黒猫の王と最強従者【マキシサーヴァント】

あもんよん

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第六章 大海の王者と魔導白書(グリモワール)

第六話「残業」

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「おい!何やってる?フーリン早くこっちに来い‼︎」

しばらく黒猫と無言のにらめっこをしていた青年は、自分の名が呼ばれるとおもむろに黒猫を抱きかかえ声がする方へ向かった。

『ちょっと待て!何処に連れて行く?』

フーリンと呼ばれた青年は、フラフラと派手な衣装をした小太りの男の元へ歩み寄る。

何かの病気なのか、それとも元がそんな体なのか。
この青年はすごくやせ細りお世辞にもサーカスで皆を沸かす風貌には見えない。
視線は常に宙を泳ぎ、しゃべる言葉も途切れ途切れで聞き辛い。

「今夜もショーが終わった後、残業してくれるな?」

先程聖職者と話していた男は団長と呼ばれていた。
恐らくこのフーリンを始めとした見世物小屋のまとめ役なのだろう。
この体で何かの芸が出来るとは思えない。
精々道化の真似事だろうと黒猫は考えていた。

華奢な男の胸の辺りで。

『いや!決してさっきの女の胸が恋しいわけではないぞ!』

……そのころ少し離れた所で男が声を上げる

「うお!嬢ちゃんマジでどうした?さっきと比べ物にならないくらいおっかない顔になっているぞ!」

「本探すの止めようかな……」


改めて見世物小屋……。


「団長……今夜は僕一人で行く……」

恐らくはその“残業”と呼ばれる場所を団長が地図を指し示す傍らで、フーリンはボソッと呟いた。
普通なら聞き逃してしまいそうな言葉も慣れからか団長は説明を続けながら顔も上げず否定する。

「ダメだ!万が一失敗でもすれば中央の奴らが黙っていない」

奴らとは、恐らく先ほどの聖職者を言うのだろう。
先程から上で見ていた黒猫にはその正体は分かっている。
胸に3本線の稲妻。

“中央教会”

残業とは言うが、教会から請け負う闇の仕事を指すのだろう。
表向きには弾圧できない“粛清”の対象を隠れて始末する掃除屋、といったところか。

黒猫は先ほどの酒臭い部屋で行われていた一連の出来事を思い返していた。

「4~5人連れて行け。多少ボロボロになっても構わん。私が魔法でなんとかする」

その単語に黒猫が微かに反応する。

「団……長、もうこれ以上……は、みんながこわれてしま……う」

父親に叱られるのを恐れる子供のように、フーリンは団長へ抗議の声を上げるが当の本人は意に介せず作業を続ける。

「それとも大事な家族に魔法をかけるの止めるか?」

無表情にふわふわと泳ぐ視線が一瞬固まり、そのままうつむいたまま青年は団長の言葉に従った。

「……わかっ……た」

「よーーしよし、それでこそ我が子だ」

ようやくフーリンの方を見た団長は笑顔で肩を叩き残業の場所を示した地図を渡す。
だがその目に感情は見られない。
掃除に使うほうきや雑巾を見るのと同じ様に部屋から出ていくフーリンを見送っていた。

やせ細った硬い胸板に抱かれたままの黒猫は先程団長が言い放った“魔法”の意味を考えていた。

『魔法とは……例の本の噂と言い気になるな……少し様子を見るか……なぁアリ……』

黒猫はまた、居るはずのない従者の姿を探す。

『すごく……不便だな』


数刻経った後、フーリンは4人程の団員を連れて、ある建物を物陰から伺っていた。

連れてきた他の四人は体型こそ様々だが、共通して目に意思の力が無い。
目の焦点はどこか定まらず言葉も途切れ途切れなのはフーリンと同じだが、彼と違って確かな意思を感じられなかった。
何処か人形のような……そんな印象だけが感じられた。

「あの……部屋……」

フーリンは言葉少なくそれだけを言うと、ゆっくりと四人の団員たちは建物の中に入っていく。

しばらくすると男たちが叫び声をあげ、明らかに中で争う音がする。
それを確認したフーリンが後を追う様に建物へ向かった。

建物の中では明らかにガラの悪い二人組の男が息を切らしている。
見たところ冒険者の様だが、テーブルの上にはスクロールやポーションが並べられており、教会が禁止している違法な魔法取引の最中であったことは見るも明らかだった。

先に入った団員達は全て床に血を流し倒れている。
相手は二人とは言え多少腕の立つ冒険者であることはこの惨状を見れば明らかだった。

「くそ、まだ仲間がいやがったか!」

「構うもんか、こいつらフラフラでたいしたことねえ、こいつも同様に……」

二人の男のうち一人が手に持ったサーベルで切りかかろうとした瞬間。
フーリンは相も変わらない途切れ途切れの言葉で団長から渡されたスクロールを読み上げる。

「西方……に沈む太陽 川の流れ……は……巻き戻された 暮れ行……く時間に息吹……を与え そ…の力を取り戻……せ」

『四段階詠唱!? こやつ魔法が……いや、そのスクロールか?』

黒猫が驚き、周囲を見渡すと先ほど血を流して絶命していた団員がゆっくりと立ち上がり始めた。

「な、なんだこいつらぁ!」

冒険者は再びサーベルを掲げ団員たちを切り倒していく。

何度も切りつけ幾たび血が流れようが、団員たちは痛みを忘れたかのように冒険者へ向かっていく。

切っても切っても立ち上がってくる相手に、冒険者は次第に混乱し冷静さを失っていった。
型も何もない剣を振り回すだけの攻撃になってしまった頃に、フーリンの手から放たれた鋭い刃が冒険者の喉笛を切り裂く

冒険者は悲鳴を上げることも許されず、首を抑えながらゆっくりと血溜まりの床へ沈んでいく。
壁には冒険者を絶命させた2枚のトランプが刺さっていた。


フーリンは目的を失って立ち尽くす団員をよそにテーブルの上に並べられた取引の品をバッグに詰め込んだ。

その異様な様子を黒猫は見つめている。

『団員達は切られても尚立ち上がり向かっていった……このフーリンとやらが唱える詠唱はまさしく魔法……しかしこれは……』

部屋の中をうろうろと歩いている団員たちはまさに生ける屍だった。
その目には意思は感じられず、ただ虚ろな目でこう呟いていた

「……ころ……して」

気が付くと四人の団員は全員涙を流し、同じことを呟いていた。

呪いの言葉のように続けられる悲鳴に似た呟きにフーリンは耳を貸さず、テキパキと撤収作業を続ける。
黒猫はこの団員の言葉を聞き流し作業を続ける冷たい表情とは異なり、明らかに動揺を隠しきれておらず悲しみと怒りが混じった鼓動を感じ取っていた。それは先ほどの戦闘時よりも強く感じられた。

そして作業が完了すると足早に建物から去りフーリンと四人の生ける屍は夜の街に消えた。

「オネエチャン……僕はどうしたら……」

冷たい胸に抱かれた黒猫には誰にも聞こえない呟きと温かい涙にこの青年の痛みを感じ取った。
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