黒猫の王と最強従者【マキシサーヴァント】

あもんよん

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第六章 大海の王者と魔導白書(グリモワール)

第二十一話「天使の歌」

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学院の外へ出ると、もう日が傾き始めていた。
眩しいな。そんな風に思いながら私は皆の後を追って歩いて行く。

……なんかこの光景、見覚えがあるような気がするんだけど。デジャブってやつ?
でも最近じゃないような……、う~ん、曖昧。

はっきり思い出せないけど、酷く懐かしいと思ってしまう自分がいる。それだけは何故か分かるんだよね……。

美しい光景に私が心を奪われていると、思い出したと言わんばかりに突然隣を歩いていた姉様が声を上げた。

「あっ!、私忘れ物してきちゃったわ。ごめん皆先に行っててくれる」

「分かりました。では馬車で待っていますね」

慌てた様子で来た道を戻ろうとする姉様に私は声をかける。それに分かったわ、と返事をして姉様は来た道を小走りで戻って行った。

「あの人も案外抜けているところがあるのね」

「流石姉妹だな。まぁ誰かさんの方が何倍も危なっかしいがな」

私達のやり取りを見ていたユキとレヴィ君が二人してそう口にする。決して姉様を馬鹿にしているわけではなく、ただ姉様の普段あまり見る事の出来ない慌てぶりに少し驚いているだけでしょう。
とは思い返した私はある事に引っ掛かりを覚える。レヴィ君の言った誰かさんって……、私の事じゃないっ!?
しかもさっき言ってた時、明らかに馬鹿にした目で私を見てたよね?気づいてたんだからね。

「むー!それ私の事でしょう」

「さぁ、誰の事かな」

確信を持ってそう言ったけど、あっさりとレヴィ君に流されてしまい、膨らんでいた私の頬は更に膨らむ事となる。

「全く貴方達は……。私は先に帰らせてもらうわよ」

私達の子どものようなやり取りを聞いていたユキは、これ以上は付き合い切れないと呆れた様子で早々に歩いて行き、待っていた馬車に乗り込んでしまう。

「あっ、はいっ!さようなら、ユキ。また明日」

そんな彼女に慌てて私が声をかけると、ええ、また明日ね。とそれだけ言い残してユキを乗せた馬車は走り出し、やがて見えなくなる。

「俺も帰るか」

それを見送ると続くように、レヴィ君もそう呟き歩き出す。そして同じ様に待機していた馬車に乗り込む前に声をかける。

「レヴィ君も、また明日」

「ああ、またな」

当たり前のように返事をしてくれるようになったレヴィ君。それにこちらを振り返って私と隣で大人しくしているアリンちゃんに向かって手を振ってくれる。それを見ると最初会った時の彼の態度が嘘のように思えてくる。

レヴィ君が乗り込むと程なくして馬車は動き出し、私達は見えなくなるまでその姿を見送っていた。

二人が帰った後、姉様がまだ戻ってこないけど馬車で待ってようと思い、私達ももう来ているだろうルカの待つ馬車へと向かった。
少し離れた場所にいつも待機しているその馬車には、やっぱりいつも通りルカが私達の帰りを待ってくれていた。

近づくと私達の姿が見えたのか、ルカが馬車を降りてくる。
そんな彼に声をかけようとした時。

「あら、まだ帰っていなかったの?」

タイミングを狙っていたかのような、敢えて遮るような物言いをするその声に覚えがあり、私は声のした方を振り返って見る。

「貴方は……」

「また会ったわね」

そこに居たのは件の人物。正直に言えば、出来れば会いたくなかった女性。

「アンジェリーナ先輩……」

アーベント伯爵家の令嬢、アンジェリーナさんの姿がそこにはあった。

「あら、先輩って呼んでくれるのね。嬉しいわ」

そう言った彼女はしかし言葉とは裏腹に表情が歪んでいるように見えた。本当は嬉しいなんて思っていない事は良く分かっていますよ。

……朝に続いて今度は何?それに一人でこんなところに居るなんて、もしかして私が来るのを待っていた、とか……?

「どうしたの?動揺したような顔をして」

朝の事もあって色々考えこんでいると、全てお見通しとでも言うのか嫌みな笑みを浮かべて聞いて来る先輩。悪意のある笑みとはまさにこの事ね……。

「いえ、もうすぐ日が暮れるのにまだお帰りになっていない事に少し驚いただけです」

動揺している事は本当だけど、それを隠す様に私も笑みを張り付けると気丈に言葉を返した。

「まぁ良いわ。あっ!」

どうでもいいと言うように素っ気なくそう言ったと思ったら、打って変わって驚くほど顔が輝き始めた先輩。
急な変わりように何事かと思い彼女の見つめる先を見ると。

「いらっしゃったのね、ルーカスさん」

馬車の傍らに立ちこちらの様子を伺っていたルカを見つめて顔を赤らめていた。

……あー、なるほどね。

それを見ただけで鈍感と言われる私でも流石に察するね。
先輩がルカに気があると言う事を。
ルカを見つめる先輩には最早私達二人の姿は見えていないようで、気にもしない。
ルカはと言うと、先輩の視線にはもちろん気付いているだろうけど、それに自分から触れようとはしない。面倒なことになるって分かるからだろうね。

しかしそれを気にする先輩ではなかった。
相手にされていない事を分かっていない先輩は、せっかくのチャンスとでも言うかのようにルカの方へとこれ見よがしに近づいていくと、上目遣いになる様にルカを見上げた。乙女モード発動って感じかな?

「初めましてルーカスさん。アンジェリーナです」

私と話してた時は初めに名乗ることをしなかったのに、ルカに対しては驚く程に態度が違う。
その態度にルカも嫌悪感を一瞬だけ露にした。でも流石は私の従者。すぐに表情を戻すと爽やかな笑みを作っていた。

「初めまして、ルーカスと申します。貴方はアーベント伯爵家のご令嬢ですね」

「はいっ、良くご存知ですね。あっ、私の事はアンジェとお呼びになって下さい」

爽やかさの下に隠している嫌悪感に全く気付いていない先輩は更に詰寄って行く。

「それで私に何か御用ですか?」

先輩のお願いを完全スルーで、必要最低限の話だけを進めて行くルカ。
そのあからさまな態度に漸く先輩も気づいたのか一瞬だけだけど表情を曇らせた。
まぁほんの一瞬だけど。ルカと同じく先輩も引かないね。

「用というか、お話をしに……」

「そうですか。では用は済みましたね」

「えっ?」

「私は貴方とお話する事はありませんので。失礼します。エル様、アリン帰りましょう」

「はい……、あっ、ルカ。今日は姉様も一緒に帰る事になってまして。今忘れ物をしたと言うので取りに戻っているところなんです。だから待っていてあげて下さい」

「分かりました」

もう用はないと話を終わらせたルカに、先輩はまだ言い募ろうとしていたようだけど、残念ながらルカの目にはもう先輩の姿は写っていないみたい。
私達の方へ向き直ると、いつもの優しい微笑みとともに手を差し伸べてくれる。

「先輩……、失礼します」

ルカの反応に相当堪えたのか、先輩はその場で呆然と立ち尽くしていた。その雰囲気に話しかけづらいと言うのがあったけど、どんなに失礼な人だとしてもこの学院にいる間は私の先輩、そう思って一言だけ声をかけた。

「……」

だけど返事は返ってこない。先輩の方をちらっと伺ったら唇を噛んで悔しそうな表情を浮かべているのが見えて、少し心配に思ってルカに目配せをしたけど首を横に振るだけ。今は何も言わない方が良いって事だね。

私は黙って差し出されている手を取りつつ馬車に乗り込み、アリンちゃんも同じようにして続いた。

「貴方も早くお帰りになられた方がよろしいですよ」

用はないって顔をしていたのにやっぱりルカは優しいんだな。結局最後は気遣いの言葉をかけるんだから。
なんだかんだ言って根は優しい人だからね。本当に感心するよ。
内心そう思いながら、二人にバレないようにこっそりと一人、笑っていた。

その後、先輩は何も言う事なく静かに歩いて行ってしまい、それと入れ替わりで忘れ物を取りに行っていた姉様が戻って来た。

そうして全員揃った馬車は程なくして動き出し、侯爵邸へと帰って行く。
家に帰るまでの間、窓の外を眺めながら明日面倒な事にならないと良いなと私は切に願っていたのだった。
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