黒猫の王と最強従者【マキシサーヴァント】

あもんよん

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第五章 闇ギルドと猫耳の姫君(プリンセス)

第二十二話「皇太子」

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「よう!元気にやっとるか?」

そう言ってそこに姿を現したのは、イーサンの父であり前辺境伯であるオリバー・ヴァン・オッターバーンであった。

オリバーの頭部はイーサンと違い立派な鬣をもつ完全な獅子のそれであったが、身体は獅子の尻尾が後ろにあるだけで人族と何も変わらない。

獣人族の場合、例え親子であっても見た目に大きな個体差が見られるのは当たり前の事であった。

「ち、父上!?どうしてここに??王都にいるはずでは??」

突然の父親の来訪に驚きを隠せないイーサンだが、敬愛する父に久し振りに会えた事に直ぐに相好を崩す。

「いやー、今日は皇太子殿下の随伴じゃ。国王陛下に頼まれての」

いたずらが上手くいった子供のように「ガハハ」と笑うその姿は、正に豪放磊落な彼の性格を表すものだった。

オリバー・ヴァン・オッターバーンは長く辺境伯として獣王国の国境を守り、「鉄壁」の異名を持つ猛将として近隣の国々に恐れられた。

もっとも、かつて獣王国に牙を剝いた国々は既に地図上にはほとんど存在せず、唯一残っているのはそれらの国々を併呑して勢力を伸ばした神聖ミケーネ帝国ぐらいのものだった。

また一方で領民に対しては生活を安定させる政策を数々打ち出して、獣王国の中でも辺境であるが故に中々向上しなかった生活水準を引き上げる事を成功させたのだ。

政戦両略に通じた傑物であったが、息子の成長に合わせて家督を譲ると自身は王都へ移り住み、今は気ままな隠居生活を送っているとは本人の弁である。

イーサンは久しく会わなかった父に再会できた事を喜んだが、国王自ら父に皇太子の同行を依頼した事に驚いた。

「陛下に!?そうだったんですか。長旅、お疲れ様でした」

王族への同行は気苦労も多かろうと父をねぎらうイーサンであった。

そこへ横合いからエリザベートが義父の前へ進み出て

「お義父様、ご無沙汰しております」

とオリバーへ優雅な礼をして見せた。

「おぉー、エリザベートも息災かな?まだ小さい子達の世話で大変なところを済まんが、暫く世話になる」

義父のその言葉を受けたエリザベートは微笑をその面に浮かべると、

「どんな事でもご遠慮なくお申し付けください。お義母様のようには行き届かないかと思いますが、ごゆっくりお寛ぎくださいね」

と言ってオリバーを労った。

「何を言うか。ばあさんはイーサンは良い嫁をもらったと常々喜んでおるよ。もちろん、儂もな」

「ありがとうございます・・・」

義父の言葉を聞いたエリザベートの目元には僅かに光るものが溢れた。

イーサンとエリザベートは家族や親族の反対を押し切って結婚したが、唯一初めから結婚に賛成してくれたのが、誰あろうイーサンの父であるオリバーとその妻でイーサンの母たるリリーであった。

親族内の異論はオリバーの鶴の一言で掻き消え、その後不満が出る事は無かった。それはオリバーの功績と力も大きく作用したが、エリザベートの実家に対する行動も大きく関与した。

それはエリザベートが半ば勘当される形でイーサンの元に身を寄せた事を知ったオリバーが、単騎で隣国との国境へと馬を走らせた事に始まった。

当初はエリザベートの家族に直接意見をするつもりだったようだが、さすがに他国の貴族を単身で受け入れられるはずもなく、国境沿いの警備兵に懇願されてしぶしぶ領地へ戻ったという話だった。

だが、オリバーもそうなる事は想定済みで、エリザベートの実家へ伝えるようにと親書を警備兵に手渡して戻ったのであった。

後日、オリバーからの親書を受け取ったエリザベートの父親はその中に書いてある挑発的な内容に初めは激しく怒りを表したのだったが、少し時間をおいて冷静さを取り戻した時に、自分が娘を信じてやれなかった事を後悔したのだという。

その後オッターバーン家の領地で華やかに開催された二人の結婚披露において、エリザベートの実家から祝福の言葉が送られた事に新婦は感動の涙を流したのだった。

また、その陰に義父の大胆な行動があった事を知ったエリザベートは、夫の両親に深く感謝した。

そして、二人の間に両家を繋ぐ新しい命が芽生えた事により、二つの家は親密な関係を築き始めたのだった。

今では4人の子宝に恵まれた二人の為に、いずれも既に隠居となった両家の元当主は時折イーサンの屋敷を訪れて談笑を交わす間柄となっていた。

もちろん、結婚時のやり取りは既に笑いの種であった。

そんなやり取りも、ここ暫くエリザベートの父親が体調を崩している事から行われていなかったし、オリバーもまた王都を離れる事が無かったので、この地にオリバーが訪れるのも暫くぶりだった。

その為、大好きな祖父がやって来た事が知った孫たちの喜びは大きかった。

「お祖父様!」

「おじいさまー!!」

そう言って奥から駆けて来たのは、まだ今年6歳と4歳になるイリスの妹達だった。

「おぉー!お前たち!いい子にしていたかな?」

久しぶりに見る可愛い孫たちに目じりを下げて言葉をかける姿は、とても嘗て猛将と恐れられた男とは思われぬ好々爺然とした姿だった。

妹たちに先を越されて苦笑を浮かべながらエイボンも自身の祖父に挨拶をした。

「お祖父様!」

一頻り小さい娘達の挨拶を受け取ったオリバーは、次期党首たるエイボンの姿を認めると、

「おぉ、エイボンか。剣の腕は磨いているか?」

ニヤリと笑って問いかけた。

祖父のその問いにエイボンは恥ずかしそうに頭をかくと、

「練習はしていますが、まだまだです。父上には全然歯が立ちませんので」

そう言って苦笑を浮かべた。

「そうなのか?やはり、幼年学校に通ってる今のうちにもう少し鍛えてくべきかな?」

エイボンの言葉を聞いたオリバーは真剣にその事を考え始める。

獣王国の貴族の子弟は、八歳になる年に王都にある幼年学校へ入る事が義務付けられている。

入学からの五年間、貴族に必要な教養や知識などを身に付けると共に、他家の子弟とのコネクション作りとしても必要な過程であった。

当年十歳のエイボンは、本来王都にいるはずであったが、今は長期休暇の時期だった為たまたまこの領地にいたのであった。

普段は祖父の屋敷から幼年学校に通っており、祖父と顔を合わせるのも長期休暇に入って以来であった。

「はい!是非お願いします!」

祖父や父の辺境伯としての力と実績を間近で見聞する事が多いエイボンは、自分が次期党首としてこの二人の後を継ぐ事を誇りに思っていたが、同時にその重圧も感じていた。

自分を鍛えるという事に否やがあろうはずが無かった。

孫のその律義さと真面目さに目を細めて見やるオリバーは、

「よしよし」

と嬉しさを隠さなかった。

最後にイリスはおずおずと祖父の前に姿を現すと、

「じい様」

と若干の緊張を交えて呼びかけた。

イリスの姿を認めたオリバーは、一瞬驚きの表情を浮かべたが直ぐに破顔し、

「アイリス!久しく見ない間に随分と奇麗になったじゃないか!あのお転婆娘がこんなに美しくなるとは、儂も驚いたよ」

そう言って最愛の孫を愛でた。

祖父の賞賛に少し頬を赤らめたイリスにオリバーは続けてこう言った。

「まぁ、言葉遣いは変わらんようだが、それも立場が変われば自ずと変わっていこう。これからは皇太子妃となるのだ。しっかりやるのだぞ!」

自分の孫娘が皇太子妃になるという事に喜びを感じている事がありありと見て取れる祖父の姿に居たたまれない気分になりながら、イリスが

「あの、じい様、実はその事で…」

と口を開こうとしたところを、父であるイーサンが、

「んっんー!」

と咳払いしながら割り込んだ。

一瞬怪訝な表情を浮かべたオリバーに、

「ところで父上。肝心の皇太子殿下は?」

とイーサンが問いかけた。

すると、それまで満面の笑みを浮かべていたオリバーの表情が途端に覇気のないものに変わり、

「あ、あぁ・・・そうだったな・・・」

と言って暫し沈黙した。

ややあって意を決したかのように顔を上げたオリバーが、

「今、お呼びする。おい、頼む」

と言って、先程一緒に随行してきた騎士に指示を出した。

父親の普段見ない姿に訝しいものを感じていたイーサンだったが、その後に部屋に入って来た人物を見て再び驚きの声を上げた。

「あれ?フィリップ王子殿下じゃないですか!ご無沙汰しております。長くお会いしませんでしたが、立派に成長されましたな。陛下もさぞお喜びでしょう!」

そこに姿を現したのは、現国王の第二王子であるフィリップその人であった。

フィリップ王子は皇太子の弟で、当年13歳となり成人したばかりであった。

これまでフィリップ王子との面識があったイーサンは再会を喜んだ。

イーサンの目の前に立ったフィリップは、その面に満面の笑みを浮かべると、

「辺境伯、お久しぶりです。この日が来るのを心待ちにしておりました。今後ともよろしくお願いしますね」

そう言って握手を求めた。

一方のイーサンは王子の言葉の意味がよく分からなかったが、皇太子殿下と娘の婚姻によって両家の繋がりが深くなる事に対する挨拶かと考えた。

「はっ?はぁ、こちらこそ、よろしくお願いいたします」

そう挨拶しながらも、この後に展開に頭を悩ませるイーサンは、肝心の皇太子殿下が姿を現さない事に気づいた。

「ところで、今日はフィリップ王子も皇太子殿下のご随伴ですか?」

王子が二人旅?等の疑問を感じながら何気にフィリップ王子にそう問いかけると

「いえ、違いますよ」

と想定しない返答が返ってきた。

イーサンの脳内はクエスチョンマークがいくつも浮かび、父に視線を向けた。

「??」

息子の視線を受け止めたオリバーは、観念したようにため息を付くと、

「現在、フィリップ王子殿下が皇太子殿下であらせられる!」

と高らかに宣言した。

その言葉はその場にいる全員に混乱を与えた。

「「「「…えっ??…は???…えぇーっ!?!?!?」」」」

きょろきょろと目の前の王子殿下と父親の顔を交互に見ていたイーサンは、

「ア、アウグスト殿下は一体!?…」

とフィリップの兄で在り皇太子であった王子の名を出してみた。

それに答えたのは苦笑を浮かべたフィリップ王子だった。

「…兄は出奔しました」

「「「「えぇー!!!!!」」」」

その答えは、その場にいる辺境伯家のほとんどの面々に衝撃を与えた。

呆然としている現辺境伯に申し訳なさそうな視線を向けたフィリップは事情を説明する。

「元々、兄は芸術家肌の人で、生臭い政治の事は嫌ってました」

聞けば、その才能に早くから国王も注目しており、いずれ国を担うのだからと英才教育に余念が無かったと言う。

だが兄弟仲の良かった二人の王子は、事あるごとに自分の将来の夢を語り合ったという。

その際、兄は政治ではなく芸術や芸能の道に進みたい願望がある事を弟だけに吐露していたのだとか。

ただ周囲の期待が大きかった分、それに逆らうこともできず日々を過ごしていたのだとフィリップ王子が語った。

「それが先日、皇太子として妃を取らなければならないと言う話がでまして、その際にさる侯爵家から強引とも取れる申し出があったそうなんですが・・・相手の方は兄上よりも10歳も年上だったらしくて・・・」

「あぁー・・・」

事の顛末を王子が話すと、辺境伯以下、事情を知る者は事情を察し同意の言葉を漏らした。

兄の嗜好が意外と知られている事に若干引きながら、フィリップの話は続く。

「あ、皆さま、兄の趣味はご存知のようですね。単純に年下が好きとかではなくて、見た目が幼女じゃないと嫌だと常々言ってましたから。それで、「こんな生活はもういやだー」という書置きを残して城をその日の内に飛び出したようなんです」

そう言って言葉を終えた王子に何と返せばいいのか分からず、

「それはー・・・何とも・・・ご不憫な事ですな・・・」

とイーサンが曖昧な返答をすると、それを聞いたフィリップ王子は苦笑を浮かべ、

「良いんですよ、言葉を飾らなくても。父上達は呆れてますし」

と言って辺境伯の配慮に感謝した。

そして、こう続けた。

「でも、私は兄の気持ちは分かるんです。私も自分が心から望む相手と生涯を共にしたいと思ってますから」

「殿下・・・」

フィリップの言葉を聞いたイーサンは王子の優しさに感無量といった風情であったが、そこでハッと気づいた。

「では、ひょっと、アイリスを望まれたのは・・・?」

そのイーサンの問いかけに満面の笑みで

「はい、私です」

と答えるフィリップ。

それであれば、ここ数日夫妻を悩ませていた疑問の一部は解消されるが、まだ大きな疑問が残っていた。

「そうだっなのですか!!・・・ですが、何故うちのむすめを?私も引き合わせた事はなかったかと思うのですが??」

そう疑問をぶつけるイーサンに、フィリップ王子は笑顔のまま

「私とアイリスはかつて一度だけ会った事があります」

と答えた。

その返答を聞いた辺境伯夫妻は、まったく心当たりがなく、そのまま疑問を口にする。

「えっ!?そうなのですか??」

その疑問をフィリップ王子は当然のように受け入れ、事情を説明した。

「伯は覚えておられませんか?私が昔、この地を訪れた時の事を」

そう言われ、イーサンが過去の記憶を思い起こすと、

「えっ?そう言えば・・・あっ!!ありましたな、一度!・・・あぁ、思い出しました。あの日は大変な目にあいました・・・」

当時の記憶を鮮明に思い出し、改めて冷や汗が流れるのを感じた。

「ははっ…その折は大変ご迷惑をおかけしました」

「いえっ!滅相もない!!ですが、殿下の身に何かあったらと、気が気ではありませんでした」



その日、フィリップ王子は父である王の領内巡検に初めて同行していた。

それは長い旅路であった。

各地の貴族の領地をめぐりその状況を確認する事と、王の威光を知らしめるために定期的に行われている巡検は、多くの領地を回るため時間のかかるものであった。

当然、一度に全ての領地を見て回る事は出来ないため、数度に分けて行われるのだが、その年に行われた巡検でオッターバーン家の領地もその対象となった。

ただ、そこに至る迄に多くの時間がかかった事により、まだ幼かったフィリップ王子は閉塞感を感じていた。

そんな時、移動する馬車の車窓越しに子供たちの遊ぶ姿が目に入った。

王家の人間とは言え、まだ幼い子供の事。

それから間もなく馬車が目的地について停車した時に、大人たちの目を盗んで先程見た子供たちの所へ駆け出した王子の事を誰が責められようか。

結局、川辺で遊ぶ子供たちに追いついたフィリップ王子は、その時話しかけてきた子供に誘われるまま、夕刻まで遊び、その後に元居た場所へ戻ったのであった。

当然、王子が行方不明で大騒ぎとなっていたのだが、フィリップが戻った事でその騒ぎは収まったのであった。

ただ、王子がどこに行って何をやっていたのかは頑としてフィリップ王子が口を割らなかったため、その点については不明なままであった。

もっとも、その後父である国王から叱責を受け特大の拳骨をもらった事は今では笑い話であるという。

だが、その事でその年の巡検は打ち切りとなり、翌日早々に王たちは王都へ戻ってしまったため、オッターバーン家の面々と王家の面会は行われなかったという経緯があった。



王子の話を聞いた辺境伯夫妻はお互いに顔を見つめあい、同時に後ろに控える娘の顔を見やった。

そこには呆然とフィリップ王子を見つめる娘の姿があった。

フィリップもイリスを認めると、満面の笑顔を浮かべてイリスの前に移動した。

二人が並ぶと、ほんの少しだけフィリップ王子の方がイリスよりも背が高かったが、二人とも十三歳とは思えぬほど大人びた容姿をしていた。

人族であれば二十歳台で十分通っただろう。

目の前に立ったフィリップの姿にかつて自分から声をかけた子供の面影を見つけ、イリスは言葉にならない言葉を何度も口から出そうとした。

その様子が可笑しかったのか、フィリップはぷっと噴き出すと、

「らしくないよ。アイリス」

とその名を呼んだ。

一方、らしくないと言われたイリスは、

「うるさいな!これでも緊張してるんじゃないか!」

と言って頬を膨らませる。

横で見ていたイーサンは王子にぞんざいな口をきく娘を窘めようとしたが、それをフィリップ王子は手で制した。

そして、改めてイリスに向き直ると、

「約束通り、迎えに来たよ」

と言ってほほ笑んだ。

その笑みを見たイリスの瞳には知らず涙が溢れ、

「どうして…?」

という言葉を発するのがやっとだった。

イリスの言葉を聞いたフィリップは、

「もちろん、いろいろ調べてもらったさ。君だと分かるのにそんなに時間はかからなかったよ」

そう言って再びほほ笑んだフィリップは表情を改めると、

「アイリス。直接君の気持を聞きたい。あの時の約束を僕は覚えている。僕の妻になってくれるかい?」

そうイリスに問いかけた。

ここ暫くの心の葛藤を思い返して少し不満も感じたが、目の前には思い焦がれたあの人がいる。イリスに否やは無かった。

「…はい」

とだけ短く答えると、ようやくイリスの顔にも笑顔が戻った。

目まぐるしい展開に若干置いて行かれていた面々だったが、フィリップ王子の求婚にイリスが同意したことを受けて歓声が爆発した。

「いやぁ~、良かった!ほんとうに良かった!」

イーサンは王や皇太子への結婚の断りをしなくて良くなった事に安堵の表情を浮かべ、エリザベートは、

「良かったわね、アイリス」

とお祝いの言葉を口にした。

そこにいる面々がそれぞれこの慶事に喜びを露わにしている中、イリスは疲れ果てた表情でアリスに向き直ってこう言った。

「そんな事、あったね」

それを聞いたアリスは怪訝な表情を浮かべ、

「何の事ですか?」

とイリスに聞いた。

当のイリスは、自分が言ったくせに何で分からないのさと言いながら、

「実は本当に王子様だった、っていう話」

と、数日前に自分が否定した話が真実だったことに驚きを見せていた。

それを聞いたアリスも、一瞬考えたのち、ぽんと手を打つと、

「だと思いました」

とさも取って付けたようなコメントを口にした。

アリスとイリスはお互いに顔を見合わせると、思わず笑いが二人の口から零れた。

「良かったですね、イリス」

「ありがとう、アリス。アリスのおかげで、今、私、幸せだよ」

そう口にするイリスの目にはまた大粒の涙が溢れていた。

一頻り皆の喜びが落ち着いたところで、フィリップ王子が恐る恐る辺境伯に尋ねた。

「ところで…あの人は誰ですか?」

そう言うフィリップ王子の視線の先では、目の前で何が起こっているのかまるで理解していないゴサロが無邪気な表情で床に座り込んでいた。
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