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 そうして無情にも夜が来るわけなんだけど。


 満面の笑みでお花を咲かせながら帰ってきた桑治さんを出迎え、何か言いたそうな彼の口を手でふさぐという物理で黙らせながらリビングへと向かう。ソファーで落ち着いて話したい。


「あのさ、私まだ好きってだけだから」
「うん、ありがとう。今すぐ結婚するかい?」
「いやいやいや」


待って!ちょっと待って!

 さも可笑しいことは言っていないというようにきょとんと首を傾げる桑治さん。いい歳をしてあざとすぎるその表情にイラッときたので麗しいお顔の鼻先を人差し指で軽くはじく。
 前から思ってたけど桑治さん話が飛躍し過ぎて凡人の私には追いつけないんだよね。追いつきたいとも思わないけれど。


「あのね私はまだ桑治さんの思いに釣り合うような感情の重さじゃないの」
「え、」
「だから待って」
「いや、え?」
「うん?」

「……美鈴が私の思いと釣り合うような思いを抱くなんてきっと無理だよ」


 ただでさえ大きいリビングで音がシーンとなりやすいのによけいにシーンとなった。思わず私はそのまま座っていたお高いソファーに顔を伏せて項垂れる。
 勇気を出して言ってみたらこの反応。え、桑治さん私のこと好きだったじゃない。何なの?私に振り向いて欲しくないの?

「すまない、勘違いだ」
「は?」

 何が勘違いなの?と若干不機嫌になりながらも顔を上げた私に、桑治さんは眉を下げながら笑った。


「重いんだよ、私の愛は。自分でもよく分かってる、じゃなきゃこんな無理やり君のことをさらってこないしね。だからこそ君は気にしなくていいんだよ」


私は君のことを思いながら傍にいられたら、それだけでいいんだ。


 思わず息を呑む。なんていうか本当にこの人は私のことを好きなんだよね。だからこそなのかな、一緒に過ごしていて気付いたけど、桑治さんはあまり私に多くのことを望まない気がする。

「……それでいいの?」

 私は恋人同士は同じ重さの愛を持っていなくちゃいけない気がする。だってどちらかが一方通行なんて寂しいじゃない。他の人は知らないけど私は嫌だよ、だって悲しい。


「同じだけ愛してほしいと願えばいいじゃない」
「好きと言われただけで十分だよ」
「きっと、寂しいよ」
「寂しくないよ」


 向かいのソファーから立ち上がってゆっくりと桑治さんが私の隣へと腰掛ける。大きな身体を丸めて私を腕の中に閉じ込めるその顔は、幸せそうに微笑んでいる。

「寂しくなんてない」

 まるで壊れ物を扱うみたいに私のことを抱きしめないでほしい。そうされるとなんだかあったかくて、同時に少しだけ悲しくなってしまう。
 貴方のその大きくて広い背中に腕をまわすこともできない自分が、なにか、とっても汚い生き物のように感じて胸が痛い。


無理やりだったでしょ?
嫌だったでしょ?
自由になりたかったんでしょ?

なのにどうして今を大切にする私がいるの?


 この先でもしも目の前にいるこの人がいなくなったとき、私ははたして戻ってきた日常を笑顔で喜べるのだろうか。
 まんべんなく降り注ぐこのどうしようもなく重たい愛をなくして、はたして普通に恋愛なぞできるのだろうか。


「好きよ。桑治さんが好き」


 なのにこれは愛ではないなんて、なんて滑稽。


 

 
 
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