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第四章 修行の成果、戦いの歌
第十二話 作戦前日、深夜の女子会
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ノックの音に驚き、急いで深緑色の魔法使い仕様のローブを羽織る。
「モモさん、まだ起きていらっしゃるかしら?遅くにごめんなさい。今日のうちにご挨拶をしておきたくて」
廊下から聞こえてきたのは女性の声だった。今この北端の砦にいる女性は、私を除けばひとりしかいない。そのため、私にはすぐに相手が誰なのか分かった。
ちなみに、モモというのは今回の作戦参加にあたって考えた私の偽名だった。髪の色がピンク色だからモモ。安易だけど、この世界に桃色という言葉はないし、女性名としてのモモはこの王国では珍しくない名前なので丁度良いと思ってつけた。
「はい、すぐに参ります!」
念のため深めにフードを被り、ドアを開けた。
「…お初にお目にかかります。…せん…ベルリーズ様でよろしいでしょうか?」
「ふふふ、私が戦姫の呼び名をあまり好きじゃないって知ってるのね。兵士にそう呼ばれるのが嫌いなだけだから、あなたが呼びやすければそちらでも構わないわ」
そう言って屈託なく笑ったベルリーズ様は、話に聞いていたよりも数倍美しく、女性なのに思わず見惚れてしまった。
もう長らく砦に詰めているはずなのに陶器のように滑らかな白い肌、薄暗い廊下でも輝きが分かるプラチナブロンド。長い髪を無造作に束ねただけのポニーテールなのに、それが少しも美しさを損なわず、むしろかっこよく見える。それに加えて、おとぎ話のお姫様のようなパッチリ二重の碧眼、薔薇色の唇。
初めてストフさんに会ったときにも彫刻のようだと思ったけれど、この方は女の子なら誰もが憧れるお人形さんのような顔立ちだった。それでいて表情は生き生きとしていて、作り物ではない本物の美しさに満ち溢れて見える。
「さて、廊下で立ち話もなんだし、もし良かったら私の部屋でお茶でもいかが?ずっと男所帯に嫌気が差していたのよ。もちろん、あなたが眠れるのなら仮眠を取ってもらった方が良いんだけど…眠れそう?」
「…いえ、実は緊張してしまってまったく…」
「そう…分かるわ。初陣でこれほどの大役を任せてしまって、あなたには本当に申し訳なく思っているの。じゃあ決まりね!お茶にしましょう」
こうして、初対面から一分でとんでもない美人と深夜のお茶会をすることになった。
かえって緊張しそうな気もするけど、気を紛らわしたいという気持ちもあるし、何よりどう考えてもこの方のお誘いを断れるはずもなかったのでどうしようもない。
∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴
「ごめんなさいね。狭いし散らかってるけど、どうぞ気兼ねなくくつろいでちょうだい」
通された部屋は、散らかっているどころか無駄な物が何一つ見当たらない、いかにも兵士の部屋といった印象の武骨な部屋だった。
「あ、お茶は私が…」
「良いの良いの、私が呼んだんだから私の仕事よ。さあ、座って座って!」
喋りながらもこの部屋の主、ベルリーズ様は手際良くお湯を沸かしている。
「本当は魔物の討伐なんてさっさと済ませて家に帰るつもりだったから、あまり荷物もないのよね。まあ砦の生活なんて食糧は至急されるし、毎日着まわす制服だけあれば良いんだけど」
部屋の中に広がるのはコーヒーの香り。この世界では一部の貴族の嗜好品なのだと前にストフさんから聞いていた。というか、ストフさん以外にコーヒーを飲む人にまだ出会ったことがなかったので少し驚いた。
…まあ、この方は貴族中の貴族なので不思議ではないか。私なんかのために自ら淹れてくれていることは不思議だけど。
「あ、ごめんなさい、何も考えずに習慣でコーヒーを淹れちゃったんだけど大丈夫だった?」
「はい、大丈夫です!むしろ大好物なので嬉しいです。まさか砦に来てコーヒーをいただけるなんて思いもしなかったので」
「ふふ、それなら良かったわ!私にとってはここでの数少ない癒しだからね。豆を挽く機械はここにはないから、二週に一度、粉にしてライの街から送ってもらっているのよ。さあ、どうぞ。ミルクとお砂糖もご遠慮なく」
「ありがとうございます。いただきます」
コーヒーの香りは、いつもストフさんが淹れてくれるものとよく似ていた。この世界では人気のある豆なのかもしれない。馴染みの味と香りに、緊張しきっていた心がほっと解けていくのが分かる。
「さて、ではあらためて自己紹介でもしましょうか。私はベルリーズ・ルバート。あなたもご存知のようだけど、この王国の現女王の四女で、戦姫とか姫将軍なんて呼ばれているわ」
そう、この方は戦姫様と呼ばれ、国民から絶大な人気を誇る王女様だ。
この北端の砦の話題と共に、いつも新聞で目にしていた名前なので、この国の常識に疎い私ですら知っていた。美しさと強さを兼ね揃え、幼い頃から何度も魔物相手に勝利を収めてきたこの王国の希望。
一年前からずっと続いているこの砦の戦いを終わらせるため、確か半年ほど前から討伐に加わったと聞いていた。
新聞には戦姫様の参戦によってすぐに決着がつくかと思われた矢先に、王国内のあちこちで魔物の出没が増え、やむを得ず戦力を分散したため、膠着状態になっているとも書かれていた。とは言え、それは砦の兵士が大幅に減った分を戦姫様がひとりで肩代わりしてくれているからこその膠着だと。
ジャンさんの宿屋の常連客にも戦姫様のファンは多数いて、よく酒の肴に話していたから印象に残っている。
「はい、お会いできて光栄です。昨日から砦でお世話になっているのにご挨拶もできず大変失礼いたしました。…って、あれ?ベルリーズ様の名字は…?」
一瞬聞き流しそうになったけれど、ふと引っかかった。このセレナド王国の王族なら、ファーストネームの後には=ドゥ=セレナドがつくはずだ。
「ああ、私は既婚者だからね。もう王族からはとっくの昔に抜けているのよ。…それなのにいつまでも戦姫とか姫将軍とか言われるから恥ずかしくて仕方ないのよね。せめて戦マダムとかに変えてもらえないかしら!」
「いや…それはさすがに語呂が…」
でも、呼ばれ方を嫌う理由は分かった。兵士からそう呼ばれるのが嫌だと言っていたから、国民たちが敬愛の気持ちを込めてそう呼ぶことは許容しているのだと思う。
この短時間だけど、これほど美しく気取らない王女様なら、昔から民からも兵士からも尊敬され愛されていたんだろうなと分かる。
「まあ、私のことは良いのよ!あなたのことを教えてくださる?モモさん…いいえ、チヨリさんね」
「!」
「ふふ、驚かせてごめんなさいね。王族から外れたとは言え、今はこの砦の指揮官のひとりでもあるので、あなたのことは聞かせてもらっているの。もちろん、あなたの本名も力のことも決して漏らさないから安心していただけると嬉しいわ」
そう、結果的に今回の作戦には私の能力をかなり使うことになってしまったため、どうしても説明が必要な部分があった。そのため、可能な限り私の存在は一般の兵士やこの国の民には隠す方向になったけれど、王族や指揮官などのお偉方には知られることとなった。
この点はストフさんとミゲルさんがものすごく交渉してくれたらしく、この砦の作戦に関わること以外で私の能力を当てにしないことや、政治や権力のために利用しないこと、作戦後の死火山の状況維持を長期に渡って対応することの見返りとして、私に対して一生涯の身の安全と生活を保障すること、万が一国から何かを私に依頼する場合にも私の意思を尊重し決して強制はできないことなどが決められていて、忙しい中でわざわざ誓約書まで作成してくれた。
私としても国の管理下に置かれることにはなんとなく抵抗があったけれど、関わってしまった以上は最後まで責任をもって務めたいし、そうなると内容の大きさからも無償で引き受けることもできないので、この取り決めについては納得している。
そんてことをふと思い出していると、ベルリーズ様が瞳をキラキラと輝かせて私を見つめていた。星のような綺麗な青い目。その色のせいか、好奇心旺盛な様子が見て取れる表情のせいか、不思議とミゲルさんのお屋敷で待っている子どもたちのことを思い出した。
「質問した方が話しやすいかしらね?そうねえ…いちばん気になっているのは、ストフとの関係かしら?随分仲良しみたいじゃない?」
「えっ」
聞いてみると、なんとベルリーズ様はストフさんのことを幼い頃から知っていたそうで、私との関係について面白がって聞きたがった。そこから派生してインスの街での暮らしの話や、ベビーシッターとして過ごしたことなど、いろいろ喋らされてしまった。聞き上手な王女様だなあ。
ベルリーズ様も子ども好きのようで、とくに三人の子どもたちの話を聞きたがった。私としてもあの子たちの可愛さと、お世話の大変さならいくらでも語れるので、話は尽きなかった。
気付くとすっかり夜も更けていた。さすがにベルリーズ様を徹夜させるわけにはいかないので、そろそろ退室を申し出ようかなと思ったときに、誰かがこの部屋を訪ねて来た。
「モモさん、まだ起きていらっしゃるかしら?遅くにごめんなさい。今日のうちにご挨拶をしておきたくて」
廊下から聞こえてきたのは女性の声だった。今この北端の砦にいる女性は、私を除けばひとりしかいない。そのため、私にはすぐに相手が誰なのか分かった。
ちなみに、モモというのは今回の作戦参加にあたって考えた私の偽名だった。髪の色がピンク色だからモモ。安易だけど、この世界に桃色という言葉はないし、女性名としてのモモはこの王国では珍しくない名前なので丁度良いと思ってつけた。
「はい、すぐに参ります!」
念のため深めにフードを被り、ドアを開けた。
「…お初にお目にかかります。…せん…ベルリーズ様でよろしいでしょうか?」
「ふふふ、私が戦姫の呼び名をあまり好きじゃないって知ってるのね。兵士にそう呼ばれるのが嫌いなだけだから、あなたが呼びやすければそちらでも構わないわ」
そう言って屈託なく笑ったベルリーズ様は、話に聞いていたよりも数倍美しく、女性なのに思わず見惚れてしまった。
もう長らく砦に詰めているはずなのに陶器のように滑らかな白い肌、薄暗い廊下でも輝きが分かるプラチナブロンド。長い髪を無造作に束ねただけのポニーテールなのに、それが少しも美しさを損なわず、むしろかっこよく見える。それに加えて、おとぎ話のお姫様のようなパッチリ二重の碧眼、薔薇色の唇。
初めてストフさんに会ったときにも彫刻のようだと思ったけれど、この方は女の子なら誰もが憧れるお人形さんのような顔立ちだった。それでいて表情は生き生きとしていて、作り物ではない本物の美しさに満ち溢れて見える。
「さて、廊下で立ち話もなんだし、もし良かったら私の部屋でお茶でもいかが?ずっと男所帯に嫌気が差していたのよ。もちろん、あなたが眠れるのなら仮眠を取ってもらった方が良いんだけど…眠れそう?」
「…いえ、実は緊張してしまってまったく…」
「そう…分かるわ。初陣でこれほどの大役を任せてしまって、あなたには本当に申し訳なく思っているの。じゃあ決まりね!お茶にしましょう」
こうして、初対面から一分でとんでもない美人と深夜のお茶会をすることになった。
かえって緊張しそうな気もするけど、気を紛らわしたいという気持ちもあるし、何よりどう考えてもこの方のお誘いを断れるはずもなかったのでどうしようもない。
∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴
「ごめんなさいね。狭いし散らかってるけど、どうぞ気兼ねなくくつろいでちょうだい」
通された部屋は、散らかっているどころか無駄な物が何一つ見当たらない、いかにも兵士の部屋といった印象の武骨な部屋だった。
「あ、お茶は私が…」
「良いの良いの、私が呼んだんだから私の仕事よ。さあ、座って座って!」
喋りながらもこの部屋の主、ベルリーズ様は手際良くお湯を沸かしている。
「本当は魔物の討伐なんてさっさと済ませて家に帰るつもりだったから、あまり荷物もないのよね。まあ砦の生活なんて食糧は至急されるし、毎日着まわす制服だけあれば良いんだけど」
部屋の中に広がるのはコーヒーの香り。この世界では一部の貴族の嗜好品なのだと前にストフさんから聞いていた。というか、ストフさん以外にコーヒーを飲む人にまだ出会ったことがなかったので少し驚いた。
…まあ、この方は貴族中の貴族なので不思議ではないか。私なんかのために自ら淹れてくれていることは不思議だけど。
「あ、ごめんなさい、何も考えずに習慣でコーヒーを淹れちゃったんだけど大丈夫だった?」
「はい、大丈夫です!むしろ大好物なので嬉しいです。まさか砦に来てコーヒーをいただけるなんて思いもしなかったので」
「ふふ、それなら良かったわ!私にとってはここでの数少ない癒しだからね。豆を挽く機械はここにはないから、二週に一度、粉にしてライの街から送ってもらっているのよ。さあ、どうぞ。ミルクとお砂糖もご遠慮なく」
「ありがとうございます。いただきます」
コーヒーの香りは、いつもストフさんが淹れてくれるものとよく似ていた。この世界では人気のある豆なのかもしれない。馴染みの味と香りに、緊張しきっていた心がほっと解けていくのが分かる。
「さて、ではあらためて自己紹介でもしましょうか。私はベルリーズ・ルバート。あなたもご存知のようだけど、この王国の現女王の四女で、戦姫とか姫将軍なんて呼ばれているわ」
そう、この方は戦姫様と呼ばれ、国民から絶大な人気を誇る王女様だ。
この北端の砦の話題と共に、いつも新聞で目にしていた名前なので、この国の常識に疎い私ですら知っていた。美しさと強さを兼ね揃え、幼い頃から何度も魔物相手に勝利を収めてきたこの王国の希望。
一年前からずっと続いているこの砦の戦いを終わらせるため、確か半年ほど前から討伐に加わったと聞いていた。
新聞には戦姫様の参戦によってすぐに決着がつくかと思われた矢先に、王国内のあちこちで魔物の出没が増え、やむを得ず戦力を分散したため、膠着状態になっているとも書かれていた。とは言え、それは砦の兵士が大幅に減った分を戦姫様がひとりで肩代わりしてくれているからこその膠着だと。
ジャンさんの宿屋の常連客にも戦姫様のファンは多数いて、よく酒の肴に話していたから印象に残っている。
「はい、お会いできて光栄です。昨日から砦でお世話になっているのにご挨拶もできず大変失礼いたしました。…って、あれ?ベルリーズ様の名字は…?」
一瞬聞き流しそうになったけれど、ふと引っかかった。このセレナド王国の王族なら、ファーストネームの後には=ドゥ=セレナドがつくはずだ。
「ああ、私は既婚者だからね。もう王族からはとっくの昔に抜けているのよ。…それなのにいつまでも戦姫とか姫将軍とか言われるから恥ずかしくて仕方ないのよね。せめて戦マダムとかに変えてもらえないかしら!」
「いや…それはさすがに語呂が…」
でも、呼ばれ方を嫌う理由は分かった。兵士からそう呼ばれるのが嫌だと言っていたから、国民たちが敬愛の気持ちを込めてそう呼ぶことは許容しているのだと思う。
この短時間だけど、これほど美しく気取らない王女様なら、昔から民からも兵士からも尊敬され愛されていたんだろうなと分かる。
「まあ、私のことは良いのよ!あなたのことを教えてくださる?モモさん…いいえ、チヨリさんね」
「!」
「ふふ、驚かせてごめんなさいね。王族から外れたとは言え、今はこの砦の指揮官のひとりでもあるので、あなたのことは聞かせてもらっているの。もちろん、あなたの本名も力のことも決して漏らさないから安心していただけると嬉しいわ」
そう、結果的に今回の作戦には私の能力をかなり使うことになってしまったため、どうしても説明が必要な部分があった。そのため、可能な限り私の存在は一般の兵士やこの国の民には隠す方向になったけれど、王族や指揮官などのお偉方には知られることとなった。
この点はストフさんとミゲルさんがものすごく交渉してくれたらしく、この砦の作戦に関わること以外で私の能力を当てにしないことや、政治や権力のために利用しないこと、作戦後の死火山の状況維持を長期に渡って対応することの見返りとして、私に対して一生涯の身の安全と生活を保障すること、万が一国から何かを私に依頼する場合にも私の意思を尊重し決して強制はできないことなどが決められていて、忙しい中でわざわざ誓約書まで作成してくれた。
私としても国の管理下に置かれることにはなんとなく抵抗があったけれど、関わってしまった以上は最後まで責任をもって務めたいし、そうなると内容の大きさからも無償で引き受けることもできないので、この取り決めについては納得している。
そんてことをふと思い出していると、ベルリーズ様が瞳をキラキラと輝かせて私を見つめていた。星のような綺麗な青い目。その色のせいか、好奇心旺盛な様子が見て取れる表情のせいか、不思議とミゲルさんのお屋敷で待っている子どもたちのことを思い出した。
「質問した方が話しやすいかしらね?そうねえ…いちばん気になっているのは、ストフとの関係かしら?随分仲良しみたいじゃない?」
「えっ」
聞いてみると、なんとベルリーズ様はストフさんのことを幼い頃から知っていたそうで、私との関係について面白がって聞きたがった。そこから派生してインスの街での暮らしの話や、ベビーシッターとして過ごしたことなど、いろいろ喋らされてしまった。聞き上手な王女様だなあ。
ベルリーズ様も子ども好きのようで、とくに三人の子どもたちの話を聞きたがった。私としてもあの子たちの可愛さと、お世話の大変さならいくらでも語れるので、話は尽きなかった。
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