黒猫の王と最強従者【マキシサーヴァント】

あもんよん

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第五章 闇ギルドと猫耳の姫君(プリンセス)

第十話「イリスの願い」

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「けほけほ・・・」

アリスは、顔の前で手を振ると、空中を舞う土ぼこりを払った。

爆発の収まった高地では次第に立ち昇った土煙も収まり辺りの様子が確認できるようになったが、

そこには僅かに残った下生えもすべてはぎ取ったようなむき出しの地面が広く横たわり、爆発の大きさを伺わせた。

森の木々は少し離れた位置から生えていたのであまり大きな被害は無かった。

もっとも、全くの無傷というわけにはいかず、高地に面する数本の木が折れたり、無事な木も一部の枝が折れたりしているものは散見された。

アリスは先程見せた透明な防御陣を展開して特に被害は受けた様子は見られなかったし、イリスを保護していた保護膜も何の損傷もなく、当然イリスにも何の被害も無かった。

一方、地面に転がっていたラスキンをはじめとした元冒険者4人組は、爆風のあおりを受けて吹き飛ばされ、まだ息はあるものの見るからに重症で、満足に動くことも話すことも出来なそうだった。

またそれはゴサロも同様で、爆発の衝撃で地面にたたきつけられ、意識を失っていた。

『ちょっと舐めすぎたかな?』

タロの自戒ともとれるつぶやきを聞いたアリスは、

「申し訳ありません」

と素直に謝罪した。

『いや、謝る必要はない。少なくとも、あの組織はそういう処だという事が分かった事と、やはり関係者には色と宝石を組み合わせた名がある事が分かっただけでも良しとしよう。少しづつでも近づけばいい』

タロはそう言ってアリスを労った。

辺りを見回していたアリスは少し離れたところに首の無い人間の体が二体転がされているのを見つけると、それが先程自分で倒したフードの二人である事に気付いた。

「あれは結局、どういった仕組みだったんでしょうか?」

死体の近くまで近づくとアリスは自身の主人に問うた。

『戦った感触はどうだった?』

「はい、確かに動きのスピードや攻撃の威力はかなりのモノでしたが、本物のギガントエイプに比べると耐久力は数段劣る感じでした。切りつけた刃もそれほどの抵抗もなく通りましたし」

アリスの答えを聞いたタロはしばし考えるそぶりを見せたが、程なく首を左右に振って、

『何とも言えんな。はっきりとは分らんが、ギガントエイプを人化させたのではなく、おそらく人間を魔物に変える強化薬のようなものだろうがな。効果がどの程度持続するのかも分からんし、結構厄介な問題だな・・・』

そんなものの存在など今まで知る事は無かったが、ここで現物を見せられたのだからどの程度の効果のモノがどれだけ、しかもどこにあるのかというのは懸念事項だった。

とは言え、今はまだ情報が少なすぎて判断はつかないし、この事への判断は保留とせざるを得ないとタロは深いため息をついて空を見上げた。

『ミカエルや他の【秩序】の連中は何を見てるんだろうな?地上は秩序どころかカオスの真っただ中じゃないか・・・』

タロはそう言ってかつての同胞たちへの恨み言とも言えない抗議の声を小さく呟いたのだった。

暫く現場の検証を終えた黒猫と黒服メイドは、少し離れたところで盛んに手を振ってこちらを呼ぶイリスの姿を目に留めた。イリスは恨みがましい半泣きの状態でアリスに視線を送っていたが、その姿を見たアリスは、そっと視線を横へ逸らした。

「いい加減に出してくれよ!!」

そのイリスの言葉を聞いたアリスは、軽くため息をつくと指を鳴らした。

アリスが指を鳴らすと同時に前回同様イリスを囲うすべてが取り除かれたが、戒めを解かれたイリスはダッシュでアリスの前に到達すると、

「ヒドイじゃないか!!さっきからずっと呼んでるのに、全くこっちの事は無視でさぁー!!」

と強く抗議の声をあげた。

イリスは爆発の余波が収まった時からアリスを呼んでいたのだが、黒猫主従は全く意に介することなく現場検証を続けていたのだ。

今回、イリスを守るために作った保護膜は前回のモノより強力で、イリス側からも出る事が出来ない仕様だったため、アリスがその戒めを解くしか方法は無かったのだが、当のアリスは現状把握をするまでは戒めを解く気が無かったので、致し方のない事ではあった。

とは言え、そんな事はイリスには関係なく、憤懣やるかたないといった風情でアリスに不満をぶつけた。

だが、それもアリスを心配しての反動らしく、一頻り文句を言った後は軽く息を吐くと、

「でも、アリスが無事でよかった・・・もうダメだって何回も思ったよ・・・」

そう言ってうつむくイリスの頬をいつの間にか涙が伝う。

イリスのそんな様子に気付いたアリスは少し表情を柔らかくして、

「心配をかけてごめんなさい。でも、あなたがあそこで大人しくしてくれてたからこそ、今回の事も上手くいったんですよ」

そう言って目の前の子供を慰めた。

だが、イリスはアリスの言葉を聞くと一度目をギュッとつむり、何かを決意した表情で再びアリスを正面から見て、こう告げた。

「違うんだ、アリス。俺、アリスに隠してた事があった。その為にアリスが危険な目にあったかと思うと、胸が潰れそうなんだ」

そう言うイリスの瞳には再び大粒の涙があふれ出て、頬を伝って地面へ落ちた。

アリスは、そんなイリスの目元を指で拭ってやると、

「そうですか。では、その話を私にしてくれるのですね?」

そう優しく問いかけた。

イリスは、その目をアリスから離すことなく見つめたままでうなづくと、

「話す。話します。だから、俺を助けて欲しい。そして、俺を家族のいる場所へ連れて行って欲しいんだ!」

強い決意を含んだ瞳を見たアリスは、

「分かりました。まずは話を聞いてから考えましょう。取りあえず、ここから動いてどこかに落ち着いてから話をしましょうか」

とイリスに告げた。

アリスの言葉を聞いたイリスは、ようやく安堵の表情を浮かべるとにっこりと笑った。

「と、その前に・・・」

イリスの反応に満足したアリスは、少しその場で待つようにイリスに伝えると、地面に転がる瀕死の面々に近づいた。

「どうされますか?」

処遇について聞かれたタロは、

『助ける必要はないが、殺す必要もないからな~…取りあえず、自力で動けるようにしてやれ。その後は、こいつらが勝手にやるだろう』

そう言ってアリスの肩口から様子を見ることにした。

アリスが右手を空中に振りかざすと無数の光の粒が現れ、地面に転がる負傷者に降り注いだ。

光の粒が消えた時、そこで呻いていた数人の男女は、ゆっくりを体を体を起こし、自分の体のあちこちを確認した。

「あれっ!?痛みが消えた!」

「あ、あたし、声が出せる!!」

「動ける!動けるぞ!!」

それぞれが、思い思いの言葉を口にして死んでいない事を喜んだが、すぐ傍にアリスが立っている事に気付くと、顔面を蒼白にさせてガタガタと震え始めた。

一応、リーダーの役割を担っていると思われるラスキンがかすれた声でアリスに話しかけた。

「お、俺達をどうするつもりだ?」

既に自分たちと目の前に少女の間には隔絶した実力の差があるのは明白で、何を要求されてもそれに逆らう事は出来ないと覚悟していたが、当のアリスは興味無さそうにラスキンの問いに答えた。

「特に、何も?必要最低限の治癒魔法はかけてありますが、後はどこかへ逃げるなり好きにしてください」

アリスの言葉を信じられないものを聞いたような表情で受け止めたラスキンは、次の言葉を継ぐ事が出来なかった。

そんなラスキンの様子に気付いたアリスは、再び軽いため息をつくと、

「私は人殺しではありませんから、あなた方を如何こうしようといういう趣味はありません」

と付け加えた。

自分たちが本当に解放されると実感できた四名はその喜びが顔に上ってきたが、何かを思い出したように告げられたアリスの言葉に固まった。

「あ、でも、これから先はあまり阿漕な真似はしない事ですね。どこかでもし同じような事を繰り返しているを見つけたら、その時は・・・分かりますよね?」

そう言って悪魔の笑顔で笑いかけた。

喜びが顔に出かかっていた四人は、その言葉を聞いて笑顔を見た瞬間、顔面を蒼白にさせてガクガクと顔を縦に振る事しか出来なかった。

その様子を見たアリスは、じゃあ、という感じでその集団から離れたが、その間際に最後の言葉を付け加えた。

「どこから仕事を請け負ったのか知らないですけど、仕事失敗してるのに生きてるの知られたら、たぶん消されますから、名前も住んでる場所も変えた方がいいと思いますよ?あと、あそこにいる人も連れて行ってくださいね。傷は治してますけど、まだ目を覚まさないようなので」

そう言って、今度は本当に四人の元から離れた。

アリスが最後に告げた言葉を反芻した四人は震えあがり、今後の対応を考えるのであった。

「イリス、待たせましたね。行きましょうか」

アリスに声をかけられたイリスは先程までアリスが話していた4人組をじっと見て視線をアリスに戻すと、

「アリスって攻撃魔法や防御魔法だけじゃなくって治癒魔法も使えるんだね・・・すごいや」

と尊敬の念のこもった眼差しと言葉でアリスを称賛した。

アリスはその視線をイリスに向ける事無く、

「分かってると思いますが、ここで見聞きした事は黙っててくださいね。色々面倒なので」

と端的に伝えた。

イリスは一人頷くと、「分かってる」と小さく答えた。



その場を後にした二人と一匹は、イリスの願いでその日の夜は森での野宿を行う事にした。

誰にも知られるわけにはいかない話をアリスにするから、というのがその理由だった。

イリスには、もう目の前にいるメイド服の少女しか頼る相手がいなかったのである。

空には満点の星空がきらめいていたが、奥深い森の木々に覆われたそこでは、そんな星を見ることも叶わなかった。

焚き木をを囲んだその場所で、イリスは自分の長い身の上話を始めた。

夜はまだこれからだった。
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