黒猫の王と最強従者【マキシサーヴァント】

あもんよん

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平常回帰

第始話「在りし日の残滓〜出会い」

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カン!カン!

「これを持って、今回の定例会を閉会とする!」

議長を務めるゼウスの声が響くと、会議に出席していた多くの神々は三々五々に議場を後にした。
ゼウスは議長席を降りると、次回定例会の議長であるルキフェルを呼び止めて何事か申し送りをしている様子である。
よく見れば、本来その役だったルシファーに役目を押し付けられた事をボヤくルキフェルをゼウスが宥めているようだった。
皆の注目の集まる一列目の席に座っていたアスタロトは、思いっきり背伸びをして体のコリをほぐした。
毎度毎度、代わり映えのしない議題で長時間座らされるのは勘弁して欲しいと思いつつ席を立つと、それを見計らったように声をかけられる。
「お疲れ様、アスタロト。この後、ヒマ?」
声の主へ視線を向ければ、少年のような出で立ちで笑顔をたたえたロキがそこには立っていた。
「ヒマか、と問われてそうだと答えるのは癪だが、予定はない」
ロキはつっけんどんなアスタロトの答えに苦笑を浮かべる。
長い付き合いのロキだからこそ、アスタロトの言葉に他意がないと分かるが、付き合いの浅いものからすれば突き放されたように感じた事だろう。
「じゃ、この後少し付き合ってよ」
「どこへ行くんだ?」
アスタロトの問いかけに意味深な笑顔で返したロキは、アスタロトの答えも聞かずスタスタと出口へ向かって歩き始めた。
軽いため息を吐いたアスタロトは、特に不平を漏らすこともなくロキの後に続いて出口へ向かった。



「おい!アスタロト!」
議場を出て暫く歩いていると、唐突に後ろから声がかかった。
アスタロトとロキが振り返れば、そこには燃えるような赤毛をした一人の逞しい女性神が立っていた。
「なんだ、アーレスか。どうしたんだ?」
声をかけてきた人物が戦いの神の片割れであるアーレスである事に嫌な予感を感じつつ、アスタロトは平静を装って言葉を返す。
一方のアーレスと呼ばれた女性神は、ズカズカとアスタロトに近づくと不満をぶちまけた。
「どうしたんだじゃない!アスタロト!この前、俺と模擬戦やるって言っただろ!忘れたのか?」
アーレスのその言葉を聞いたアスタロトの脳裏には過日のやり取りがまざまざと映し出され、対応が面倒になったために曖昧な返答をした事を思い出した。
だが、今からこの脳筋女の相手をする気にはなれなかった為、とぼける事にした。
「その話は断ったはずだが?」
「はぁ!?あの日、ちゃんと相手するって言っただろう!!大体なんで断る!?お前の魔法と私の剣技のどちらが上か、しっかり決着をつける事は重要だろう?」
脳筋にとっては戦う事こそ正義らしいが、それに付き合う気は無い。アスタロトは口先で相手を丸め込む事に決めた。
「俺にはあまり重要だとは思えないし、そもそも、俺には何のメリットもないだろう?」
「もし俺に勝てれば自慢になるじゃないか!」
「悪いが興味が無い」
「アスタロト!!」
アスタロトの後ろで話を聞いていたロキは、話が長引きそうだと感じ横合いから助け舟を出す。
「まぁまぁ、アーレス。ところで君、双子のお兄さんのお守りはしなくていいの?」
突然アスタロト以外の人物から声がかかった事に虚を突かれたアーレスは、声の人物を見やるとあからさまに嫌そうな表情を浮かべた。
「なんだ、ロキ。いたのか。兄貴って、マルスか?あいつはいつの間にか消えてたし、そんないつもいつもお守りしてるわけじゃないぞ!」
自分が兄のお守り役と言われた事をさも心外だと言わんばかりの表情でロキに言葉を返していたアーレスに、ロキは更に言い募った。
「それ、不味くない?この前も、確か誰かと揉めて…」
「大変だー!また、マルスが誰かと乱闘騒ぎを起こしてるぞー!!」
まるで狙ったかのように件のマルスが騒ぎを起こした事にアスタロトとロキは何者かの作為を感じたが、片方の当事者であるアーレスはそんな事に思考が回ることもなく、
「あのバカ兄貴!!また、やりやがったな!!」
などと言いながら、声のした方へ駆け出した。
「アスタトロ!いずれ、必ず決着をつけるからな!!」
程度の低い捨て台詞を残して走り去る脳筋女の姿を眺めながら、二人は安堵の溜息をつく。
「君も大変なのに目をつけられたね?」
「…まったく、迷惑な話だ」
そもそも何でそんな奴に目をつけられたかと言うと、アスタロトには思い当たる事があった。

先日、友人のテュポーンに頼まれ行ったデモンストレーションは中々に反響があった。
テュポーンは様々な生物を作り出しては地上へ放っていたが、その時見せてくれた試作1号は地上に送る気は無いと言っていた。
彼はそれを「キマイラ」と呼んでいたが、それまで彼が作り出した生物のいくつかを組み合わせたような見た目をしていた。
肉食獣の頭と前足、山羊の胴体と毒蛇のしっぽを持ち、グリフォンの翼を身につけたその姿は、それまでテュポーンが作り出したどのような生物とも一線を画す存在だった。
娯楽の少ないこの天界において、2体のキマイラを戦わせる「闘獣」を行う為にわざわざ作ったのだ、とテュポーンは言っていた。
アスタロトが依頼されたのはそのキマイラの性能実験のようなもので、一度戦ってその性能を計って欲しいというものだった。
彼曰く、
「いやぁ、セクメトとかアーレスとか関帝に物理攻撃の計測はしてもらったんだけど、魔法耐性の実験が出来てないんで、アスタロトにお願いできないかな?」
というものだったが、アスタロトも面白そうだと快く引き受けたのだ。
デモンストレーションは特に告知をしていた訳でもないのに、暇な神々が多く見物に訪れていたのを覚えている。その中に例の脳筋女もいた。
闘技場で行われたそれは、計測という性格から様々な魔法が試された。
使える魔法の種類は例え神であっても多くはなく、普通は2~3種類の属性を使えれば十分だった。
だが、アスタロトは全ての属性の魔法を操る稀有な存在だった。もっとも、だからこそテュポーンもアスタロトに依頼したという側面もあった。
実際、火属性魔法や風属性、雷属性など様々な属性の初級から神級魔法までが試され、キマイラの性能検証が行われた。
当然、キマイラもアスタロトに攻撃を仕掛けるが、アスタロトの使う防御魔法にその全てを防がれ為す術が無かった。
最後は雷属性の神級魔法を食らったキマイラが、ズブズブと燻った音を立ててその場に倒れこみデモンストレーションは終わった。
「ありがとう、アスタロト。おかげでいいデータが取れたよ。これで調整すべきポイントが決まった。お礼にイベントやる時は特等席用意するから来てよね」
テュポーンはアスタロトにそう礼を述べると、その場に横たわるキマイラを無限収納に仕舞い込み、その場を後にした。
その際、まだ試作だから毒は仕込んでいないが、正式に製作する場合は特殊な毒を用意すると言っていたのを覚えている。
そこで見物をしていた神々の多くは、目の前で行われた闘いに心を奪われた。
アスタロトは魔法の使い手として有名ではあったが、彼がそれだけ多彩な魔法を使う姿を見るのは誰もが初めてであり、その姿に魅了されたのである。
その中で、戦いの神であるアーレスはどうしても彼と戦ってみたくなり、件のやり取りとなったのだった。
もっとも、アスタロトはそんな事を望んでいなかったので、今ではデモンストレーションに協力した事を後悔していた。
そんな事を思い返していたアスタロトだが、
「ねえ?早く行かないと、また戻ってくるんじゃないの?」
というロキの言葉を聞くや否や、そそくさとその場を離れた。

それからも数人の顔見知りに声を掛けられつつ移動を続ける二人に再び背後から声がかかる。
「あ!いた!アスタロト、ひどい!置いてかないでよ!!」
声の主に目を向けると、青いロングの髪をなびかせながら友人である月の女神が走り寄ってくるのが見えた。
「アルテミスか?特に約束はしてなかったと思うが?」
内心、約束は無いはずだと訝し気に思いながら、その女神を待つ。
アスタロトの陰から姿を出したロキも、旧知の女神に挨拶をした。
「やっほー、アルテミス」
ロキの姿を認めたアルテミスは、一瞬、アッと言う顔をした後に頬を膨らまし、抗議の声を上げた。
「ロキ!もう、勝手にアスタロト連れまわさないで!」
何でお前にそんな事を言われなければならないのかと喉まで出かかったアスタロトの言葉は、横のロキによる制止で口から出る事は無かった。
ロキへ抗議の視線を送ったが、当のロキは知らぬ顔をしてそっぽを向いた。
「帰る方向同じなんだから、待っててくれてもいいでしょう!」
少々おむずかりの表情を浮かべて文句を言う友人を見ながら、アスタロトは再び軽くため息を吐く。
人にそうやって行動を制限される事を好まないアスタロトは無言の抗議を目の前の女神に送った。
アスタロトの視線に気づいたアルテミスは、一瞬彼の視線の意図に気づかなかったが、自分の物言いと彼の性格をを思い返し、慌てて弁解した。
「あっ!いや、そうじゃないの…つい、自分の願望をそのまま口にしちゃったわ。ごめんなさい…」
しおしおと目の前でしぼんでいく女神を見やったアスタロトは、フッと吐息を吐いて苦笑を浮かべると、
「もういい。気にしてない」
そう言いながら再びロキと共に歩き出した。
アスタロトの言葉に安堵の表情を浮かべたアルテミスは、二人の後ろについて歩きながら、
「ところで、ロキは何の用事?帰る方向違うでしょう?」
そう小柄な少年神に問いかけた。
「ちょっとアスタロトを連れていきたい場所があるんだよ」
そう言いながら、いたずらっ子のような表情を浮かべてアルテミスを見た。
ロキの答えを聞いたアルテミスはあからさまに落胆の表情を浮かべた。
「なあんだ。じゃ、二人はこの後どこかに行くのね…で、どこ行くの?」
アルテミスは横を歩くアスタロトにそう問いかけたが、当のアスタロトも困惑の表情を浮かべ、
「来れば分かるって言って教えてくれないんだよ」
と言葉を返した。
その言葉を聞いたアルテミスは半眼になってロキを問い詰める。
「どこかいかがわしい場所にアスタロトを連れていくんじゃないでしょうね?」
月の女神の追及に苦笑を浮かべた少年神は、
「そんな所に連れて行かないよ。ちょっと地上に行くだけさ」
そう言って目の前の二人の疑問に答えた。
「地上に?何しに行くんだ?」
行き先が地上と知れたが、何をしに行くのか更に分からないアスタロトは疑問をそのまま口にしたが、
「行けば分かるよ」
ロキはそう言うだけで詳細を語らなかった。
若干訝しいものを感じたが、特別危険があるようなところにこの男が連れていくはずがないし、行き先が地上と分かればたとえ危険があっても高が知れているので、アスタロトもそれ以上の追及はしなかった。
アルテミスも特に追及しなかったので、その後は最近の近況を話しながら進んでいると、目の前に一人の男性神が姿を現した。
その人物を見た時の三人の表情は三者三様で、その内心をあからさまに表していた。
アスタロトは唐突に現れた事に驚き、ロキは若干気まずそうな表情を浮かべ、そしてアルテミスはあからさまに嫌悪の表情を浮かべた。
「ベールゼブブか。どうした?」
ベールゼブブと呼ばれた痩せぎすで長身の男は、そこにいる三人を順に見やると
「少し話したかったんだが、忙しそうだな。また、日を改めるとするよ」
そう言って踵を返した。
「そうか。スマンな」
自分から離れる男性神の背中にそう言葉を送る友人を傍目にみながら、ロキは自分の考えを述べる。
「僕、あいつの事、あんまり好きじゃない」
ロキの告白を聞いたアスタロトは驚きの表情を浮かべる。
「意外だな。人の物語に異常に執着するロキらしくない」
物語の神であるロキは、人や神が紡ぐ物語に並々ならぬ執着を見せていた。
従って、どんな人物のどんな些細な話にも耳を傾けるのがロキ、そうアスタロトは認識していたので、あからさまに嫌悪の情を表す友を珍しいものを見るように眺めた。
「僕は君が何故あの男と付き合うのか分からないよ」
「あたしもそう思うわ。アスタロトはもう少し付き合う相手を選ぶべきだわ!」
「…まぁ、君はそう思うだろうね」
アスタロトの交友関係に疑問を投げかけるロキの尻馬に乗るように言葉を投げつけるアルテミスは、やれやれと言った表情で見る目の前の二人の視線に気づくと
「何よ!?」
と反駁して見せたが、特に目の前の二人から反論が返ってくる事は無かった。
「確かに掴みどころは無いが、話してると面白いヤツなんだがな…」
アスタロトはそう言ったが、それ以上の議論を続ける気は無いようで、また先へ歩を進めた。
移動を始めた友人の背中を見ながら、
「何にでも興味を持つのは君の長所であり欠点でもあるね」
ロキはそう言うとアスタロトに続いた。
多少居たたまれない気持ちを押し殺して、アルテミスもそれに続いた。


「あそこにいるのはベリトか?」
道が交差したところでふと横へ目をやると、ちょっとした人だかりができていたが、そこにアスタロトは旧知の人物を見た。
その中央にいるのは異様ないでたちをしたベリトである事は、彼を知るものなら直ぐに分かる事だった。
「アイツ、何処いても見た目ですぐ分かるよね」
そう言ってロキもアスタロトの言葉に同意する。
ベリトは異相の持ち主だった。その顔の大きさと、顔の大きさに比してあまりにも貧相な体を持った完全な3頭身体型である事。
さらに頭には大きな王冠をいただき、立派な髭を蓄え、服装は王侯貴族を思わせる豪奢ないでたちであった。
こんな風貌をした神は二人とおらず、結果どこにいても直ぐにその存在が分かるのであった。
何をやっているのかは分からなかったが、大方ほら吹き話を聞かせているのだろうとアスタロトとロキは思い、再び歩を進める。
「アスタロト、あんなペテン師野郎とも付き合いがあるの?」
「それ、酷くない?彼、一応、嘘を統括する神だから仕方ないと思うんだけど…」
アルテミスのベリト評を聞いたロキは苦笑を浮かべて一応の弁護を口にしたが、ロキ自身もあまり好ましいと思う人物ではなかったので、その弁護もお座なりのものとなった。
「そんなに親しいわけじゃない。2、3回、家に来た事があるだけだ」
そう返したアスタロトの言葉を聞いたロキとアルテミスはお互いに顔を合わせると困惑の表情を浮かべた。
「それ、十分親しい部類だと思うよ?」
とロキは返したが、アスタロトは「そうか?」と答えるだけであまり気にしていなさそうだった。
コイツの感覚は自分達とはだいぶ違うなぁとロキが考えていると、その日最後の爆弾が後ろから駆けこんできた。
「アルテミス!抜け駆けヒドイ!!」
唐突に後ろから叫び声を浴びせられた三人はビクッと体を震わせて、同時に後ろを振り返った。
見ればそこには、息を切らした緑のショ-トヘアの女性神が立っていた。
その姿を見たアルテミスは、一瞬硬直した後、慌てて弁解を始めた。
「これは抜け駆けなんかじゃないわ!たまたま、一緒に帰ってるだけよ!」
精いっぱいの笑顔を浮かべるが、その頬を一筋の汗が流れ落ちるアルテミス。
横でその様子を見ていたロキが余計な一言をそこへ投げ込んだ。
「わざわざアスタロトを探しに来たじゃん…」
「ロキは黙って!」
ロキのセリフを即座に遮ると、再び笑顔で件の女性神に向き直ったが、しっかりロキの発言は聞かれていた。
「やっぱりー!二人で抜け駆けは止めようねって言ったのにー!!」
「ご、誤解よ、キュベレー!」
キュベレーと呼ばれた女性神は地上神であり、彼女もまたアスタロトをはじめとするこの面々の友人の一人だった。
「ホントにたまたま。だって、この後はロキと二人で何か用事があるらしいわよ?ね、ロキ?」
アルテミスは彼女との友情に傷がつかないよう、何とかその場を言いくるめようと必死だ。
言い募る言葉の隙間を見つけて”援護しろ”と言うサインをロキに送った。
大体の展開の想像がついたロキは軽くため息を吐くと、「…ホントに?」と聞いてくるキュベレーの問いかけに、
「あぁ、この後、僕がアスタロトを連れ出すのは本当だよ」
と答えて助け船を出すことにした。もちろん、貸し一つだからね、声に出さずにアルテミスに念押しする。
「ほらね!本当でしょう?」
「…なんか釈然としないけど、まあ、いいわ」
そう言って、キュベレーはアルテミスへの誤解を解いた。
「モテる男は辛いね」
二人に聞こえないようにロキがアスタロトを揶揄うと、アスタロトは面白くもなさそうに
「抜かせ」
と返した。
その後、本当に用事があるからと女神二人とはそこで別れ、再びロキに連れられるままにアスタロトはその場を離れた。

「そう言えば、屋敷の家宰が居なくなったんだって?」
暫く二人で歩いた後、ロキは最近聞いたアスタロト家の噂の話を振った。
「ああ。脱皮の時期に入ったからな。しばらく家宰は不在だ」
アスタロト家の家宰は、ドラゴンが人型に変わったものだったが、ドラゴンは定期的に脱皮をして成長する事が知られていた。
また、その脱皮の際には体を作り替えるために1年ほど眠り続ける必要があるのだと言われていたが、
今回の脱皮は、通常のドラゴンがエルダードラゴンへと変わる特別なものらしく、通常よりも長い眠りの時間が必要とされた。
「30年だっけ?」
「50年だ」
予想よりもだいぶ時間がかかるのだなぁと思いつつ話を続けるロキ。
「まぁ、僕らにとっては一瞬と言える期間だけど、不便じゃない?」
「まぁ、何とかするさ」
アスタロトはそう言うが、家事についての友人の技量に疑問を感じるロキは、50年と聞かされたその間のアスタロト家の惨状を想像し、しばらく彼の家には近づくまいと心に決めた。
「アルテミスかキュベレーに頼めば、喜んで身の回りの世話をしてくれるんじゃないの?」
先程、アスタロトを挟んで言葉を交わしていた二人の女性神を思い浮かべてロキはそう言ったが、
「そういうのは望んでない」
という一言でアスタロトは会話を打ち切った。
特に機嫌を損ねたわけでも無さそうだが、この会話はもう望んでいない事がありありと分かったので、ロキも言葉を続けなかった。
「じゃ、この辺迄来ればもう大丈夫だと思うから、一気に飛ぶね」
ロキはそう言うやアスタロトの手を掴んで一気に転移を試みた。
次の瞬間には、二人の姿はそこにはもう無かった。



「何処に行くのかと思えば…何だ、ここは?」
転移した先で、まずアスタロトの目に飛び込んできたのは、建物が焼け落ち、未だ燻った火の臭いや鉄臭い血の臭いの充満する場所だった。
「ここは人族の村だったんだけど、つい昨日、野盗に襲われて崩壊したんだ」
ロキは既に原型を留めない建物や、地面に転がる人の死体を見ながら、通りを歩いて行った。
アスタロトも周りの景色や無念の表情を浮かべて絶命している人々の死体を見ながらロキに従った。
「なるほどな。いつまで経っても人族の成長が見られんな」
今日の定例会でもそうだったが、地上の人族をどうするのかは、ここ暫くの頭の痛い懸案事項だった。
神の姿を模して造られた人種には、自分たちの力で地上を発展させて欲しいという神々の願いがあったが、中々にその成長は思うようには進んでいなかった。
一口に人種と言っても、人族、獣人族、妖精種族など多種の人種が存在した。
今のところ、それぞれの種族間の交流はおろか、同じ種族の中ですら諍いと戦いに明け暮れる毎日が繰り広げられているのが現状だった。
神々の願いとしては、すべての種族が協力し合って世界を発展させることだったが、道はまだ始まってもいなかった。
「だからさ、やっぱりある程度僕らが導いてあげる必要があるんじゃないかな?」
この惨状をある程度見て回ったところで、おもむろにロキは口を開いた。
「…最近、ミカエル達が唱えてる『地上秩序回復論』か?お前、それに賛同してるのか?」
ミカエルら数人の神を中心にした連中が急進的な意見を上奏している事は知っているが、アスタロトはそれには懐疑的だった。
「賛同してるって言うか、このままじゃダメなんじゃないかなって思ってる」
ロキの答えは煮え切らなかったが、現状を何とか打破したいと考えている事はよく分かった。
だが、基本的にこの神は面白い事を求めているはずなのに、何故あんな急進的な意見に同調しようとするのかはアスタロトには分からなかった。
「…近頃は派閥だなんだと面倒な事だな」
自分は自由を謳歌し、地上の人々にもそれを知って欲しいと思っていたが、今はまだその段階に達していない事は、アスタロトも重々承知だった。
「アスタロトがそういうの好きじゃ無いのは知ってるけどさ、やっぱりこの地上に生きる者たちを正しく導く事も僕ら神の役割だと思わない?」
ロキの言葉はもっともなように聞こえたが、それは一面的には、と言う話であった。
「確かに教え導くのは神の仕事だろうとも。だが、あいつらが言ってるのは統制だろう?悪いが、あれには賛同できない」
アスタロトも自分たちの追うべき責任は知っているが、今回の提示された案とそれは別物だと切り捨てる。
「もっと自分達の生み出したモノを信じてやれなくてどうする?必要なのは、統制ではなく、教育だと思うが?」
アスタロトの反論にどう答えようかと考えてロキが口を開きかけた時、不意にアスタロトがロキに制止を促す。
「ちょっと待て!」
「どうしたのさ?」
「静かに!」
「?」
アスタロトは何かを探すように移動を始めると、崩れた建物の陰に隠れて倒れ伏した一人の女性を発見した。
慎重にその女性を抱え上げると、その下には2、3歳ぐらいの子供がうつぶせで倒れているのが見えた。
アスタロトは、母親であろうその女性を横へ動かすと、倒れている子供を抱きかかえた。
「その子…生きてるの?」
一連の行動を驚きながら見ていたロキはアスタロトへそう尋ねる。
「微かにな。命の鼓動は残っている」
ロキの問いかけにそう答えたアスタロトは手に魔力を宿すと、抱えた子供の胸に手を押し当て、治癒の魔法を施した。
「これで一先ずは安心だろう」
先程まで呼吸しているかすら怪しかったその子供の呼吸が安定したのを確認すると、アスタロトは安堵のため息をつく。
予想外の展開に言葉を失っていたロキは状況がひと段落したところでアスタロトに尋ねる。
「それで…その子、どうすんの?」
「連れて帰る」
ロキの問いかけに即答したアスタロトに驚きを隠せないロキ。
「はぁ??人族の子を連れて帰ってどうするのさ?」
天界へ人種を連れて行ったことなど、これまで1回も無かった。一体何のために、と考えたロキの考えを見抜いたのか、続けてアスタロトはこう答えた。
「さっき言っただろう?この子を教育してみようと思う」
「はっ!?人族の子供を教育するの?君が??」
アスタトロの言葉に、初めは何を言ってるのか分からなかったロキも、ようやくにその意味する所を理解し、友人に忠告する。
「止めときなよ。絶対、時間の無駄だよ」
だが、ロキの諫言もどこ吹く風と言う風に、アスタロトには自分の考えを変える気はまるで無いようだった。
「いいじゃないか。俺達には無限の時間がある。ダメだったらその時だろう?それに、俺には無駄になるとは思えない。教育によってこの子が成長出来るなら、それは人族の成長の可能性を示していると思わないか?」
「…まったく、君は物好きだねぇ」
ロキは、友人の決めた無謀とも思える行いに降参のポーズをとると、それ以上は何も言わなかった。
また、自らが説得しようとした内容も、考えが変わる事は無いと諦め、特にその後語る事は無かった。

結局、間を置かずに天界へ戻ったアスタロトの腕の中には、先程の子供がしっかりと抱きかかえられてた。

これが、アスタロトとアリスの運命の出会いであった。
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前代未聞の転生者特典を大量使用、チートVSチートなど今までにないド派手バトル描写が多いので、俺つえーに飽きた人にオススメです。 ごく一般的な社畜だった主人公コウは事故により異世界転生を果たす。 転生特典でもらった一定間隔でランダムにアイテムが手に入る能力”ものひろい”により 序盤にて伝説級アイテムの聖剣を手に入れて世界最強かと思いきや、そこに転生特典を奪う強敵が現れたり、リアルチートの元嫁が来たりと忙しい日々を送る。 チートマシマシ&強敵マシマシ、バトルラブコメ物語。 こちらの作品もよろしくおねがいします。こちらはギャグ増々でお送りしてます。 豪運少女と不運少女 小説家になろう様にも投稿しております。

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