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第四章 神々の邂逅と偽りの錬金術師(アルケミスト)
第九話「その時」
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その日の夜更け、アラゴンの町の北に広がる森の一角に男爵一行の姿を認めることが出来た。
「愚かな奴らめ!欲に目が眩んだ事を後悔させてやる!」
自分の事は完全に棚上げし獰猛な笑みを浮かべてそう吠える男爵の横には、ハンスとエルミーナの一件の折、男爵に諫言した壮年の従者も立っていた。
その従者は、自らの主人を諦めたような表情で見つめてため息をつくと、他に男爵に付き従っている十名前後の仮面の集団に注意を促す。
「間もなく予定の時間だ。分かっているとは思うが、油断するな。目的は“石”の奪還と犯人どもの捕縛だ。」
そう言った従者の言葉に被せるように男爵の言葉が響く。
間もなく、男爵の屋敷から“賢者の石”を盗み出し、先日、町中で騒ぎを起こした首謀者たちがここに“賢者の石”を持って現れる事になっていた。
“賢者の石”を取り戻したければ、金貨5,000枚と交換という要求と共に、今日のこの時間、この場所を指定する旨の羊皮紙が届けられたのは昨日の早朝だった。
こんな地方の領主が金貨5,000枚等、通常は何をひっくり返しても出てはこないのだが、この時リッテンハイム男爵は確かに5,000枚の金貨を持っていた。
もちろん、それがまともな金であるはずが無かったのだが……。
「ファブルス!捕縛などと生ぬるい!そんな奴らは皆殺しで良いではないか!いや、むしろ“石”を奪い返した後に、“石”の糧にしても良いな」
そう感情のままに言葉を並べる主人に鋭い視線を向けて、彼の従者……ファブルスと呼ばれた男は男爵に言葉を返した。
「男爵閣下!先日も申しましたが、むやみに人を殺めることはお止めください!その者たちも恐らくは男爵閣下の領民なのですよ?」
だが、当の男爵はそう主人に諫言する従者を射貫くような視線で見据えると、
「こんな貧乏領地など、誰が欲しいものか!“石”さえ手元に戻れば、俺は莫大な金を用意して中央のもっと良い領地に移る事が出来るんだ!だから、ここはもう俺の領地でも何でもないんだから、領民が減ろうが知った事か!だいたい、領主様の出世のために自らをささげるんだから、それこそ領民のあるべき姿であろうが!」
と返し、他の従者たちをも見まわした。その発言を聞いたファブルスは信じられないといった表情を面に浮かべ、尚も男爵に言葉を返した。
「何をおっしゃいますか!貴族が、特に領地を治める領主が領民に対して負うべき義務と責任がございます。閣下のおっしゃり様は、そう言ったものに反する発言ですぞ!」
ファブルスは、本当に怒りが込み上げてくるのを抑えることが出来なかった。
男爵がまだ男爵となる前、小さい子供の頃から傍に使え、貴族としての在り方を教えたのは自分だった。
昔は素直で優しい方であったのに、
一体いつからこんな人物になってしまったのかと考えた時に、ふとある事に思い至った。
あの男……フラメルというあの男が姿を現してから、男爵は変わってしまった。人を人とも思わない発言は言うに及ばず、口にするも悍ましい所業の数々を行っていた。
ファブルスがその事に気づいた時には、既に事態は取り返しのつかい所まで進んでいた。
もっと早くに気づいていればとファブルスは悔やむが、男爵位を継承するしばらく前に王都での駐在業務を申しつかり、そのまま3年程、男爵とは会う事が無かった。
その期間に何があったのかは今となってはファブルスに知る術は無かったが、久しぶりに再会した主人は今のような人非人と化していたのである。
もちろん、ファブルスはかつての優しい主の姿を取り戻してもらうべく努力したが、すべては徒労に終わっていた。
それからのファブルスは、事ある毎に主に諫言したが、聞き入れられる事は無かった。
だが、他の人間であればそんな主の元を去るのであろうが、ファブルスに男爵の元を去るという選択肢は無かった。
ここまで来た以上、一緒に地獄へ落ちるか、勘気に触れて死を賜るかのどちらかだとファブルスは思っていたからだが、
少なくとも男爵を地獄へ落とさないための努力を男爵の傍で行おうという悲壮な決意を知るものはファブルス本人以外にはいなかった。
もっとも、今聞いた全く身勝手な男爵の思考を考えれば、その努力も全く報われることは無く終わりそうだった。
ともあれ、そんな主従のやり取りを見ていた他の従者の一人がファブルスに声をかける。
「ファブルス様。そろそろ時間になりそうです」
「……そうか。とりあえず、全員所定の位置につけ。まずは様子見だ。そのマントを身に着けていれば万が一も無いとは思うが、気を付けておけ」
男爵とのやり取りが終わったわけでは無かったが、指定された時間が間もなく訪れる事を知らされたファブルスは、仮面の従者たちに姿を隠すよう指示を出し、
自身も一旦主の後ろに控えた。
暫くすると、森の暗闇からランタンの光が近づいて来るのが見て取れた。
その光が男爵たちが立つ少し開けた場所に到着すると、その周りにローブをすっぽりと被った五~六人の集団が姿を現した。
その集団が姿を現すのと前後し、ファブルスは男爵の横に体を移動させると、一歩前に出てローブの集団に話しかけた。
「お前たちが我が屋敷から彼の宝物を盗み出した盗人集団か!」
だが、そう問いかけられた集団からは特に反応は無く、ファブルスは再度問いかける。
「お前たちに宝物を返還する用意がある事は確認した。こちらも、そちらが指定した対価を用意してきている」
そう言ってファブルスが指さした方向には、多くの革袋が乗せられた荷車が置かれていた。
これは、ファブルスが手配させた本物の金貨の山だった。男爵はハナから金貨を持ってくる気は無かったが、金貨を用意する事によって相手の油断を誘う事が出来るとファブルスが強硬に主張したため、しぶしぶ男爵も同意したのだった。
しかし、これにもローブの集団は反応を示さず、ただそこに立ち尽くすのみであった。
ファブルスは次第に焦りに似た気持ちが湧いてくるのを感じた。
(……何故、奴らは黙っている?奴らの目的は金じゃないのか?)
すると、次にどう言葉をかけるべきか決めあぐねている従者の様子に業を煮やした男爵が、
「貴様ら!こんな事をしてタダで済むとは思っていまいな!一人も逃すな!」
そう声をかけると、周辺に身を潜めていた仮面の従者たちが次々と姿を現し、ローブの集団を取り囲んだ。
「閣下!無駄な犠牲は出さぬように……」
「やかましい!私の財産に手を付けたものに相応の報いをくれてやるのだ!」
ファブルスは慌てて自らの主を諫言するが、当の本人はまるで聞く気が無く、今にも他の従者たちに命令を出そうとしたその刹那、
ローブの集団の中央付近にいた人物がおもむろフードを外して顔をさらすと、男爵主従に言葉を投げた。
「俺の事を憶えているか!!」
そう言ったハンスの言葉を聞いた男爵とファブルスの反応は、全く違うものだった。
「俺を憶えているかだと?誰だ、貴様は?」
「お前は!……」
男爵は全く見た事が無いという風に顔をしかめ、反対にファブルスは苦し気な表情を顔に浮かべた。
周りでハンス達を取り囲む仮面の男たちも気まずそうにお互いの顔を見かわしあっている。
その二人の表情を見たハンスは悲しげな表情を浮かべると、
「やっぱりその男にとって、俺達はその程度の扱いなんだな……エルミーナの事だって……」
その言葉を聞いたファブルスは、
「まさか、お前は復讐のためにこんな事を!?」
そうハンスに問いかけていた。
「そのまさかだよ!金なんかはどうでもいい!!男爵にあの時の報いをくれてやるために俺はここに来たんだ!俺達は皆、同じ痛みを抱えたものだ!」
その言葉でハンスの周りにいた他のローブの人物たちも一斉にフードを外し、その顔を男爵に向けた。
そこに現れた顔を見た男爵に特に変化は無かったが、ファブルスは青ざめた顔でそこに立つ男女の顔を凝視した。
「あ、あなた方は……」
そこには、男爵の手によって愛するものを奪われた者たちの顔が並んでいたのだ。
「俺達は今日こそ、自分たちの復讐を果たす!その為に俺達は今日まで生きてきたんだ!」
そう叫んだハンスの言葉に、ファブルスは苦し気に言葉を絞り出す。
「あなた方の気持ちは理解できるが、閣下に対する復讐を遂げさせるわけにはいかない!思いとどまってはくれないか?」
そのファブルスの言葉を聞いたハンスの後ろにいる年かさの男は、
「あんたは男爵の家来の中ではまともな人だったが、俺達の気持ちは理解できんよ。残念だが、今日、ここですべてを終わらせる。その為にわざわざあの“石”を手に入れたんだ」
そう言ってファブルスには申し訳なさそうな笑みを見せたが、次の瞬間には憎しみに燃えた視線を男爵に向けた。
いつの間にかハンスの手には、例の怪しい光を放つ“石”が握られており、それはそこにいるすべての人の目に認められた。
事ここに至って、最早このローブの集団を思いとどまらせることは叶わない事を悟ったファブルスであったが、何とか殺さずに済むよう指示を出そうとしたところで、
またしても男爵の怒号が響いた。
「先ほどから聞いておれば、平民風情が貴族である私に復讐などと笑止な事を言いおって!構わん!皆殺しにしろ!」
その指示を聞いた仮面の従者たちは、一瞬顔を見合わせたが、次の瞬間にはローブの集団に切り込むべく行動を開始した。
それと時を同じくし、ハンスもまた行動を起こした。
「今日は手加減なしだ!ネガティブ・レイン!」
そうハンスが叫ぶと、紫の光弾が無数に発生し、自分達に向かってくる仮面の集団を襲った。
これまで、その魔法の効果に悩んだハンスだったが、今日こそはその力を使って男爵に復讐を果たすため、覚悟を決めて魔法を放ったのだった。
仮面の男たちが倒れた後に、男爵に魔法を放つべく準備の体制に入ろうとしたのだが、そこでハンスは信じられないものを見た。
仮面の男達を襲った光弾が、男達のマントに触れるとまるで霞のように消えて無くなったのだ。
「何っ!?どういうことだ!?」
そうハンスが声上げるのと仮面の男達が剣を振りぬくのはほぼ同時だった。
「っく!……」
かろうじて初撃を横に躱したハンスだったが、
「きゃーっ!!」
「うっ!!」
背後から聞こえてきた声の方を見やると、仲間の半数が地面に倒れ伏していた。倒れている者からは、既に動く気配が無かった。また、かろうじて立っている者も、どこかしらの傷を負っているようだった。
「みんな!!……クソッ!なんで魔法が効かなかったんだ!?もう一度だ!ネガティブ・レイン!!」
魔法が効かなかった事に憤りを感じたハンスだったが、再び男達に対して魔法を発動した。
対して、仮面の男達は再び襲ってきた紫の光弾をその身に着けたマントで受けると、再び光弾は消えて無くなった。
それと同時に、再びローブの残りの集団に襲い掛かり、ハンスを除いた他の面々もその刃に倒れた。
「どうして……どうして肝心な時にこの魔法は効かないんだ!?」
手に石を持ったまま、ハンスは膝から地面にくず折れた。
その様子を見ていたファブルスの顔にはやり切れ無さと後悔の念が浮かんでいたが、男爵は喜色満面でハンスに声をかけた。
「はっはー!やはりそのマントは手に入れておいて正解だったな!貴様、元々魔法など使った事も無いのであろう?そんな奴は知らなくて当然だが、世の中には魔法を無効化する魔法機器が存在するのだよ!」
そう言う男爵の顔を、信じられない話を聞くように見上げるハンス。
その姿が気に入ったのか、男爵は更に言葉続ける。
「ここから東に行った十六国連邦の内の一つに魔道機を専門に作る国があってな、そこから手に入れたのさ。安い買い物では無かったが、こういう愚か者の無謀な夢を砕くにはちょうど良い買い物だったな。はははっ!!」
高笑いを上げる男爵の言葉を聞いたハンスは、最後の覚悟を決めた。
どうしようも無くなった時に使えと言われた最後の呪文。あのうさん臭い金髪の男が言ったあの呪文を唱えようとした時、異変が起こった。
仮面の男達はハンスを遠巻きに囲みゆっくりとその囲みを縮めていったのだが、
「ちょっと間に合いませんでしたね」
と、若干落胆した声が暗闇から発せらた事により、男爵の一派には一気に緊張が走った。
ハンスに既に戦う力など無いと判断した仮面の男達は、一斉に戦闘態勢のまま声がした方を注視した。
だがそこに姿を現したのは、全くこの場にそぐわないメイド服を身にまとった少女とその肩に乗る黒猫であった。
「愚かな奴らめ!欲に目が眩んだ事を後悔させてやる!」
自分の事は完全に棚上げし獰猛な笑みを浮かべてそう吠える男爵の横には、ハンスとエルミーナの一件の折、男爵に諫言した壮年の従者も立っていた。
その従者は、自らの主人を諦めたような表情で見つめてため息をつくと、他に男爵に付き従っている十名前後の仮面の集団に注意を促す。
「間もなく予定の時間だ。分かっているとは思うが、油断するな。目的は“石”の奪還と犯人どもの捕縛だ。」
そう言った従者の言葉に被せるように男爵の言葉が響く。
間もなく、男爵の屋敷から“賢者の石”を盗み出し、先日、町中で騒ぎを起こした首謀者たちがここに“賢者の石”を持って現れる事になっていた。
“賢者の石”を取り戻したければ、金貨5,000枚と交換という要求と共に、今日のこの時間、この場所を指定する旨の羊皮紙が届けられたのは昨日の早朝だった。
こんな地方の領主が金貨5,000枚等、通常は何をひっくり返しても出てはこないのだが、この時リッテンハイム男爵は確かに5,000枚の金貨を持っていた。
もちろん、それがまともな金であるはずが無かったのだが……。
「ファブルス!捕縛などと生ぬるい!そんな奴らは皆殺しで良いではないか!いや、むしろ“石”を奪い返した後に、“石”の糧にしても良いな」
そう感情のままに言葉を並べる主人に鋭い視線を向けて、彼の従者……ファブルスと呼ばれた男は男爵に言葉を返した。
「男爵閣下!先日も申しましたが、むやみに人を殺めることはお止めください!その者たちも恐らくは男爵閣下の領民なのですよ?」
だが、当の男爵はそう主人に諫言する従者を射貫くような視線で見据えると、
「こんな貧乏領地など、誰が欲しいものか!“石”さえ手元に戻れば、俺は莫大な金を用意して中央のもっと良い領地に移る事が出来るんだ!だから、ここはもう俺の領地でも何でもないんだから、領民が減ろうが知った事か!だいたい、領主様の出世のために自らをささげるんだから、それこそ領民のあるべき姿であろうが!」
と返し、他の従者たちをも見まわした。その発言を聞いたファブルスは信じられないといった表情を面に浮かべ、尚も男爵に言葉を返した。
「何をおっしゃいますか!貴族が、特に領地を治める領主が領民に対して負うべき義務と責任がございます。閣下のおっしゃり様は、そう言ったものに反する発言ですぞ!」
ファブルスは、本当に怒りが込み上げてくるのを抑えることが出来なかった。
男爵がまだ男爵となる前、小さい子供の頃から傍に使え、貴族としての在り方を教えたのは自分だった。
昔は素直で優しい方であったのに、
一体いつからこんな人物になってしまったのかと考えた時に、ふとある事に思い至った。
あの男……フラメルというあの男が姿を現してから、男爵は変わってしまった。人を人とも思わない発言は言うに及ばず、口にするも悍ましい所業の数々を行っていた。
ファブルスがその事に気づいた時には、既に事態は取り返しのつかい所まで進んでいた。
もっと早くに気づいていればとファブルスは悔やむが、男爵位を継承するしばらく前に王都での駐在業務を申しつかり、そのまま3年程、男爵とは会う事が無かった。
その期間に何があったのかは今となってはファブルスに知る術は無かったが、久しぶりに再会した主人は今のような人非人と化していたのである。
もちろん、ファブルスはかつての優しい主の姿を取り戻してもらうべく努力したが、すべては徒労に終わっていた。
それからのファブルスは、事ある毎に主に諫言したが、聞き入れられる事は無かった。
だが、他の人間であればそんな主の元を去るのであろうが、ファブルスに男爵の元を去るという選択肢は無かった。
ここまで来た以上、一緒に地獄へ落ちるか、勘気に触れて死を賜るかのどちらかだとファブルスは思っていたからだが、
少なくとも男爵を地獄へ落とさないための努力を男爵の傍で行おうという悲壮な決意を知るものはファブルス本人以外にはいなかった。
もっとも、今聞いた全く身勝手な男爵の思考を考えれば、その努力も全く報われることは無く終わりそうだった。
ともあれ、そんな主従のやり取りを見ていた他の従者の一人がファブルスに声をかける。
「ファブルス様。そろそろ時間になりそうです」
「……そうか。とりあえず、全員所定の位置につけ。まずは様子見だ。そのマントを身に着けていれば万が一も無いとは思うが、気を付けておけ」
男爵とのやり取りが終わったわけでは無かったが、指定された時間が間もなく訪れる事を知らされたファブルスは、仮面の従者たちに姿を隠すよう指示を出し、
自身も一旦主の後ろに控えた。
暫くすると、森の暗闇からランタンの光が近づいて来るのが見て取れた。
その光が男爵たちが立つ少し開けた場所に到着すると、その周りにローブをすっぽりと被った五~六人の集団が姿を現した。
その集団が姿を現すのと前後し、ファブルスは男爵の横に体を移動させると、一歩前に出てローブの集団に話しかけた。
「お前たちが我が屋敷から彼の宝物を盗み出した盗人集団か!」
だが、そう問いかけられた集団からは特に反応は無く、ファブルスは再度問いかける。
「お前たちに宝物を返還する用意がある事は確認した。こちらも、そちらが指定した対価を用意してきている」
そう言ってファブルスが指さした方向には、多くの革袋が乗せられた荷車が置かれていた。
これは、ファブルスが手配させた本物の金貨の山だった。男爵はハナから金貨を持ってくる気は無かったが、金貨を用意する事によって相手の油断を誘う事が出来るとファブルスが強硬に主張したため、しぶしぶ男爵も同意したのだった。
しかし、これにもローブの集団は反応を示さず、ただそこに立ち尽くすのみであった。
ファブルスは次第に焦りに似た気持ちが湧いてくるのを感じた。
(……何故、奴らは黙っている?奴らの目的は金じゃないのか?)
すると、次にどう言葉をかけるべきか決めあぐねている従者の様子に業を煮やした男爵が、
「貴様ら!こんな事をしてタダで済むとは思っていまいな!一人も逃すな!」
そう声をかけると、周辺に身を潜めていた仮面の従者たちが次々と姿を現し、ローブの集団を取り囲んだ。
「閣下!無駄な犠牲は出さぬように……」
「やかましい!私の財産に手を付けたものに相応の報いをくれてやるのだ!」
ファブルスは慌てて自らの主を諫言するが、当の本人はまるで聞く気が無く、今にも他の従者たちに命令を出そうとしたその刹那、
ローブの集団の中央付近にいた人物がおもむろフードを外して顔をさらすと、男爵主従に言葉を投げた。
「俺の事を憶えているか!!」
そう言ったハンスの言葉を聞いた男爵とファブルスの反応は、全く違うものだった。
「俺を憶えているかだと?誰だ、貴様は?」
「お前は!……」
男爵は全く見た事が無いという風に顔をしかめ、反対にファブルスは苦し気な表情を顔に浮かべた。
周りでハンス達を取り囲む仮面の男たちも気まずそうにお互いの顔を見かわしあっている。
その二人の表情を見たハンスは悲しげな表情を浮かべると、
「やっぱりその男にとって、俺達はその程度の扱いなんだな……エルミーナの事だって……」
その言葉を聞いたファブルスは、
「まさか、お前は復讐のためにこんな事を!?」
そうハンスに問いかけていた。
「そのまさかだよ!金なんかはどうでもいい!!男爵にあの時の報いをくれてやるために俺はここに来たんだ!俺達は皆、同じ痛みを抱えたものだ!」
その言葉でハンスの周りにいた他のローブの人物たちも一斉にフードを外し、その顔を男爵に向けた。
そこに現れた顔を見た男爵に特に変化は無かったが、ファブルスは青ざめた顔でそこに立つ男女の顔を凝視した。
「あ、あなた方は……」
そこには、男爵の手によって愛するものを奪われた者たちの顔が並んでいたのだ。
「俺達は今日こそ、自分たちの復讐を果たす!その為に俺達は今日まで生きてきたんだ!」
そう叫んだハンスの言葉に、ファブルスは苦し気に言葉を絞り出す。
「あなた方の気持ちは理解できるが、閣下に対する復讐を遂げさせるわけにはいかない!思いとどまってはくれないか?」
そのファブルスの言葉を聞いたハンスの後ろにいる年かさの男は、
「あんたは男爵の家来の中ではまともな人だったが、俺達の気持ちは理解できんよ。残念だが、今日、ここですべてを終わらせる。その為にわざわざあの“石”を手に入れたんだ」
そう言ってファブルスには申し訳なさそうな笑みを見せたが、次の瞬間には憎しみに燃えた視線を男爵に向けた。
いつの間にかハンスの手には、例の怪しい光を放つ“石”が握られており、それはそこにいるすべての人の目に認められた。
事ここに至って、最早このローブの集団を思いとどまらせることは叶わない事を悟ったファブルスであったが、何とか殺さずに済むよう指示を出そうとしたところで、
またしても男爵の怒号が響いた。
「先ほどから聞いておれば、平民風情が貴族である私に復讐などと笑止な事を言いおって!構わん!皆殺しにしろ!」
その指示を聞いた仮面の従者たちは、一瞬顔を見合わせたが、次の瞬間にはローブの集団に切り込むべく行動を開始した。
それと時を同じくし、ハンスもまた行動を起こした。
「今日は手加減なしだ!ネガティブ・レイン!」
そうハンスが叫ぶと、紫の光弾が無数に発生し、自分達に向かってくる仮面の集団を襲った。
これまで、その魔法の効果に悩んだハンスだったが、今日こそはその力を使って男爵に復讐を果たすため、覚悟を決めて魔法を放ったのだった。
仮面の男たちが倒れた後に、男爵に魔法を放つべく準備の体制に入ろうとしたのだが、そこでハンスは信じられないものを見た。
仮面の男達を襲った光弾が、男達のマントに触れるとまるで霞のように消えて無くなったのだ。
「何っ!?どういうことだ!?」
そうハンスが声上げるのと仮面の男達が剣を振りぬくのはほぼ同時だった。
「っく!……」
かろうじて初撃を横に躱したハンスだったが、
「きゃーっ!!」
「うっ!!」
背後から聞こえてきた声の方を見やると、仲間の半数が地面に倒れ伏していた。倒れている者からは、既に動く気配が無かった。また、かろうじて立っている者も、どこかしらの傷を負っているようだった。
「みんな!!……クソッ!なんで魔法が効かなかったんだ!?もう一度だ!ネガティブ・レイン!!」
魔法が効かなかった事に憤りを感じたハンスだったが、再び男達に対して魔法を発動した。
対して、仮面の男達は再び襲ってきた紫の光弾をその身に着けたマントで受けると、再び光弾は消えて無くなった。
それと同時に、再びローブの残りの集団に襲い掛かり、ハンスを除いた他の面々もその刃に倒れた。
「どうして……どうして肝心な時にこの魔法は効かないんだ!?」
手に石を持ったまま、ハンスは膝から地面にくず折れた。
その様子を見ていたファブルスの顔にはやり切れ無さと後悔の念が浮かんでいたが、男爵は喜色満面でハンスに声をかけた。
「はっはー!やはりそのマントは手に入れておいて正解だったな!貴様、元々魔法など使った事も無いのであろう?そんな奴は知らなくて当然だが、世の中には魔法を無効化する魔法機器が存在するのだよ!」
そう言う男爵の顔を、信じられない話を聞くように見上げるハンス。
その姿が気に入ったのか、男爵は更に言葉続ける。
「ここから東に行った十六国連邦の内の一つに魔道機を専門に作る国があってな、そこから手に入れたのさ。安い買い物では無かったが、こういう愚か者の無謀な夢を砕くにはちょうど良い買い物だったな。はははっ!!」
高笑いを上げる男爵の言葉を聞いたハンスは、最後の覚悟を決めた。
どうしようも無くなった時に使えと言われた最後の呪文。あのうさん臭い金髪の男が言ったあの呪文を唱えようとした時、異変が起こった。
仮面の男達はハンスを遠巻きに囲みゆっくりとその囲みを縮めていったのだが、
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と、若干落胆した声が暗闇から発せらた事により、男爵の一派には一気に緊張が走った。
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三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
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田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
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ド田舎からやってきた少年、初めての大都会で無双する~今まで遊び場にしていたダンジョンは、攻略不可能の規格外ダンジョンだったみたい〜
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ド田舎の村で育った『エアル』は、この日旅立つ。
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