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第六章 大海の王者と魔導白書(グリモワール)
第四話「本物か偽物か」
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アリスはじっくりと品定めを行うでもなく、事務的にテーブルの上に並べられているものを左右に分けていく。
それは小さなメダルから何かの巨大生物の体の一部と思われる物。一枚の紙切れから鉄屑まで多様な品揃えであった。もちろんアリスにこれらの物を正確に見定める能力はない。先程主人から受け取った魔力を品物に流し、反応があった物だけを選別している。
先程のハッタリにしてもまったく根拠がないわけではない。
自らを富豪と名乗る割には身なりは貴族や豪族のそれとはかけ離れている。言うなれば“いつでもなりふり構わず逃げられる”格好なのだ。周りの付き人も違和感があった。最初は半裸の女性達もそれなりの手練れなのかと考えたが、動きひとつひとつは一般的な女性と変わらない。ただひとつ主人を豊満な体で拘束していた女性を除けば、とても戦力と言えるものは存在しない。この無法の街でこれだけの物を揃えておいてボディーガードが彼女一人というのは明らかにおかしい。この男が実は手練れで側近を必要としない可能性もあったがそれもなさそうだ。
酒を注ぐ際に何度か“仕掛けた”が気づく様子もない。
まあその度に隣の女性の牽制もあったのだが……。
そしてアリスの動きがふと止まった。
ある古びた本を手に取りしばらく時間を置く。
小さく溜息をついた後、やはりその本も右側へ寄せ、これですべての鑑定の終わりを告げた。
「以上です。右が偽物かもしくはそれほど価値がないもの。左側が……どれほどの価値か分かりかねますが、恐らくはあなたが望む品でしょう」
「そっか、ならば嬢ちゃん。その上等な服を脱いで四つん這いになりな」
周りからクスクスと失笑の声が聞こえてくる。
「どういうことでしょう。ルールを無視して事を進めるなら私にも考えが……」
席を立とうとするアリスの前にクーリンが立ちはだかり黒猫が差し出される。
“立つな”というメッセージを人質ならぬ猫質を取ることで伝えている。
「ルールは何も無視しちゃいねえよ嬢ちゃん。あんたは間違えた。その瞬間に敗北が決定し今後の人生が決まっちまった。それだけのシンプルな事だ」
「私は何も間違っていません。この左右に分けた品々の鑑定に失敗はないはずです」
「それがあるんだよ。……まあ、これはレッスンだ嬢ちゃん。この俺様が気まぐれに行う授業だよ」
ツェッペリンは人差し指をアリスの目の前でクルクルと回し始めた。
「嬢ちゃんが選別した物の一つに間違いがある。他の全ては正解だが……まあその点は評価してもいい。だがミスはミスだ。たった一つのミスでドン底に落ちる。人生はそんなもんだ」
そしてその人差し指はある置物を指した。
「この聖母の像、これは偽物だ。俺様の家に元々あったもので値打ち品と聞いていたんだがな。先日、中央教会の神父に見てもらってたところ、装飾や宝石があしらっているが歴史的価値もなければマジックアイテムというわけでもないそうだ。まあ、俺も呆けた婆さんに一杯くわされたってわけだ。ぶっ殺してやりてぇがすでにあのお世にいっちまってるしなあ。」
苦笑いをする男に対し、アリスはあくまで冷静に反論する。
「それは本物ですよ。お気付きではありませんか?」
「おいおい、往生際の悪い奴はあまり好きじゃねぇんだ。他の全てが正解だった事に免じて命だけは助けようと思っているんだがな。あまりオイタが過ぎるとそこの小汚い獣と一緒に海獣の餌にしてやるぞ」
『小汚いって……』
黒猫はクーリンの手で首の後ろを持たれたまま揺れている。
「本当にお気付きでないのですか?それならばあなたの胸の内に聞いてみては」
「ガハハハハハ。まさかあの神父と同じ様に婆様の形見だからとか言うんじゃねーだろうな?この状態で感情に訴える方法は悪くはないが、生憎俺様にはその手の情はねぇんだよ」
「だからこそ、それは本物だと言ってるのですよ。あなたに一般的な情や信仰は無いのでしょう?。で、その神父とはどこで?」
「あぁん?奴は突然ここを訪ねてきたんだよ。中央の教会なんぞ胸焼けするほど嫌いだがな。この聖母の像を見せて欲しいと言うからな。ついでに見てもらったんだが……おい、それが一体なんだってんだ」
自分が追い詰めたと思った相手が一向に顔色を変えず、ただ淡々と持論を語る様子に男は違和感を覚えた。
「あなたは利益優先、信仰や秩序と対局の位置にいます。そんな人物をあの中央が許すとお思いですか?」
そう言ったアリスは聖母像をツェッペリンに投げてよこす。
「その神父が来たのはいつです?」
「昨日の今頃だが……」
「では間も無くでしょうね……」
ツェッペリンが持った聖母像は徐々に熱を持ち青白く光を放ち出す。
「……‼︎」
クーリンは黒猫を抱えたまま、ツェッペリンの手から像を奪い、その細長い美脚で夜空へ蹴り飛ばした。
〈ドーン!〉
青白い光を放っていた像は部屋の上空で破裂した。
それは様々な色の花火の様に見え、周囲からは拍手の音が聞こえてきた。
「遅効性の魔法ですね。一定時間後にあなたが手に取る事をトリガーにしたものかと……ね?本物でしょう?」
しばらく呆気に取られていた男の口がやっとの思いで開く。
「本物……の暗殺道具……だと」
ツェッペリンは怒りに満ちた目で遠くを見つめるとクーリンに目で指示を送る。
チャイナ服の美女は静かにうなずき、窓から外へ飛び出して屋根伝いにある場所へ向かった。
「あ、その猫は置いて行って……」
咄嗟の出来事に従者は主人を取り返すことが出来ず、差し出した手は宙を彷徨った。
「嬢ちゃん非礼を詫びよう。すまなかった」
多少の落ち着きを取り戻した男はソファに深々と座り酒をあおる。
「一つ聞かせてくれ。嬢ちゃんの目が節穴でないのは分かった。だがさっき、明らかに価値のねえ本を手に取った際、明らかに躊躇ったな?……あれはなぜだ」
アリスはグリモワールの話をするか迷った。
この男ならばそれなりの情報を持っていることは間違いない。事情を話せば目的に一歩近づける。
しかしこの男は信用できるのか。
仮に信用したとして事情など話せるわけがない。
だが何も話さなければ、この男は先程の怒りをこちらに向けかねない。
話に出てきた神父とやらの仲間と思われても厄介だ。
アリスは考える。
いつもなら傍で正しく導いてくれる主人がいる。
いつもなら……。
「ある本を探しているのです。大切な人を救うために」
アリスは来たばかりの欲望の街で最初の賭けに臨んだ。
それは小さなメダルから何かの巨大生物の体の一部と思われる物。一枚の紙切れから鉄屑まで多様な品揃えであった。もちろんアリスにこれらの物を正確に見定める能力はない。先程主人から受け取った魔力を品物に流し、反応があった物だけを選別している。
先程のハッタリにしてもまったく根拠がないわけではない。
自らを富豪と名乗る割には身なりは貴族や豪族のそれとはかけ離れている。言うなれば“いつでもなりふり構わず逃げられる”格好なのだ。周りの付き人も違和感があった。最初は半裸の女性達もそれなりの手練れなのかと考えたが、動きひとつひとつは一般的な女性と変わらない。ただひとつ主人を豊満な体で拘束していた女性を除けば、とても戦力と言えるものは存在しない。この無法の街でこれだけの物を揃えておいてボディーガードが彼女一人というのは明らかにおかしい。この男が実は手練れで側近を必要としない可能性もあったがそれもなさそうだ。
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まあその度に隣の女性の牽制もあったのだが……。
そしてアリスの動きがふと止まった。
ある古びた本を手に取りしばらく時間を置く。
小さく溜息をついた後、やはりその本も右側へ寄せ、これですべての鑑定の終わりを告げた。
「以上です。右が偽物かもしくはそれほど価値がないもの。左側が……どれほどの価値か分かりかねますが、恐らくはあなたが望む品でしょう」
「そっか、ならば嬢ちゃん。その上等な服を脱いで四つん這いになりな」
周りからクスクスと失笑の声が聞こえてくる。
「どういうことでしょう。ルールを無視して事を進めるなら私にも考えが……」
席を立とうとするアリスの前にクーリンが立ちはだかり黒猫が差し出される。
“立つな”というメッセージを人質ならぬ猫質を取ることで伝えている。
「ルールは何も無視しちゃいねえよ嬢ちゃん。あんたは間違えた。その瞬間に敗北が決定し今後の人生が決まっちまった。それだけのシンプルな事だ」
「私は何も間違っていません。この左右に分けた品々の鑑定に失敗はないはずです」
「それがあるんだよ。……まあ、これはレッスンだ嬢ちゃん。この俺様が気まぐれに行う授業だよ」
ツェッペリンは人差し指をアリスの目の前でクルクルと回し始めた。
「嬢ちゃんが選別した物の一つに間違いがある。他の全ては正解だが……まあその点は評価してもいい。だがミスはミスだ。たった一つのミスでドン底に落ちる。人生はそんなもんだ」
そしてその人差し指はある置物を指した。
「この聖母の像、これは偽物だ。俺様の家に元々あったもので値打ち品と聞いていたんだがな。先日、中央教会の神父に見てもらってたところ、装飾や宝石があしらっているが歴史的価値もなければマジックアイテムというわけでもないそうだ。まあ、俺も呆けた婆さんに一杯くわされたってわけだ。ぶっ殺してやりてぇがすでにあのお世にいっちまってるしなあ。」
苦笑いをする男に対し、アリスはあくまで冷静に反論する。
「それは本物ですよ。お気付きではありませんか?」
「おいおい、往生際の悪い奴はあまり好きじゃねぇんだ。他の全てが正解だった事に免じて命だけは助けようと思っているんだがな。あまりオイタが過ぎるとそこの小汚い獣と一緒に海獣の餌にしてやるぞ」
『小汚いって……』
黒猫はクーリンの手で首の後ろを持たれたまま揺れている。
「本当にお気付きでないのですか?それならばあなたの胸の内に聞いてみては」
「ガハハハハハ。まさかあの神父と同じ様に婆様の形見だからとか言うんじゃねーだろうな?この状態で感情に訴える方法は悪くはないが、生憎俺様にはその手の情はねぇんだよ」
「だからこそ、それは本物だと言ってるのですよ。あなたに一般的な情や信仰は無いのでしょう?。で、その神父とはどこで?」
「あぁん?奴は突然ここを訪ねてきたんだよ。中央の教会なんぞ胸焼けするほど嫌いだがな。この聖母の像を見せて欲しいと言うからな。ついでに見てもらったんだが……おい、それが一体なんだってんだ」
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そう言ったアリスは聖母像をツェッペリンに投げてよこす。
「その神父が来たのはいつです?」
「昨日の今頃だが……」
「では間も無くでしょうね……」
ツェッペリンが持った聖母像は徐々に熱を持ち青白く光を放ち出す。
「……‼︎」
クーリンは黒猫を抱えたまま、ツェッペリンの手から像を奪い、その細長い美脚で夜空へ蹴り飛ばした。
〈ドーン!〉
青白い光を放っていた像は部屋の上空で破裂した。
それは様々な色の花火の様に見え、周囲からは拍手の音が聞こえてきた。
「遅効性の魔法ですね。一定時間後にあなたが手に取る事をトリガーにしたものかと……ね?本物でしょう?」
しばらく呆気に取られていた男の口がやっとの思いで開く。
「本物……の暗殺道具……だと」
ツェッペリンは怒りに満ちた目で遠くを見つめるとクーリンに目で指示を送る。
チャイナ服の美女は静かにうなずき、窓から外へ飛び出して屋根伝いにある場所へ向かった。
「あ、その猫は置いて行って……」
咄嗟の出来事に従者は主人を取り返すことが出来ず、差し出した手は宙を彷徨った。
「嬢ちゃん非礼を詫びよう。すまなかった」
多少の落ち着きを取り戻した男はソファに深々と座り酒をあおる。
「一つ聞かせてくれ。嬢ちゃんの目が節穴でないのは分かった。だがさっき、明らかに価値のねえ本を手に取った際、明らかに躊躇ったな?……あれはなぜだ」
アリスはグリモワールの話をするか迷った。
この男ならばそれなりの情報を持っていることは間違いない。事情を話せば目的に一歩近づける。
しかしこの男は信用できるのか。
仮に信用したとして事情など話せるわけがない。
だが何も話さなければ、この男は先程の怒りをこちらに向けかねない。
話に出てきた神父とやらの仲間と思われても厄介だ。
アリスは考える。
いつもなら傍で正しく導いてくれる主人がいる。
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