黒猫の王と最強従者【マキシサーヴァント】

あもんよん

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第五章 闇ギルドと猫耳の姫君(プリンセス)

第二十一話「辺境伯邸にて」

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辺境伯の館に戻った二人と一匹は、辺境伯夫妻に歓喜をもって迎えられた。

無事にイリスの弟を取り戻したことに加え、イリス自身も自らを傷つける事無く戻った事に両親は安堵した。

だが、その連れに見た事もない大男がいる事には困惑を隠せない様子だった。

当初、帰ってきたイリス達に同行するゴサロを見た館の衛兵達は、若君を攫った集団の先兵が自分達の姫君も人質に取り館に乗り込んできたものと思い、非常呼集で呼び集められた衛兵達がその前に並んでゴサロを警戒した。

だが、多くの武器を持った兵士達が自分に向けてくる敵意を敏感に感じ取った5歳のゴサロが大泣きをはじめた事により、それを見たイリスが「小さい子を苛めるなんて!」と言いながら衛兵を叱りつけてゴサロをあやすという異様な光景が繰り広げられた。

目の前の事態に衛兵達は困惑し、騒ぎを聞きつけた辺境伯夫妻が現れるとアリスが状況の説明を行った。

アリスの言葉に驚きつつも、目の前で涙を流して泣きじゃくる男の姿を見れば納得するしかなく、イーサンは衛兵たちに通常業務に戻るように指示して、アリス達には部屋へ入るように促した。

一応の事情は辺境伯の口から衛兵達にも伝えられたが、鍛え上げられた体躯を持つ大男の精神が幼児だと言われてもすぐには納得できない衛兵が多かった。

だが、体が数倍小さいアリスの陰に隠れるようにして衛兵達を警戒しながらビクビクと部屋に入って行く姿とみると到底嘘とは思えず、むしろあんな大人が子供の精神ではこの先大変だろうなぁという、ある種の哀れみが心に芽生え、各々日常の業務に戻るのだった。



「アリスさん、今回の件には心から感謝する。本当にありがとう」

そう言って頭を下げる辺境伯夫妻に、アリスは困惑気味に

「頭をお上げください辺境伯閣下、奥様。あまり目下の者に頭を下げるものではありませんよ」

と言った。

頭をあげてアリスに相対した辺境伯は真面目な表情で、

「今、この場にいるのは私達と子供達、そして君だけだ。それに正直、私はそういう事にはあまり頓着していない。自分の感謝の気持ちを表すのに最も相応しいと考える行動をとっただけだ。この気持ちを受け取ってもらえると嬉しいが?」

と述べ、夫人もそれに併せて、

「私からもお礼を言わせて。本当にありがとう」

と言ってアリスを見つめた。

辺境伯夫妻の気持ちを聞いたアリスはにっこり微笑むと、

「分かりました。感謝の気持ち、しっかり受け取らせていただきます」

と言って夫妻の謝意を受け取った。

「ありがとう。今後、何か困ったことがあれば遠慮なく言って欲しい。可能な限り力になろう」

「お言葉、感謝いたします」

辺境伯の破格の言葉に、アリスは恭しく礼を返した。

「ところで・・・この男のことだが・・・」

一頻り感謝を伝えたところで、辺境伯は床に座ってイリスと話をしている大男の事に話題を移した。

アリスは特に表情を変えず、話せる範囲の事を辺境伯に伝えた。

「はい、事情は分かりませんが、記憶を無くしているのは確かです。初めに私達が襲われた時はならず者達の頭目をしていました」

アリスが出会った時の状況や後でイリスに聞いた話を織り交ぜて辺境伯夫妻に話したが、その内容を聞いた夫人は怪訝な表情をする。

「そんな男、危険では無いの?!」

夫人の発言は至極もっともな事であったが、目の前で無邪気にイリス達と言葉を交わす大男に視線を投げたアリスに

「奥様。心配はごもっともですが、この男が何か出来ると思われますか?」

と尋ねられ改めてエリザベートは男を見た。

見た目の年齢にそぐわない幼いしゃべり口と警戒心の無い笑顔を見たエリザベートは苦笑を浮かべてほっと溜息をついた。

「確かにそうね。何と言うか、笑っちゃいけないんでしょうけど、笑っちゃうわ」

そう言ってアリスに微笑みを返すエリザベートの様子に気づいたゴサロは、不思議そうな顔をして、

「おばさん、なにかたのしいことがあったの?」

と辺境伯夫人に尋ねた。

その様子があまりにコミカルだった為、思わずその場が笑いに包まれた。

訳が分からないという表情をしたゴサロは笑いの収まったイリスに、何が可笑しかったのかをしきりに聞いているが、その様子も皆の可笑しみを誘った。

イーサンは笑いが収まるとアリスに向き直り、

「とりあえず、この男はこちらで預かろう。兵舎の近くに小さな教会がある。そこで下男の真似事でもしながら過ごしてもらうように計らうよ。そう雑役が多いわけでもないから、のんびり過ごせるだろう」

とアリスに提案した。

「ご配慮、ありがとございます」

アリスはイーサンの申し出に礼を述べると共に自身の要望を伝えた。

「おそらく無いとは思いますが、万が一この男の記憶が戻るようなら私にも教えていただけませんか?」

その言葉を聞いたイーサンは、

「構わないが、その理由を聞いても?」

とアリスに問いかけた。

「私がずっと追っている人物に繋がる情報を持っている可能性があります。詳細はお許しください」

そう言って頭を下げるアリス。

イーサンは詳細を語らないアリスを慮ったが、

「分かった。その際は手配しよう。連絡はどうすればいいかな?」

そう気さくな調子でアリスに答えた。

アリスは辺境伯の配慮に感謝を述べるとともに、

「冒険者ギルドにご連絡いただければ、いずれ私の元に情報が届きます」

と伝えた。

その答えを聞いたイーサンは納得の表情を浮かべると、

「分かった。では、やはり君は冒険者の端くれなのだね?」

そうアリスに確認の言葉を投げたが、

「いえ、私は旅の美少女占い師にすぎません」

と思わぬ否定の言葉を聞いて頭の上にクエスチョンマークが浮かんだ。

「?冒険者では無いが、冒険者ギルドで連絡が取れるのかね??」

自分の事情はあまり話したく無い身としては歯切れの悪い言葉に終始するしかなく、

「はぁ、色々ありまして・・・」

等と言葉を濁すアリス。その主人たる黒猫は早々にその場から離れてイリスの近くに横たわっていた。

些か納得いかない部分も感じられたが、イーサンは全てを飲み込んで

「まあいい。何かあれば知らせるようにしよう」

とだけ述べるに止めた。

その言葉に安堵の吐息をはいて、

「ありがとうございます」

そうアリスは礼を述べた。

アリスと父親の話がひと段落した事を察したイリスは、ゴサロの相手をエイボンに任せると、イーサンへ話しかけた。

「父様、少しいいですか?」

「どうした?アイリス」

ようやく娘と話す機会を得た父親は、娘の次の言葉を待った。

「父様、母様、ごめんなさい。俺、やっぱり皇太子妃にはなれない。父様達にはすごく迷惑をかけるけど、このままこの家と俺の縁を切って欲しい」

暫くぶりに娘の口から語られた言葉は親子の決別を告げる言葉であったが、既にエリザベートによって娘の気待ちを聞いていたイーサンは暫し沈黙した後、こう目の前の娘に告げた。

「…そうか。それなら仕方ない。私もお前の幸せが一番の望みだ。陛下と皇太子殿下には私からお詫びして今回の話は無かった事にしてもらう」

父の言葉を聞いたイリスは驚き狼狽した。

王の願いを断る事は、自身の王を敬愛してやまない父をして苦渋の決断である事が察せられたし、まして貴族としての立場も厳しいものとなる事も予想された。

「えっ!?でも、それじゃ父様の立場が…」

だがイーサンは娘のそんな言葉を首を振って遮り、

「そんな事は問題じゃない。それに、陛下はそんな偏狭な方ではないよ。われらの国王陛下を見くびってもらっては困る」

そう言って娘に笑いかけた。

「父様…」

娘である自分の我儘を笑って許してくれる両親の優しさに触れ、イリスの瞳から涙が零れ落ちる。

辺境伯親子の間にほんの少し和んだ空気が流れた時、それを打ち破るようなバダバタとした足音が響き渡り、この家の執事であるオットーが駆け込んで来た。

「た、大変でございます!!」

イーサンはまたかといった表情を浮かべると、

「何事だ、オットー。お前は慌てすぎる。少しは落ち着いて行動せんか」

と自分より年嵩の執事を窘めた。

だが、当の執事は寧ろ何故この焦りが理解できないのかと言わんばかりに、

「お言葉ですが、そんな悠長な事を言っている場合ではありません!!」

と自身の主人に噛み付いた。

鬱陶しげに執事を見たこの館の主人は軽く溜息をつくと何事かを問いかけた。

「何だと言うのだ!」

「皇太子殿下がお着きになりました!!」

オットーの叫び声が部屋中に響き渡ったが、イーサンは一瞬何を言われたかよく分からなかった。

だが、その意味するところを理解するや激しく狼狽した。

「はっ?…何!!殿下がお着きになるまで、まだ3日程あるはずだっただろう?!」

「さようでございますが、途中で馬車をお止めになり、殿下を含めた数名が騎乗で先行されたとのことです。間もなくこちらにお見えになります」

「そんな!?まだお迎えする準備は整っていないというのに…」

執事の絶望的な台詞に、とりあえずお出迎えをしなければと思考を切り替えた時、イーサンは重大なことにハッと気がついた。

「アイリス!お前はすぐにこの家を離れるのだ!」

結婚の話を反故にするにあたり、前面に出るのは自分だけでいいと考えていたし、少なくともイリスと皇太子殿下が顔を合わせる状況を避けようとしたのだが、当のイリスは別の思考をしていた。

「いえ、父様。皇太子殿下がこの場にいらっしゃるのなら、俺は自分の口でちゃんと気持ちを伝えたいと思います。残ります」

娘の想定外の言葉に一瞬言葉を失ったが、イーサンは直ぐにそれへ反論した。

「馬鹿な!お前自身の口からそんな事を言えば、王家に対する不敬罪と見なされるかもしれん!そんな事は許されん!!」

だが、彼の娘はこうと決めたらテコでも動かない頑固な一面があり、今回は引く様子が無かった。

「いえ、そもそも今回の件は俺の我が儘。自分の口からちゃんと伝えます!」

その物言いに呆気にとられたイーサンは、既に娘が自分の指示に従う気がない事を悟り、悪態が口をついて出た。

「ぬぅー!!頑固者め!!一体、誰に似たんだか!…」

「あなた、何かおっしゃいましたか?」

不意に横にいたエリザベートから一段低い声がかかり、ハッとしたイーサンがそちらを振り向くと、彼の妻の冷ややかな視線が向けられていた。

「えっ?…あっ!…いや、何でもない…」

思わぬ妻の攻撃で冷静さを取り戻した父を見て、イリスは再び宣言した。

「とにかく、俺はこの場を動きませんよ」

妻と娘の予期せぬ連携を受けたイーサンは額に手を当て天を仰いだ。

父が観念した事を確信したイリスだったが、その間近から不意に言葉を発するものがいた。

「それでは、まず、その言葉遣いを直さないといけませんね?」

その声を聞いたイリスは、反射的にビクっと身体を震わせ、恐る恐る声の主を見下ろした。

そこにはイリスのばあやであり、この家の家宰を執事であるオットーと共に取り仕切るマキノの姿があった。

「マキノ…」

小さい頃から厳しい躾を受けてきたが、なかなかその教えは浸透せず、貴族の令嬢らしからぬ言動を繰り返す今のイリスがいるのだが、マキノの教えに応えられないことには若干の後ろめたさはあった。

「貴族の令嬢が”俺”だなんて。ましてや、今から皇太子殿下にお話しするのですよね?そんなぞんざいな言葉遣い、オッターバーン家の令嬢として許されません!」

マキノの厳しい言葉を聞いたイリスは決まり悪そうに俯くと

「はい…分かりました」

と答えた。

小さい頃からマキノに頭が上がらないのは彼女の言が正しい事もあるが、何よりもマキノが自分たちの事を考えて言ってくれる言葉であったからだという事を強く感じるイリスであった。

そんなイリスの姿を見たマキノもまた、先程までの冷めた表情が柔らかくなり、まるで孫娘を見るような表情を見せるとイリスに話しかけた。

「よろしい。ところで、そちらの方はどなたですか?」

そうマキノに問われたイリスは、まだアリスの事を紹介していなかった事を思い出し、改めてマキノに紹介した。

「あぁ、俺…私が困っているところを助けてくれたアリスだよ」

そうアリスを紹介してマキノに目をやったイリスは、そこで動きを止めてアリスを見つめるマキノを見つけた。

普段、物事に動じる事のないマキノの心はここに在らずといった感があり、思わずイリスは彼女に尋ねた。

「どうかしたの、マキノ?」

暫し呆然とアリスを見ていたマキノは、イリスの言葉で我を取り戻すと、

「いえ、何でもありません。我が家のお嬢様がお世話になりました事を深くお礼申し上げます」

そう言いながら深々とアリスに頭を下げた。

アリスは短く「いえ」とだけ答えたが、普段見る事のないばあやの姿に新鮮なものを感じたイリスは、

「どうしたのさ、マキノ。そんなに畏まっちゃって」

等と揶揄い半分にマキノに笑いかけた。

「私の事はいいのです。それより、間もなくお見えになりますよ」

イリスに揶揄われたマキノは、表情を改めながら主人家族にそう告げた。

その言葉で弛緩しつつあった空気が再び緊張に包まれた。

改めて皇太子殿下をお迎えするために全員がその居住まいを正すと、間もなくその人物は姿を現した。

だが、そこに現れたのは辺境伯夫妻が全く予想していない人物だった。
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