黒猫の王と最強従者【マキシサーヴァント】

あもんよん

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閑話平常

第子話「タロの日常」

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タロは人間観察が好きだ。

神であった頃のタロもよく人間の世界を覗き見していたが、黒猫となった今は猫らしく、物陰や屋根の上などに体を落ち着け、目の前で繰り広げられる人間たちの日常を観察するのだ。

そこで目にする人間たちの営みは、タロをして時に驚き、時に笑い、また時にその悲しみに胸を締め付けられる事もあった。

ともあれ、1日として同じ日は無く、タロは暇さえあればその時に滞在している町の比較的人通りの多い場所へと足を運び、悲喜こもごもの人間模様を見つめてきた。

今日も今日とて、この町の一番の繁華街の路地に横たわり人々の行きかう姿を観察していたのだが、先程から一つだけ気になっている事があった。

『あの母親、ちゃんと子供の面倒見てるのかな……』

タロが気にしていたのは、一人の若い母親とその母親に連れられた一人の小さな男の子だった。

見たところ二十歳前後と思しきその母親は、洋服屋の店先に展示されたワンピースのような服を矯めつ眇めつ眺め回していたが、傍に立っているその子供は、自分の母親が何をやっているのか分からず不思議そうにその姿を眺めていた。

二、三歳と思われるその子はとても大人しいのか、自分の相手をしない母親に癇癪を起こす事もなく、ただそこにじっと立っているのであった。

件の母親は手に持った服の値札が目に入ったのか驚きに目を見開いていたが、しばらく難しい顔で悩んだ後に何事か自分の子供に話しかけていた。タロが自分の耳に意識を集中してその声を拾ってみれば、

「カイト、お母さん、少しだけお店の人と話をしてくるから、ここから動かないでね」

等と言って店の奥に入ると、何やら店主と交渉を始めたようだった。

『おいおい……』

さすがのタロも呆れてモノが言えなかった。

ここは人通りの比較的多い界隈とはいえ、人攫いの類いはどこでも見受けられた。特に子供は需要が高い事もあって、母親の手元から離さないのが一般的であった。もっとも、人攫いがターゲットにする子供の多くは五歳ぐらいからで、目の前にいる子供のような年端もいかない年齢では、逆に世話に手間がかかり過ぎて敬遠される傾向にあるのではあったが……だが、それはそれとして、あんな小さな子供が母親のいう事を聞いて大人しくしているとは考えられんとタロが思った矢先、やはりその子供は動いた。

店主と母親の方へと目を向けて何気に聞こえてくる声を拾ってみれば、

「そんな値段では売れんよ!さあ、帰った、帰った」

「そうですか……ところで、ネルソンさん?ですよねぇ~?」

「確かにネルソンだが?」

「ロドニーちゃんって知ってます?」

「えっ!?な、何のことか分からんが……」

「そうですか。それじゃ、これで失礼します」

「ま、ま、待ってくれ!いや、まあ、もう少し話をしようじゃないか」

「そうですか?それじゃ……」

などと、一体何の話をしてるのか全く気付く素振りも見せなかった。

『あんな子供が大人しくしてる訳がないじゃないか』

タロはやれやれといった表情を浮かべてその子供…カイトを見ていたが、ふとカイトの進む先に視線を向けると目を見開いた。

そこには近隣の商店に荷物を運ぶ荷馬車が止まっていたのだが、カイトはその荷馬車を曳く馬の足元に向かって真っすぐ歩いていたのだ。あんな小さな子供が下手に馬の足元になど行ったら、最悪踏みつぶされかねない状況であった。

『いやいやいやいや、待て待て待て!!』

タロはとっさに立ち上がると、急いでカイトと馬の間に入り一声大きくニャーンと鳴いた。

すると、それまで馬を見ていたカイトの目がタロを捉えた。

「あー、ねこしゃーん」

そう言いながら自分に近づくカイトを、尻尾を揺らしながら上手に誘導し、馬の方向から遠ざける事に成功したタロは、

『勘弁してくれよ……』

そう言いながら、未だ店の主人とやりあっているカイトの母親を見やった。

「そんな無体な!それでは仕入れ値にもなりませんよ」

「ああ、残念ですね。じゃ、この話は終わりって事ですね?あたし、ロドニーちゃんとは幼馴染で仲がいいんですよねぇ~」

「それでも、無理なものは無理なんだ!」

「分かりました。じゃこれで失礼します。ああ、そう言えば、ロドニーちゃん、最近、月のものが来なくってどうしようって言ってましたよ?」

「えっ!?えっ!?それは!?……」

「ロドニーちゃんに聞いた話だと、奥さん、お若いそうですね?」

「えっ!?な、何故そんな事まで……?」

「じゃ、これで失礼しますね」

「ま、ま、待ってくれ。もう少し話を……」

一体あそこは何の交渉をしてるんだか……母親と店主の交渉がまだ終わりそうに無い事を察し、深いため息をついたタロはどうしたものかと考えて再びカイトの方へと目を向けたが、そこにいるはずの男の子はどこかに消えていた。

『えっ!?』

焦ったタロが辺りを見回すと、母親が交渉をしている店舗の横にある倉庫と思しき建物にまさに入って行く姿を捉えた。

『!…だから、子供が大人しくしてるわけないだろ!!』

そう悪態をつきながらタロはカイトの後を追って建物の中へ飛び込んだ。

建物の中は穀物倉庫の様で、大きな袋がうずたかく積まれていたが、カイトは一番近くの袋の山にたどり着こうとしていた。

『危ないからここから出るんだ』

タロがカイトに注意を促すと、もちろんニャーとしか聞こえない猫の声ではあるが、気づいたカイトが体の向きを変えて再びタロの方へ小走りに近づこうとした。と、その時、カイトは自分の近くに垂れる一本の紐に気づいてしまった。そう、気づいてしまったのである。

タロもその事に気づき、紐の行きつく先に目をやると、再び目を見開いた。

滑車の原理でつながれたその紐の先端は、うず高く積まれた袋の最上部の袋に鉤爪のような金具で引っかかっているように見える。おそらく、上部の荷物をひっかけて楽に下ろす仕掛けなのだろうが、後片付けが雑なのか中途半端に荷物に引っかかっている状態で放置されていたその紐にカイトは俄然興味を示した。子供が少し引っ張ったところで普通は何ともない無いのだろうが、どうもその山を積んだ人間は色々残念なようで、今見ているだけでもグラグラして不安定な事この上ない。まして、滑車の原理である。ほんの少しの力で大きなものもち上げる時に大きく役立つその仕組みは、この時ばかりは、反対に作用する危険を孕んでいた。

『いや!その紐は触るな!いいからこっちへ来るんだ!』

タロは、とにかく自分の方へ注意を引こうとカイトに声をかけ続ける。


一方のカイトは、目の前の紐と鳴き声を上げ続ける猫を何度か交互に見やると、満面の笑みを浮かべた瞬間、目の前の紐を思い切り引くと同時にタロに向かって走り出した。

『アホかー!!』

カイトのその行動を見た瞬間、タロは叫びと共にカイトの方に向かって疾走した。

案の定、積み方が悪かったのか手前の袋の山が今にも崩れそうにずれ始めたのだ。そのままでは、カイトの上に直撃してしまうと感じたタロは、その場から一気に加速してカイトの後ろの方へ飛び込むと、今まさに崩れようとしている袋の山を足場にして跳ね返り、その反動を使って前足でカイトを後ろから押した。猫の体重は微々たるものだから大人であれば大したことは無いが、まだ小さな子供であるカイトにはそれで充分であった。少し転びそうになりながらも、多少加速がついて建物の外へ向かって行った。

その様子を見たタロは安堵の表情を浮かべたが、その直後、自身の上に雪崩を打って袋の山が落ちてきた。既に、回避する事は不可能な状況であり、タロは初めて走馬燈を見た気がした。

タロが自身の死を覚悟した瞬間、入り口から凄まじいスピードで飛び込んで来た黒い影が一瞬にしてタロを抱きかかえると、その場から飛び退った。

『ぐえっ!』

急激な移動で思わず声が出たタロだったが、タロがその場から移動した直後、どさどさと大きな音を立てて袋が崩れ落ちた。

自身の危機が去った事を確認したタロは、命の恩人に声をかける。

『すまんな、アリス。助かった』

「タロ様!今は普通の猫なんですから、すぐ死にますよって何回も言ってますよね?もう、私が来なかったらどうなってた分かってるんですか?」

『えぇ~っと……復活するのに時間がかかる、とか?』

「もう!そういう事じゃありません!!復活に時間がかかるかどうかが問題では無いんですよ!聞いてますか!?」

黒猫の従者である銀髪の少女……アリスにしこたま小言を言われ、反論の余地なく謝罪するタロだったが、ある程度その小言が収まったところで疑問を投げかけた。

『それにしても良く分かったな?』

「丁度タロ様を探しに来たところで、小さな子供追いかけてこの中に入るタロ様を見かけたんですよ。どちらにしろ、間に合って良かったです」

そう言って安堵の声を上げるアリスと共にその倉庫から外へ出ると、元の位置に戻っていたカイトの元に母親が戻ってきたところだった。手には何やら袋に包まれた荷物を持ち勝ち誇ったような笑顔を浮かべている。一方店内に目を向ければ、店の主が魂の抜けかけたような姿で悄然としていた。先ほどまでの会話の内容を思い返し、生暖かい視線を店主に送りながら、タロは心の中でドンマイと店主に声をかけた。

カイトの元に戻った母親は、開口一番

「カイト!偉かったね!ちゃんと言いつけ守ったね!」

等と言いながら、笑顔で息子の頭を撫でている。

その様子を見ながら

『そんな訳ないし!』

と声を上げたタロに気づいたのか、カイトが再び

「あー、ねこしゃーん」

と言いながらタロに手を振ってきた。

息子の言葉でタロに気づいた母親も、

「あら!可愛い猫ちゃんねぇ~!」

と言ってカイトと一緒に手を振ってきたが、

『お前のせいで俺がどれだけ苦労したか、分かってるのか!?』

と叫んで、その母親を睨みつけた。もちろん、母親の耳には猫の鳴き声しか聞こえないのだが、敵意を向けられてるのは感じたらしく、

「何、この猫!?私には威嚇してくるの!?キモ!黒猫、キモ!カイト、さっさと行くわよ!」

そう口にすると、カイトの手を引いてさっさと店の前から移動を始めた。

母親に手を引かれて行きながら、カイトはもう一度振り向いて、タロにバイバイと手を振り、母親と一緒に去って行った。

その様子を見てため息をついたタロだったが、最後に自分に手を振ってさって行ったカイトを思い出し、『やっぱり(子供は)かわいいな』ボソッと呟いた。

この時、特にアリスに対しての言葉ではなく単なる独り言であったため、明確な主語を言わなかったタロを誰が責められるだろうか。

ふと横に立つアリスを見やると、若干引き気味の表情でこう尋ねられた。

「タロ様……そんな趣味がお有りだったんですか?私、知りませんでした……」

そう言われたタロは、頭にクエスチョンマークしか浮かばず、

『?何の話だ?』

と返したが、

「もう隠さなくても大丈夫ですよ、タロ様。あんな幼い子まで守備範囲に入るのはいささか驚きですが、男の子がお好きなのは分かりました。私はタロ様のすべてを受け入れますので、ご心配なく」

銀髪の少女からは思いもかけない言葉をかけられ、大いに狼狽した。

『はあぁ!?どこからそんな話が出たんだ??俺はこういっちゃなんだが……女の方が好きだぞ』

若干顔を赤らめながらそう言ったが、

「大丈夫です。心配しなくても、アリスはずっとおそばを離れませんから」

と返された。

『だから!どこからそんな話になるんだよ!?』

「だって、さっきあの男の子を見ながら、やっぱりかわいいって言ってたじゃないですか」

『それは、子供は可愛いって言ったんだ!お前が考えているような意味じゃない!』

「分かりました。表向きはそれでいくんですね。お任せください」

『ちがーう!!』

タロとアリスのそのやり取りは、その後暫く続くのだった。

 後日、ある事件が元でタロの少年好き疑惑がアリスの中で確定するのだが、事ある毎にタロの少年好きネタをアリスが持ち出すきっかけになった事は言うまでも無い。
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