黒猫の王と最強従者【マキシサーヴァント】

あもんよん

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第四章 神々の邂逅と偽りの錬金術師(アルケミスト)

第七話「重ねた面影」

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 さらなる情報収集をおこなう為に、二人は市場の近くで占いの看板を上げるべく、朝の喧騒を縫いながら市場への通りを急いでいたのだが、


 もうそろそろ市場に着きそうな段になってアリスがハタと立ち止まった。


『急に立ち止まってどうした?』


 従者の急な行動にも動じず、タロがアリスに語りかける。


「タロ様。あの前から歩いてくる男から怪しいオーラを感じます」


『なに?』


 アリスにそう言われタロが前方に目を向けると、通りを行く人々を避けながら一人の男が俯き加減でこちらに近づいてきていた。


『……普通の人間にしか見えんが?』


と怪訝な表情でアリスに視線を戻したタロに、


「確かにあの男からは何も感じません。どうも、あの下げているバッグから発せられているようですね。ただ……」


『ただ、どうした?』


 いつになく歯切れの悪い返答を返す従者だったが、タロは先を促すように話しかけた。


「普通のものとは違うのです。何と言うか……感情のごった煮のようなモノを感じます。こんなものを今まで感じたことはありません」


 それを聞いたタロは、瞬間的に自分が先日の騒動で目にしたものを思い浮かべた。


『!……それは、当たりかもしれんな。お目当てのものを持っているかも知れん。アリス!あの男に接触してくれ』


「かしこまりました、ご主人様」


 そう言うと、アリスは急ぎ足でその男に近づき話しかけた。


「突然スミマセン、私は旅の占い師なのですが、少しお話を聞かせてもらえませんか?」


 突然話しかけられたハンスは、ハッとして顔を上げた。


 目の前には銀髪の美少女がこちらに視線を向けて立っていた。少女の肩口にはしなやかな毛並みをした黒猫が乗っている。


「えっ!!?俺の事か?俺、何かしたのか??」


 ハンスは、いきなり話しかけられたことと話しかけてきた少女がおそろしく美少女だったこと等も相まって、何故話しかけられたのか全く分からず一瞬混乱してしまった。


「あぁ、スミマセン、突然話しかけてしまって。私は旅の占い師をしているアリスと言います。少しお話を聞いて欲しくて声をかけさせたいただいたんです」


 アリスはそうハンスに告げると、にっこりとほほ笑んだ。


 その笑顔が、かつてエルミーナがハンスに見せてくれた笑顔と重なって見えたハンスは、瞬間的に


「エルミーナ!」


 と叫び、思わず口元を手で押さえた。


「……エルミーナ……さん?」


 ハンスの口走った名前を聞いてアリスが小首をかしげる。


「ああ、すまない。俺の知り合いに少し似ていたものだから、つい名前を呼んでしまった。忘れてくれ」


 ハンス言葉を聞いてアリスは納得したのか


「そうなんですか?その方は、あなたの大事な方なんですね」


 と、言葉を続けた。


少女の言葉に一瞬かつてのエルミーナを思い浮かべたハンスは


「そうだな。とても大事な人だ。絶対に失いたくない……俺は何を初対面の人に言ってるんだろうな……」

そう言って苦笑した。


「名前をまだ言ってなかったな。俺はハンスというんだ。よろしくな」


 差し出されたハンスの右手をアリスもしっかりと握ると、


「こちらこそよろしくお願いします」

と笑顔で応じた。エルミーナのそれよりも更に華奢なアリスの手を離し、先程の話に戻っていく。


「で、話というのは?」

そう問いかけるハンスに、


「ここでは何なので、少し移動しませんか?」

とアリスは提案した。


 正直この後予定がある為に若干の逡巡を見せたハンスだったが、先程エルミーナと面影が重なって見えた少女の願いに、少しならと了承してその場から移動するのだった。


 通りの外れから少し中に入り、人通りの無い古びた空き地に着くと、アリスはハンスに向き直りこう切り出した。


「ハンスさん。先ほどお話しされていたエルミーナさん、今、どうしてらっしゃいますか?」


 唐突にエルミーナの事を聞かれたハンスは、戸惑い気味にアリスへ目を向けた。

そこには先程までにこやかな表情を浮かべていた少女はおらず、無表情に自分を見つめる怪しげな少女が立っていた。


 そこに至って、ハンスは急に背筋に冷たいものが流れるのを感じた。


 ハンスやエルミーナよりも年若く見える占い師と名乗ったこの少女が、全く別の何かに見えてくる気がした。


「なんで、いきなりそんな事聞くんだ?さっきは間違えて言ってしまったと謝ったじゃないか」


 少女にそう返しながら、ハンスは家でハンスの帰りを待つエルミーナの事を思った。かつてのエルミーナと全く違ってしまったエルミーナの事を。


「エルミーナは俺の妻だ。家に帰ればそこに居る。そんな埒もない話がしたいのなら俺には用事があるんだ。これで失礼させてもらう」


 そう言ってその場から立ち去ろうとしたハンスに


「そんなに慌ててどうしたんですか?エルミーナさん、奥さんだったんですね?先ほどはお知り合いとおっしゃっていましたが、何故ですか?


 何か問題を抱えてらっしゃるんじゃないですか?良ければご相談に乗りますよ?」


 そう言葉を投げかけながら、アリスはさりげなくハンスの行く手を阻んだ。


「何の問題もない。用事があるから失礼させてもらうと言ってるんだ!そこをどいてくれ!」


 口ではそう言いながら、ハンスはどうやってこの場から逃れるかに頭を絞っていた。しかも、今日は運の悪いことに“あれ”を持っている。


 大事の前にはあまり騒ぎを起こしたくは無いが、いざとなれば力を使ってでもここから逃れなければならない。


 正直使いたくは無い力だが、ハンスにとって大事なのはどこの誰とも知れない少女の運命よりも、男爵に鉄槌を下し自身の復讐を果たすことだった。


 その為にハンスは悪魔のような男と組んだのだから……。


 焦りを相手に気取らせまいとしているハンスだが、そもそも荒事などこの年までやった事が無いのだから、その挙動がすべてを銀髪の少女に告げている事に思い至るはずもなかった。


そんなハンスを見ていた銀髪の少女は「では、あなたのお家でエルミーナさんに会わせてくださいませんか?」と問いかけてきた。



 エルミーナと会いたい?


 何のために?


 こいつは一体何者なんだ?



 ハンスの頭の中はもうパニック寸前だった。


 その時、


 自分の下げたバッグに違和感を覚えて慌ててそちらに目をやると、先程まで少女の肩口に乗っていた黒猫が、自分のバッグに顔を突っ込んでいるところだった。


「このバカ猫!何やってやがる!!」


 ハンスはそう叫ぶや、カバンを自分の方へ力任せに引き寄せ、黒猫を振り払った。


「ギャン!」


「タロ様!」


 黒猫と少女から何事か声が聞こえたが、ハンスはそれには構いもせずに振り払った勢いのままアリスたちから少し距離を取ってカバンの中を確認し、中身が無事な事を確かめると安堵の表情を浮かべた。


 そして、再びアリス達を今度は憎しみのこもった眼で睨みつけた。


「あんたら、男爵の手先か?これを取り戻しに来たんだな!」


そう決めつけたハンスに、


「いえ、ハンスさん。私たちは男爵とは関係ありません。あなた方の苦しみを少しでも取り除くことが出来ないかと思っているのです」とアリスは告げたが、自分の思いを裏切られたように感じていたハンスにはアリスの言葉は届かなかった。


「これを奪われるわけにはいかないんだ!もう少しで!もう少しで俺達の思いが形になる!それを邪魔するなら、どこの誰であろうと容赦はしないぞ!!」


 そう言って、ハンスはおもむろにバッグに手を差し込むとその中から淡く紫色の光を放つ石を取り出した。


「ネガティブ・レイン!!」


 ハンスがそう叫ぶと、いつか広場で見た紫の光弾が地面に降り注ぎ大きな炸裂音が響き、石の砕けた残骸が細かい粒子となって濛々と立ち込めた。


 これだけの光弾であればその少女に逃れる術は無いように思われたが、どうする事も出来ないとハンスはあきらめた。


 その広場を白っぽい煙が覆う中、音を聞きつけた近くの住人がワラワラを押し寄せてきたのに紛れ、ハンスはその場から足早に離れていった。






「タロ様!あまり無茶な事はしないで下さい!」


 ハンスの攻撃を寸前で躱しながら見えないように広場の横に立つ建物の屋根の上に降り立った二人は、身を隠すように体をかがめた。ハンスがその場を立ち去るのを確認した後、ハンスの後をつけようとしていたのだ。


『あぁ、悪かった。だが目的のものがようやく見つかったな』


 そう言って悪びれた風もないご主人様をジト目で見つつ、少し離れた場所を歩くハンスを見失わないように後を追うアリスは、「それはそうですが、今のご主人様はただの猫なんですからね!ケガしても知りませんよ!ただの猫なんですから!」と釘を刺した。


『今、さり気にただの猫を二回言ったよね?』


「大事なことは二回言う。基本ですよね?」


『いや、そこ大事なとこじゃないからね?』


 追跡中だというのに緊張感の無いやり取りを繰り返しながら、ハンスを追う二人は、前回同様に探知魔法も併用してどうやら前回向かっていた方向に進んでいるようだと二人が考え出した頃、またして角を曲がった所でハンスの気配が消えた事に驚きを隠せなかった。


『何なんだよ!?』


 そう悪態をつく主を肩に乗せたまま、再びアリスが角を曲がろうとした瞬間、またしても何者かとぶつかりそうになったアリスだったが、


 今回は事前に察知して角から出てきた人物を躱すことに成功していた。


 そして角から出てきた人物を見た瞬間、アリスは驚きの表情を浮かべ、そして密かに警戒心を高めた。


 角から出てきた人物はアリスを見ると、「あぁー、また会いましたね、美しい方。どうも僕たちには縁があるようですね」


 そう声をかけ、甘いマスクに天使のような笑みを浮かべてその赤い髪をかき上げた。


「こんなところでまたお会いするとは私も思いませんでしたよ、ニコラさん?」


 角から出てきた人物…ニコラにそう声をかけたアリスは、


「確か旅の薬師とおっしゃっていましたが、お近くに宿でもあるんですか?」


 と問いかけたのだが、当のニコラはそんなアリスの言葉が耳に入っていないのか、


「アリスさん、ここでお会いしたのもいい機会ですから、今日こそはこの後ご一緒しましょう」


 まったく緊張感の無い声でアリスを食事へと誘う言葉を述べた。


 その言葉に、取り繕う気が失せたアリスは、


「申し訳ありませんが、あなたとお食事をするつもりはありません。これで失礼します」

と踵を返して元来た道を戻ろうとした。


 ニコラはそんなアリスの背中に


「それは残念ですね。実は近々この町を離れることになったので、もうお会いする事は無いかもしれません」と言葉を投げた。


 その言葉を聞いたアリスは足を止め、再びニコラに向き直ると、


「随分急ですね。もうこちらでの用事はお済みなんですか?」

と再び問いかけた。


 それに答えたニコラは、「そうですね。こっちでの用件はそろそろ終わりそうで、もう僕の出番も無さそうなので次の町へ向かおうと思っているのですよ」と返した。


 特に興味は無かったのだが、アリスが次の行先について尋ねると、


「今度は聖王国の王都の方に行ってみようかと思ってます。行ったことが無いので」


 そう言って無邪気な笑顔をアリスに向けた。


 一連のやり取りとニコラの浮かべる笑顔で、自分が抱いた警戒心が無用の長物だったのかとアリスの羞恥心が頭をもたげ始めたところで、彼女の主人が耳元で囁いた。


『スマン、やっぱりこいつの近くにはいたくない。』


 それを聞いたアリスは、


「申し訳ありませんが、少し先を急ぎますのでこれで失礼します。ご縁があったら、またお会いしましょう」と述べてその場を立ち去る事とした。


「分かりました。また、ご縁があるといいですね。それでは御機嫌よう、アリスさん」


 そう告げる笑顔のニコラをその場に残し、アリスとタロの主従はハンスが進んだと思われる道をそのまま進んでみたが、特に探知魔法に引っかかるものも無く、結局、ハンスを見失ってしまったのだった。


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