黒猫の王と最強従者【マキシサーヴァント】

あもんよん

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第六章 大海の王者と魔導白書(グリモワール)

第七話「快楽街の女王」

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アリスはツェッペリンに連れられ、エゴイストの中央にある塔。船長室と呼ばれる建物の前に来ていた。

連なる船団の中にある住宅区の中にある、どの場所からも必ず見える高さに女王の玉座はあった。

周囲を高い壁で覆い、所々に警備のための兵を配置している。
主の用心深さからか、それともこの街にとって女王がそれほどの価値を持つのか。
本来ならば一介の占い師が入れる場所ではない事は十分理解できる。

「要塞……」

アリスは見たままの印象をそのまま口に出した。

「へぇ、そうかい?俺様には牢獄に見えるがね」

そう言い塔のてっぺんを見つめるツェッペリンをアリスは不思議そうに眺める。

大きな門の前に辿り着くと、その両脇を門番が守っていた。

体躯は華奢なれど整った顔立ちをしており、なぜか自信ありげな笑みを浮かべてこちらを見ている。

「何だか値踏みされている気分ですね」

アリスは怪訝な表情で言い放つ。

「あぁ?ああ、ここの奴らはだいたいそうさ。まあ、任せな」

ツェッペリンは門へ向かってズカズカと歩いていく。
止まるように剣を抜く優男たちにも構わず、その剣に自らの顔を近づけて凄んだ。

「エスに伝えろ。大富豪が吉報を持ってきたと。厄介のタネを何とか出来るかも知れねえとな。それで応えねえならこの船は沈むと伝えろ」

門を守っている整った顔立ちの男たちは、その名を聞きいた後に顔を見合わせ片方の男が伝言を持って主の元へ走った。

しばらくして塔から戻ってきた優男が中へ案内すると伝えてきた。

拳から親指だけを立てこちらを見ているツェッペリンに目もくれずアリスは奥へ進む。

アリスは不安を抱えていた。

これから会うのは間違いなく傑物だろう。
それに相対す武器が無い。

戦いの力なら人間程度に後れは取らない。

だがこれから始まるのは交渉だ。

それに打ち勝つ“知恵が”自分にはあるか。

求められるのは戦う力ではなく争う力だ。


アリスは無意識にいつも傍らで小言を言う黒猫を目線で探した。

「タロ様のバカ」

建物の奥に進むと行き止まりに突き当たった。

門番が壁に指で何かの文字をなぞる様にすると、何もなかった壁に扉があらわれ小さな部屋の入口が姿を見せた。

門番に案内されてその小さな部屋に入る様言われたアリスは警戒したが、ツェッペリンが物怖じせず入りこちらをニヤニヤ見ていた。

躊躇した様子を見抜かれたアリスは少し不機嫌気味に門番の案内に従った。

大人が10人も入れば窮屈になるその小部屋は、かすかな魔力の反応がしたと同時に上昇する。

「どうだ驚いたかい?嬢ちゃん。こいつは魔法で塔のてっぺんまで連れて行ってくれる部屋なのよ」

アリスはそれに対し無言を貫いていたが、この街についてからずっと、この魔力を使った不思議なカラクリには驚きの連続だった。主人でさえ魔力を応用した技術だと驚きと感嘆の声を上げていた。

人間が魔力をここまで扱える様になっていた事には確かに驚いた。
そして同時にこの力こそグリモワールの存在を確固とする理由に違いなかった。

願いを実現させるため。
その一歩がこれからの時間に掛かっている。

アリスは手に力が入るのを感じた。

小部屋が塔の天辺に着き扉が開く。


朱色の壁と柱に所々金の装飾が施されている。

ここにも上半身裸の青年達が所々に配置しており、奥にはかろうじて透けて見える程度の薄い布が貼られてある。

「相変わらず見てくれだけのモヤシみたいな駒を揃えてやがるなぁエスよう」

到着するなりツェッペリンの横暴な態度に少し面食らったアリスだったが、スルスルと薄い布が両サイドに開いていくのを見て緊張が走った。

そこには両脇に年端もいかない少年をはべらせた妖艶な女性が鎮座していた。

赤く長い髪を胸のあたりまで伸ばし、極小の面積しかない布はそのしなやかな体の一部のみを隠していた。
手には扇子を持ち時よりおりパタパタと閉じたり開いたりしている。
服の代わりに身にまとう豪奢な宝石はこの歓楽街の女王のなりに相応しく、そのままでも十分男共を魅了する体を一層彩らせた。

「珍しい客が来たかと思えば……何だい?女の趣味でも変えたのかい?」

女王が笑うとそれに伴い周りの少年たちもクスクスと笑い出す。
それはある意味不自然で、そういう絡繰りの様にも見えた。

「冗談はよしてくれエス。俺様がここに来る理由はひとつしかねえ、ビジネスだ」

女王の目は爬虫類のそれの様にアリスの方を向く。

「金儲けにしか興味がないあんたが、こんな貧相な娘を売りに来たとは思えないが……あまりまどろっこしい事は嫌いでね要件を聞こうか」

アリスはツェッペリンの目が自分の役割はここまでとアピールしたのを察しスッと息を吸い込んだ。

「私はアリス。旅の美……占い師でございます。ここに居られますツェッペリン様から、この街を治める方が“ある厄介事”で非常にお困りと聞き参上いたしました」

女王はそれまで忙しなく動いていた扇子の開閉を止め、こちらに少し身を乗り出した。

「ほう、占い師とな……だが占い師なぞこの街ではそう珍しくもない。それに私は未来を視るとかいう言葉が嫌いでね。その言葉はペテンの一種だと思っているのさ」

再びセンスがパタパタと音を立てだし取り巻きの少年たちも笑みを絶やさないまま嘲け笑うように見ている。

「確かにそこの強欲者が言うように問題事はある。だがこの街はちーっとばかり厄介な問題ばかりで出来ていてね。いわゆる日常茶飯事ってやるさ。残念ながらあんたの出番はな……」

「モンスターの群れに襲われている……そう聞きましたが?」

アリスは言葉を遮るように本題に触れ、虚を突かれた女王は怪訝そうな目でツェッペリンを睨むが当の本人はニヤニヤとするだけだった。

「……いいだろう」

女王は自らのカードを意図せぬ形で他人によって暴かれたような苛立ちを覚えたが、特に感情に表すでもなく先程までの冷静さを失わず興味深い目でアリスを見ていた。

「数か月前にこの街は居場所を大きく移した。今ではこんな大きな街になってしまったが、これでも船なんでね。移動自体はそう問題ではない。ちぃーっとばかし、おいたをやらかすやつも集まる街だからね。なるべく“中央”の目が届かないところがいい」

ここで女王の言う“中央”とは中央教会のことを指す。
中央教会も表向きには博打や風俗を全面的には禁止していない。
全世界の統一教としての威光は譲らないが、各国の自治や政はそれぞれの権力者に任せている。

“手綱は握らず鈴を付ける”

これが中央教会のやり方だ。
そして鈴が鳴った時、表に出てくるのがあの体に3本の稲妻を刻んだ騎士団なのだ。

この街も他国と同様に独自の自治権を認められている。
だが歓楽街という街の性質上、大なり小なりの“非合法”は存在する。

それは、暴力や盗みといったものから、人身売買や非認可のポーションの取引。
そして魔力の開発。

魔法自体の使用は特に何かの管理下にあるわけではないが、あまりに膨大な力を変えてしまう力の存在は中央教会も見逃しはしない。

街ひとつ大海を超えるような“魔法の動力源”などは特に。

「まあ、面倒な神様の目が届かなくなったのはいい。問題はここが奴らの縄張りだったってことだ」

「奴ら?」

「ああ、沖に出てしまった以上我々の資源は海に限られる。食料はほぼ海の生き物だし、燃料も加工すれば魚の油で代用できる。だがある日を境に魔物に目をつけられてしまった。それからことあるごとに奴らの襲撃を受けている」

真に自らが統治する街を憂いてか、もしくは同情を引こうとしているのか女王の目は寂しそうに床を見つめ、取り巻きの少年たちは心配そうにそれを見ている。

ガレオン級以上の大きさを誇る船を何隻連らせて構成されているこのエゴイストは、航行機能は存在するものの、通常の船舶に比べて構造的には恐ろしく遅く脆い。

海に浮かぶ街の機能についで程度の航行機能しかない理由で、海の魔物たちからの攻撃から逃げる手段が無いのだ。
さらにやたら広い街になってしまったばかりに襲撃される場所の特定が難しく、被害が出たところの対応が間に合わずに常に後手を取っているのが現状らしい。

この街の……そして船の動力は人工的な魔力。
それに引かれて魔物が襲ってきているのか?
女王の話から思考を巡らすアリスには魔物の正体に繋がりそうな記憶は無かった。

「して、魔物の正体は?」

女王の目に再び影が宿る。

「さあ、なんせ襲撃をいつも日が落ちる夜なんでね。誰に聞いても相手が何なのか見当もつかない。ただ……」

「ただ?」

「ガレオン級の船を一発で沈めるような相手さ。山のように恐ろしくでかい化物だということだよ」

アリスの口元に笑みが浮かんだのをツェッペリンは見逃さなかった。
おそらくこれまで幾多の修羅場を潜り抜けたであろう勝負師の目は攻勢にでるアリスの一言に唾をのんだ。

「相手が何者かも知らずに挑むのは危険が大きすぎるでしょう。私がそのモンスターの正体を占ってご覧にいれます」

「ほう?魔物の正体とな?して対価は?」

「グリモワールをいただきたく存じます」

「だめだね。あれは腕利き冒険者を集め、討伐隊を作るためのエサだ。対価としては釣り合わない」

「では、グリモワールを手に入れるためのゲームへの参加というのはいかがでしょう」

女王の目はこれまでより深く影が覆い、ずっとアリスを見ていた。

「いいだろう。だがゲームへ参加するにはそれに似合ったものを賭けてもらう。それは準備出来るのだろうな」

アリスは何かを確信した笑みで女王にこう答えた。

「次にこの場所へ来たときは、あなた様の口からその“対価”聞くことになるかと思いますよ」
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