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第六章 大海の王者と魔導白書(グリモワール)
第十二話「飲み屋の客」
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エゴイストには歓楽街というだけあっていくつもの店が軒を連ねている。
もちろん飲み食いだけではなく、品物の売買、闇市、賭博、風俗などその名に恥じぬ品揃えとなっている。
こんな欲望の掃き溜めの様な街にも法はある。
ただそれは国家が定めた法でも、教会が定めた法でもない。
“無法”と言う名の法である。
それは暴力であったり、金や権力であったり、狂気であったり。
要するにその場を支配するものがルールとなる。
「まあ、酒が集まるところに人が集まるのは世の常だ。特にこんな街じゃなぁ」
テーブルにつくなり、高そうなバーボンをあおる男は空になった杯をテーブルに叩きつける。
さてどうする?
と、にらみつける男を気にもせず、銀髪の少女は少女らしからぬ飲み物をジョッキであおる。
潮風に晒され喉が渇いたからか、孤独の不安をかき消すためか、エールを一気に飲み干しアリスは店内を見渡す。
この街に数ある酒場でアリスがこの店を選んだのには訳があった。
まず、人目に付かない場所にある店であること。
観光客も多いこの街は大通りの目立つ店もある、そんな店は人も集まるが情報は集まらない。
次に、あまり高価な店ではないこと。
高い店の方が屈強な冒険者が集まりそうなものだが、今回欲しい情報は冒険者のそれではない。
最後に、猫がいること。
猫がいるという事はエサをやる人間がいること。
つまり動物を無下に扱わない、動物を興味や親愛の対象としている人間がいるということ。
決して黒猫を探すという事ではない。
「いや、嬢ちゃんそれは多少無理があるってもんだ」
淡い期待を看破され、かなり機嫌を損ねた銀髪の少女は親の仇を見るような目で目の前の大富豪を睨んでいた。
「あー!その目!なんだかチベットスナギツネの様でかわいいですねー!」
長い黒髪を両サイドで三つ編みに束ね、顔の半分はあろうかという大きなメガネかけた女性が二人のテーブルに半身乗り上げアリスの目の前3センチまで迫っていた。
「近い近い近い!!!」
アリスは突然の事に驚き反射的に距離を取った。
ツェッペリンは始めこそ驚いたが、あまり表情を変えない占い師が驚く様子が面白かったのか、しばらく見守っていた。
「あー!すみませんー!何だか壮絶な美少女がいるなーって思ったら、ジト目で有名な稀少価値の高いキツネの様な目に変わったものでついー」
度が強いのかその分厚い眼鏡の奥の目は見えないが、終始ニコニコと愛想のよい女性が自らの杯と料理をテーブルに置き合い席を求めてきた。
無造作に編んだ三つ編みとあまり気にかけていない服装とメガネからは想像もつかない人懐っこさで少女と大富豪は呆気にとられる。
「いやー店に入ってきた時から何だか妙な組み合わせの二人が入ってきたなーって。何ですがお二人、訳アリのつがいですか」
「そうだ!」
「ちがいます!」
終始ふざけた笑いのツェッペリンへ早々に修正を入れたアリスは、突然の馴れ馴れしい珍訪者へ警戒しつつも、ある気になった点を確認すべく席に戻る。
「先程、なんとかキツネみたいだって言いましたね?それは」
三つ編みの女性は自分の話に興味を示してくれた銀髪の少女に、喜ぶ子犬のようにとびつきじゃれかかる。
「キツネ!そうなんです大陸の中央にある高原にしか生息しない生き物でー。我々生物学者の間では“ジト目”と言われる目が可愛いんですよー」
「生物学者……」
「それでそれでその外にも高原には多彩な生き物がいてですねー!」
「いや、もういいですから!ちょっとそんなにくっつかないでください!」
ツェッペリンは終始ニヤニヤしながら、アリスの困った顔を肴に酒を飲んでいた。
「いつもクールな嬢ちゃんが慌てる姿も粋なもんだねえ」
「いや、のんきな事言ってないで早くこの人をどかせてください!」
三つ編みの女性が高原に生息する生き物について熱く語りながら、抱き着いたアリスの体中をまさぐり続け、ようやく引きはがされるのに結構な時間が必要だった。
「はあはあはあ……なんなんですかまったく……」
「えへへ……すみません、なかなかこんな話が出来る人がいなかったので、うれしくなってつい……」
アリスは滅茶苦茶になった髪と服を整え、コホンと咳ばらいをし表情を整えた。
「私は旅の占い師でアリス。こちらの方は事情があって共に行動しているツェッペリン様です」
ツェッペリンは静かに杯を掲げる。
「先ほど、生物学者とおっしゃいましたが?」
「ええ、ええ、そうなんですよー!あ、すみません、申し遅れました。私の名前はクシュミ。世界中にいる生き物の生態を調べるお仕事をしていますー」
クシュミと名乗る女性はメガネの位置を直し、背筋を伸ばして自己紹介を行った。
お世辞にもオシャレに気を使っているとは言えないダボダボのシャツとパンツ、一応権威ある学院所属の証としてマントと知識の印であるリンゴをあしらったブローチを付けている。
「なるほど……学者ですか……」
てれるな……と恥ずかしそうに頭をかくクシュミを訝し気に診ていたアリスはツェッペリンへ目配せした。
謎のウインクで応えたツェッペリンを無視し、自己紹介を続けるクシュミへ質問を投げかけた。
「これに見覚えはございませんか?」
テーブルには、先ほどアリスが魔物の襲撃現場で見つけた繊維状の物が差し出されていた。
「ほうほう、ちょいと拝借……」
クシュミは逆に見えないのではと思う距離に近づいて、その繊維状のものを観察した。
「うーん、獣の毛……とは少々異なるような……寒さや外敵の攻撃を守るものではないようですね……となると……」
学者はその三つ編みの出所につまった知識の引き出しを探り出す。
だがその答えを待たずに占い師は強引にその引き足をこじ開けた。
「海の生物……とは考えられませんか?」
「え?どういうこったお嬢ちゃん?こいつは魚の毛かなんかだって言うのか?」
ツェッペリンが驚くのにも無理はなかった。何故なら彼なりに予想していた“魔物”はあくまで海にすむ魔物という認識だったからだ。
これまでも彼なりに危険とは隣り合わせの生き方をしてきたし当然魔物と遭遇することも珍しくなかった、その彼が魚に襲われているという可能性は頭のどこにもなかった。
「海の……ですか……」
クシュミの表情が先ほどと一変する。
相変わらず目はレンズの分厚さに隠れてよく見えないが雰囲気が変わるのをアリスは感じた。
「ひとつだけ……心当たりがあります」
しばらくして、アリスとツェッペリンは店を出た。
男の方は微妙な面持ちだったが、少女は確信を得た表情をしていた。
二人が酒場を出た後、三つ編みの学者は数人の男とテーブルを囲んでいた。
「よろしかったのですか?あそこまで情報を開示しなくても……」
同じくマントとリンゴのブローチを付けた男は心配そうにクシュミへ話けかる。
「エサ巻きさ。あの男……ここの女王と繋がってるっていう大富豪だ。情報を手に入れればあの女王は必ず姿を現す」
クシュミはメガネを外し、三つ編みを無造作に解くと顔を数度振って指を櫛のように髪へ走らせた。
そこには先ほどの陽気な学者は姿を消し、妖艶なオーラを纏う女性が姿を現した。
「あの本が表に出るゲームに合わせてもう一つのエサも巻いておいた。自然の摂理に逆らうあの女とこの街を一度に葬ってやるよ……お前たちもぬかるなよ」
「承知しております……教授……」
男たち一斉に頭を下げると、店を出て夜の街へ塵尻に消えていった。
もちろん飲み食いだけではなく、品物の売買、闇市、賭博、風俗などその名に恥じぬ品揃えとなっている。
こんな欲望の掃き溜めの様な街にも法はある。
ただそれは国家が定めた法でも、教会が定めた法でもない。
“無法”と言う名の法である。
それは暴力であったり、金や権力であったり、狂気であったり。
要するにその場を支配するものがルールとなる。
「まあ、酒が集まるところに人が集まるのは世の常だ。特にこんな街じゃなぁ」
テーブルにつくなり、高そうなバーボンをあおる男は空になった杯をテーブルに叩きつける。
さてどうする?
と、にらみつける男を気にもせず、銀髪の少女は少女らしからぬ飲み物をジョッキであおる。
潮風に晒され喉が渇いたからか、孤独の不安をかき消すためか、エールを一気に飲み干しアリスは店内を見渡す。
この街に数ある酒場でアリスがこの店を選んだのには訳があった。
まず、人目に付かない場所にある店であること。
観光客も多いこの街は大通りの目立つ店もある、そんな店は人も集まるが情報は集まらない。
次に、あまり高価な店ではないこと。
高い店の方が屈強な冒険者が集まりそうなものだが、今回欲しい情報は冒険者のそれではない。
最後に、猫がいること。
猫がいるという事はエサをやる人間がいること。
つまり動物を無下に扱わない、動物を興味や親愛の対象としている人間がいるということ。
決して黒猫を探すという事ではない。
「いや、嬢ちゃんそれは多少無理があるってもんだ」
淡い期待を看破され、かなり機嫌を損ねた銀髪の少女は親の仇を見るような目で目の前の大富豪を睨んでいた。
「あー!その目!なんだかチベットスナギツネの様でかわいいですねー!」
長い黒髪を両サイドで三つ編みに束ね、顔の半分はあろうかという大きなメガネかけた女性が二人のテーブルに半身乗り上げアリスの目の前3センチまで迫っていた。
「近い近い近い!!!」
アリスは突然の事に驚き反射的に距離を取った。
ツェッペリンは始めこそ驚いたが、あまり表情を変えない占い師が驚く様子が面白かったのか、しばらく見守っていた。
「あー!すみませんー!何だか壮絶な美少女がいるなーって思ったら、ジト目で有名な稀少価値の高いキツネの様な目に変わったものでついー」
度が強いのかその分厚い眼鏡の奥の目は見えないが、終始ニコニコと愛想のよい女性が自らの杯と料理をテーブルに置き合い席を求めてきた。
無造作に編んだ三つ編みとあまり気にかけていない服装とメガネからは想像もつかない人懐っこさで少女と大富豪は呆気にとられる。
「いやー店に入ってきた時から何だか妙な組み合わせの二人が入ってきたなーって。何ですがお二人、訳アリのつがいですか」
「そうだ!」
「ちがいます!」
終始ふざけた笑いのツェッペリンへ早々に修正を入れたアリスは、突然の馴れ馴れしい珍訪者へ警戒しつつも、ある気になった点を確認すべく席に戻る。
「先程、なんとかキツネみたいだって言いましたね?それは」
三つ編みの女性は自分の話に興味を示してくれた銀髪の少女に、喜ぶ子犬のようにとびつきじゃれかかる。
「キツネ!そうなんです大陸の中央にある高原にしか生息しない生き物でー。我々生物学者の間では“ジト目”と言われる目が可愛いんですよー」
「生物学者……」
「それでそれでその外にも高原には多彩な生き物がいてですねー!」
「いや、もういいですから!ちょっとそんなにくっつかないでください!」
ツェッペリンは終始ニヤニヤしながら、アリスの困った顔を肴に酒を飲んでいた。
「いつもクールな嬢ちゃんが慌てる姿も粋なもんだねえ」
「いや、のんきな事言ってないで早くこの人をどかせてください!」
三つ編みの女性が高原に生息する生き物について熱く語りながら、抱き着いたアリスの体中をまさぐり続け、ようやく引きはがされるのに結構な時間が必要だった。
「はあはあはあ……なんなんですかまったく……」
「えへへ……すみません、なかなかこんな話が出来る人がいなかったので、うれしくなってつい……」
アリスは滅茶苦茶になった髪と服を整え、コホンと咳ばらいをし表情を整えた。
「私は旅の占い師でアリス。こちらの方は事情があって共に行動しているツェッペリン様です」
ツェッペリンは静かに杯を掲げる。
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「なるほど……学者ですか……」
てれるな……と恥ずかしそうに頭をかくクシュミを訝し気に診ていたアリスはツェッペリンへ目配せした。
謎のウインクで応えたツェッペリンを無視し、自己紹介を続けるクシュミへ質問を投げかけた。
「これに見覚えはございませんか?」
テーブルには、先ほどアリスが魔物の襲撃現場で見つけた繊維状の物が差し出されていた。
「ほうほう、ちょいと拝借……」
クシュミは逆に見えないのではと思う距離に近づいて、その繊維状のものを観察した。
「うーん、獣の毛……とは少々異なるような……寒さや外敵の攻撃を守るものではないようですね……となると……」
学者はその三つ編みの出所につまった知識の引き出しを探り出す。
だがその答えを待たずに占い師は強引にその引き足をこじ開けた。
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ツェッペリンが驚くのにも無理はなかった。何故なら彼なりに予想していた“魔物”はあくまで海にすむ魔物という認識だったからだ。
これまでも彼なりに危険とは隣り合わせの生き方をしてきたし当然魔物と遭遇することも珍しくなかった、その彼が魚に襲われているという可能性は頭のどこにもなかった。
「海の……ですか……」
クシュミの表情が先ほどと一変する。
相変わらず目はレンズの分厚さに隠れてよく見えないが雰囲気が変わるのをアリスは感じた。
「ひとつだけ……心当たりがあります」
しばらくして、アリスとツェッペリンは店を出た。
男の方は微妙な面持ちだったが、少女は確信を得た表情をしていた。
二人が酒場を出た後、三つ編みの学者は数人の男とテーブルを囲んでいた。
「よろしかったのですか?あそこまで情報を開示しなくても……」
同じくマントとリンゴのブローチを付けた男は心配そうにクシュミへ話けかる。
「エサ巻きさ。あの男……ここの女王と繋がってるっていう大富豪だ。情報を手に入れればあの女王は必ず姿を現す」
クシュミはメガネを外し、三つ編みを無造作に解くと顔を数度振って指を櫛のように髪へ走らせた。
そこには先ほどの陽気な学者は姿を消し、妖艶なオーラを纏う女性が姿を現した。
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