黒猫の王と最強従者【マキシサーヴァント】

あもんよん

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第六章 大海の王者と魔導白書(グリモワール)

第十九話「大海の王者」

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「ネコチャン!ネコチャンー‼︎」


 もはや沈没寸前の船体を軽やかに飛び、クーリンは不覚にも手放していまった黒猫を探す。


 大群のクジラから一斉に攻撃を受けた船団の一部は一隻、また一隻と沈み、討伐に集められた傭兵達も傷つき逃げ失せ、そして海の藻屑と消えた。


 目の前の惨劇を目の当たりにして尚、快楽の街エゴイストの女帝は灯りが消えて闇と海の境が消えた水面を睨みつける。


「魚風情が……再び我から居場所を奪うか」


 戦意のある者は目をすくめ辺りを見渡す。恐怖と混乱の中再び水面が隆起するのを確認する。


「ひぃ!まただ!」

「やべぇ、もうこの船ももたねぇぞ!」


 全てが平等に最悪のシナリオを頭に描くが既に退路は無く、巨体に叩きつけられるか海に沈むかの二択を迫られた。しかしそこに無謀という名の策が女帝から放たれる。


「この船には彼奴らから搾り取った油が大量に保管されている!返せと狂うのならば火をつけて返してやれ!」


 起死回生に思える女帝の策に、動ける冒険者は賛同した。賛同せざるをえなかった。生か死か。道は閉ざされていた。


 樽に入った液体は独特の匂いをさせ、手につけば滑って動作もままならなかったが全員が助かる為必死に作業を行った。周りを鼓舞する者、自分をこんな目に合わせた海の怪物に悪態をつくもの、情けなくも泣きながら必死に作業する者。寄せ集めの傭兵団も死から逃れるという大きな目的の為に一致団結し、結果次の攻撃を待たずに反撃へ移る事が出来た。


「火を放て!」


 瞬間、辺り一面が火に包まれ昼間程の明るさにつつまれた。闇夜で襲撃を受け惨状をまともに見る事はなかったが、今は放たれた炎が己の絶望を語る。


 女帝と冒険者を乗せた船団の一部は、既に切り離され単独漂流していた。火と海獣の群れの中で。





 冷たい……。

 暗く苦しく自由も効かない。


 一度闇に堕ちた事もあったが、今は生命そのものが消えゆく感覚が分かる。過去はどうあれ、このか弱き存在は一瞬の出来事でいとも簡単にその灯をなくしてしまう。


 クーリンから手放された黒猫は海へ放り出され、ゆっくりと水底へ沈んでゆく。


 死を、恐れはしなかった。ただ残されたあの少女。自らが見つけ、育て、過酷な運命を背負わせた従者の事が気がかりだった。だが黒猫に力はなかった。万物の法則を覆す神としての存在も過去の事。どれだけ想おうが、足掻こうが、この海は全てを飲み込んた。


 遅れて沈んだ船や冒険者の亡骸が黒猫を追い出して行く。哀れと悔やんだのはどちらに対してか。薄れゆく意識の中、最後の火を灯す様に魔力が黒猫の体を包み、そして消えていく。




『おお……』

『おおおお……!』

『これは……まさか』

『いや間違う事があろうものか』



『アスタロト様!』



 海中は静けさを取り戻す。

 黒猫は少しずつ意識を回復させ、体内の海水をたらふく吐いた後に、自らが大きな泡に包まれている事に気付く。


『これは……いったい』


 水中に張られた膜に前足を伸ばそうとした瞬間、目の前に淡い光が現れる。驚きながらもその光を凝視すると、それが巨大な「目」である事がわかった。


『それには触らないでくだされ。外側は丈夫だが内側は意外と脆いのです』


 黒猫は目を見開いた。驚きと安堵、そして喜びが尾の先まで駆け抜けた。


『おぉおぉ姿形は変われども、その魔力、魂の輝き、変わりませんな……アスタロト様』


 やがて周囲をぼんやりとした光が灯る、大小様々な大きさの目が光を放ちやがて暗く冷たい海中を覆った。黒猫の泡を中心に無数のクジラがこうべを垂れ漂っている。初めに照らした瞳は少しずつ離れ、その巨体を確認出来る距離で改めてこうべを垂れた。


『アスタロト様、無事転生されました事、心からお喜び申し上げます』


「久しいな……白鯨」


 大砲を打ち鳴らしたような轟音が海中に響き渡りクジラが一斉に呼応し歌を唄う。泡に包まれていても大きな衝撃だったが、黒猫は懐かしいその歌声に体を預けていた。


『どこぞの神が仕組んだ様な偶然だが白鯨よ。お前達は何故地上の……しかも海の中に……』


 白鯨と呼ばれた海の巨体は黒猫を囲む他のクジラより何倍も大きく、小さな獣は山に話しかけているようでもあるが、人間や地上の動物が発する声とは本質が異なるものでコミュニケーションをとっていた。猫もクジラも、地上の住人ではないのだ。


『あの戦いの後、貴方様が堕天したと聞いた我々は天の地を去りました』


 クジラは古来、神々が住む天上を泳ぐ聖獣だった。温和な性格で知られていたが、一度怒りに火が付くとその体躯を宙から振り下ろし、その一撃は山の形すら変えてしまう事から「巨人の大棍棒」(ギガントフォール)と呼ばれていた。


『我々は誰が天の覇権を取ろうが、地上の人間をどうしようが興味がなかった。光溢れるあの世界で風や鳥と空を泳ぐ……そんな日々で充分だった。だから貴方様が戦に参加されると聞いたとき、我々には理解出来なかった』


 黒猫は光届かぬ水面を仰ぎ、当時の事を思い出していた。神々の戦いへ参加する事を反対したのはアリスだけではなかった。様々な友人が考えを改める様説得を試みた。だが頑なに首を縦に振らないアスタロトに対して、中には実力行使に出る者もいた。


『我々はあなたを止めたい一心で挑んだ。だが今考えれば思いが理解されない悔しさやもどかしさが怒りとなってあんな愚かな行動をとってしまった。結果……喧嘩別れの様になっていまった』


 黒猫を見つめる目は穏やかで慈愛に満ちていた。あの天上の地形さえ変える力を持つ存在とは思えないくらいの。クジラは優しい生き物だった。だからだろう仲間が戦へ出向くのを許せなかったのは。


『私も結局このありさまだよ白鯨……だが、私には理由があった』


 白鯨は優しく、ヒレで泡を掬い上げ上昇させた。


『えぇ、今となっては何故貴方様があの戦に参加されたかよくわかります。極端な、行きすぎた調和は権力を生む……』


 黒猫はうなずく


『貴方様が去った後の天界は大きな争いこそありませんが、調和勢が権力を競う場と成り下がった……自由で穏やかな、そんな場所ではなくなった』


 間違っていた、と語りかける旧知の友に、黒猫は違うと視線を向ける。哀れみと寂しさが混じる鼓動が海中に響きクジラが発する光が萎み、また開く。



『それで、この地へ降りたか』


 クジラは語る。

 戦争によって犠牲になった草木、湖や動物。

 その後の混乱と勝利者達の時代。


『ええ。我々は誰にも干渉されない自由な場所を求めた。そもそも貴方様のいない天界に未練などなかったのです……そして地上の海を生活の場に選んだ……あの頃はまだこの海は自由で穏やかだった』


 次第に白鯨の目から慈愛は消え、深海の様に冷たく、鋭くなっていく。


『人間どもは御方々の真似事を使い、この豊かな海を狩場とした。多少の犠牲は仕方ない……我々も他の生き物を喰らい生きている。だが奴らは殺しすぎる。仲間も……たくさんやられた……』


『だから沈めるのか?人間は愚かだが馬鹿ではない。卿もただでは済むまい』


 白鯨は黒猫から距離をとり、他のクジラ達も深海から次々と姿を現した。皆一応に冷たく鋭い目を海上に向ける。それは恐らく海上にいるであろう、仇の女帝を睨んでいた。


『見てくだされ。地上に降り新たな生き方を選んだ我々もまた、貴方様と同様小さく成り果てた。いずれ言葉を使える者もいなくなるでしょう』


『我々は知らしめねばならんのです。人間共の愚かさに対し、この自然を守るため……』


『調和勢の様にか?』


 黒猫の発した言葉に海中が静かに震える。

 戦に加わる事を反対したあの時の様に、かつての盟友は再び袂を分つかに思えた。



 その時、海上の異変に黒猫と白鯨は同時に気付く。


『これは⁉︎』


 白鯨の一言に次いで黒猫は確信した口調で恐る恐るその名を口にする。


『アリス……』
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