黒猫の王と最強従者【マキシサーヴァント】

あもんよん

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第四章 神々の邂逅と偽りの錬金術師(アルケミスト)

第十三話「錬金術と嘘」

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 その男は、ランタン片手に暗い山道をひたひたと歩いていた。


 通常、こんな山道を夜に移動するような真似をするものはいない。何故なら、夜にはどんな危険が潜んでいるか分からないからで、日が落ちる前には野営の準備をして、朝まで静かに息を潜めるように過ごすのが一般的な旅人の行動だった。


 だが、赤髪のその男は休む素振りなど一切見せず、ただひたすらに先を急いで歩みを進めた。


 ここはアラゴンから十六国連邦へ向かう街道の一つだったが、どちらかと言えば間道に近く、知る人ぞ知るルートであった。


 どれ程の時間、歩き続けただろうか?


 男がようやく一息つこうと歩みを止めた瞬間、


『おや、こんな時間にこんな山道をどこに向かってるのかな?』

と、細い街道の脇に立つ木々の暗がりから声を掛けられ、男はビクッと瞬間的に体を強張らせた。


 ゆっくりと声のする方を向いた男は、声のした暗がりに人の気配を感じられなかった為、一刻も早くその場から立ち去ろうとしたのだが、


『いやいや、そんなに警戒しなくてもいいだろう。ただ、どこに向かってるのか聞きたかっただけさ』

と、暗がりからの声は重ねて男に問いかけた。


 男……ニコラは警戒しつつも、


「どこの誰だか知りませんが、どこに行こうと僕の勝手だと思いますよ。そちらこそ、そんな暗がりでは無く、こちらへいらしたらどうです」


 そう見えざる相手に問いかけた。


『そちらへ行くのはいいんだが、いきなり物騒な事になっても困るんだがな?』


 そう返す言葉にニコラは警戒を強めながら、


「僕は旅の薬師にすぎません。物騒な事になりようがありませんよ。それより、そちらの姿が見えない方がよっぽど不安になります。どうか、こちらに姿を見せてください」

と、再び暗やみに話しかけた。


『そうか、俺の姿がみたい、か。もっとも、声で誰だか分かってるだろう?』


 そう言いながら、暗がりからランタンの光の中へ姿を現したのは一匹の黒猫だった。


「えっ!?……ね、猫がしゃべった!?そんな!……変なイタズラはやめてください。そっちにいるんでしょう?」


 ニコラは自分が見ている黒猫の後ろで誰かがしゃべっているのだろうと、更に奥の暗闇に声をかけるが、その声を聞いた黒猫は、


『今さら誤魔化さなくてもいいぞ。普通の人間には、今しゃべってるこの言葉も猫の鳴き声にしか聞こえないからな』

と返し、更に言葉を継いだ。


『それに、もうこの姿で二度ほど会っているだろう?』


 そう言われたニコラは、一瞬何を言われたのか分からない風であったが、その場に現れた黒猫をランタンの光で照らすと、


「あれっ?ひょっとして、アリスさんが連れていた猫ちゃんですか?どうしてこんなところに??」

と、自分が見知っている猫であることに驚いている風であった。


『そう言えば、次は聖王国の王都に行くような事を言ってたが、方向が逆じゃないのかな?』


 そう問われたニコラは、一瞬ドキッとした素振りを見せたが、平静を装って、


「あ……あぁ、急な仕事が入って十六国連邦のシノーベ王国へ向かうところなのですよ」

と曖昧な笑みを浮かべて答えた。


 そんなニコラとのやり取りに次第に苛立ちを感じ始めたタロは、さっさと話を終わらせるべくニコラに問いかけた。


『まぁ、そっちがどうやってこちらの正体を知ったかは知らんが、お前の正体がようやくに分かったよ』


「僕の正体って、僕は旅の薬師だって話は前にしましたよね。てか、なんで僕は猫に普通に話しかけてんのかな?」


 そう言って苦笑するニコラの姿を見たタロは、更に苛立ちが増してくるのを感じた。


『お前が、あのハンス達を焚きつけて復讐なんて事をさせようとしていた事は分かっている。そして恐らく、男爵に【賢者の石】を渡したのもお前だな?』


 いきなり復讐や聞いたことも無い単語を聞かされ、何の事か分からないと言った風情で、


「何を言ってるのか分かりませんよ。何か勘違いをしているんじゃないですか?」

と、不安そうな表情を浮かべて聞かれた事に応えていたニコラだったが、


『分かった。じゃあ、ヒントをやろう。確か……ニコラ・フラメル、だったかな?』


 そう黒猫が尋ねると、それまで不安そうな表情を浮かべていた男の顔がゆっくりと無表情に変わり、次いでゆっくりと口の端を上に吊り上げて歯を見せる不自然な笑い顔へと変わった。チェシャ猫笑いを浮かべた男の顔は、ここ数日見慣れたナンパな薬師のそれとは似ても似つかない、不気味な笑顔だった。


「その名前、覚えてるんだね?やっぱり、名前は変えておくんだったかなぁ?」


 それまでの不安そうな物言いは鳴りを潜め、若干人を小馬鹿にしたような言い回しでタロに話しかけた。


『俺達は金髪の男を探していたんだが、どうやら噂はデタラメだったのかな?』


 不機嫌そうなタロのその言葉を聞いたニコラは、その顔に張り付いた不気味な笑い顔を浮かべたまま、


「いや、デタラメでは無いね。ほら」


 そう言って、パチンと指を鳴らすと、赤かったニコラの髪が一瞬で金髪に変わったのだった。


「髪の色変えるだけでも、雰囲気が変わって良いと思わない?」


 そう馴れ馴れしく話しかけるニコラに不快感を募らせたタロは、


『いい加減、その喋り方も鼻について来た。さっさと正体を現せ!!』


 タロの叫びに合わせて、背後の暗闇から唐突に振り下ろされたアリスの巨大なハルバートが当にニコラを捉えようとした瞬間、まるで脱皮するかのようにニコラだった人間の外身だけを残して中身が後方に大きく飛び退った。そこに姿を現したのは、先ほどまでの美丈夫とは似ても似つかない男だった。


『やはり貴様だったか……ベリト!』


 ベリトと呼ばれたその男は、まさに異相と呼ぶに相応しい姿をしていた。


 身の丈はアリスとさほど変わらないが、異様なのはその顔の大きさと、顔の大きさに比してあまりにも貧相な体を持った完全な3頭身体型である事だった。さらに頭には大きな王冠をいただき、立派な髭を蓄え、服装は王侯貴族を思わせる豪奢ないでたちである。


「やあ、アスタロト。ホントに久しぶりだな。400年?500年ぶりか?まぁ、この際、そんな細かい事はどうでもいいな」


 ベリトと呼ばれた男は薄ら笑いを浮かべ、黒猫であるアスタロトを睥睨している。


「実際、その姿には同情を禁じ得んな。お前もかつては力ある神として権勢を誇っていたのに、今では何の力もないただの獣になり下がったのだからな。もっとも、魔力だけは相変わらず桁違いに持ってるようだな?まぁ、おかげでお前の魔力の匂いに気づくことが出来たんだがね」


 そう嘯くかつての同輩に、しかし嫌悪感を隠そうともせずタロは吠えた。


『うるさい!貴様に同情される謂れはない!』


 そう答えるタロの言葉を気にする風もなく、ベリトと呼ばれたその男はタロに尋ねた。


「なぜ私だと気づいた?これでもお前と違ってただの人にしか見えんし、バレる要素は無いと思うのだがね。」


 そう問われたタロは、忌々し気にベリトの問いに答えた。


『初めは気づかなかったさ。どう見てもあの男は普通の人間だった。ニコラ・フラメルが貴様の別名だった事を思い出した事で、色々繋がったんだよ。特に、貴様の権能の一つは【錬金術】だったしな!一体どんな手品を使った!』


 そう語気荒く問い詰める黒猫に、軽く手を振りながらベリトは答える。


「手品と言うほどではないさ」


 そう言いながら、アリスの足元近くに落ちている『皮』を指差し、


「だってそれ、元々人間だったものだからな」


 そう言い放った。


 その言葉を聞いたタロは、ベリトの発言内容が理解できず


『・・・・・・何?どういうことだ?』

と、再びベリトに問いかけた。それを聞いたベリトは面白くも無さそうに説明した。


「例の賢者の石を使うとな、人間の中身だけを吸収してガワが残る場合があるんだよ。それを身にまとっているとな、不思議な事に俺達の魔力はあまり外に流れないんだよ。俺たちの魔力がほぼ隠蔽されるって事だな。まぁ、その分、多くの魔力を使う強力な魔法はその姿では使えないのだがな」


 その説明を聞いた瞬間、アリスとタロは、アリスの足元に落ちているものに視線を投げた。

その姿を見ていたベリトは、


「ああ、それ、俺のお気に入りのユニフォームだからこっちに返せよな」


 その発言の意味を理解するにしたがい、驚愕の表情を浮かべるタロ。


 アリスは嫌悪感を隠そうともせず、ベリトに視線を向けた。


 するとベリトは今気づいたのか、


「髪の色が変わっておったから気づかなんだが、お前あの小娘か?」

とアリスに話しかけた。


ガスッ


 アリスは手に持ったハルバートを地面に突き立てると、短いスカートの裾を摘んで優雅にベリトに礼をする。


「お久しぶりでございます、ベリト様」


 しかし、次の瞬間には、鋭い視線をベリトに向けて、


「ですが小娘は失礼ですわよ?ベリト様」

と、不機嫌そうに吐き捨てた。


 その様子を面白そうに見ていたベリトは、


「こ汚い人間の幼女を連れ帰ったと思ったら、使用人の真似事をさせるなど酔狂なことだと思っていたが……なかなか、これはどうして。美しく成長したものだな」

と、素直な感想を口にした。


 それを聞いたアリスは、不機嫌そうな雰囲気を纏ったまま、


「お褒めにあずかり光栄ですわ、ベリト様」


と口先だけの礼を述べた。


 そんなアリスとベリトの会話を聞いていたタロは、話を強引に元の所に引き戻す。


『それで、アレが元は人間だったっていうのは?』


 嫌悪感を露わに問いかける黒猫をベリトはニヤニヤ笑いで眺めながら、


「ある時に誰かが発見したのさ。人間の皮を被ってると俺達の魔力が漏れにくいって事にな。それからはあっという間に皆に広がったんじゃないかな?」


 その発言を聞いたタロは目を見開き、おもむろにベリトに尋ねた。


「……つまり、多くの神や元神がその方法を使って地上に降りているという事か?」


 そう問いかけられたベリトは、一瞬しまったという表情を見せたが、次の瞬間には何食わぬ顔で、


「さぁ?俺には分からんがね?」

と返した。


 ベリトの発言と今見せた表情等を思い返しながらタロはため息をつくと、


『……今の表情も含めて、貴様の真意がまるで読めんよ。流石に虚偽の魔王と言われただけの事はあるな。かつての貴様の権能は【錬金術】と【嘘】だったよな?』


 そんなタロの言葉を聞いたベリトはニヤリと笑みを浮かべると、


「だから俺がこっちに向かってると分かったのか?ふっ。流石にお互い手の内が分かってる分やりにくいな。確かお前の権能は……」


『この際、俺の事はどうでもいい!』


 そうベリトの発言を切り捨てると、改めてその異形の男に問いかける。


『とりあえず、あと二つだけ聞かせろ』


 タロはそう言ってベリトを睨んだ。
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