黒猫の王と最強従者【マキシサーヴァント】

あもんよん

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第五章 闇ギルドと猫耳の姫君(プリンセス)

第二十四話「パンくず」

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「全く、勘弁してほしいぜ」

男は悪態をつきながらグラスを傾けると、目の前に座る男に再び噛みついた。

「あ~ぁ、本当は久々にでっかい戦争が起こるはずだったのによ!あんたの道楽ですべての計画がパーだよ!」

机を隔てて向かい合う二人だったが、酒を飲んでいるのは文句を言っている一人のみで、もう一人は男の愚痴に反応するでもなく、ただ机に肘をついて合わせた手の上に顎を載せて目の前の男を見ていた。

悪態を吐いていた男はひとしきり目の前の男に文句を言った後、グラスが空になるとボトルから再び酒を注いだ。

辺りには上等な蒸留酒の香りが漂った。

するとそれまで沈黙を守っていた男が口を開いた。

「ブラックオパール、その辺にしておけ。お前の趣味に口を挟む気は無いが、この後は幹部会だ。酔っぱらって言うべき事を忘れられては困る」

その言葉を聞いて件の男…ブラックオパールは口元へ運びかけたグラスを止めた。

彼の眼には憤懣やるかたないといった怒りの色と、同等程度の別の色が浮かんだが、目の前の男の言葉に異論を唱えるでもなくグラスを置いた。

ブラックオパールの目の前に座る男の表情を完全に確認する事は出来ない。

その男の頬から上の部分はマスクに覆われ、本当はどんな顔をしているのかはブラックオパールですら見た事が無かった。

一説にはひどい火傷で見せる事が出来ないからマスクをしているという話もあったが、この商売、凄みも武器になるのだから、そんな理由でマスクをする意味が無かった。

従って誰もそんな与太話は信じていなかったが、何某かの意味はあると考えられていたので誰もその事には触れなかっただけである。

この男がどんな顔をしていようがそんな事は問題では無かった。

この男が【闇ギルド】を組織し機能させている、その事が重要な事だった。

それが、ブラックオパールの目の前に座る男の正体…アレクサンドライトと呼ばれる【闇ギルド】の総帥であった。

「それで…」

その組織の長は確かめるように目の前の男に尋ねた。

「あの娘はどうだった?」

そう尋ねられたブラックオパールは、数日前の夜の出来事を思い出し、反芻するようにこう言った。

「…最高だね。最高の獲物だった!まぁ、あのままやっても勝てたとは思うけどな!」

ある程度戦ったら決着は付けずにその場を去る、それが目の前の男の指示通りではあったが、ブラックオパールとしてはもう少し戦いたかったのが本音である。

「それはどうかな?」

目の前の部下の感想を軽く否定しながら、かつて見た少女の姿と話に聞いていた最近の彼女のギャップにアレクサンドライトは思わずニヤリとしてしまう。

だが、ブラックオパールは組織のトップたる総帥のその反応は納得がいかないものであった。

「あんた、俺の腕を疑うのかよ?」

「お前の腕は信用している。だが、あの娘は一筋縄ではいかん。今のままでは勝てんよ」

アレクサンドライトは面倒臭そうに目の前の男の言葉をいなすと、再び何かを考えるように机に肘をついた手に顎を載せた。

その物言いとしぐさが気に入らなかったのか、ブラックオパールは不満を述べる。

「言ってくれるじゃないか。あんたが常々言ってる俺に分けてくれた力を使っても、っていう事かよ?」

終わったと思った話を蒸し返された形だが、アレクサンドライトはため息を吐くと、

「あぁ、今のままでは遠く及ばない」

と短く返した。

この男の事だから、あまり遠回りに話しても意味がない事を経験上知っているアレクサンドライトは、餌を与える事にした。

「まぁ、慌てるな。今のままでは、と言っただろう?お前とあの娘の戦いにふさわしい場所を用意する。そして、お前にも相応の力を再び与えよう」

上司のその言葉を聞いたブラックオパールは、期待と不満の入り混じった表情を浮かべたが、

「それまではお預けって事か?」

そう言って伺うように目の前にいる自分上司の顔を伺った。もっとも、半分は仮面に隠され、その試みはほぼ意味を為さなかった。

「そういう事だ。心配するな。お前の言う、命のやり取りをちゃんと楽しめるように段取りをする」

上司の答えを聞いたブラックオパールは、あきらめたような表情を浮かべると、肩をすくめて、

「じゃ、期待して待つとするよ、総帥」

と言って席を立った。

「私もすぐに向かうと皆に伝えておいてくれ」

部屋を出ようとするブラックオパールは軽く手を上げるとアレクサンドライトに視線を向ける事無く部屋を後にした。

一人残されたアレクサンドライトが机の上を指でトントンと2回叩くと、ヴォンという音と共に、机の上の空間に何かの画面のようなものが浮かび上がった。

画面には黒いローブですっぽりと頭を覆った人物が映し出されており、恭しく画面越しに自分を見る人物に頭を下げると何事かを報告し始めた。

一通りの説明を聞いたアレクサンドライトは、思考をめぐらしながら他の事についても確認を進める。

「そう言えば、教皇はどうなったのだったかな?」

「手筈通りには進みましたが、まだ存命の様です。詳細は調査させていますが、何やら妨害工作があるようです」

画面から流れてくる声音は何かの効果がかかっているのか、男性とも女性とも言えない声色だった。ローブの胸元が大きく膨らんでいる事から女性である事を伺わせたが、それ以外に判断できる材料は無かった。

教皇の動向が思いの外進んでいない事は想定とズレてはいたが、計画に対してあまり大きな影響は無さそうだった。

「中々しぶといな。あの教皇が死ねば、教国も一枚岩ではない。内部がガタガタに崩れると思ったが思うように進まんな。存外、誰か上のヤツらが入り込んでいるのかも知れんか…」

あの国には秩序の神の息のかかった者、もしくは神のうちの一柱がその身を潜ませている可能性も考えつつ状況を分析する。

「いかがいたしますか?追加で手を打ちますか?」

画面の人物が出してきた提案を一瞬考慮したが、今回は手を出さない事を決める。

「いや、しばらく様子見としよう。出来れば、その調査で何か材料が手に入れば重畳だがな」

「承知いたしました」

その後、些末な確認を終えると通信は終了した。

一息ついたアレクサンドライトは、先程までのブラックオパールとの会話を思い出し、その口の端を引き上げる。

「まぁ、もう少し私の力をブラックオパールに分け与えねばなるまいな。普通の人間では、あの娘と対峙することなど不可能なのだからな」

そう言いながら体を椅子から引きはがすと、扉へ向かった。

「さてさて、お前はどこまでこのパンくずを追って来られるかな?アスタロト…」

アレクサンドライトはそう呟くと部屋を後にした。



辺境伯邸へ滞在した翌日、アリスとタロはまだ名残を惜しむイリスとその両親達に別れを告げて館を後にした。

なお、イリスの護衛としての報酬は、結局、辺境伯の懐から相応の金額が支払われた。

また、館を離れる前にマキノとはこっそり最後の別れを交わした。

その際、イリスがルドルフの真の姿に興味を持っていた事を伝えると、始めはびっくりした表情をしていたが、「では、気が向いたら話してあげる事にします」そう言ってほほ笑んだ。



『今回は色々目まぐるしかったな』

ここ暫くのドタバタを思い起こし、タロが若干げんなりしながらアリスに話しかけると、アリスからは冷ややかな視線が注がれた。

「元を正せば、タロ様が道に迷ったのが事の発端ですよね?」

アリスの指摘に一瞬固まったタロだったが、

『いや、でも、だからこそルドルフの子孫達を助けてやれたじゃないか!な?だろ?』

そうアリスの指摘に反論してみせた。

ふふんと云う声が聞こえてきそうな表情でアリスを見ていたタロに、アリスは表情を変えず更に言い募る。

「昨日マキノと話していて思い出しましたが、400年前のあの時も確かタロ様のせいで道に迷ってここに迷い込んだのだったと記憶してますが?」

『は?…えっ!?…それは…』

従者の言葉に一瞬言葉を失ったタロは、なけなしの記憶力を総動員してその時の事を思い出そうと試みるが、今ひとつ判然としなかった。

ただ、この事を突っ込むととてもマズい事になるという野生の勘がタロに警鐘を鳴らした。

『そうだったかなぁ?いや、さすがに400年前に事は覚えてないなぁ』

君子危うきに近寄らず、そう思いながらとぼける方策を取った自らの主人に、アリスの急低下した温度の視線が突き刺さった。

「…忘れたとは言わせませんよ?クッソ不味いご飯を何日も食べる羽目に陥ったの、忘れたんですか?」

記憶が曖昧だったタロだったが、アリスの言葉でフラッシュバックするように当時の事を思い出した。

そもそも、その時の目的地と本来の目的はタロの用事だったのだが、その近くにあると言われた幻の果物が美味しいらしいぞとアリスに知恵をつけてからそこを目指したのを覚えている。

結果、途中でタロが道を誤り、まったく反対方向に進んだ為に、目的も果たせず、アリスの楽しみも露と消えたのだった、という事をタロは思い出した。

そしてその時、アリスから「食べ物の恨みは消えませんよ」と真顔で言われたのも併せて思い出した。

その後、その幻の果物というのは姿を消したと話に聞いたので、本当に幻になってしまい、アリスが口にする事は無かったのである。

冷や汗が一気に噴き出す感覚を覚え、恐る恐るアリスに視線を向けると、既に般若のような形相の従者がいた。

「…思い出しましたね?」

アリスの表情はそのままに少し口の葉が持ち上げて笑ってるような表情に変わった。

般若の顔が笑うと更に不気味さに磨きがかかるのだなぁと、何故かこの時タロは暢気に考えてしまった。

それは、その後に自らに降りかかる不幸を思っての自己防衛本能が考えさせたことかもしれない。

ともあれ、400年前の事も含めて従者の折檻を受けた黒猫の王とその従者たるメイド少女が目的の都市国家に辿り着いたのは、それから一ヵ月後の事だった。

その道程で再び黒猫主従が道に迷った事は言うまでもない。



その後

皇太子となったフィリップ王子とオッターバーン辺境伯の娘たるアイリス・ヴァン・オッターバーンの婚姻が正式に発表され、後日、獣王国の王都にて盛大な華燭の典が執り行われた。

第二王子が皇太子になった事に若干の動揺は見られたが、獣王国内では概ね高評価を得た。

ただ、第一王子の能力の高さは他国からも注目されていた為、替わりに皇太子となった第二王子の資質が今後試されることになるという事と、行方不明になった第一王子の事を危惧する向きもあったが、今のところは対処にしようがない事だった。

そのように若干の不安材料があったが、全体としては祝賀ムードが獣王国内には漂った。

そんな内情の中で、ある侯爵家の当主が急逝した事が一部で話題となった。

その侯爵家は、先の第一王子に対して強引ともいえる輿入れ話をねじ込んできた事で一時獣王国の宮廷内でその噂を攫っていたが、当主が急死した事で様々な憶測が流れた。
急死の理由は急な病でと発表されていたが、実は暗殺された等という物騒な噂が実しやかに囁かれた。

もっとも、当の侯爵家が沈黙を守ったために事の真偽は分からずじまいだった。

また、アルタニス大陸で手広く奴隷商を営んでいたブラックオパール商会が突如閉店した事も人口に膾炙したが、その空いたマーケットは他の有力な奴隷商によって瞬く間に切り取られた。

時代は次第に動き始めたようだったが、その事に人々が気づくのは今しばらく先の話だった。
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