黒猫の王と最強従者【マキシサーヴァント】

あもんよん

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閑話平常

第甘話「幸せのレシピ」

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これは、アリス達がモリーユ領主オルレアン子爵を救った直後の話・・・



アリスの目の前に、小さいが歴史を感じさせる教会がひっそりと姿を現した。

何のためらいもなく扉を開き中へと入って行くアリス。

外観で想像はついていたが、中もまた古き歴史を感じさせるたたずまいであった。

昼間だというのに講内は少し薄暗く、明り取りの窓に嵌められたステンドグラスからの光とたゆたう蝋燭の光のみが光源であった。だが、天井や壁には神話の内容を思わせる壁画が描かれ、色褪せてはいるものの見る者の心を奪う美しさがあった。

人の気配を感じさせない講堂にアリスの声が響く。

「スミマセン、どなたかいらっしゃいませんか?」

誰もいない構内にアリスの声は吸い込まれていったが、これに応える声は無かった。

『誰もいないのか?』

アリスの肩に乗っていた主人である黒猫のタロは訝し気にアリスに問いかけた。

「変ですね。子爵様は年配の司祭様がお一人で守っている教会とおっしゃってましたが、お出かけになっているんでしょうか・・・」

実は、今回アリス達が子爵を救った事に対して褒美を賜るという話になったのだが、黒猫主従はこれを辞退していた。それでも手ぶらで帰すのは貴族の矜持に反するという子爵の言葉を受けて色々話をしているうちに、領内の小さな教会に過去の勇者が記したとされる世界を救う大魔法を記した魔法書があるという話を聞いたのだった。

聞けば、見た事もない難解な文字で書かれており、未だに誰もその内容を解明したものはいないというのだ。

その話を聞いたタロとアリスは興味をそそられ、その魔法書を見せて欲しいと子爵に願い出たのだった。

本来は教会の最奥部に厳重に管理され、おいそれとは目にする事が出来ない貴重な書物だったが、領主の紹介であればお見せするとの話を受けて、今日アリス達はその教会を訪れたのだった。

『確か、約束は今日だったよな?』

「はい。時間を間違えたでしょうか?」

主従がそんなやり取りをしている時、奥からバタバタとした足音が聞こえてきた。

突然開け放たれた扉から姿を現したのは、白髪で壮年と思しき司祭服の男であった。

息を切らせていた司祭服の人物はしばらくそこで息を整えると、改めてアリス達に近づき話しかけた。

「大変お待たせました。子爵様からお話を聞いているアリス様ですか?」

まだ呼吸が完全には落ち着いてないようだが、柔らかな笑みを浮かべてアリスに話しかけた男こそ、この教会の司祭であった。

「はい、そうです。お忙しかったでしょうか?もしご都合が悪ければ出直しますが?」

アリスにそう返答を返された司祭は、慌てて首を振りながら、

「いやいや、とんでもない!こちらこそ失礼しました。実は、裏で野菜の栽培などをしているのですが、手入れに夢中になりすぎて時間を忘れておりました」

そう言って苦笑を浮かべながら平謝りする司祭へ、

「そうでしたか。お忙しいのにお手間を取らせてスミマセンでした。用事が済んだらすぐにお暇しますので、よろしくお願いします」

と言って丁寧にお辞儀をした。

アリスの容姿は、男が10人いれば10人が振り向くような美少女である。

そんな子に丁寧な受け答えをされた為か、司祭は若干顔を赤らめて、

「こちらの事はお気になさらずに好きなだけご覧いただいて構いません」

と言って微笑んだ。

「あ、それとこの子はタロと言います。申し訳ないのですが、この子を放すわけにはいかないので、この子と一緒に拝見してもいいですか?」

アリスにそう問いかけられた司祭は、少し考える素振りを見せたが、

「まぁ、あなたが監督してくださるなら、今回は特別に許可しましょう」

そう言って、主従を奥へと案内した。

「こちらが、お尋ねの魔法書になります」

そう言って手渡されたのは羊皮紙を束ねた薄い冊子で、表紙に何かを書いていた形跡はあるが、既に表紙部分がボロボロで何が書いてあったかは判読不能であった。

表紙はそんな状態だったが、中身はしっかりしており、特に欠損は無いとの事だった。

「こちらはどういった謂れのある魔法書なのですか?」

アリスがそう司祭に問いかけると、次のような答えが返ってきた。

本来、魔導書とは本自体が魔力を秘めているものを指すが、魔法書とは魔法の理論や方法を記載した書となっている。

この魔法書は、数百年前にこの地に遣わされた古強者の勇者が世界を幸福にする魔法を記したもの、と言われているとの事だった。だが、子爵の言葉通り、書いてある文字が未知の文字であり、特に図解などもなく文字だけの説明である事から、未だに内容を解明したものはいないとの事だった。

「アリスさんも魔法を使われるとか、子爵様がそれはもうお褒めになっていましたよ。アリスさんはこういった魔法書に興味がおありなんですか?」

普通が魔法が使えればそれなりの地位、それなりの暮らしが約束されているもので、アリスのように放浪生活をするなど常識的に考えればおかしいのだが、司祭は特にそう言った疑問は口にせず、ただアリスの志向について問いかけた。

「私の魔法はあまり大した事は無いのです。魔法は自分の自己防衛のために身に付けているだけですが、こういった魔法書には興味があります。基本、本が好きなので」

そう言ってアリスは司祭に微笑んで見せた。

「そうでしたか。あぁ、スミマセン、話が長くなりましたね。どうぞ、こちらをご覧ください」

その答えを聞いた司祭は、慎重に魔法書を手に取るとアリスに手渡した。

「ありがとうございます」

アリスは司祭から受け取った魔法書を開くと書いてある内容に視線を落とした。

【全卵にグラニュー糖を加え、低速で混ぜながら湯煎でお風呂のお湯位の温度(約40℃)まで温めます。】

アリスはページをめくると別の部分にも目を通した。

【薄力粉の1/3量を加えてゴムヘラでそこからすくい上げるように混ぜる。粉っぽさが少し残るくらいでもう1/3量を加え、同様に混ぜる。これをもう1度繰り返す。最後は粉っぽさがなくなるまで混ぜる。】

アリスは顔を上げると笑顔を張り付けて司祭に聞いた。

「これ、何の本でしたっけ?」

アリスの問いかけを聞いた司祭は、満面の笑みを浮かべてこう答えた。

「これは、世界を救ったかつての勇者様が書き記した、世界を幸福にする魔法のレシピが書かれた本と言われています。残念ながら、未だに内容を解明できた人物はいませんが・・・。私の夢は、いつかここに書いてある魔法を解き明かし、世界中の人々を幸福にすることなんです!」

その答えを聞いたアリスは引きつった笑みを浮かべながら

「そうなんですね・・・」

と言いつつ再び魔法書へ視線を落とした。

【 薄力粉を加え、粉気がなくなるまでゴムベラでさっくりと混ぜます。★Point★ふんわりと優しく混ぜます。激しく混ぜると泡を潰しすぎて、膨らみが悪くなります。】

『・・・なぁ、これ、レシピはレシピでも違うレシピだよな?』

アリスの肩越しに中身を見ていたタロは、ページの頭に日本語で書かれた「シフォンケーキの作り方」という部分を凝視して呟いた。

魔法書をそっと閉じたアリスは笑顔で司祭に本を返すと、

「やはり難解な文字で書いてあるようですね。何が書いてあるのか全く分かりませんでした」

そう言って極上の笑顔を司祭へ返した。

アリスの返答を満足げに聞いた司祭は、

「そうでしょうね。これまで幾多の英知が挑んで果たされなかった命題のようなものです。いずれ解明できるよう、私も努力をしますよ」

そう言って柔らかな笑みを浮かべた。

間もなく、司祭に礼を言って教会を後にしたタロとアリスは、

「まぁ、確かに普通の人には読めませんよね、あれ」

『そうだろうな。と言うか、またぞろ誰かが異世界から転移とかさせてたんだろうな。ロキとかが嬉しそうにやってそうだよ』

等と先程のスイーツレシピの話をしながら、その地を後にしたのだった。



この魔法書を書いた人物が、現代日本から数百年前のこの世界に転移させられた「矢澤孝之(仮名):元パティシエ(43歳)」という事実はタロとアリスのあずかり知らぬ事であった。
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