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第四章 修行の成果、戦いの歌
第十五話 決戦のとき
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「長きに渡るこの地での魔物との戦いを、今日で終わらせる。しかし、誰かの犠牲の上に平和を築くつもりはない。命が最優先だ、忘れるな」
総指揮官のガストンさんは、手短に挨拶を済ませた。簡潔だからこそ分かりやすい。兵士たちの表情が一気に引き締まったのが見て取れた。
死火山の麓の本陣前に集まったのは、王国各地から集められた精鋭の兵士たち、その数およそ百名。
スピードが重要な作戦なので、敢えて兵士の数は増やしすぎず、機動性を重視している。彼らを二十五チームに分け、魔物の塒となっている死火山の火口を中心に、ミゲルさんと私が作った小さな箱を間隔を開けながら設置していく。
これから設置する数百個の箱すべてに声を送るには、力の使用量が心配だったんだけど、ミゲルさんが作った箱からも私の声を拡散してもらえるため、通信に使う力は半分程度で済む予定だ。
各チームに箱を配り終え、準備は整った。ちなみに一般の兵士たちには魔法研究所で開発中の通信魔法の箱だとざっくり説明されている。
「では、手筈通りに頼む」
ガストンさんに促され、ミゲルさんと私は一歩前に進み出る。歌の発動は少し前に小さな声で済ませている。
「(魔法の箱の最終確認です。この声が聞こえた方は右手を上げてください)」
私は敢えて小声で声を箱に送り、ミゲルさんも詠唱でそれを自分の作った箱に拡散する。少し驚いた表情をした兵士さんもいたけれど、全員の右手が一斉に上がった。どの箱も問題なく機能しているようだ。確認が取れたのでここからは普通の声量に戻す。
「ありがとうございます。では、皆さんのご無事を祈って…」
ミゲルさんに目配せをしてから、祈りの歌をうたう。効果は防御力のみに特化し、期限は三時間きっかり。作戦上、ここに割いて良いのは私の力の総量の三分の一までだけど、効果の維持にも力を消費するので、うっかり使いすぎないよう調整しながら歌った。
これに関してもミゲルさんが言霊使いの力で効果の増幅と、箱を通した声の拡散をしてくれるので、私の消費量はだいぶ抑えられている。
辺りは水を打ったような静けさだった。
兵士さんたちは目を閉じて耳を傾けたり、祈りのポーズを取ったりと様々な姿勢で祈りの歌を聴いていた。…どうかここにいる全員が、無事に家族の下へ帰れるようにと、力とは関係のない部分だけど、私も心を込めて歌った。
「…ご清聴ありがとうございました。これから三時間、皆さんの防御力が強化されます。ケガの程度が五割から六割ほどに抑えられると思いますが、ケガをしないわけではないので、どうぞくれぐれもお気をつけください」
それを聞いた兵士さんたちから少しどよめきが起きたけれど、すぐにガストンさんが場をまとめ、作戦が開始された。効果が消えないうちに急いで動く必要があるからだ。
この死火山はそれほど高くはないので、順調に行けば箱の設置に一時間半程度、魔物を眠らせてから討伐するのに一時間程度の予定だ。下山時には魔物の討伐は完了しているはずなので、あまり考慮していない。効果時間を伸ばせば、それだけ私が消耗してしまうからだ。
続々と死火山を登って行く兵士さんたちを見ながら、私は手を合わせて祈った。隊列に指示を出しているストフさんの姿が見える。
本陣に到着してからは慌ただしかったし、話も出来なかった。…ああ、戦いの前にもう一度挨拶しておきたかったな~なんて思っていると、ストフさんと目が合った。
距離があるので声は出さなかったけれど、こちらを見て、ストフさんは高く手を上げた。行ってくる、と言うように。
それを見た私も手を振って答えた。
遠ざかっていく背中が見えなくなるまで、心から彼の無事を祈りながら見送った。
∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴
<第十七部隊、前方に魔物三体を発見しました。気付かれてはいません>
「承知しました。そのままもう少しだけ近づけますか?気付かれそうならその場でも構わないので、箱を置いてからなるべく後方に下がっていてください」
<大丈夫です。十カウントで箱を置いて下がりますので、三十カウント後でお願いします>
「了解です」
三回目のやり取りなので、私も少し慣れて余裕が出て来た。しかし油断は禁物。気を引き締めてしっかり三十数えてから、歌い始める。
「ねーむれ~まーもの~♪ すーやすーやと~♪ ねーむれ~まーもの~♪ ごーふんーかん~♪ …完了です。起きないとは思いますが、周辺にも警戒しつつ討伐願います」
<…はっ!>
少し待つと再度報告が入った。箱の向こうから<すげえ…>とか<本当に寝てやがる…>とか聞こえていたので大丈夫だとは思っていたけれど。
<報告します。魔物三体、完全に眠っていました。討伐完了です。引き続き箱の設置を続けます>
「はい、お願いします。お気をつけて」
兵士チームの登山開始からおよそ三十分。魔物は夜行性とは言われているけれど昼間に動けないわけではないので、少しずつ遭遇報告が上がっていた。その都度、私の歌で眠らせてから討伐を行っているので、現状ケガ人はゼロ。非常に順調だ。
「よし、今のところ作戦どおりで問題ないな。では予定通り我々も向かおう。リーズ、モモ殿と本陣を頼む」
「ええ、任せなさい。…気をつけてね」
ガストンさんの言葉に、ベルリーズ様が答え、その場の一同が一斉に立ち上がった。
魔物の討伐完了後に死火山の火口内に入り、魔力溜まりの冷却を担当するミゲルさん率いる魔法使いチームの出発だ。余計な戦闘や魔力の消費を避けるため、先に兵士の部隊が通って安全が確認されたルートで登山する。
このチームに兵士が一名つくとは聞いていたけれど、まさか総指揮官であるガストンさんが直々に行くとは驚きだった。
無事に魔物を一掃できれば危険は少ないはずだけれど、まだ謎の多い魔物溜まりに近付くので、何が起こるかは分からない。ガストンさんは王国最強と謳われるベルリーズ様に匹敵する実力者ということもあり、自分が行くのが最善だと言ってきかなかったそうだ。
その他にも、最終的に火口付近にいる各隊の状況を見て、体力的に余裕のある兵士数名を選抜して連れて行く予定らしい。
麓の本陣には、ベルリーズ様と私の他、緊急対応のための兵士三名と救護班の三名が残ることになる。
「あ、ちょっとだけお待ちいただけますか?」
出発しようとしたガストンさんとミゲルさん、魔法使い三名に声をかけ、祈りの歌をうたう。先ほど兵士全体にかけた防御力強化だけではなく、体力と敏捷性の強化と毒マヒ耐性つきのものだ。
「…おい、モモ。無駄な消費はするなと言っただろう」
「無駄ではないです。いちばん危険な場所に入る隊なんですから、これくらいはさせてください。それにミゲルさんが効力の増幅や通信補助を行ってくれたので、想定よりも私の消耗は少ないんです。これくらいは問題ありません」
「…まあ、一応礼を言っておく。無理はするな。困ったことがあればリーズを頼れ。何かあれば連絡しろ」
「あらあ、ストフもそうだけどミゲル殿もモモさんには過保護なのねえ」
ベルリーズ様は楽しそうにミゲルさんをからかい、ミゲルさんはプイッと顔を背けて出発して行った。
∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴
それからさらに三十分ほどが経ち、予定通りすべての箱の設置が完了した。途中で魔物と遭遇したのは合計七組、倒したのは三十八体。
普通に街道を移動していても滅多に魔物に遭遇しないことを思うと、この短時間でのエンカウント数としてはなかなかの数字だろう。さすが魔物の塒だ。
死火山の外周からぐるりと包囲するように、魔物を討伐しながら登って行ったので、これで火口内に生息する魔物以外は一掃できたはずだ。途中たまたま遭遇しなかった魔物がいる可能性も考慮し、各隊が移動したルートにも点々と箱は設置されている。
責任者数名と通話を繋げ、最終確認をする。
<こちらはストフだ。火口外周に箱の設置は完了している。想像よりも中が深いようで、魔物の気配はここでは感じられない。音は届くと思うが、念のため最終カウントに合わせて数名で火口の内部に入り、少しでも近くで音が響くようにする>
<こちらガストン。現在二合目付近まで来ている。ストフ、くれぐれも兵士が近付きすぎないよう注意してくれ>
<了解>
<…モモです。ミゲルさん、そちらの準備は大丈夫ですか?>
<ああ、大丈夫だ。音もはっきり聞こえている。オレの作った箱への拡散は任せろ>
<はい、では三十カウント後に歌い始めます。火口内部に入る兵士のみなさん、決して近づきすぎず、箱を置いたら、念のため可能な限り退避してください。…始めましょう>
総指揮官のガストンさんは、手短に挨拶を済ませた。簡潔だからこそ分かりやすい。兵士たちの表情が一気に引き締まったのが見て取れた。
死火山の麓の本陣前に集まったのは、王国各地から集められた精鋭の兵士たち、その数およそ百名。
スピードが重要な作戦なので、敢えて兵士の数は増やしすぎず、機動性を重視している。彼らを二十五チームに分け、魔物の塒となっている死火山の火口を中心に、ミゲルさんと私が作った小さな箱を間隔を開けながら設置していく。
これから設置する数百個の箱すべてに声を送るには、力の使用量が心配だったんだけど、ミゲルさんが作った箱からも私の声を拡散してもらえるため、通信に使う力は半分程度で済む予定だ。
各チームに箱を配り終え、準備は整った。ちなみに一般の兵士たちには魔法研究所で開発中の通信魔法の箱だとざっくり説明されている。
「では、手筈通りに頼む」
ガストンさんに促され、ミゲルさんと私は一歩前に進み出る。歌の発動は少し前に小さな声で済ませている。
「(魔法の箱の最終確認です。この声が聞こえた方は右手を上げてください)」
私は敢えて小声で声を箱に送り、ミゲルさんも詠唱でそれを自分の作った箱に拡散する。少し驚いた表情をした兵士さんもいたけれど、全員の右手が一斉に上がった。どの箱も問題なく機能しているようだ。確認が取れたのでここからは普通の声量に戻す。
「ありがとうございます。では、皆さんのご無事を祈って…」
ミゲルさんに目配せをしてから、祈りの歌をうたう。効果は防御力のみに特化し、期限は三時間きっかり。作戦上、ここに割いて良いのは私の力の総量の三分の一までだけど、効果の維持にも力を消費するので、うっかり使いすぎないよう調整しながら歌った。
これに関してもミゲルさんが言霊使いの力で効果の増幅と、箱を通した声の拡散をしてくれるので、私の消費量はだいぶ抑えられている。
辺りは水を打ったような静けさだった。
兵士さんたちは目を閉じて耳を傾けたり、祈りのポーズを取ったりと様々な姿勢で祈りの歌を聴いていた。…どうかここにいる全員が、無事に家族の下へ帰れるようにと、力とは関係のない部分だけど、私も心を込めて歌った。
「…ご清聴ありがとうございました。これから三時間、皆さんの防御力が強化されます。ケガの程度が五割から六割ほどに抑えられると思いますが、ケガをしないわけではないので、どうぞくれぐれもお気をつけください」
それを聞いた兵士さんたちから少しどよめきが起きたけれど、すぐにガストンさんが場をまとめ、作戦が開始された。効果が消えないうちに急いで動く必要があるからだ。
この死火山はそれほど高くはないので、順調に行けば箱の設置に一時間半程度、魔物を眠らせてから討伐するのに一時間程度の予定だ。下山時には魔物の討伐は完了しているはずなので、あまり考慮していない。効果時間を伸ばせば、それだけ私が消耗してしまうからだ。
続々と死火山を登って行く兵士さんたちを見ながら、私は手を合わせて祈った。隊列に指示を出しているストフさんの姿が見える。
本陣に到着してからは慌ただしかったし、話も出来なかった。…ああ、戦いの前にもう一度挨拶しておきたかったな~なんて思っていると、ストフさんと目が合った。
距離があるので声は出さなかったけれど、こちらを見て、ストフさんは高く手を上げた。行ってくる、と言うように。
それを見た私も手を振って答えた。
遠ざかっていく背中が見えなくなるまで、心から彼の無事を祈りながら見送った。
∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴
<第十七部隊、前方に魔物三体を発見しました。気付かれてはいません>
「承知しました。そのままもう少しだけ近づけますか?気付かれそうならその場でも構わないので、箱を置いてからなるべく後方に下がっていてください」
<大丈夫です。十カウントで箱を置いて下がりますので、三十カウント後でお願いします>
「了解です」
三回目のやり取りなので、私も少し慣れて余裕が出て来た。しかし油断は禁物。気を引き締めてしっかり三十数えてから、歌い始める。
「ねーむれ~まーもの~♪ すーやすーやと~♪ ねーむれ~まーもの~♪ ごーふんーかん~♪ …完了です。起きないとは思いますが、周辺にも警戒しつつ討伐願います」
<…はっ!>
少し待つと再度報告が入った。箱の向こうから<すげえ…>とか<本当に寝てやがる…>とか聞こえていたので大丈夫だとは思っていたけれど。
<報告します。魔物三体、完全に眠っていました。討伐完了です。引き続き箱の設置を続けます>
「はい、お願いします。お気をつけて」
兵士チームの登山開始からおよそ三十分。魔物は夜行性とは言われているけれど昼間に動けないわけではないので、少しずつ遭遇報告が上がっていた。その都度、私の歌で眠らせてから討伐を行っているので、現状ケガ人はゼロ。非常に順調だ。
「よし、今のところ作戦どおりで問題ないな。では予定通り我々も向かおう。リーズ、モモ殿と本陣を頼む」
「ええ、任せなさい。…気をつけてね」
ガストンさんの言葉に、ベルリーズ様が答え、その場の一同が一斉に立ち上がった。
魔物の討伐完了後に死火山の火口内に入り、魔力溜まりの冷却を担当するミゲルさん率いる魔法使いチームの出発だ。余計な戦闘や魔力の消費を避けるため、先に兵士の部隊が通って安全が確認されたルートで登山する。
このチームに兵士が一名つくとは聞いていたけれど、まさか総指揮官であるガストンさんが直々に行くとは驚きだった。
無事に魔物を一掃できれば危険は少ないはずだけれど、まだ謎の多い魔物溜まりに近付くので、何が起こるかは分からない。ガストンさんは王国最強と謳われるベルリーズ様に匹敵する実力者ということもあり、自分が行くのが最善だと言ってきかなかったそうだ。
その他にも、最終的に火口付近にいる各隊の状況を見て、体力的に余裕のある兵士数名を選抜して連れて行く予定らしい。
麓の本陣には、ベルリーズ様と私の他、緊急対応のための兵士三名と救護班の三名が残ることになる。
「あ、ちょっとだけお待ちいただけますか?」
出発しようとしたガストンさんとミゲルさん、魔法使い三名に声をかけ、祈りの歌をうたう。先ほど兵士全体にかけた防御力強化だけではなく、体力と敏捷性の強化と毒マヒ耐性つきのものだ。
「…おい、モモ。無駄な消費はするなと言っただろう」
「無駄ではないです。いちばん危険な場所に入る隊なんですから、これくらいはさせてください。それにミゲルさんが効力の増幅や通信補助を行ってくれたので、想定よりも私の消耗は少ないんです。これくらいは問題ありません」
「…まあ、一応礼を言っておく。無理はするな。困ったことがあればリーズを頼れ。何かあれば連絡しろ」
「あらあ、ストフもそうだけどミゲル殿もモモさんには過保護なのねえ」
ベルリーズ様は楽しそうにミゲルさんをからかい、ミゲルさんはプイッと顔を背けて出発して行った。
∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴
それからさらに三十分ほどが経ち、予定通りすべての箱の設置が完了した。途中で魔物と遭遇したのは合計七組、倒したのは三十八体。
普通に街道を移動していても滅多に魔物に遭遇しないことを思うと、この短時間でのエンカウント数としてはなかなかの数字だろう。さすが魔物の塒だ。
死火山の外周からぐるりと包囲するように、魔物を討伐しながら登って行ったので、これで火口内に生息する魔物以外は一掃できたはずだ。途中たまたま遭遇しなかった魔物がいる可能性も考慮し、各隊が移動したルートにも点々と箱は設置されている。
責任者数名と通話を繋げ、最終確認をする。
<こちらはストフだ。火口外周に箱の設置は完了している。想像よりも中が深いようで、魔物の気配はここでは感じられない。音は届くと思うが、念のため最終カウントに合わせて数名で火口の内部に入り、少しでも近くで音が響くようにする>
<こちらガストン。現在二合目付近まで来ている。ストフ、くれぐれも兵士が近付きすぎないよう注意してくれ>
<了解>
<…モモです。ミゲルさん、そちらの準備は大丈夫ですか?>
<ああ、大丈夫だ。音もはっきり聞こえている。オレの作った箱への拡散は任せろ>
<はい、では三十カウント後に歌い始めます。火口内部に入る兵士のみなさん、決して近づきすぎず、箱を置いたら、念のため可能な限り退避してください。…始めましょう>
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