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第六章 大海の王者と魔導白書(グリモワール)
第五話「サーカス」
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従者が思考を巡らしている間、同じように主人もまた思考の海を漂っていた。
『しかし困った、これはしばらくアリスの機嫌は直らんな……しかし……』
黒猫は従者との争いの種となった本の事を考えていた。
『グリモワールか……また厄介なものを……』
神々の争いが終わり、秩序が地上を支配するようになって人間は初めて魔法に触れた。正確には神の御技なのだが、恐ろしく強大に見えた人間には“魔の法”に見えたのだろう。
それは神々にとって信仰を得るためには十分過ぎる材料であったが、その人間は少しでも神々の力に近づこうと独自の魔法に力を注いだ。
数えきれない程の時間と犠牲を払ったのだろう。
『その果てにたどり着いたのが本(これ)か』
アリスがあの闇の牢獄から自分を助け出すため、本来ならば一時的に神の力を奪い、アスタロトが脱出した際に全てを返すつもりだったのだろう。
その身を犠牲にして。
だがアスタロトには魔力のみしか吸収されず、結果姿を変えて地上へ落ちた。
『もはやあの頃に未練など無いというのに……それに神の力を返せばアリスの身も……』
いつしかクーリンは巨大な布で覆われたテントの頂上へ来ていた。
『これは……見世物小屋か?』
「チョットオトナシクシテテネ」
大人しくも何も、先ほどから胸の谷間に埋められたまま身動き一つ出来ないでいるタロはすでに諦めの境地へ達していた。
『別に居心地が良いわけではない』
誰とも知れず元神は言い訳をする。
この場所は街の中央近くにあって、複数のテントが連なって出来ている。
おそらく普段は客が集まるであろう大きなテントがひとつ。
その周りを様々な大きさのテントが囲むように広がっている。
クーリンは迷うことなく、大きなテントから一番離れた派手目のテントへ辿り着き屋根から中に入る
土地から土地へ渡り歩く見世物小屋のテントとは思えない豪華な外見とは裏腹に、中では二人の男が立ち話をしていた。
「さて、団長。今回の活躍大義であった。あの金の亡者がいなくなれば、益々信仰の力が増す。教皇様もお喜びになろう」
一人の男は聖職者の姿をしていた。
部屋にある金品類をながめながら話をしている。
「一部のギルドもそうですが、最近は経済だ政治だと信仰を蔑ろにする者も多ございます。その様な輩に天罰がくだるのは仕方ない事……お役に立てたのならば結構でございます。して今回の分でございますが……」
もう一人は見世物小屋の一員なのだろう、きらびやかな服にバランスの悪い 蝶ネクタイをしている。
「分かっておる。スクロールであろう?団長が飼うておる団員には必要であるからして」
「はい……ですが最近は耐性がついた者も多く、制御が切れる事もございます。面倒になる前にそろそろ強力なスクロールをいただければ……」
「団長に流しているスクロールも闇市場に流れれば大層な値がつくものぞ?あるもので何とかせよ」
団長と呼ばれた男は一度も 自分を見ない聖職者に深々と頭を下げる。
「……私の団員が自らの命と代償に中央教会の生きる剣となっている事……お忘れなく」
聖職者は頭を下げ表情を見せない道化を視界に入れることなくそのテントから出て行ってしまった。
クーリンと黒猫はその様子を息を殺して見つめていた。
そんな中、黒猫は自らを包む双丘に響く鼓動の変化を見逃さなかった。
『酒臭い男がいた場所での冷静な殺意ではなく、急に感情に身を任せた殺意に変わったな……。しかしこれほどまで感情の振り幅を持ちながら顔色ひとつ変えんとは。こやつ訓練されているな……』
部屋を出て行く神父を確認した後、クーリンは黒猫をそっと木箱の中に入れた。
「オトナシクマッテテ」
そう言うクーリンの目は少し優しく殺気のかけらも見られなかった。
『鼓動が平常にもどっていたな。相当訓練されていると見える…いや、胸元に埋まっているから気づいたのではなく……って何だこのプレッシャーは?』
ここは離れたツェッペリンの部屋。
「どうしたお嬢ちゃん、すごい顔してるぞ?」
「いいえ?今すごく腹が立つ言い訳をされた気がして……」
従者は天性の勘が働いたのか、主人に無言の圧を送っていた。
『さて、どうしたものか……あの巨にゅ……女、無駄に頑丈な箱に閉じ込めてくれたな』
テントの高いところにはロフトと呼ばれるスペースがあり荷物を収納しているであろう木箱が並んでいた。
黒猫が入れられた木箱は大人でも二人ほど入りそうな大きさでとても頑丈に作られていた。
黒猫以外にはおそらく見世物で使うのであろう小道具が入っている。
とても猫の体で蓋を開けて出られそうにはなかった。
『アリスのことも気になる、あいつグリモワールのことは諦めてくれればいいが……ん?マズイ!誰か来る』
木箱がゆっくりと開く。
「なんで……猫」
そこには長身で青白い顔の青年が真顔でこちらを見ていた。
途切れ途切れに話す口調……癖だろうか。目の下にあるクマと細長い四肢が病的なイメージを見た者に抱かせる。
「エサ……かな」
『何のだよ!』
どこかで見世物に使われているであろう肉食獣の雄叫びが聞こえる。
黒猫は肝心な時に隣にいない従者を少し呪った。
『しかし困った、これはしばらくアリスの機嫌は直らんな……しかし……』
黒猫は従者との争いの種となった本の事を考えていた。
『グリモワールか……また厄介なものを……』
神々の争いが終わり、秩序が地上を支配するようになって人間は初めて魔法に触れた。正確には神の御技なのだが、恐ろしく強大に見えた人間には“魔の法”に見えたのだろう。
それは神々にとって信仰を得るためには十分過ぎる材料であったが、その人間は少しでも神々の力に近づこうと独自の魔法に力を注いだ。
数えきれない程の時間と犠牲を払ったのだろう。
『その果てにたどり着いたのが本(これ)か』
アリスがあの闇の牢獄から自分を助け出すため、本来ならば一時的に神の力を奪い、アスタロトが脱出した際に全てを返すつもりだったのだろう。
その身を犠牲にして。
だがアスタロトには魔力のみしか吸収されず、結果姿を変えて地上へ落ちた。
『もはやあの頃に未練など無いというのに……それに神の力を返せばアリスの身も……』
いつしかクーリンは巨大な布で覆われたテントの頂上へ来ていた。
『これは……見世物小屋か?』
「チョットオトナシクシテテネ」
大人しくも何も、先ほどから胸の谷間に埋められたまま身動き一つ出来ないでいるタロはすでに諦めの境地へ達していた。
『別に居心地が良いわけではない』
誰とも知れず元神は言い訳をする。
この場所は街の中央近くにあって、複数のテントが連なって出来ている。
おそらく普段は客が集まるであろう大きなテントがひとつ。
その周りを様々な大きさのテントが囲むように広がっている。
クーリンは迷うことなく、大きなテントから一番離れた派手目のテントへ辿り着き屋根から中に入る
土地から土地へ渡り歩く見世物小屋のテントとは思えない豪華な外見とは裏腹に、中では二人の男が立ち話をしていた。
「さて、団長。今回の活躍大義であった。あの金の亡者がいなくなれば、益々信仰の力が増す。教皇様もお喜びになろう」
一人の男は聖職者の姿をしていた。
部屋にある金品類をながめながら話をしている。
「一部のギルドもそうですが、最近は経済だ政治だと信仰を蔑ろにする者も多ございます。その様な輩に天罰がくだるのは仕方ない事……お役に立てたのならば結構でございます。して今回の分でございますが……」
もう一人は見世物小屋の一員なのだろう、きらびやかな服にバランスの悪い 蝶ネクタイをしている。
「分かっておる。スクロールであろう?団長が飼うておる団員には必要であるからして」
「はい……ですが最近は耐性がついた者も多く、制御が切れる事もございます。面倒になる前にそろそろ強力なスクロールをいただければ……」
「団長に流しているスクロールも闇市場に流れれば大層な値がつくものぞ?あるもので何とかせよ」
団長と呼ばれた男は一度も 自分を見ない聖職者に深々と頭を下げる。
「……私の団員が自らの命と代償に中央教会の生きる剣となっている事……お忘れなく」
聖職者は頭を下げ表情を見せない道化を視界に入れることなくそのテントから出て行ってしまった。
クーリンと黒猫はその様子を息を殺して見つめていた。
そんな中、黒猫は自らを包む双丘に響く鼓動の変化を見逃さなかった。
『酒臭い男がいた場所での冷静な殺意ではなく、急に感情に身を任せた殺意に変わったな……。しかしこれほどまで感情の振り幅を持ちながら顔色ひとつ変えんとは。こやつ訓練されているな……』
部屋を出て行く神父を確認した後、クーリンは黒猫をそっと木箱の中に入れた。
「オトナシクマッテテ」
そう言うクーリンの目は少し優しく殺気のかけらも見られなかった。
『鼓動が平常にもどっていたな。相当訓練されていると見える…いや、胸元に埋まっているから気づいたのではなく……って何だこのプレッシャーは?』
ここは離れたツェッペリンの部屋。
「どうしたお嬢ちゃん、すごい顔してるぞ?」
「いいえ?今すごく腹が立つ言い訳をされた気がして……」
従者は天性の勘が働いたのか、主人に無言の圧を送っていた。
『さて、どうしたものか……あの巨にゅ……女、無駄に頑丈な箱に閉じ込めてくれたな』
テントの高いところにはロフトと呼ばれるスペースがあり荷物を収納しているであろう木箱が並んでいた。
黒猫が入れられた木箱は大人でも二人ほど入りそうな大きさでとても頑丈に作られていた。
黒猫以外にはおそらく見世物で使うのであろう小道具が入っている。
とても猫の体で蓋を開けて出られそうにはなかった。
『アリスのことも気になる、あいつグリモワールのことは諦めてくれればいいが……ん?マズイ!誰か来る』
木箱がゆっくりと開く。
「なんで……猫」
そこには長身で青白い顔の青年が真顔でこちらを見ていた。
途切れ途切れに話す口調……癖だろうか。目の下にあるクマと細長い四肢が病的なイメージを見た者に抱かせる。
「エサ……かな」
『何のだよ!』
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