黒猫の王と最強従者【マキシサーヴァント】

あもんよん

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第五章 闇ギルドと猫耳の姫君(プリンセス)

第十七話「不測の事態」

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あれから二人と一匹はイリスの家族の元へ向かっていた。

途中、特に襲撃を受けることは無かったが、安全を考慮し辻馬車などは使わず徒歩で裏街道を移動していった。

その間、イリスの小さい頃の話しやオッターバーン家の話を聞きながら旅は続いた。

オッターバーン家は獣王国建国の影の立役者となった【ハキームの百人隊】の一人である人物がその開祖で在り、獣王国を外部の脅威から守る楯としてその力を振るっているのだとイリスは言った。

実は辺境伯は二家存在し、【神聖ミケーネ帝国】との国境はこの二家の領地が隣あう形で守っていた。

有事はお互いに連携をして外敵に当たるのだとイリスは説明した。

「ふーん。お隣さんもその【ハキームの百人隊】というのに関係してるのですか?」

「詳しくは知らないけど、俺が生まれる前にしょうしゃく?して辺境伯になったって言ってたよ。よく知らないけど」

アリスの問いかけに少し視線を上げてアリスの顔を見る形でイリスは答える。

現在、イリスはまた子供の姿に戻っていた。

無駄にお色気度合いの高い見た目ではどんな不測の事態に巻き込まれるか分かったものでは無いので、アリスの厳命により、館に戻るまでは子供の姿のままでいる事が言い渡されていた。

イリスも特に反論することなく、その言に従った。

「でもさ、この指輪、不思議なんだよね~」

イリスは自身の指に嵌った指輪を眺めながらそう呟いた。

「不思議とは?」

イリスの呟きを拾ったアリスの言葉に、イリスは興奮気味に話す。

「この指輪ね、神様に貰ったっていう伝説があるって言ってたじゃん?人の姿を思いのままに変える事が出来るって話だったんだけど、これまで誰も変える事が出来なかったらしいんだよね?でも、俺の姿、変わってるじゃん?父様も昔試したけどダメだったって言ってたし…あ、勝手に使った事が後でバレて爺さんにしこたま怒られたって言ってたっけ」

話の途中で自分の父親の小さい頃の失敗談を思い出したイリスは声をあげて笑った。

『まぁ、発動条件は魔力だけじゃないからなぁ』

イリスの言葉を聞いたタロは、訳知り顔で独り言ちる。

肩口に乗る黒猫に向けていた視線をイリスに戻すと、アリスはイリスに問いかけた。

「それで、その指輪をくれた神様というのはどういう人か伝わってるんですか?」

まだ笑いの収まっていなかったイリスは、アリスの問いかけに気付くと、

「んっ?あぁ、それね、よく分からないんだ」

そう言いながら、再び指輪に視線を落とし、

「これ、あんまり言っちゃいけないんだけど・・・」

と前置きをしながらこんな話を語った。

勇猛果敢で【ハキームの百人隊】の中でも破格の働きがあり、後に辺境伯に任ぜられているとされるオッターバーン家の開祖ルドルフは、世間的には幼い頃よりのその才能を開花させてハキームの偉業を補佐したとされているが、実際の話はかなり違うらしいとの事だった。

怠け者で何に対しも覇気がなく、与えられた役割も3日どころか1日も続かない有様で、実の父親からも匙を投げられていたのだとか。

獣人族が存亡の危機に瀕した際であっても、すべてを諦めてその日その日を刹那的に生きていたのだと一族の中では伝わっているという。

それが何をきっかけにしたものか分からないが、ある時期を境に別人に変わったという。

匙を投げた彼の父をして「俺は白昼夢を見てるのか」と言わしめた程、それほど彼の生き方は変わったと。

その後は巷間に流布する幾多の英雄譚が語る通り、獅子奮迅の戦いで獣王国建国に貢献したとの事だった。

すごいでしょ?と言わんばかりの笑みを浮かべたイリスだったが、

「でもさ、その切っ掛けっていうのが何なのかは誰も知らないんだって。誰が聞いても「偉大な人に会って俺は変わったって」言ってたって。建国王様の事かなって思ってたけど、違うんだって。すごく気になるよね?」

そう言って、「その頃に生きてた人に会って話聞けたらいいのに…」とイリスは言いながら、あぁでもない、こうでもないと一人悩むのだった。

建国王とはハキームの一般的な尊称で、獣人国ではそれが一般的だった。

アリスとそっと視線を合わせたタロはその視線を空へ向けると

『そうだったか…』

そう言って遠い目をした。

目指すイリスの館はもう間もなくであった。



「もう後数日で皇太子殿下がこの領都にお着きなる…あぁ、どうしたものか…」

イリスの実家たるオッターバーン家では、今日も今日とて辺境伯イーサンの悩みは尽きなかった。

日々の業務は淡々とこなしていたが、一度館へ戻ると、益体もないことをああでもない、こうでもないと悩むのだ。

エリザベートも既に何も言わなくなっていた。

今日も部屋の中をウロウロ歩き回る夫を見つつ紅茶を飲んでいると、何の先ぶれもなく突然扉が開け放たれた。

見ればそこには家を飛び出したはずの愛娘の姿があった。

「あ、母様、ただいま」

ソファに座る自分の母親を認めたイリスは、特に再会の感動もなく日常のあいさつを告げた。

「あら?あなた、帰ってきたの?」

「うん。ちょっと父様と母様にお願いがあって…」

「そう、取りあえず、座れば?」

そんな娘をしてこの母ありと言うのだろうか。エリザベートもまた、ここ数日姿を見なかった娘に対する挨拶にしてはあまりに無感動な言葉を返した。

そんな二人のやり取りを少し下がったところで見ていたタロとアリスだったが、

『物怖じしないと言えば聞こえはいいが…あれ、間違いなく母親のキャラクターを引き継いでるな』

「そのようですね」

小声でやり取りを交わす主従の事など眼中にない親子は、久々の親子の会話を交わした。

「それで、ちゃんとやってたの?お金とかあまり持ち出してなかったようだけど、まぁ、生きてるんだから何とかなってたのね」

「うん、少し大変だったけど、何とか。ここにいるアリスが助けてくれたんだ。あ、アリス、こっちに来て」

そこで初めて入り口付近にいた黒服のメイド少女を認めたエリザベートは、「こちらは?」と言いながらイリスを伺った。

「俺が危なく死にそうになってたところを助けてくれたアリス。生活に必要な金の稼ぎ方も教えてくれた、というか一緒に旅をしてくれたんだ。命の恩人だよ」

娘の話を聞いたエリザベートは紅茶をテーブルに置くと、

「それは危ないところをありがとうございました。アリスさんとおっしゃるの?私はこの館の主、ヌオロ獣王国辺境伯イーサン・ヴァン・オッターバーンの妻、エリザベートと申します。我が娘たるアイリスの命を救っていただいたこと、感謝します」

そう言って目の前の少女に貴族の礼をした。

対してアリスは、

「勿体ないお言葉でございます。卑しい身なれど伯爵夫人にお目文字出来ましたこと光栄の極みでございます」

と、こちらも優雅な貴族の礼を返した。

まだ十代後半と思っていた少女が、しかも市井の少女が完ぺきな貴族の礼を返した事に少し驚かされたエリザベートは、

「アリスさん、あまり畏まらないで。私の事はエリザベートと呼んでいただいていいわ。あまり大したもてなしは出来ないかもしれないけど、ゆっくり休んでちょうだい」

そう言いながら「ところで…」と続け、

「アリスさんはどちらかの貴族家の方なのかしら?」

そう尋ねた。

「えっ!?そうだったの??」

母親の言葉に驚いてアリスの方を見るイリスを、母親はため息を付きながら「あなたねぇ…」と言いながら窘める。

「アリスさんの礼を見たでしょう?あれは普通の民には出来ない礼なのよ。優雅で洗練された貴族だけが行うことの出来る礼。こう言っては何だけど、あなたの礼よりも数倍上品だったわよ」

「えっ!?母様、酷い!!てか、ほんとにアリスも貴族の出なの??」

親子の楽しそうなやり取りを少し眩しいものを見るような視線で眺めていたアリスだが、二人の問いかけには「いえ」と短く答え、

「以前暮らしていたところで、ご主人様に厳しくそして優しく躾けていただきましたので…」

とのみ答えた。

エリザベートはアリスの言葉に一抹の寂しさを読み取って、それ以上はその話を続けなかった。

「そうなの。よいご主人だったのね」

「はい、とても」

そう言ってにっこり笑った美少女の笑顔を見たエリザベートも笑顔を返した後、自らの娘に向き直った。

「それで、何しに帰ってきたの?置手紙には今回の縁談は断るって書いてあったけど?」

母親に帰宅した理由を聞かれたイリスは、先程母に注意された貴族の礼を練習していたが、あぁそうだったと言葉を返した。

「あぁ、それなんだけど…正式に家との縁を切って貴族ではない、普通の人になりたいって思って」

ある程度娘の考えていることを察していたものか、エリザベートはテーブルに置いてあったカップを手にすると、ゆっくりと紅茶を口に運んだ。

「それで、貴族のわだかまりから解放されて例の男の子を待つ、って事かしら?」

母親の言葉を聞いたイリスは力強くうなづくと、

「うん、俺はそうしたいと思う。父様と母様には迷惑をかけるけど…」

「私たちの事は気にしなくていいのですよ。あなたが幸せになってくれさえすれば、私たちはどうでも…」

そう言ったエリザベートだったが、その思いとは裏腹に僅かばかりの涙が目を潤ませた。

「母様…」

母のその様子を見たイリスも目を潤ませたが、頭を振ると強い力を眼に宿して自分の母に伝えた。

「例え家との縁が切れても、俺たち親子だよね?」

「そんなの、当り前ですよ」

愛娘の言葉に泣き笑いで答え、お互いに抱擁を交わした。

暫しの抱擁ののち、普段の調子に戻った二人は、

「じゃ、どうすればいいのかな?」と問うイリスに、

「書類の手続きはこちらでやっておくから気にしなくていいわ」

とエリザベートは返した。

「ありがとう、母様。ところで…さっきから父様は何やってるの??」

イリスは先程から部屋の奥をウロウロしてるかと思えば、突然立ち止まって頭を抱え「どうすればいいんだ!?」等とつぶやいて、またウロウロ歩き出すを繰り返す父親を困惑の表情で見つめていた。

イリスが何を見ていたか瞬時に理解したエリザベートは冷めた表情を浮かべると、

「あぁ、気にしなくていいわ。貴方が飛び出してから毎日ああなんだから」

と言って夫に視線を送った。

「じゃ、父様にも言わなきゃだね」

「あぁ、それは後で私から伝えておくわ。今あなたがいる事に気づいたら、出してもらえないわよ」

「えっ!?そんな感じなの?」

父親の行動予測に少し驚きを感じるイリスに、

「皇太子殿下がこちらに向かってるらしいのよ」

とエリザベートは短く答えた。

「えっ!?皇太子殿下が??なんでこんな辺境に??」

イリスはもっともらしく疑問を呈したが、エリザベートは残念なものを見る眼差しで、

「そんなの、あなたに会いに来るに決まってるじゃない」

とあっさり返した。

その答えを聞いたイリスは、

「えっ??俺に?俺、一回も皇太子殿下とか会った事ないよ??」

疑問符を頭にいくつも浮かべながら聞いたが、

「それはあなたを妃にって言うことだから、未来の妻を見に来るんでしょう?」

なんでこんな事も分からないかなぁという風情で娘に言い聞かせる母親。

傍で聞いていたアリスも、まぁ、そうだろうなと思いつつ、こんな事に気づけないこの子はこんなんでやっていけるのかという一抹の不安を感じていた。

とまれ、話すべき事は話したので、イリスが早々に館を離れようかと行動し始めたところに、今度は執事のオットーが慌てふためいて駆け込んできた。

前回と違い、駆け込んで来るや言葉を発することなく部屋の中を見渡すと、ソファに座るエリザベートとアイリスの姿を発見し感涙を流しながらそばに走り寄った。

「お嬢様!よくぞご無事でお戻りになりました!私はこれ以上の喜びはございません!」

そう言いながら嗚咽を始めたオットーを、若干苦笑を浮かべながらイリスは慰め、先程のオットーの様子を問いただした。

「オットー。さっきは何か慌てている様子だったけど?」

敬愛するお嬢様にそう声をかけられたオットーは、大事な事を思い出したとばかりに、アイリスとエリザベスに告げた。

「一大事でございます。弟君のエイボン様のところへ行きましたところ、エイボン様のお姿が見えず、これが…」

そこには「アイリス」と名前の書いてある羊皮紙が蝋封して丸められていた。

慌てて執事からその書類を受け取ったイリスは、急いで蝋封を切ると中に目を通した。

エリザベートは「エイボンが…」と不安そうな表情で愛娘の事を見ていたが、娘の表情が険しくなるのを見て更に顔を青ざめさせた。

アリスがイリスに「何と書いてあるのですか?」と問いかけると、イリスは無言でその羊皮紙をアリスに手渡した。

そこには、弟を返して欲しければ指定の場所に明日0時に来いと書いてあった。

そこに来ていいのはイリスとアリスの二人のみとも書いてあり、他に同行者が確認された場合、即座に弟の命は無くなるとも書いてあった。

アリスは内容に目を通すと、黙ってその紙をエリザベートへ渡した。エリザベートは中身を読むと「ひっ!」と小さく悲鳴を上げてソファの上に倒れこんだ。

「母様!!しっかりしてください!!父様!父様!!そんな所ウロウロしてないで、早くこっちに来て!!」

自分の事を呼ぶ声にようやく気付いたイーサンは、その目にその姿を求めていた愛娘の姿を見て喜色をその面に浮かべたが、直ぐに様子がおかしい事に気づいてソファに駆け寄った。

「なっ!?おい、エリザベート!どうしたのだ!!」

夫のその声で気づいたエリザベートは、

「あ、あなた!…どうしましょう!?…」

そう言って手に持った羊皮紙を夫に手渡した。

素早く内容に目を通したイーサンは、

「おのれ!!どこの手のものか知らんが、目にもの見せてくれる、オットー直ぐに軍令所に向かうぞ!!支度をしろ!!」

そう言って動き出そうとしたが、

「お待ちください、辺境伯閣下」

という聞きなれない声で動きを止めた。

オットーが声の主へ目を向けると、そこには見慣れぬ黒メイド服の少女が座っていた。

「お前は何者だ?」

自分の息子に危機に対処すべく迅速に行動を開始したいのに、それを止める見知らぬ少女に、知らず怒りがこみ上げそうになるところを、アイリスとエリザベートが取りなした。

「父様、こちらは私が命を助けてもらったアリスだよ」

「そうですよ、あなた。この方がいなければアイリスは無事にここまで帰ってこられなかったそうです」

エリザベートはまだ落ち着いてはいなかったが、イーサンの様子を見てアリスを庇った。

「ほう、アリスさんとおっしゃるか。娘が世話をかけた。礼を言う。それで、私は息子を助けに動き出したいのだが、良いかな?」

いつものイーサンであればこのような物言いはしなかったであろうが、今は息子の命が懸かっている緊急事態ということもあり、細かい事に頓着している精神的余裕はなかった。

対するアリスは、特に感情が表に出ることもなく、淡々と目の前の辺境伯に語った。

「その行動、おやめください。お坊ちゃんの命に関わります」

思いもよらない言葉が返ってきた事で、辺境伯の怒りはいきなりマックスに届いたが、あまりの怒りですぐには言葉出て来なかった。

夫とアリスの言葉の応酬を聞いてエリザベートはおろおろと二人の顔を交互に見つめる事しか出来なかった。

アリスは、自分の言葉に続けて辺境伯に告げた。

「お嬢様のアイリス様ですが、私がお助けした際も含め、正体不明の敵から既に二回の襲撃を受けております」

「なっ!?」

思いもしなかった告白に怒りマックスだった辺境伯の感情は、一気に不安へと流れ込んだ。

「過去の二回ともに撃退しましたが、おそらくその穴埋めのための今回の行動かと思われます。こいつ等はやると言ったらやりますよ?」

そう言ってアリスは、辺境伯を見つめた。

辺境伯は力なくエリザベートの横に座ると、妻の肩を強く抱いた。

「それじゃ、どうすれば…?」

力なく言葉を吐く辺境伯に向き直ったアリスは、イリスに視線で意思の確認をしたのち、

「そこに書いてある通り、お嬢様と私でお坊ちゃんをお救い致します。信じていただけませんか?」

そう辺境伯に願い出た。

のろのろと顔を上げたイーサンは、改めて自分を諫めた黒服のメイドと愛娘を交互に見た。

「父様、お任せください。必ずエイボンは私が無事に連れ帰ります!」

娘はそう力説するが、この館から誰にも気づかれずに子供連れ去れるほどの実力を持った者たちに敵うのか?という疑問が頭をもたげる。

一方のアリスと名乗る少女も、見るからに戦いとは無縁の様子だった。

だが、既に過去二回の襲撃は撃退したと言った。

何を信じればいいのか分からないが、今は目の前の少女たちを信じるしか道がない事を改めて実感し、イーサンは娘達に全てを託したのだった。
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