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エピローグ

最終話前編 それから

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「モモ様!ついにやりましたね!」

「ええ、成功したみたいね。みんなのおかげよ、ありがとう!」

 王宮の一角にある、魔法研究所。私は今、ここの副所長として働いている。実験の成功を職員である魔法使いたちと喜びあっていると、ミゲルさんがやってきた。

 昔は知らなかったのだけど、実はミゲルさんはこの研究所の所長だった。

 一年のほとんどをヴァーイの街のお屋敷か、夜灯りの森の山小屋に籠っている名ばかり所長だったんだけど、通信箱と名付けられた音声送受信装置の発表により、地方からのリモートワークが可能になってしまった。

 結果的にどこに住んでいてもガッツリ仕事をすることになってしまい、だったらやはり研究所にいた方が何かと便利ということで、ミゲルさんもここ五年ほどは王都で暮らしている。

「…モモ、やったのか?」

「はい!成功した手ごたえがあります。…どんな状態で届くのかは分からないですし、読んでもらえるかも分からないですけど」

「…まあ、お前は強運だし、大丈夫だろう」

「まさかミゲルさんがそんな非科学的なことを言うなんて…!」

「ヒカガクテキ…?なんだそれは。知らん」

 今日も研究所は賑やかで、私はここでの仕事がとても気に入っている。


 ∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴

「シェリー!遊びに来たよー!」

「チヨ!来るときは連絡してって毎回言ってるのに、なんでいつも突然なのよ!通信箱を作ったのはあなたでしょうに…」

「…ごめん、言ったつもりで忘れてた」

「もー、相変わらず抜けてるんだから。王宮でもヘマしてないでしょうね?」

「それは大丈夫…たぶん」

 ストフとの結婚が決まったとき、さすがにあれほどお世話になったインスの街のジャンさん一家に報告しないわけにもいかず、何よりここで本当のことを伝えないと疎遠になってしまうと思い、私は悩んだ末に正直にすべてを告白した。

 私が渡り人であることも、私の歌の力のことも。

 どんな反応が返ってくるのかと怯えていた私に、なんと彼らは笑顔で言ったのだ。

「なんだ、そんなことか」

「話してもらえて良かったわねえ。知られたくないみたいだったから、私たちからは言いにくくて」

「そんなの、私たちはとっくに知ってたわよ!チヨ、隠すの下手すぎなんだから、こっちがハラハラしちゃったわ」

「ハッハッハ、そういうことだよ。だからわしらのことは心配せんで良い。誰にも言わんし、これからもチヨはチヨだ」

 まさかの、全部バレてた。しかも後で聞いてみたら、力のことがシェリーたちにバレているということをストフはすでに知っていた。何で教えてくれなかったのかとちょっとしたケンカをしたのも今では良い思い出だ。

 ただ、さすがにストフも田舎の宿屋であるこの一家に、渡り人のことまで見抜かれていたことには驚いていたけれど。

 なんと聞いてみたら吟遊詩人のバルドさん自身が、渡り人だったんだって。世間が狭すぎるわ。もう地球のことはあまり覚えていないそうだけど、バルドさんは東欧の国の生まれだったそうだ。

 渡り人は国で保護する決まりがあるけれど、さすがにもう転移から何十年も経ち、おじいさんになっていて幸せに暮らしているバルドさんに面倒はかけられないと言って、ストフはこの件は聞かなかったことにした。

 その代わり、何でも願いを聞くと伝えたら、バルドさんはこう言った。

「では、これからもチヨが自由にここへ遊びに来ることを許してもらえないだろうか?この娘はわしらにとってはもう家族も同然だからな」

 その言葉に私はちょっと泣いた。ストフは必ず叶えると約束し、実際、今も好きに行き来させてもらっている。


 ∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴

「チヨ、いらっしゃい!」
「なんだチヨ、また来たの?」
「チヨ、あそんでー!」
「チーーーー!」
「バウワウ!(姉御、いらっしゃい!)」

「こんにちは!みんな元気そうね~」

 インスの街のガストンさんのお宅にお邪魔する。…昔は“ストフさんち”と認識していたので、まだちょっと変な感じがする。

「チヨちゃん、お久しぶりね。と言っても二週間ぶりくらいかしら?今日はストフは?」

「リーズさん、お邪魔してます!ストフも来る予定だったんですけど、陛下に呼ばれてしまいまして…」

 夫のストフは、昨年女王補佐官に任命され、毎日忙しなく働いている。
 二年前の北端の砦の諸々が片付いた段階で、当時女王陛下だったお義母様は、「良いタイミングで懸念事がすべて片付いたので引退して余生を楽しみたい」と言って、その言葉通りにあっさりお義姉様に譲位した。ちなみに懸念事というのはあの死火山の魔物の件と、ストフの結婚だった。

 その頃の私はまだ知らなかったんだけど、この国の王族は女性が多く、ストフは子どもの頃から女王陛下だったお義母様と四人のお義姉様方に振り回されすぎて、女性がかなり苦手だったらしい。王子でありながら二十五歳まで独身というのはかなり異例らしく、せっつかれるほど嫌になるという悪循環にハマっていたそうだ。

 可哀相だと思うと同時に、そのおかげで私が大好きな人と結婚できたわけなので、なんとなく複雑な気持ちになる。

「相変わらず姉さんに良いように使われてるのね。ふふ、ストフらしいわ。ポーラが焼いたポンムパイがあるから、帰りに持って行ってあげて」

「わ!それは喜びますね。ありがとうございます!ちなみにガストンさんは?」

「非番だったんだけど、東の平原で魔物の目撃情報があったから、ついさっき出かけたの」

「…ガストンさんも相変わらず忙しいんですね」

「ふふ、まあ男どものことは放っておいて、お茶にしましょう」

「はい!…あら?フィーネも食べたいの?まだちょーっと早いんじゃないかなあ」

 私の膝にハイハイで突進してきたのはこの家の末っ子のフィーネ。昨年生まれた女の子で、初めて会った頃のルチアよりも少し小さいくらい。

「フィーちゃんはまだダメよ!あかちゃんだから。ルーはいっぱいたべる!」

「ルチアはポーラさんのポンムパイが大好きだもんね」

「うん!だいすき!チヨといっしょにたべる!」

 三歳になったルチアはよくしゃべる活発な女の子になった。兄妹でも一番運動神経が良いので、もしかしたら将来は第二の戦姫になるのではないかと、パパであるガストンさんは心配している。

 上の男の子ふたりは、大きくなった分ちょっと距離を取られているというか…次男のブレントは最近ちょっと冷たい。おばちゃん悲しいよ、ブレント。

 とは言え、今ではこの子たちは私の義理の甥っ子姪っ子なので、ベビーシッターだった頃と同じかそれ以上に、思う存分可愛がっている。

 リーズさん(ベルリーズ様呼びは止めるよう言われた)ともすっかり友人のような関係になった。元王女様だけあって王宮生活には詳しいし、いつも何かと相談に乗ってもらっている。

 ポーラさんは、あの北端の砦での戦いが終わり、両親がこの家に帰って来た時点で元々の勤め先であるミゲルさんのお屋敷に戻ったんだけど、すぐにリーズさんの第四子妊娠が発覚し、元気いっぱいの子どもたちのお世話も大変になったため、正式にこの家に勤めることになった。

「あ、そうだチヨ。今日ポーラがたくさん煮たから、そろそろポンムがなくなるんだ。またらせてよ」 

「えー、あれ疲れるんだよね…ポンム事件のトラウマがあるし」

 なんて言いながらも、可愛い甥っ子エミールと、ポンムが大好物のブレントとルチアも目を輝かせているので、つい調子に乗ってやってしまった。ポンムの木、一本分だけだけどね。それでも巨大な木にわんさか実るので、これで今年の秋冬はポンムには困らないと思う。

 私はポーラさんの焼いたポンムパイと、たくさん実が生ったので大量のポンムのおすそ分けをもらい、王宮へと帰った。



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 <筆者あとがき>

 仮題は『二年後』だったのですが、一部分だけ時系列が異なるため『それから』としました。
 気になった方がいらっしゃるかもしれませんが、年数表現の表記ミスではございません。

 
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