63 / 120
第四章 神々の邂逅と偽りの錬金術師(アルケミスト)
第十七話「通行の対価」
しおりを挟む町の大通りを城門へ向かって歩きながら、最後の気がかりへと意識を向けるタロとアリスの主従は、
「あの男爵、どうしたでしょうか?」
『まぁ、手首ぐらいは高位の治癒術師が居ればくっつくだろう?手も持ち帰ってたことだし』
「もう少し痛めつけておいた方が良かったでしょうか?」
『えぇっと、アリスさん?……十分痛めつけたのでは?』
従者が次第に脳筋になっているような錯覚を感じて軽いめまいを覚える黒猫であったが、あの男爵では致し方ないと自分に言い聞かせつつ次はどこに行こうかと考えていると、前方に見えてきた城門付近から喧騒が聞こえてきた。時間は午後の2時を少し回ったところである。
城門に近づくとそこでは、旅装束に身を包んだ男女十数人と城門警備の兵士が何やら揉めている様子であった。
アリスは遠巻きに見ている内の一人に話しかけた。
「すみません、どうしたんですか?」
話しかけられた若い男は、アリスに目を向けた時に何故か一瞬動揺を見せたが、すぐにその質問の意図を理解して答えた。
「あ、あぁ、あれ?なんでもここの領主の館で何かあったらしくて、調べが終わるまで町から出るなって言ってるらしいんだ。でも商売やってる連中はそんな事してらんねえから、ああして交渉してるようなんだが、埒があかねえんだよ」
それを聞いたアリスと黒猫は互いの顔を見て頷きあうと、
「ありがとうございました」
そう言ってその男から離れた。件の男は若干顔を赤らめながらゴニョゴニョと何かを呟いてたが、アリスはそんな事は気にも止めずに城門の様子が見える少し離れた位置へと移動した。
『だいぶんに早かったようだな』
「そのようですね。しかもあの様子だと相当ひどい事になっているようですね」
詳細は分からないものの、間違いなく男爵の身の上に不幸な出来事が起こった事は疑いようがなく、晴れてタロとアリスの気がかりは解消されたようだった。
「で、どうされますか?」
アリスにそう問われた黒猫は、
『どうするもこうするも、あの騒ぎが収まらん事にはここから出る事も出来んだろう?』
と言って喧騒の元を長い尻尾で指し示した。
示された場所では、先程までと何ら変わらぬやり取りが繰り広げられている。
「……他の城門も同じでしょうね?」
『だろうな。まぁ、急ぐ旅でもないし、少しぐらい道草を食ってもいいだろう。さっきの宿に戻って今日のところはもう1泊しておくか?』
「仕方ありませんね。私は本さえ読めれば、どこでも構いませんけどね」
二人がそう方針を決めてきた道を引き返そうとした瞬間、後ろから聞き覚えのある声を掛けられ反射的に
そちらに向き直った。
「あら!アリスちゃん、また会ったわね」
その目に映ったのは、誰あろう、今アリス達が足止めを食う原因を作ったであろう人物その人であった。
「シャルロッテさん!」
アリスがその名を呼んだ通り、教会騎士団のシャルロッテがこちらに向かって歩いてくるところであった。
今日もその特徴的ないでたちに変化は無く、銀色の鎧と白いマントを身に着けた長髪黒髪の偉丈夫、その唇は今日も赤く染まっていた。そして、その背後には一頭の立派な黒鹿毛の馬が付き従い、シャルロッテの手には馬のたずなが握られていた。
「まだこちらにいらっしゃったんですか?」
「そうなのよ、思ったより長居しちゃったわ」
そう言ってほほ笑みかけるシャルロッテの破壊力抜群の笑顔をアリスは曖昧にかわすと、シャルロッテが調べていた事件の事へ話を振った。
「それで、お調べになっていたことはどうでした?」
「なかなか調べるのが大変だったのよぉ。でも、粗方目途はついたから、一旦教国へ戻る事にしたのよ」
そうアリスに話しながら、城門の方へ視線を投げたシャルロッテは、
「で、あれは何なの?」
とアリスに問いかけた。
「領主館の方で何かあったらしくて、調べがつくまで出してもらえないらしいですよ。私もこの町を出ようと思ったんですが、どうも無理そうなので、あと一泊しようかと考えていたところです」
シャルロッテの問いにそう答えた少女は、続けて、
「何があったかご存知ですか?」
と切り出した。
城門の方を見ていたシャルロッテは、アリスの方に顔を向けてその瞳をじっと見つめると、怪しい笑みを浮かべて、
「さあ、あたしは知らないわよ。何があったのかしらねぇ~」
そうアリスの問いに答えた。
数瞬お互いの視線をぶつけ合った二人であったが、おもむろに視線を外したシャルロッテが、
「アリスちゃんも出たいんでしょう?あたしと一緒においでなさいな」
そう言って、未だ喧騒の中にある城門へと歩き出した。
アリスは自身の主と顔を見合わせたが、頷く主人の意に沿うべくシャルロッテの跡に続いた。
「だから!いつまで待てばいいんですか?次の取引があるから、今日にはこの町を出なけりゃ間に合わんのですよ!」
「調べがつくまでだと言っているだろう!大人しく宿に戻ってこちらからの通達を待て!」
「俺達が何したっていうんです?ただの商人なんですよ?」
「他国の間者である可能性は捨てきれんだろうが!あんまりゴネると牢屋行きだぞ!」
「そんな横暴な!!」
城門を守る衛兵と商人たちのやり取りが近くで聞こえる中、シャルロッテは近くに立っていた衛兵に声をかける。
「出させてもらうけど、いいわよね?」
「さっきから!今は出せないと何度も言って……る……だろう……が……」
シャルロッテに話しかけられた時、その衛兵は後ろを向いていた為、誰に話しかけられたのか気づいていなかった。
先程から何度も同じ対応をさせられてイライラが募っていたと思しきその衛兵は、振り返りざま大声を張り上げたが、その声は次第に尻すぼみに小さくなった。
目の前には白銀の鎧を身にまとった巨大な人物が立っていた為に気勢がそがれたのだが、役目は役目であることを思い出した衛兵は、
「申し訳ありませんが、領主様の館で事件が起こりまして、その調べがつくまでは誰も門から出すなとの命令を受けております。」
そうシャルロッテに告げた。だが当のシャルロッテは、
「そうなの。ご苦労様。でもあたしは出るわよ。」
そう特に感情を荒げる事も無く衛兵に答えた。
衛兵は一瞬呆気にとられたが、自分達の役目を蔑ろにする目の前の人物に敵意を露にし、更に強硬な行為に出ようとした時、衛兵の背後から足早に近づく者がいた。
「少し待て!そこの方、その胸の紋章、もしや教会騎士団の方ですか?」
そうシャルロッテに問いかけたのは、この城門の警備隊長であった。
教会騎士団の名前を聞いた衛兵たちは、一様に驚愕の表情を浮かべている。中でもシャルロッテに話しかけられた衛兵は、真っ青な顔で口をあんぐりと開けていた。
「そうよ。私は教会騎士団のシャルロッテ。私の事はご存知?」
シャルロッテの名前を聞いた衛兵たちは更に表情を強張らせて、その異相の偉丈夫に視線を送った。
警備隊長も、まさかという表情を浮かべたが、軽く咳ばらいをすると、
「大変失礼いたしました。どうぞお通り下さい」
とシャルロッテに告げた。
「ありがとう、隊長さん。あと、この子もあたしの連れだから通らせてもらうわよ」
そう言ってシャルロッテは視線でアリスを指し示すと、隊長へ視線を戻した。
警備隊長はアリスを一瞥すると、特に感情を面に出すことも無く、
「承知しました。お気をつけてお通り下さい」
と道を二人に開けた。
城門から出る二人を見ていた他の者たちからの
「なんであいつらだけ出られるんだよ!俺達も出せ!!」
といった罵声と衛兵たちの威圧する声が背後から聞こえてきたが、シャルロッテもアリスも気にする風でも無く、街道へと歩を進めた。
少し町から離れると、アリスはシャルロッテに礼を述べ、同時に疑問を口にした。
「シャルロッテさん、ありがとうございました。無駄に一泊しなくて済みました。でも、よく出してくれましたね?」
それに答えたシャルロッテは、
「どうってことないのよ。偶には権限を行使しないとね」
そう言って薄く笑った。
シャルロッテの語ったところによれば、たとえどの様な理由があろうと教会騎士団の行動は妨げられないのだそうだ。
「もちろん、セント-リ教と言う絶対的な正義があればこそなんだけどね」
そう語るシャルロッテの顔には、自身が信じる教えへの絶対的な信頼と忠誠が滲み出ているとアリスとタロは感じた。
「それで、あなたこの後行く先は決まってるの?もし決まってないなら、あたしと一緒に教国に行かない?今なら一緒に乗せていってあげるわよ!」
期待に満ちた目でそう問いかけるシャルロッテに対して、アリスは顔を横に振り、
「今回はご遠慮しておきます。また、いずれお伺いする機会もあるでしょうから、その折にお世話になります」と答えた。
シャルロッテもあまり期待はしていなかったのか、
「そうなの。まぁ、仕方ないわね。でも、また近いうちに会いましょう。あなたとは仲良くなれそうだから楽しみにしてるわね」
そう言って妖しい笑顔をアリスに向けると、ここまでたずなで引いてきた馬にまたがりアリスに別れを告げた。
「教国に来たら、ソフィアより先にあたしを訪ねてきてね。約束よ」
それだけ告げるとシャルロッテは、自身の国を目指して馬を走らせた。
次第に遠ざかる馬の蹄の音を聞きながら、アリスは黒猫の主人に呟いた。
「あれ、絶対目をつけられましたよね?」
『……だろうな……』
めんどくさい人物とのコネクションが出来た事に、更に疲労感を感じたタロだったが、
『まぁ、教国に行かなければそうそう関わり合いも出来ないだろう。そもそも教国なんか行けないし。なっ?』
そう言って笑顔でアリスを見た。
タロに視線を向けられたアリスはそんな主を見ながら特に表情を変えることも無くこう言った。
「そんなの無理だと思いますよ?だって、タロ様がいる以上、トラブルは避けて通れませんからね」
『えっ!?また俺のせいなの?』
「タロ様。そろそろ自分のトラブル体質、受け入れましょう」
『えぇ~……』
相変わらず従者にDisられる黒猫の主である。
その後、次の行先について若干の揉め事はあったものの、一人と一匹はいずこかへとその姿を消した。
後日、教国からの進言を受けた聖王国からの調査団がアラゴンを訪れ、徹底した調査が行われた。
その過程で、リッテンハイム男爵の執事をしていたブレンターノに対する尋問が行われ、男爵の行った様々な行為が暴かれる事となった。ブレンターノを含め、関係した人間とその事実を知っていた者たちには相応の罰が下され、その事実を持ってリッテンハイム家は断絶となった。
アラゴンは新たな領主を迎える事となったが、対外的にはリッテンハイム男爵は病死と発表されるにとどまり、リッテンハイム男爵が関わった様々な悍ましい行為や、男爵の最後が公になる事は無かった。
ただ、ブレンターノが語った男爵が手に入れた数千枚の金貨の在処だけは杳として知れなかった。
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説

貧弱の英雄
カタナヅキ
ファンタジー
この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。
貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。
自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる――
※修正要請のコメントは対処後に削除します。

拝啓、お父様お母様 勇者パーティをクビになりました。
ちくわ feat. 亜鳳
ファンタジー
弱い、使えないと勇者パーティをクビになった
16歳の少年【カン】
しかし彼は転生者であり、勇者パーティに配属される前は【無冠の帝王】とまで謳われた最強の武・剣道者だ
これで魔導まで極めているのだが
王国より勇者の尊厳とレベルが上がるまではその実力を隠せと言われ
渋々それに付き合っていた…
だが、勘違いした勇者にパーティを追い出されてしまう
この物語はそんな最強の少年【カン】が「もう知るか!王命何かくそ食らえ!!」と実力解放して好き勝手に過ごすだけのストーリーである
※タイトルは思い付かなかったので適当です
※5話【ギルド長との対談】を持って前書きを廃止致しました
以降はあとがきに変更になります
※現在執筆に集中させて頂くべく
必要最低限の感想しか返信できません、ご理解のほどよろしくお願いいたします
※現在書き溜め中、もうしばらくお待ちください
[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!
どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入!
舐めた奴らに、真実が牙を剥く!
何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ?
しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない?
訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、
なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト!
そして…わかってくる、この異世界の異常性。
出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。
主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。
相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。
ハーレム要素は、不明とします。
復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。
追記
2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。
8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。
2024/02/23
アルファポリスオンリーを解除しました。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

ド田舎からやってきた少年、初めての大都会で無双する~今まで遊び場にしていたダンジョンは、攻略不可能の規格外ダンジョンだったみたい〜
むらくも航
ファンタジー
ド田舎の村で育った『エアル』は、この日旅立つ。
幼少の頃、おじいちゃんから聞いた話に憧れ、大都会で立派な『探索者』になりたいと思ったからだ。
そんなエアルがこれまでにしてきたことは、たった一つ。
故郷にあるダンジョンで体を動かしてきたことだ。
自然と共に生き、魔物たちとも触れ合ってきた。
だが、エアルは知らない。
ただの“遊び場”と化していたダンジョンは、攻略不可能のSSSランクであることを。
遊び相手たちは、全て最低でもAランクオーバーの凶暴な魔物たちであることを。
これは、故郷のダンジョンで力をつけすぎた少年エアルが、大都会で無自覚に無双し、羽ばたいていく物語──。
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・

いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる