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第2章 教え子は小悪魔ちゃん?

第14話 女子校生「胸、触りましたね?」

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 昼休み。やっと一人になれた。

 数学準備室で午後イチの授業の準備を兼ねて休憩を取る。

 昨日に引き続き、五十嵐の存在感が大きすぎてキャパオーバーだ。

 とはいえあの子を恨んでない。

 今朝の誤爆にしろ先程の下着姿にしろ、あの子に悪気はない。
 五十嵐は真面目で素直な良い子だが、反面おっちょこちょいなところもある。

 短いスカートで走ってパンチラするわ、来賓の男性を俺と間違えてフランクに話しかけるわ(一緒に謝るハメになった)など、思い起こせばキリがない。
 写真の誤送信と着替え中に出てきたのはそんな一面のせいだろう。
 

 そもそもメリットがない。俺に下着姿を見せつけて五十嵐が得るものなど、せいぜい『弱み』くらいだ。
 しかし弱みにつけ込むくらいならバツイチネタでこと足りる。そして五十嵐はゆするつもりはなく、逆に秘密にすると約束してくれた。
 そんな純真な子が弱み欲しさに恥ずかしい写真を渡すという諸刃の剣を抜くだろうか?

 あの子に遠大な野望があるのならありえる話だが、俺は五十嵐凪音を信じている!
 断じてあの子はそんな卑怯な真似はしない!

 ガラガラ――ガタン

 突然、開けっぱなしだった引き戸が一人でに滑り閉ざされる。

 なぜドアが勝手に!?

 驚いて振り向くとイタズラ子猫が……。

「先生、授業の準備ですか?」

 愛宕女学院の白百合姫(命名俺)――五十嵐がドアを背に立っていた。

「な、なんだ、五十嵐か。びっくりしたぞ?」

「えへへ、ごめんなさい」

 全然反省してないね、そのごめんなさいは。
 先生、お仕置きしたくなるからそんな愛想振りまいちゃダメだぞ?

「準備室って雰囲気独特ですね。私、入るの初めてです」

「本当は生徒立入禁止なんだぞ?」

「そうなんですか?」

 高価な器具などが保管されているため、トラブル回避のためにな。

 五十嵐は物珍しそうに視線を巡らせながら、棚の資料を漁る俺の真横に立つ。そしてツイっと背伸びし、顔を耳に近づけると、

「イケないことしてるみたいでドキドキしますね?」

 と囁いた。立入禁止の場所に忍び込むスリルは理解できないでもない。
 だが、そんなことされると先生もドキドキしちゃうじゃないか、別の意味で。

「そう思うなら早く出なさい。それとも、先生に何か用事か?」

「一応、先生に報告しておこうと思いまして。あの後、私から皆にフォロー入れときました。もともと皆、先生が着替えを覗きにきたなんて思ってませんでしたけど、念のために、ね?」

「五十嵐……。恩に着るよ」

「お安い御用です。皆、先生のことを信じてますから」

 なんて良い子なんだ……。先生、泣いちゃいそう。

 「ところでセンセイ……」

 また不意に五十嵐の顔が至近距離に近づいてくる。額と額がくっつきそうなくらいすぐそばに、五十嵐の端正な顔があった。
 ほんのり赤くなった頬の辺りに片手を添え、また囁く。


「私の下着、どうでした?」


 は?

「な、何のことだ……?」

「さっき見たじゃないですか、私のブラ。可愛かった?」

「み、見てない……」

「えー、ウソだー」

「センセイ、ウソツカナイ」

「ウソ下手ですね。センセイの目玉、私の胸に落っこちてきそうでしたよ?」

 すみません、ウソです。
 白くて張りのあるまん丸な上乳と、くっきりした胸の谷間が目の前に現れて見ない男なんているはずがない。ただでさえ別れた奥さんのおっぱい以外見たことなくて免疫ないのに。

 もし自分は見ないという人がいたらコメント欄にて名乗り出るように。先生が褒めてあげます。

「ねぇ、センセイ。どうでした、私のか、ら、だ」

「そ、そんな質問に答えません」

「えー、答えてくださいよー。答えてもらえないと私の見られ損じゃないですか。見られたからには感想の一つももらわないと女が廃ります」

 君は今のままで十分可愛いよ?

「ねぇ……答えて……お願い……」

 ため息をつくように五十嵐はねだり、ゆっくり両手を伸ばして俺を抱擁した。
 ただしそれはいつもの、幼稚園児がじゃれつくような抱擁ではない。
 首の後ろに両手を添え、吐息が吹きかかる距離で見つめ合う大人のスキンシップ。

 ぞわり――

 背中で鳥肌が総立ちになった。
 物憂げな細目と上気した頬は思春期の少女らしからぬ色気を醸している。

 今更気づいたが、五十嵐は制服のリボンを着けていなかった。それだけでなくブラウスの第二ボタンが空いていて、マシュマロみたいな胸がコンニチハしていた。

「い、五十嵐離れなさい」

「いや……」

 そんな顔と胸を近づけられると……我慢が……効かない……。

「は、離れてっ!」

 これ以上はダメだ! 理性でブレーキできなくなり、この子に取り返しのつかないことを

 言ってダメなら腕ずくで引き剥がすまで。
 五十嵐の肩を掴み、彼女を遠ざけようとする。

 むにゅ――

「へ?」

 手のひらに伝わる柔らかな感触。肩の硬さと明らかに異なる触感に俺は猛烈な違和感と危機感を募らせた。

 恐る恐る自分の手の居場所を確かめる。
 すると……なんということでしょう。

 俺の手は五十嵐の両胸の真上に乗っかっていた。

 肩を押すつもりがおっぱい押してどうすんだ!

「ひゃ……」

 五十嵐の口から木枯らしのような声がかすかに漏れる。

 マズいマズいマズい!
 今悲鳴を上げられると痴漢――いや、強制わいせつの現行犯で逮捕される!

「五十嵐、ストップ!」

 何がなんでも人を呼ばれるのだけは回避せねば!
 咄嗟のことで気が動転した俺は五十嵐の口を手で塞いでしまった。

 五十嵐は驚いて双眸をいっぱいに見開き、塞がれた口でモゴモゴと叫んだ。その声音は自らの危機を知らせて助けを呼ぶにはあまりにも小さく、誰の耳にも届かなかった。

 やがて五十嵐は口を動かすのをやめ、代わりに肩で荒い呼吸を繰り返すようになった。
 手のひらに彼女の湿っぽい空気がまとわりつき、興奮したような吐息が指の隙間から漏れ出ていた。

 ドアの外の廊下を生徒がドタドタ慌ただしく走る。換気のために開け放たれた窓の下では楽しそうな話し声が。
 危なかった……。叫ばれてたら絶対人に聞かれてた……。

「……落ち着いた?」

 こっくん、と弱々しく頷く。

「それじゃあ手を離すから、慌てずにいられる?」

 こくん、こくん。

「ぷはぁ! せ、先生! いきなり口を塞ぐなんて酷いです!」

 開口一番、彼女は痛烈に非難してきた。音量こそ控えめだが圧がすごい。

「す、すまない……」

「それに、私の胸触りましたよね?」

「ほんと、マジですみません! わざとじゃないんだ! 肩を掴むつもりが手元が狂って……」

「言い訳無用! 私のおっぱい触った責任、きっちり取ってもらいますからね!?」

「うう……も、申し訳ない。俺にできることならなんでもするから……」

 どうか許してほしい。
 教師が生徒の胸に触れるなど完全に懲戒事由だ。いや、そもそも刑事事件だ。

「ん? 今、なんでもするって言いましたね?」

「あぁ、だからこのことはどうか穏便に……」

 我ながら汚い大人ぶりだ。
 不慮の事故を隠蔽するためにヘコヘコと……。

「分かりました。今回のことは不問にしましょう」

 五十嵐はご立腹な態度を一転、鷹揚に構えて赦免にすると言い出した。

「ほ、本当?」

「はい。触られたのは驚きましたが、わざとじゃないということは分かってます。先生はそんなことする人じゃありませんもん」

 良かった。俺の信頼は損なわれていなかった。

「でも事故は事故です。やってしまったことの責任は取ってもらいますよ?」

「せ、責任? 俺にどうしろと?」

 ゴクリ、と生唾を飲み下す。
 彼女は満面の笑みを浮かべて要求を口にした。

「次の日曜日、先生のお部屋に遊びに行きますね」

 へ?
 部屋?
 俺の?
 何しに?

「いや、部屋はマズいって……。一度のみならず二度までも……」

「日曜日に伺います。い、い、で、す、ね?」

 有無を言わさぬ笑顔の暴力。
 結局俺は逮捕&免職の恐怖と五十嵐の圧に負け、その要求を飲まざるを得なかった。

「それじゃあセンセイ、日曜日、楽しみにしててね」

 五十嵐は制服の乱れを正し、ポケットから取り出したリボンを襟に絞めた。そして蝶のように軽やかに準備室を後にする。
 リボン、持ってたんだね。

「はぁ……。なんだかどんどんダメ教師になってるなぁ」

 昨日の昼まではGTN(Great Teacher Noto)だったのに、いつの間にかふしだらな教師になりかけてる。
 生徒に土下座したり、拝み倒しておっぱい触っちゃったことを許してもらうとか、ダメ人間じゃん。

 気が緩んでるのかなぁ。
 仕事に慣れたのと独り身に慣れたのとで緊張感が失せたのか。
 ここらで引き締めねば。

 廊下に出たら生徒から尊敬される能登先生に戻ろう。

「能登先生」

 鍵をかけたその時だ。真横から和歌を詠むような風雅な声が俺を呼ぶ。

美墨みすみ先生。お疲れ様です」

 そこにいたのは同僚の美墨先生だった。

 今の美墨先生はいつものたおやかさを横に置き、どこか怒っている様子で俺を見つめていた。

 どうしたんだろう。先生がこんな不機嫌そうにするなんて珍しいな。

「能登先生。今、五十嵐さんもそのお部屋から出てこられましたね? ちょっとお話よろしいでしょうか?」

 あれあれー。またマズいことになっちゃったなー。
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