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第六章 大海の王者と魔導白書(グリモワール)
第十三話「襲撃者の正体」
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「して?我が街を襲っている不届きな魔物の正体は分かったのであろうな?」
アリスとツェッペリンは再び塔の天辺で女王と謁見していた。
女王は最初に来た時と変わらず、表情は薄笑いを浮かべ周囲には半裸の少年たちをはべらせている。
アリスは行動を共にするツェッペリンと女王の面前に立ち、お辞儀を済ませたばかりであった。
「せっかちだねぇ……」
ツェッペリンはやれやれといつもの葉巻に火を付けようとし、女王の視線に遮られその手を止めた。
「単刀直入に申し上げます。犯人は魔物ではございません」
女王は眉一つ動かさずアリスを見つめる。
これまで敵の事を“魔物”とは呼称していたが、正体不明だった為に真偽は分からず魔物でないと言われていても、別段不思議ではなかった。むしろ女王はその先にこそ興味があった。
「ほう……では、何だというのだ?」
アリスは軽く垂れていた頭を上げ、真っ直ぐに女王を見つめ率直に答えた。
「クジラです」
--話は昨晩に戻る--
「ひとつだけ……心当たりがあります」
そう言ったクシュミはボロボロの布鞄から一冊の本を取り出した。
襲撃があった場所で見つけた一欠けらの手がかりを元に、情報収集のため立ち寄った酒場で出会った女性。
それがクシュミであった。
分厚い眼鏡に三つ編みの髪。
その女性は自らを生物学者と名乗った。
本といっても羊皮紙を何枚も重ねて無理やり糸で通しただけの物である。しかしそこには東西南北あらゆる生物について研究された記述があり、口にした生物学者の肩書が偽りではないことが証明された。
「先程、ツェッペリ殿は魚とおっしゃいましたが、海にいる生き物は魚だけではございません。勿論、魔物もおりますがそれ以外にも存在するのです」
クシュミはページの中央に書いてある、島と同様の大きさを持つ生き物を指差した。
「なんじゃこりゃ?魚じゃねーか?」
期待した言葉を聞いたクシュミは上唇をペロリと舐めて得意げに続けた。
「この生き物は形こそ魚に類似していますが、中身は我々と同じ哺乳類。卵ではなく母親のお腹から子を産み、母乳で育てる生き物です」
しばらく無言で生物学者の話を聞いていたアリスは、ふとある事に気付き質問をする。
「この生き物の名前は?」
両手を組みそこに顎を乗せ、眼鏡の奥でクシュミは目を細める。
「……クジラですよ」
テーブルの上では絶句した大富豪の男と思慮深く本のページを凝視する少女。
そして満面のドヤ顔を向ける学者がそこにはいた。
酒場の喧騒だけが騒がしく、テーブルに沈黙が続く。
「……クジラ……ですか……」
少女は自らの銀髪を手でいじりながら少し残念そうにつぶやいた。
男はその様子を見逃しはしなかったが、理由までは分かるはずもなく、またそこに触れるほど野暮でもなかった。
思ったほど反応に乏しかった二人に多少がっかりしつつも、数少ない知識披露の場とあってクシュミは説明を続ける。
「先程も触れましたが、クジラは魚ではありません。水棲動物に分類される哺乳類です。普段は海中に住むオキアミなどの小さな生き物を捕食し、サメや他の魔物の様に人や魚を襲ったりはしません」
クシュミは懐から取り出した布に、ペンでエビのような生き物を描いて見せる。
「凶暴な肉食ではありませんが、体長は数メートルから数十メートル。時折、漁に出た船と衝突するという事故が報告されております。その時の証言では『まるで目の前に山がそびえ立ち、そのままこちらへ降ってきた……』とのこと」
アリスはようやく目を開け、クシュミに問いかける。
「その……クジラとやら、体当たりで船に穴を開けることも可能でしょうか?」
「ふーん、そうですねえ……」
クシュミは手を顎に当て、酒場の天井を見上げる。
「報告が上がっているクジラの大きさでは無理でしょうが……30メートルを超す個体がいれば……」
「おい!ちょいまち。魔物ではないとはいえ、そんなあぶねえ生き物が海にうようよいるんだったら危なっかしくて海の商いができねぇじゃねーか!そもそも海洋ギルドや中央の奴らは何も言わねーのかよ!」
ツェッペリンは先ほどの本を指でつつき、クシュミを問いただす。
「いえいえ、確かに事故が起きた例はありますが、世界の海で頻繁に起こっているものではありません。」
「んじゃあ……どこなんだよ?」
男の問いに学者は眼鏡の奥を光らせる。。
「ここ最近クジラが原因とされる事故は、このエゴイスト付近でのみ発生しています。だから私はこの場所に来たのです……」
「ここに来た……理由があると?」
アリスの問いに、クシュナの目は更に輝きを増した。
再び女王の間。
「あなた方が主食として狩っている、超巨大海洋生物……クジラです」
女王は言葉こそ発しなかったが、表情には明らかに不機嫌さがとって見えた。
アリスの答えが自分が意図したものと異なったからか、あるいはつまらなかったからか。
それはその場の誰にも分からない事だった。
アリスはこのエゴイストを襲っている魔物の正体がクジラだという根拠を話し始めた。
襲撃現場で見つけた繊維状の物。
それがクジラの髭である事。
クジラの全長は数十メートルを超え、その一撃でガレオン級の船に穴を開けることは造作もない事。
そしてこの船は、街としての人口を抱えていることから魚と同じほどクジラを捕獲し食料としている事。
また、その体から取れる油を燃料として使用している事。
「そして最後に……クジラは大変高い知能を持ち合わせ家族という組織を形成して生活しています……その彼らの生活を脅かす存在が最近現れた……」
アリスの最後の言葉は、明らかに女王の、エゴイストの所業を非難するものとなった。
流石のツェッペリンも冷や汗を流す。
これまで幾度となく危ない橋を渡ってきたが、このお嬢ちゃんは危ない橋を渡るどころか自ら橋を壊しながら歩いている様にしか見えない。
「では、そなたはそのクジラが復讐の為にこの船を襲っていると?」
Esの言葉には意外にも敵意は感じられなかった。
現状は突如現れた流浪の占い師風情に政策批判をされている様なもの。
国が国ならば処刑の命を出していてもおかしくはない。
「私は占い師です……信じるか信じないかは女王様次第です」
重い沈黙が流れる。
「よかろう、返答としては及第点だ。なにせ我の予想とほとんどが一致していたのだからな……そちの命分はおまけでチャラにしよう……だがゲームへの参加まではちょっと足りぬな」
ちょっと待て、とツェッペリンが異議を唱えようとしたその瞬間、アリスは懐から書簡を取り出した。
「もちろんこれが私の返答の全てではございません。女王が真に求めているものはここにございます」
取り巻きの少年が1人アリスに近づき、用心深く書簡を受け取るとそれを一旦開き何も無いことを確認し女王へ見せた。
「!?」
Esはしばらくその書簡を眺め初めて声をだして笑った。
「なるほどのう……よかろう。ゲームが行われる場所と時間、それからカギを渡そう」
アリスは静かに頭を垂れ。
ツェッペリンは胸を撫でおろした。
アリスとツェッペリンは再び塔の天辺で女王と謁見していた。
女王は最初に来た時と変わらず、表情は薄笑いを浮かべ周囲には半裸の少年たちをはべらせている。
アリスは行動を共にするツェッペリンと女王の面前に立ち、お辞儀を済ませたばかりであった。
「せっかちだねぇ……」
ツェッペリンはやれやれといつもの葉巻に火を付けようとし、女王の視線に遮られその手を止めた。
「単刀直入に申し上げます。犯人は魔物ではございません」
女王は眉一つ動かさずアリスを見つめる。
これまで敵の事を“魔物”とは呼称していたが、正体不明だった為に真偽は分からず魔物でないと言われていても、別段不思議ではなかった。むしろ女王はその先にこそ興味があった。
「ほう……では、何だというのだ?」
アリスは軽く垂れていた頭を上げ、真っ直ぐに女王を見つめ率直に答えた。
「クジラです」
--話は昨晩に戻る--
「ひとつだけ……心当たりがあります」
そう言ったクシュミはボロボロの布鞄から一冊の本を取り出した。
襲撃があった場所で見つけた一欠けらの手がかりを元に、情報収集のため立ち寄った酒場で出会った女性。
それがクシュミであった。
分厚い眼鏡に三つ編みの髪。
その女性は自らを生物学者と名乗った。
本といっても羊皮紙を何枚も重ねて無理やり糸で通しただけの物である。しかしそこには東西南北あらゆる生物について研究された記述があり、口にした生物学者の肩書が偽りではないことが証明された。
「先程、ツェッペリ殿は魚とおっしゃいましたが、海にいる生き物は魚だけではございません。勿論、魔物もおりますがそれ以外にも存在するのです」
クシュミはページの中央に書いてある、島と同様の大きさを持つ生き物を指差した。
「なんじゃこりゃ?魚じゃねーか?」
期待した言葉を聞いたクシュミは上唇をペロリと舐めて得意げに続けた。
「この生き物は形こそ魚に類似していますが、中身は我々と同じ哺乳類。卵ではなく母親のお腹から子を産み、母乳で育てる生き物です」
しばらく無言で生物学者の話を聞いていたアリスは、ふとある事に気付き質問をする。
「この生き物の名前は?」
両手を組みそこに顎を乗せ、眼鏡の奥でクシュミは目を細める。
「……クジラですよ」
テーブルの上では絶句した大富豪の男と思慮深く本のページを凝視する少女。
そして満面のドヤ顔を向ける学者がそこにはいた。
酒場の喧騒だけが騒がしく、テーブルに沈黙が続く。
「……クジラ……ですか……」
少女は自らの銀髪を手でいじりながら少し残念そうにつぶやいた。
男はその様子を見逃しはしなかったが、理由までは分かるはずもなく、またそこに触れるほど野暮でもなかった。
思ったほど反応に乏しかった二人に多少がっかりしつつも、数少ない知識披露の場とあってクシュミは説明を続ける。
「先程も触れましたが、クジラは魚ではありません。水棲動物に分類される哺乳類です。普段は海中に住むオキアミなどの小さな生き物を捕食し、サメや他の魔物の様に人や魚を襲ったりはしません」
クシュミは懐から取り出した布に、ペンでエビのような生き物を描いて見せる。
「凶暴な肉食ではありませんが、体長は数メートルから数十メートル。時折、漁に出た船と衝突するという事故が報告されております。その時の証言では『まるで目の前に山がそびえ立ち、そのままこちらへ降ってきた……』とのこと」
アリスはようやく目を開け、クシュミに問いかける。
「その……クジラとやら、体当たりで船に穴を開けることも可能でしょうか?」
「ふーん、そうですねえ……」
クシュミは手を顎に当て、酒場の天井を見上げる。
「報告が上がっているクジラの大きさでは無理でしょうが……30メートルを超す個体がいれば……」
「おい!ちょいまち。魔物ではないとはいえ、そんなあぶねえ生き物が海にうようよいるんだったら危なっかしくて海の商いができねぇじゃねーか!そもそも海洋ギルドや中央の奴らは何も言わねーのかよ!」
ツェッペリンは先ほどの本を指でつつき、クシュミを問いただす。
「いえいえ、確かに事故が起きた例はありますが、世界の海で頻繁に起こっているものではありません。」
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男の問いに学者は眼鏡の奥を光らせる。。
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「ここに来た……理由があると?」
アリスの問いに、クシュナの目は更に輝きを増した。
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女王は言葉こそ発しなかったが、表情には明らかに不機嫌さがとって見えた。
アリスの答えが自分が意図したものと異なったからか、あるいはつまらなかったからか。
それはその場の誰にも分からない事だった。
アリスはこのエゴイストを襲っている魔物の正体がクジラだという根拠を話し始めた。
襲撃現場で見つけた繊維状の物。
それがクジラの髭である事。
クジラの全長は数十メートルを超え、その一撃でガレオン級の船に穴を開けることは造作もない事。
そしてこの船は、街としての人口を抱えていることから魚と同じほどクジラを捕獲し食料としている事。
また、その体から取れる油を燃料として使用している事。
「そして最後に……クジラは大変高い知能を持ち合わせ家族という組織を形成して生活しています……その彼らの生活を脅かす存在が最近現れた……」
アリスの最後の言葉は、明らかに女王の、エゴイストの所業を非難するものとなった。
流石のツェッペリンも冷や汗を流す。
これまで幾度となく危ない橋を渡ってきたが、このお嬢ちゃんは危ない橋を渡るどころか自ら橋を壊しながら歩いている様にしか見えない。
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Esの言葉には意外にも敵意は感じられなかった。
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国が国ならば処刑の命を出していてもおかしくはない。
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