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第六章 大海の王者と魔導白書(グリモワール)
第三話「美女ノ舞」
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「スマン ゴミヲステタ」
紫がかった深い紺色の髪を頭の上でまとめ、広がったスリットから伸びたしなやかな身脚が自分の身長程はあろうかという柵の上にのっている。
どうやら先ほどの酔っ払いは、この足に蹴られて落ちてきたらしい。
アリスは身体的な特徴として自分に足りない物を持つ目の前の女性に意味もなく苛立った。だが今はそんな場合では無いと黒猫に再度訴えようとした際、これもまた再び野太い男達の怒声に阻まれてしまった。
「おいてめぇそこの姉ちゃん、俺たちの仲間になんてことしてくれたんだ!」
「仲間の怪我の慰謝料払ってもらうぜ。なんならあんたの身体ででもなぁ」
などと小悪党が言いそうなセリフの5本の指に入りそうな事を言い放った男達を銀髪の少女とチャイナドレスの女性は凍てつくような目で睨みつけた。
二階のテラスから身軽に飛び降りアリスの前に立った美女はその長い黒髪を書き上げ見下す様に言い放った。
「コムスメ。ケガスルカラドクトイイ」
アリスは表情さえ変えなかったが、怒りが沸点を超える。
「人の大事な会話を邪魔しといてどけとは随分ではありませんか」
美女と美少女が向かい合う。
普段なら男どもが色めく場面だが、こうも殺気立った二人に声をかける者などいなかった。
それを二階のテラスからニヤニヤと笑いながら、葉巻の煙をたゆらす男が見ていた。
片手には酒の入ったグラスを掲げ、両脇には布より肌の面積が広い女性が寄り添って同じように笑っている。
先程の小悪党はようやく自分たちが無視されていることに気が付き我に返る。
「クソ、バカにしやがって!やっちまえ!」
先程までにらみ合っていた美少女と美女は、下品な掛け声で飛びかかる男達をかわし、確実に急所を居抜き一撃で動きを止める。
今から殺し合いでも始めそうな雰囲気だったと思えないほどのコンビネーションで瞬く間に男たちをのしていく様は、あたかも舞を踊っているようでもあり、それまで遠巻きに見ていた人々も思わず歓声を上げるほどだった。
スピードと身軽さで男たちを翻弄し死角から的確に急所を狙うアリスに対し、相手の動きに合わせ勢いを利用して蹴りや突きで大勢の男達を再起不能にするチャイナドレスの女性。
二人は呼吸を合わせて次々と男達を再起不能へ追いやる
最後の男を倒した二人は、まるで歌劇の演武の様に背中を合わす。
「ドウヤラ、オカザリノニンギョウデハナイヨウダナ」
「そちらこそ、無駄に脂肪の付いたその体でよく動くものですね」
二人の視線が再度殺気をはらんで交じり合う。
先程男達に向けた気とは比べ物にならない殺気が交差する。次はこの美少女と美女の一騎打ちかとギャラリーが湧く。
『待て、アリス!あまり騒ぎを……』
騒ぎが大きくなったのを見かねた黒猫は従者を制止しようと近づくが、ガサツな高笑いと拍手の音がそれを制止した。
「ガッハッハッハッハ!嬢ちゃんやるじゃねぇか!」
葉巻を加え、古びたテンガロンハットを崩してかぶった男は豪快に手を叩きながら、階下の騒動を見降ろしていた。
「クーリン、嬢ちゃんを連れてこい」
明らかに嫌な予感を感じ取った黒猫は慌てて従者を呼び戻す。
『行くぞアリス。これ以上関わるのは……ん?』
黒猫は自分の体を生暖かく柔らかい物が左右から包み込まれる感触に口を噤んだ。
それはいつのまにか、クーリンと呼ばれた美女の胸元に埋まる形で抱きかかえられていたからに他ならない。
「ああ、お前は猫が好きだったな。まあいい、ついでに連れてこい」
若干、黒猫がうっとりなっている様に見え、アリスの感情が高ぶる。
「コッチダ」
クーリンは飲み屋の二階奥へアリスを向かわせた。
許された者だけが入れる特別な一室には、数々の料理と酒、貴重品と思われる貴金属や陶器、書物や像が並ぶ。見た事もない柄をあしらった絨毯やソファーにはほぼ半裸の女性たちがくつろいでいる。
この光景だけでも目の前の男が只者でない事は明らかだが、肝心なのはこの男が一人と一匹にとってトラブルか否か、だった。
「まあ、くつろいでくれや。と言っても俺様用の部屋だからちょっと嬢ちゃんには刺激が強いかもしれないけどなあ」
男の笑い方は下衆で荒々しく品性とはほど遠いものであったが、並べられた品々の質や料理は一級品のものばかりであった。淫らな女性も奴隷の様な影もなくこちらを好奇の目で覗いている。
相手を見定める様に観察するアリスに一人の女性が飲み物を勧める。
もちろん誰がどう見ても果実を絞った飲み物を……と考えた矢先、銀髪の少女から出てきたオーダーは意外なものだった。
「エールを……」
一瞬、呆気に取られた男は次の瞬間大笑いする。
「ガハハハハハ!嬢ちゃん!エールなんて馬のションベンはここにはねーよ。ここにある酒はこいつだけだ!」
男はビンを差し出す。
「紹興酒……ですか」
「ほう、博識だねえ。こいつはクーリンの故郷に伝わる酒でなあ。何でもこいつを飲むとめっぽう強い格闘家に変身するらしいんだが……まあ俺様には興味ねえ。旨い。それだけよ」
アリスは瓶を手に取り一通り眺めた後、おもむろにラッパ飲みを始めた。
『あのバカ……』
黒猫の言葉が聞こえたかどうか、アリスは瓶を空にしテーブルに叩きつけた。
「クセがありますが程よい感じです。香りがクセになりそうですね」
男も美女も半裸の女性達も、おそらく価値のあるであろう宝石達も、目の前の少女が紹興酒をラッパ飲みで一瓶空にする、という光景を見て呆気に取られていた。
再び部屋中に粗野な笑い声が響く。
「いいねえ!ますます気に入った!喧嘩も強え、酒にも強え!これでもうちょい体にメリハリがありゃ言う事ねえなあ!」
案の定メリハリの部分で若干表情が変わったアリスだったが、これ以上の揉め事は避けるべきと理解していた。何より相手の正体が分からない。
「ごちそうさまでした。これで先程の件は貸し借り無しということで。そろそろそちらの無駄脂肪に埋もれている駄猫を返していただけませんか?」
「ヒカシボウミタイニイウナ」
いつもならツッコミ役である黒猫がクーリンの胸元にある深く柔らかい渓谷に埋もれているからか、片言のツッコミがアリスに刺さる。
明らかに不機嫌になるアリスをニヤニヤと眺めていた男は、まあ落ち着けとグラスを用意し新しい紹興酒を注いだ。
「おっと、紹介がまだだったな。俺様は“ツェッペリン”。キース・ツェッペリン。見ての通りの大富豪……まあ貿易商って所だ」
「表向きは、という所でしょう。失礼ですがパッと見てもお金だけ積んで手に入る物ではなさそうな物が並んでいますが……」
「ほう、言うじゃねーか。嬢ちゃんに分かんのかい」
アリスはおもむろに近くにあった宝石を手に取った。
「これは西の宝玉。西方にある大海に住むと言われる海龍の瞳です。これは同じく大陸を挟んだもう一方の大海に住む海龍とつがい……一部の地域にある宗教上の理由で討伐は禁じられています。例の教会の庇護下にもある……。あの中央教会の目をかいくぐり、信仰のある地域を黙らせる事が出来る人間……。これでただの貿易商と言われましても」
話終えたアリスはなみなみと注がれた紹興酒を飲み干すと、自ら瓶を持ち男と自分のグラスに注いだ。
ツェッペリンはそれまでのニヤついた仮面を取り、肉食獣の様な目で銀髪の少女を睨め付ける。
それまで愛おしそうに黒猫を抱えていた美女もその手を止め少女に注意を向けた。
「とはいえ、ここにある全てがそうだとは限りませんが……これとこれは偽物でしょうし……」
そう言うとアリスは一つ二つを手に摘んではテーブルの上に転がした。
「何故そう言い切れる」
「私は占い師です。万物目を通せぬ物はありません」
「ほほう、おもしれーじゃねーか占い師のお嬢ちゃん。それじゃあここに在るものを一通り鑑定して見ろ。俺様を前にしてそこまでの啖呵切ったんだ。失敗すれば命を置いて行ってもらう」
酒のせいか先程の喧嘩を引きずっているのかアリスが自らトラブルを招いている。
それを見兼ねた黒猫は溜息をつきつつアリスに近づく。
『いい加減にしろアリス。これ以上ここに長居は無用だ……うん、なんで俺は宙ぶらりんになっているんだ?』
いつのまにかアリスはチャイナ服から黒猫の主人を奪い、尻尾を持ちって逆さまになっている猫を掲げて宣言する。
「いいでしょう。その代わり私の占いが成功した暁には私の願いを聞いていただきます」
紫がかった深い紺色の髪を頭の上でまとめ、広がったスリットから伸びたしなやかな身脚が自分の身長程はあろうかという柵の上にのっている。
どうやら先ほどの酔っ払いは、この足に蹴られて落ちてきたらしい。
アリスは身体的な特徴として自分に足りない物を持つ目の前の女性に意味もなく苛立った。だが今はそんな場合では無いと黒猫に再度訴えようとした際、これもまた再び野太い男達の怒声に阻まれてしまった。
「おいてめぇそこの姉ちゃん、俺たちの仲間になんてことしてくれたんだ!」
「仲間の怪我の慰謝料払ってもらうぜ。なんならあんたの身体ででもなぁ」
などと小悪党が言いそうなセリフの5本の指に入りそうな事を言い放った男達を銀髪の少女とチャイナドレスの女性は凍てつくような目で睨みつけた。
二階のテラスから身軽に飛び降りアリスの前に立った美女はその長い黒髪を書き上げ見下す様に言い放った。
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アリスは表情さえ変えなかったが、怒りが沸点を超える。
「人の大事な会話を邪魔しといてどけとは随分ではありませんか」
美女と美少女が向かい合う。
普段なら男どもが色めく場面だが、こうも殺気立った二人に声をかける者などいなかった。
それを二階のテラスからニヤニヤと笑いながら、葉巻の煙をたゆらす男が見ていた。
片手には酒の入ったグラスを掲げ、両脇には布より肌の面積が広い女性が寄り添って同じように笑っている。
先程の小悪党はようやく自分たちが無視されていることに気が付き我に返る。
「クソ、バカにしやがって!やっちまえ!」
先程までにらみ合っていた美少女と美女は、下品な掛け声で飛びかかる男達をかわし、確実に急所を居抜き一撃で動きを止める。
今から殺し合いでも始めそうな雰囲気だったと思えないほどのコンビネーションで瞬く間に男たちをのしていく様は、あたかも舞を踊っているようでもあり、それまで遠巻きに見ていた人々も思わず歓声を上げるほどだった。
スピードと身軽さで男たちを翻弄し死角から的確に急所を狙うアリスに対し、相手の動きに合わせ勢いを利用して蹴りや突きで大勢の男達を再起不能にするチャイナドレスの女性。
二人は呼吸を合わせて次々と男達を再起不能へ追いやる
最後の男を倒した二人は、まるで歌劇の演武の様に背中を合わす。
「ドウヤラ、オカザリノニンギョウデハナイヨウダナ」
「そちらこそ、無駄に脂肪の付いたその体でよく動くものですね」
二人の視線が再度殺気をはらんで交じり合う。
先程男達に向けた気とは比べ物にならない殺気が交差する。次はこの美少女と美女の一騎打ちかとギャラリーが湧く。
『待て、アリス!あまり騒ぎを……』
騒ぎが大きくなったのを見かねた黒猫は従者を制止しようと近づくが、ガサツな高笑いと拍手の音がそれを制止した。
「ガッハッハッハッハ!嬢ちゃんやるじゃねぇか!」
葉巻を加え、古びたテンガロンハットを崩してかぶった男は豪快に手を叩きながら、階下の騒動を見降ろしていた。
「クーリン、嬢ちゃんを連れてこい」
明らかに嫌な予感を感じ取った黒猫は慌てて従者を呼び戻す。
『行くぞアリス。これ以上関わるのは……ん?』
黒猫は自分の体を生暖かく柔らかい物が左右から包み込まれる感触に口を噤んだ。
それはいつのまにか、クーリンと呼ばれた美女の胸元に埋まる形で抱きかかえられていたからに他ならない。
「ああ、お前は猫が好きだったな。まあいい、ついでに連れてこい」
若干、黒猫がうっとりなっている様に見え、アリスの感情が高ぶる。
「コッチダ」
クーリンは飲み屋の二階奥へアリスを向かわせた。
許された者だけが入れる特別な一室には、数々の料理と酒、貴重品と思われる貴金属や陶器、書物や像が並ぶ。見た事もない柄をあしらった絨毯やソファーにはほぼ半裸の女性たちがくつろいでいる。
この光景だけでも目の前の男が只者でない事は明らかだが、肝心なのはこの男が一人と一匹にとってトラブルか否か、だった。
「まあ、くつろいでくれや。と言っても俺様用の部屋だからちょっと嬢ちゃんには刺激が強いかもしれないけどなあ」
男の笑い方は下衆で荒々しく品性とはほど遠いものであったが、並べられた品々の質や料理は一級品のものばかりであった。淫らな女性も奴隷の様な影もなくこちらを好奇の目で覗いている。
相手を見定める様に観察するアリスに一人の女性が飲み物を勧める。
もちろん誰がどう見ても果実を絞った飲み物を……と考えた矢先、銀髪の少女から出てきたオーダーは意外なものだった。
「エールを……」
一瞬、呆気に取られた男は次の瞬間大笑いする。
「ガハハハハハ!嬢ちゃん!エールなんて馬のションベンはここにはねーよ。ここにある酒はこいつだけだ!」
男はビンを差し出す。
「紹興酒……ですか」
「ほう、博識だねえ。こいつはクーリンの故郷に伝わる酒でなあ。何でもこいつを飲むとめっぽう強い格闘家に変身するらしいんだが……まあ俺様には興味ねえ。旨い。それだけよ」
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『あのバカ……』
黒猫の言葉が聞こえたかどうか、アリスは瓶を空にしテーブルに叩きつけた。
「クセがありますが程よい感じです。香りがクセになりそうですね」
男も美女も半裸の女性達も、おそらく価値のあるであろう宝石達も、目の前の少女が紹興酒をラッパ飲みで一瓶空にする、という光景を見て呆気に取られていた。
再び部屋中に粗野な笑い声が響く。
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案の定メリハリの部分で若干表情が変わったアリスだったが、これ以上の揉め事は避けるべきと理解していた。何より相手の正体が分からない。
「ごちそうさまでした。これで先程の件は貸し借り無しということで。そろそろそちらの無駄脂肪に埋もれている駄猫を返していただけませんか?」
「ヒカシボウミタイニイウナ」
いつもならツッコミ役である黒猫がクーリンの胸元にある深く柔らかい渓谷に埋もれているからか、片言のツッコミがアリスに刺さる。
明らかに不機嫌になるアリスをニヤニヤと眺めていた男は、まあ落ち着けとグラスを用意し新しい紹興酒を注いだ。
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「表向きは、という所でしょう。失礼ですがパッと見てもお金だけ積んで手に入る物ではなさそうな物が並んでいますが……」
「ほう、言うじゃねーか。嬢ちゃんに分かんのかい」
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話終えたアリスはなみなみと注がれた紹興酒を飲み干すと、自ら瓶を持ち男と自分のグラスに注いだ。
ツェッペリンはそれまでのニヤついた仮面を取り、肉食獣の様な目で銀髪の少女を睨め付ける。
それまで愛おしそうに黒猫を抱えていた美女もその手を止め少女に注意を向けた。
「とはいえ、ここにある全てがそうだとは限りませんが……これとこれは偽物でしょうし……」
そう言うとアリスは一つ二つを手に摘んではテーブルの上に転がした。
「何故そう言い切れる」
「私は占い師です。万物目を通せぬ物はありません」
「ほほう、おもしれーじゃねーか占い師のお嬢ちゃん。それじゃあここに在るものを一通り鑑定して見ろ。俺様を前にしてそこまでの啖呵切ったんだ。失敗すれば命を置いて行ってもらう」
酒のせいか先程の喧嘩を引きずっているのかアリスが自らトラブルを招いている。
それを見兼ねた黒猫は溜息をつきつつアリスに近づく。
『いい加減にしろアリス。これ以上ここに長居は無用だ……うん、なんで俺は宙ぶらりんになっているんだ?』
いつのまにかアリスはチャイナ服から黒猫の主人を奪い、尻尾を持ちって逆さまになっている猫を掲げて宣言する。
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