやって会うのは……なあアリス」

 アリスと呼ばれた銀髪の少女は再び目線を落とし男の問いに答える。

「もう忘れました。それほどあなたは私を放っておいた……そうですよね?スパイク」

 スパイクと呼ばれた男はアリスの頬に触れ、無理やりにこちらを向かせる。
 アリスは僅かに抵抗し、それが無駄であることを悟ると目線だけを背けた。
 男の視線は真っ直ぐに少女へ向けられ、少女はそこから逃れようともがく。

「おれも探していたんだ。だが、ようやく見つけた」

 あぁ……と呟くとアリスの体が僅かに震えた。
 そして、見つめる男から逃れようと反らした視線を真っ直ぐ男の方に向ける。

「本当ですか?」

 アリスはスパイクを、スパイクはアリスを、初めて二人の目線が交わる。
 潤んだ瞳、震える唇。
 スパイクは全てを察し、アリスの顎をかるくつまむ。

「本当に……本当によかった」

 アリスの震える唇からこぼれる吐息にも似た呟きが、スパイクの導線に火をつける。

 男は少女の唇を自分の方へ引き寄せ目を閉じるよう諭す。
 早まる鼓動を抑え、男は不慣れな少女をリードするように振る舞う。
 ひどく長く感じられたこの時間、さざ波の音も耳には届かない。
 心臓の音がそれを全てかき消す。

 スパイクは確実に自らの唇が触れたのを感じた。
 長く風に当たったせいか少し硬く冷たい。

(すぐに熱くなるさ)

 感触を確かめる様に唇の先に触れたものを弄ぶ。
 それはどこまでも冷たく、どこまでも硬く、男の唇を切り裂く。

 切り裂く?

「どぅわー!!!!」

 思わず飛び退くスパイクは自分の唇に響く激痛を抑えワナワナと震えている。

 目の前の少女は自らの唇の先にナイフを掲げていた。
 それも刃を男の方に向けて。

「あっぶねーな!どこの世界に男のキスにナイフで応える女がいるんだよ!」

 飛び退いた勢いで思わず尻餅をついた男が口を押えている。
 先ほどまでの恰好つけたセリフが嘘の様に情けない声で抗議をしていた。

「当然です。私に触れてよいのはこの世界と神の世界を含めても唯一人。そのみっともない髭を皮膚ごと剃り落とされなかっただけでも幸運と思って下さい」

「こえーよ」

 ようやく血の引いた唇を舌で慰めつつ、スパイクはランタンに火を灯した。
 そしてそのナイフをさっさとしまってくれと溜息をつく。

「本当に変わってないなあんたは、久しぶりに会ったってのにとんでもないな」

 倉庫に灯りが広がり、アリスのナイフを照らす。

「とんでもない、はこちらのセリフです。あなたに依頼してどれほど待たされたと思っているんです?」

 スパイクはアリスから依頼のあった品を小さな包みごと放り投げる。

「あのなぁ……すっごい大変だったんだぞ!」

 投げつけられた小包が手元に届く直前、素早くナイフを体に隠しそれを受けとる。

「曲芸師かよ?」

「占い師ですが?」

 アリスは中身を確認し、わずかに口角をあげ、すぐに素へ戻す。

「それはなあ、王族か貴族、もしくは一部の裕福な商人しか手に入れることが出来ない代物なんだぞ!」

 痛みの残る唇をかばいながら、スパイクは再び煙草に火を灯す。
 怒りに身を任せた一服は、一吸いで一本を灰にしかねない勢いだった。

「それだからこそ、あなたに依頼をしたのです。ブックマークさん」

 『探索家の本屋(ブックマーク』。
 それはスパイクを示すもう一つの名。

世界中に散らばる本を、いかなる方法を使っても手に入れる本専門のトレジャーハンター。
古の古代魔法が記されたスクロールから、発行前の人気小説原本まで書物に関するものなら手に入らないものはない。

「それを手に入れ為に貴族様の屋敷に忍び込んで、何度奥様のご機嫌を取り続けたことか!殺されそうになったりもしてなぁ」

「それはあなたが本を譲ってもらう目的以外の行為をその方にされたからでしょう?」

 あっさりと図星を指されたスパイクは頭を掻きながら明後日の方向を向いてとぼける。

「ま、まあ何にせよ俺が手に入れられない本は無いからな。で、例の物は?」

 アリスは無言で布袋を差し出す。
 それを受け取る際にスパイクは再び刃に襲われる事がないか警戒しながら受け取った。

 袋の中にはいくつもの水晶が入っていた。
 赤や緑、青から紫の物まで色とりどりに光り輝く水晶。
 それらを眺めながらスパイクはニヤリと笑う。

「こいつがどういうわけか魔術ギルドや教会に高額で売れるんだよなー」

「その水晶、出どころは話していませんよね?」

 先ほどの刃より恐ろしい圧が男に念を押す。

「も、もちろん喋ってなんかおりませんよー?お客様の情報は厳密に管理させておりますからねぇ……しっかしこんな貴重な水晶どこから……」

 男の言葉は途中で遮られる、少女のちらつかせるナイフがそうさせたのだ。
 まだ唇が痛い。

「あなたは知らなくて良いことです」

 相変わらずの軽口に呆れた顔で礼を告げアリスはその場を去ろうとした。

「おいおい、もう行っちゃうのかい?せっかくの逢引きなんだからもう少し楽しもうぜ……」

ドスッ

 アリスの表情に明らかな殺意が宿り、再びナイフが男の横顔をかすめ壁に突き刺さった。

「壁ドンって言うんですっけ、これ?街の女性たちが話しておりましたが?」

「違う!絶対違う!こんなもんで世の女性がトキメクか!」

 先ほどのお返しが出来たアリスは満足した顔で倉庫を後にした。

「やれやれ、もうちょっと愛想よければいいんだが……ま、いっか」

 そう言うと三本目の煙草に火をつけ、フーっとふかした後で天井を眺める。

「あちらにお住いの方々は全員あんな感じなのかねぇ?」

 スパイクは袋から取り出した水晶を放り上げ、器用に受け止めランタンの灯を消す。

「またのご利用お待ちしておりますよ、黒猫の王の従者さ・ま♪」


 アリスは夜道を急いで宿に戻り、寝息をたてる黒猫を起こさぬよう、小さな蝋燭に灯りを灯す。

 僅かな灯りと煙草の匂いを連れてきた従者を薄目で見ながら、黒猫は再度眠りに落ちた。

 黒猫と少女が泊まる宿の部屋は、夜通し灯りが消えることは無かったという。


 翌朝、早朝から賑わう漁の船からおこぼれをいただこうと起き上がった黒猫は、机に伏せて寝ている少女を見つけた。
 おそらく明け方まで読書に耽っていたのだろう。

『まったく、天にいる頃から本のことになると見境がないな・・・しかし最近はこんな本が流行っているのか・・・分からんな』

 黒猫は窓の隙間から部屋を脱出し港へと消える。
 朝日は穏やかに、そして温かくアリスのまどろみを包む。

 傍らに置いてある本にはこう記されていた。


『ドSな美少年従者はドMな魔王さまを愛してる』


 それは高貴な女性方に絶賛人気爆発中である作家の最新刊であったという。
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