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第四章 神々の邂逅と偽りの錬金術師(アルケミスト)
第十七話「通行の対価」
しおりを挟む町の大通りを城門へ向かって歩きながら、最後の気がかりへと意識を向けるタロとアリスの主従は、
「あの男爵、どうしたでしょうか?」
『まぁ、手首ぐらいは高位の治癒術師が居ればくっつくだろう?手も持ち帰ってたことだし』
「もう少し痛めつけておいた方が良かったでしょうか?」
『えぇっと、アリスさん?……十分痛めつけたのでは?』
従者が次第に脳筋になっているような錯覚を感じて軽いめまいを覚える黒猫であったが、あの男爵では致し方ないと自分に言い聞かせつつ次はどこに行こうかと考えていると、前方に見えてきた城門付近から喧騒が聞こえてきた。時間は午後の2時を少し回ったところである。
城門に近づくとそこでは、旅装束に身を包んだ男女十数人と城門警備の兵士が何やら揉めている様子であった。
アリスは遠巻きに見ている内の一人に話しかけた。
「すみません、どうしたんですか?」
話しかけられた若い男は、アリスに目を向けた時に何故か一瞬動揺を見せたが、すぐにその質問の意図を理解して答えた。
「あ、あぁ、あれ?なんでもここの領主の館で何かあったらしくて、調べが終わるまで町から出るなって言ってるらしいんだ。でも商売やってる連中はそんな事してらんねえから、ああして交渉してるようなんだが、埒があかねえんだよ」
それを聞いたアリスと黒猫は互いの顔を見て頷きあうと、
「ありがとうございました」
そう言ってその男から離れた。件の男は若干顔を赤らめながらゴニョゴニョと何かを呟いてたが、アリスはそんな事は気にも止めずに城門の様子が見える少し離れた位置へと移動した。
『だいぶんに早かったようだな』
「そのようですね。しかもあの様子だと相当ひどい事になっているようですね」
詳細は分からないものの、間違いなく男爵の身の上に不幸な出来事が起こった事は疑いようがなく、晴れてタロとアリスの気がかりは解消されたようだった。
「で、どうされますか?」
アリスにそう問われた黒猫は、
『どうするもこうするも、あの騒ぎが収まらん事にはここから出る事も出来んだろう?』
と言って喧騒の元を長い尻尾で指し示した。
示された場所では、先程までと何ら変わらぬやり取りが繰り広げられている。
「……他の城門も同じでしょうね?」
『だろうな。まぁ、急ぐ旅でもないし、少しぐらい道草を食ってもいいだろう。さっきの宿に戻って今日のところはもう1泊しておくか?』
「仕方ありませんね。私は本さえ読めれば、どこでも構いませんけどね」
二人がそう方針を決めてきた道を引き返そうとした瞬間、後ろから聞き覚えのある声を掛けられ反射的に
そちらに向き直った。
「あら!アリスちゃん、また会ったわね」
その目に映ったのは、誰あろう、今アリス達が足止めを食う原因を作ったであろう人物その人であった。
「シャルロッテさん!」
アリスがその名を呼んだ通り、教会騎士団のシャルロッテがこちらに向かって歩いてくるところであった。
今日もその特徴的ないでたちに変化は無く、銀色の鎧と白いマントを身に着けた長髪黒髪の偉丈夫、その唇は今日も赤く染まっていた。そして、その背後には一頭の立派な黒鹿毛の馬が付き従い、シャルロッテの手には馬のたずなが握られていた。
「まだこちらにいらっしゃったんですか?」
「そうなのよ、思ったより長居しちゃったわ」
そう言ってほほ笑みかけるシャルロッテの破壊力抜群の笑顔をアリスは曖昧にかわすと、シャルロッテが調べていた事件の事へ話を振った。
「それで、お調べになっていたことはどうでした?」
「なかなか調べるのが大変だったのよぉ。でも、粗方目途はついたから、一旦教国へ戻る事にしたのよ」
そうアリスに話しながら、城門の方へ視線を投げたシャルロッテは、
「で、あれは何なの?」
とアリスに問いかけた。
「領主館の方で何かあったらしくて、調べがつくまで出してもらえないらしいですよ。私もこの町を出ようと思ったんですが、どうも無理そうなので、あと一泊しようかと考えていたところです」
シャルロッテの問いにそう答えた少女は、続けて、
「何があったかご存知ですか?」
と切り出した。
城門の方を見ていたシャルロッテは、アリスの方に顔を向けてその瞳をじっと見つめると、怪しい笑みを浮かべて、
「さあ、あたしは知らないわよ。何があったのかしらねぇ~」
そうアリスの問いに答えた。
数瞬お互いの視線をぶつけ合った二人であったが、おもむろに視線を外したシャルロッテが、
「アリスちゃんも出たいんでしょう?あたしと一緒においでなさいな」
そう言って、未だ喧騒の中にある城門へと歩き出した。
アリスは自身の主と顔を見合わせたが、頷く主人の意に沿うべくシャルロッテの跡に続いた。
「だから!いつまで待てばいいんですか?次の取引があるから、今日にはこの町を出なけりゃ間に合わんのですよ!」
「調べがつくまでだと言っているだろう!大人しく宿に戻ってこちらからの通達を待て!」
「俺達が何したっていうんです?ただの商人なんですよ?」
「他国の間者である可能性は捨てきれんだろうが!あんまりゴネると牢屋行きだぞ!」
「そんな横暴な!!」
城門を守る衛兵と商人たちのやり取りが近くで聞こえる中、シャルロッテは近くに立っていた衛兵に声をかける。
「出させてもらうけど、いいわよね?」
「さっきから!今は出せないと何度も言って……る……だろう……が……」
シャルロッテに話しかけられた時、その衛兵は後ろを向いていた為、誰に話しかけられたのか気づいていなかった。
先程から何度も同じ対応をさせられてイライラが募っていたと思しきその衛兵は、振り返りざま大声を張り上げたが、その声は次第に尻すぼみに小さくなった。
目の前には白銀の鎧を身にまとった巨大な人物が立っていた為に気勢がそがれたのだが、役目は役目であることを思い出した衛兵は、
「申し訳ありませんが、領主様の館で事件が起こりまして、その調べがつくまでは誰も門から出すなとの命令を受けております。」
そうシャルロッテに告げた。だが当のシャルロッテは、
「そうなの。ご苦労様。でもあたしは出るわよ。」
そう特に感情を荒げる事も無く衛兵に答えた。
衛兵は一瞬呆気にとられたが、自分達の役目を蔑ろにする目の前の人物に敵意を露にし、更に強硬な行為に出ようとした時、衛兵の背後から足早に近づく者がいた。
「少し待て!そこの方、その胸の紋章、もしや教会騎士団の方ですか?」
そうシャルロッテに問いかけたのは、この城門の警備隊長であった。
教会騎士団の名前を聞いた衛兵たちは、一様に驚愕の表情を浮かべている。中でもシャルロッテに話しかけられた衛兵は、真っ青な顔で口をあんぐりと開けていた。
「そうよ。私は教会騎士団のシャルロッテ。私の事はご存知?」
シャルロッテの名前を聞いた衛兵たちは更に表情を強張らせて、その異相の偉丈夫に視線を送った。
警備隊長も、まさかという表情を浮かべたが、軽く咳ばらいをすると、
「大変失礼いたしました。どうぞお通り下さい」
とシャルロッテに告げた。
「ありがとう、隊長さん。あと、この子もあたしの連れだから通らせてもらうわよ」
そう言ってシャルロッテは視線でアリスを指し示すと、隊長へ視線を戻した。
警備隊長はアリスを一瞥すると、特に感情を面に出すことも無く、
「承知しました。お気をつけてお通り下さい」
と道を二人に開けた。
城門から出る二人を見ていた他の者たちからの
「なんであいつらだけ出られるんだよ!俺達も出せ!!」
といった罵声と衛兵たちの威圧する声が背後から聞こえてきたが、シャルロッテもアリスも気にする風でも無く、街道へと歩を進めた。
少し町から離れると、アリスはシャルロッテに礼を述べ、同時に疑問を口にした。
「シャルロッテさん、ありがとうございました。無駄に一泊しなくて済みました。でも、よく出してくれましたね?」
それに答えたシャルロッテは、
「どうってことないのよ。偶には権限を行使しないとね」
そう言って薄く笑った。
シャルロッテの語ったところによれば、たとえどの様な理由があろうと教会騎士団の行動は妨げられないのだそうだ。
「もちろん、セント-リ教と言う絶対的な正義があればこそなんだけどね」
そう語るシャルロッテの顔には、自身が信じる教えへの絶対的な信頼と忠誠が滲み出ているとアリスとタロは感じた。
「それで、あなたこの後行く先は決まってるの?もし決まってないなら、あたしと一緒に教国に行かない?今なら一緒に乗せていってあげるわよ!」
期待に満ちた目でそう問いかけるシャルロッテに対して、アリスは顔を横に振り、
「今回はご遠慮しておきます。また、いずれお伺いする機会もあるでしょうから、その折にお世話になります」と答えた。
シャルロッテもあまり期待はしていなかったのか、
「そうなの。まぁ、仕方ないわね。でも、また近いうちに会いましょう。あなたとは仲良くなれそうだから楽しみにしてるわね」
そう言って妖しい笑顔をアリスに向けると、ここまでたずなで引いてきた馬にまたがりアリスに別れを告げた。
「教国に来たら、ソフィアより先にあたしを訪ねてきてね。約束よ」
それだけ告げるとシャルロッテは、自身の国を目指して馬を走らせた。
次第に遠ざかる馬の蹄の音を聞きながら、アリスは黒猫の主人に呟いた。
「あれ、絶対目をつけられましたよね?」
『……だろうな……』
めんどくさい人物とのコネクションが出来た事に、更に疲労感を感じたタロだったが、
『まぁ、教国に行かなければそうそう関わり合いも出来ないだろう。そもそも教国なんか行けないし。なっ?』
そう言って笑顔でアリスを見た。
タロに視線を向けられたアリスはそんな主を見ながら特に表情を変えることも無くこう言った。
「そんなの無理だと思いますよ?だって、タロ様がいる以上、トラブルは避けて通れませんからね」
『えっ!?また俺のせいなの?』
「タロ様。そろそろ自分のトラブル体質、受け入れましょう」
『えぇ~……』
相変わらず従者にDisられる黒猫の主である。
その後、次の行先について若干の揉め事はあったものの、一人と一匹はいずこかへとその姿を消した。
後日、教国からの進言を受けた聖王国からの調査団がアラゴンを訪れ、徹底した調査が行われた。
その過程で、リッテンハイム男爵の執事をしていたブレンターノに対する尋問が行われ、男爵の行った様々な行為が暴かれる事となった。ブレンターノを含め、関係した人間とその事実を知っていた者たちには相応の罰が下され、その事実を持ってリッテンハイム家は断絶となった。
アラゴンは新たな領主を迎える事となったが、対外的にはリッテンハイム男爵は病死と発表されるにとどまり、リッテンハイム男爵が関わった様々な悍ましい行為や、男爵の最後が公になる事は無かった。
ただ、ブレンターノが語った男爵が手に入れた数千枚の金貨の在処だけは杳として知れなかった。
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