黒猫の王と最強従者【マキシサーヴァント】

あもんよん

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第五章 闇ギルドと猫耳の姫君(プリンセス)

第十五話「辺境伯夫妻の憂鬱」

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その部屋はあまり華美な装飾はされておらず家具や調度品も多くは無かったが、置いてあるものや使われている素材は一流の品で、選んだ人物の品の良さを表しているようだった。

簡単なパーティーぐらいなら開けそうな広いその部屋は、普段はその家族が寛ぐための部屋として使われていたが、今は一人の男性が忙しなく部屋の中を行ったり来たりしていた。

その様子を眺めていたソファに座る女性は、軽くため息をつくとその男性を窘めた。

「あなた、いい加減になさいまし。いくらそこをウロウロしても始まりませんよ」

その声を聞いた男性は立ち止まって自分に声をかけた女性を見ると、そそくさと女性に近寄り反論した。

「そうは言ってもこれが落ち着いていられるか!もうアイリスがうちを飛び出して10日だぞ!?お前、心配じゃ無いのか?!」

目の前の男性のうらぶれた表情とその気持ちを表してか忙しなく上下に動かされる彼の両腕、そして美男子と評して良いその顔の上でぺたんと倒れこんだ獣耳をみて、ソファの女性・・・男性の妻たるエリザベートは再び今度は深くため息をついた。

普段目にする夫は、身長180cmを超える偉丈夫で、鍛え抜かれたその体躯と冷静沈着な判断力で人々を導く凛々しい姿を見せていた。

ところが、今目の前にいる男に普段の姿は見る影もなく、愛する娘が家を飛び出した事に打ちのめされて右往左往するただの父親であった。

これが【王国の盾】と称される辺境伯その人とは誰が思うだろうか。

彼こそが【ヌオロ獣王国】において【最強の守護者】【王国の盾】と呼ばれる獅子人族のイーサン・ヴァン・オッターバーンその人であった。

「そんな事を言っても、元を正せばあなたがあの縁談を受けてきたのがそもそもの原因でしょう?」

妻にそう返され、

「ぐっ!そ、それは・・・」

と、ここ数日やり取りした夫婦の会話を繰り返す事となった。

そんな様子の夫を見ながら、エリザベートはテーブルに置いた紅茶を口に運び、主人を慰めるように言葉を続けた。

「大丈夫ですよ。あの子、見た目はああですけど、中身はガサツが服を着て歩いているようなものですから、細かい事は気にせずぬどうにかやってるでしょう」

そう言って、もう一度紅茶を口にした。

実の母親にガサツ呼ばわりされる娘も大概だが、実の娘にその表現を使う母親も大概である。まして、ここは貴族の館である。本来、蝶よ花よと育てられるはずのお姫様がガサツとは、あまりと言えばあまりと言えた。

だが、母親のこの表現に父親も異を唱える事なく、昔を懐かしむように遠い目をした。

「確かにな。あの子が小さい頃はほとほと手を焼いた。いつの間にか城を抜け出して、村の子供達と泥んこになって遊んでたもんな~・・・ばぁやに散々叱られてたけどな」

後半の方はイヤな事を思い出したようにげんなりした表情を見せたが、

「だが、本当に立派に、そして美しく成長したものだ。もうすぐ13歳。あの子も成人に達するし、ばぁやにもあの姿を見せてやりたかった」

と、いつの間にやら娘の成長をしみじみと語っていると、唐突に後ろから声をかけられた。

「旦那様、私はまだ生きておりますがね?」

突然の声にビクッとして慌てて後ろを振り向くと、そこにはアイリスのばぁやたる獅子人族のマキノが無表情で立っていた。

「マ、マキノ、い、居たのか?い、いきなり声を掛けられたらビ、ビックリするじゃないか」

少し狼狽えながら、イーサンはマキノに応えたが、

「旦那様。こういう時こそ落ち着きなさいませ。男の価値は窮地に陥った時にこそ試されるものです」

と、その言動を窘められた。

「そ、そんな事は分かっている!」

半分腹立ち紛れにマキノに返したイーサンだったが、その返答を聞いたマキノは半眼となり、

「・・・坊っちゃま?」

と主人を見据えて静かに声をかけた。

片や、ばぁやの冷えた声音を聞いたイーサンは、反射的に背筋を伸ばし恐る恐るマキノを見やった。

実はイーサンにとってもマキノは小さい時から自分の世話をしてくれた"ばぁや"であり、事あるごとに貴族としての心構えを教えられてきた。

イーサンにとっては頭の上がらぬ人物の一人だった。

「いや、待て、言いたい事は分かっている」

「分かっていません!だいたい、あなた様は昔から・・・」

それから暫く自身の幼い時の失敗をはじめとして、様々な事を引き合いに出されてイーサンはかつての自身のばぁやからの説教を聞く羽目に陥ったのだった。

ソファに座ったエリザベートは我関せずを貫いて終始紅茶を片手に無言を貫いた。

マキノの説教は暫く続いたが、ある程度言うべき事を言うと満足したように

「お分かりいただけましたか?」

と現在の主人に問いかけた。

「もう、分かったから。ちゃんとするから。あと、坊っちゃまは止めろ」

「失礼しました、旦那様」

イーサンの声を聞いたマキノは深々と頭を下げると、さも何もなかったように部屋を後にした。

「お前、ちょっとは助けてくれよ!」

マキノがいなくなった事を確認したイーサンは、先ほどまで空気になっていた我が妻に抗議の声を上げた。

「イヤですよ!私、この家に嫁いで参ります時に、あの方に散々貴族の妻の在りようを叩き込まれたのですから!特に私が人族である事はハンデになる可能性もあるからと、それはもう口を酸っぱくして色々な事を教え込まれました。とてもとても、口出しなんか出来ません!」

そう言って悲壮感漂う表情で夫に訴えた。

その迫力にイーサンも思わず、

「お、おう、大変だったな」

と返すのが精一杯だった。

イーサンの妻たるエリザベートは元は隣国に仕える人族の貴族の令嬢で、過去のある出来事がきっかけで大恋愛に発展し、周囲の猛反対を押し切って結婚したのだった。

もっとも、子供が既に四人もいる現在は実家との関係も良好になっていた。

それはさて置き、イーサンの目下の悩みが解決したわけではなく、再びこの館の主人は部屋をウロウロ歩き始めた。

彼の妻は処置なしとして軽くため息をつくと、紅茶をカップへ注いだ。

その時、扉が激しく開け放たれ、執事である羊人族のオットーが部屋に飛び込んできた。

「だ、旦那様!一大事でございます!!」

普段から落ち着きがないとマキノに窘められるオットーだったが、今日はいつに増して慌てふためいていた。

人のふり見て我がふり直せとはよく言ったもので、オットーの狼狽ぶりを目にしたイーサンは逆に落ち着きを取り戻して自身の執事に声をかけた。

「落ち着かんか!一体これ以上の一大事がどこにあると言うのだ!」

自分の声で多少落ち着くかと思った執事は、寧ろその動作を大きくして主人に何事かを伝えようとしていたが、慌てすぎて言葉が出てこないようであった。

怪訝な表情でイーサンがオットーを見ていると、ようやく言うべき事を思い出したのか、おもむろにこう言った。

「王都より魔導通信が入りました!本日、皇太子殿下が我が領に向かわれたそうです!!」

「・・・は?・・・はっ??・・・・・・はぁー!?!?!?」

オットーの言葉がしっかり脳内に到達しその意味を理解するまできっかり10秒かかったのち、イーサンは驚愕の声をあげた。

「ちょっと待て。落ち着こう。」

イーサンはそう言って深呼吸すると、

「それはいつの通信だ?」

と執事に問いかけた。

「王都発が2時間前になっておりました!」

そこは淀みなく答える執事。

「と、言う事は・・・皇太子がこちらに着くのが約二週間後かぁ・・・」

イーサンは皇太子到着日を確認すると天を仰いだ。

魔導通信とはここ数年で各国に導入されつつある魔導機器で、遠距離での通信を可能にする画期的な技術であった。

これまでは、狼煙などで予め決められた事だけをリレー方式に伝える方法のみが遠距離通信の主流であったが、難点は決められた事しか伝えることが出来なかった事である。

その点、この魔道通信は2点間で音声のやり取りが出来た事から、様々な事をリアルタイムで伝えることが出来るようになったのは大きかった。

難点はまだ技術的に未熟なため、通話できる時間が1回につき1分と短く、またそれを使うためには膨大な魔力を蓄積した専用のバッテリーが必要だった点だった。

使用魔力量を考えると、通信で使えるのは今のところ1日に1回か2回、というのが妥当なところだった。

また、通信で繋ぐことが出来る距離は、今のところ50kmが限界であった。その為、50kmを超える通信は、ある意味伝言ゲームのように言葉のリレーをしなければならず、今後の改良が待たれるところではあった。

とは言え、今までなら早馬を飛ばしても数日の時間を要するようなことでも、劇的な早さで情報を伝達できるこの技術を各国は徐々に導入し始めていた。

開発したのは聖王国の王都で工房を営んでいる奇才との話だったが、聖王国では有力な産業になり得る可能性が高いと判断され、かなりの情報統制が取られいる為開発者の情報が漏れてくる事は無かった。

ともあれ、この最新設備を獣王国でもいち早く取り入れ、最も必要性が高いと思われた辺境伯領と王都を繋ぐラインに配備されていたのである。もちろん、王都とは相応に距離があったので、数か所を中継する形で情報はもたらされていた。

「何故だ!?何故、この時期に皇太子殿下が我が領に行幸されるというのだー!!」

両手で頭を抱え込み、悲痛な叫びをあげる夫を冷めた目で見ていた妻は、

「そりゃあ、未来の妻に会いに来るんじゃないんですの?この時期ですから」

そんなの当り前じゃない、という雰囲気を醸し出しながらエリザベートは夫に告げる。

「そんな!アイリスは今この場にいないのにか!?」

「そんなの、先方はご存じありませんしね」

「はっ!?そうか・・・」

この人は一体何を言ってるんだろうと半ば呆れながら、目の前で項垂れる夫を見つめていたエリザベートだったが、ふとここ最近疑問に思っていた事が頭をよぎる。

「それにしても、皇太子殿下はどうしてうちの子を選んだんでしょう?」

エリザベートの言葉を聞いたイーサンはその言葉で復活し、

「それは、お前、アイリスが美しく成長したからに決まってるじゃないか」

と、さも当たり前と言わんばかりに意見を唱えた。

しかし、彼の妻の脳裏には別の印象が植え付けられており、思わずその疑問を口にしてしまう。

「アイリスは確かに見た目は大人の女性に成長しました。でも、確か皇太子殿下は、見た目がもっと幼い幼女がお好みだったのでは・・・」

「あっ!?おま・・・んっんー!んっんー!!・・・エリザベート、それは公然の秘密で口にしてはならん事だ。どこで誰に聞かれていることか」

我が妻の言葉を聞いたイーサンは誰もいるはずのない辺りを見回すと咳ばらいを繰り返し、小声で妻を窘めた。

だが、夫の言葉を聞いた妻は我が意を得たりと言葉を続けた。

「やはり。私の思い違いでは無かったのですね。では、何故・・・」

せっかく話を終わらせたと思ったのに、むしろ妻の興味を引いてしまった事に内心頭を抱えたが、イーサンも自身の疑問を口にした。

「確かに、お前の言う通り、これまでの皇太子殿下のご趣味とはかけ離れている。しかも直々にアイリスをご指名だ。今まで会った事もないのにだ。それに、俺が言うのもなんだが、アイリスはお前に似てスタイル抜群に成長した」

イーサンに「お前に似て~」のくだりが良かったのかエリザベートが「あなたったら~」等と言いながら照れて体をくねらせる。

「いや、そこ照れるところじゃないから。で、これまでの皇太子殿下のご趣味から考えると、確かに不思議ではあるのだがな・・・俺もご本人から聞いたわけじゃないが、陛下からのたっての頼みというので断るに断れなかったのだ。なんでもアイリスを妻に迎えなければ王位は継がないとか・・・一体どういうことなんだ?」

これまでも若干の疑問はあったが、妻の言葉よくよく考えればおかしなことだった。イーサンはこれまでの事を深く考え込んだ。

また、夫の言葉を聞いたエリザベートも王位継承にまでかかわるとは知らなかったため、

「そこまでアイリスに皇太子さまが執着なさる理由が思い当たりませんね・・・」

そう言って夫とともに思考の海へと深く沈み込んでいった。

悩める夫婦の夜は長かった。
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