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第四章 修行の成果、戦いの歌

第十一話 やれること、やるべきこと

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 結局私が北端の砦へと移動したのは、魔物掃討作戦の二日前で、ライの街へ到着してから五日後のことだった。

 これほど直前まで街で待機になったのは、ストフさんとミゲルさんが私の顔や能力が広まる範囲を少しでも減らそうと考慮してくれた結果で、本当にいろいろとお気遣いいただいてありがたいやら申し訳ないやらの気持ちだった。

 その間の私はと言うと、毎日大量の箱を制作したり、砦にいるストフさんを通じて作戦の相談をしたり、ヴァーイの街のミゲルさんのお屋敷と通信して子どもたちとお喋りしたりと、かなり充実の時間を過ごしていた。


 かなりのハイペースで作戦の決行が決まったのは、インスの街のように王国内のあちこちで魔物の襲撃と被害が発生していて、一刻も早く根本から解決する必要があるためだ。

 それに加えて、ミゲルさんが王宮に通信用の文箱を作って置いてきたそうで、砦での作戦会議に王国の重鎮をはじめ、女王陛下も参加できるようになり、報告・連絡・相談のスピードが格段に上がったことも功を奏したらしい。

 この短期間で文箱を双方向の通話が可能なツールにしたミゲルさんはさすがだった。
 元々物質転送が出来ていたからその応用技であるとはいえ、私が同じようにミゲルさんの転送を真似しようとしたときは何週間もできなくて苦しんだのに、こうもあっさり実現されてしまうと自分との実力差をまざまざと見せつけられた気分だった。くそう、さすが師匠だわ。

 掃討作戦は、魔物の活動が比較的鈍く、人間としては動きやすい早朝からお昼頃の時間帯を狙い、明朝決行される。
 魔物のねぐらがある死火山は、北端の砦から直線距離で二キロほど離れた場所にある。魔物は夜行性のタイプが多いため、日中は塒に戻ることが確認されている。もちろん、昼間に活動ができないというわけではないので、警戒は怠れない。


 決められた作戦はこうだ。

 まず、砦に集まっている兵士たちを少人数の組に分け、限界まで死火山の火口付近にある塒に近付き、私とミゲルさんが作った箱を設置して回る。
 箱の設置が完了したら、すべての箱を通じて最大音量で眠りの歌を魔物に聞かせる。
 
 魔物が寝落ちしたところを狙い、兵士は組ごとに魔物の討伐を行う。これが第一目標で、状況によってはここまでで作戦を終了とする可能性もある。

 スムーズに進んだ場合には、第二目標に移行する。
 根本的に死火山の魔力溜まりの力を抑えないことには、一時的に魔物を一掃しても再度魔物が発生することが目に見えているそうだ。

 そこで登場するのが、魔法使い三名と言霊使いであるミゲルさんに、護衛役の兵士一名を加えたチーム。

 魔物の塒となっている死火山には、周囲の平原やライの街のように雪が深く積もるということがめったにない。…つまり、実は死火山とは言っても、噴火していないだけで地下深くではマグマが動いていて、火山全体が比較的暖かく、魔力溜まりのエネルギーも安定していて、魔物にとって快適な環境になっていると予想されている。

 その魔物にとっての楽園を崩すため、魔物の掃討が完了した時点で死火山の火口の最深部にあると予測されている魔力溜まりまでミゲルさんチームが出向き、魔法使いによる氷の魔法と、ミゲルさんの詠唱により氷魔法の拡大・強化を行い、一気に魔力溜まりのエネルギーを抑え込む作戦となっている。

 魔物発生のメカニズムは今も謎なので、これでどれほど防げるかは未知数だけど、少なくとも冬の間は魔力溜まりのエネルギーは弱まる性質があるので、疑似的にこの死火山の魔力溜まりを真冬状態にすれば長期的には魔物の発生抑制につながるはずだ。

 そして、この魔力溜まり周辺にも複数の箱を設置する。

 眠りの歌の要領で、今後も定期的に私が箱から魔力溜まりの冷却を維持する歌をうたうことで、疑似的な真冬状態を継続させるという作戦になっている。

 …うん、なんだか結構大変な仕事を引き受けてしまったという自覚はあるんだ。

 でも、試してみたけれど、ミゲルさんの詠唱や魔法使いが放つ魔法は、箱を通した通信では効力が発揮されなかった。

 残念なことに魔力的な力は箱を通じて送ることはできないみたいだ。私の場合は歌という音声が届くことが発動条件になっているのか、なぜかその制約には引っかからなかった。
 そのあたりも思わぬチート持ちだったことが判明したわけで、ミゲルさんと魔法使いさんたちは相当がっかりしたらしい…なんだか申し訳ないなあ。


 この作戦の中で私が行うことは三つ。

 一つめは、作戦に参加する全員の防御力の強化。これに関しては力の消費量が大きいので悩んでいたところ、ミゲルさんの言霊使いの力で私の歌の効力を増幅させられることが分かったので解決した。
 普段盛り込んでいる体力や素早さ強化等はこの際無視して、とにかく命を守ることだけを最優先に、三時間のみ、防御力だけに絞って強化を行う。ざっくりと私の持つ力の三分の一を使う予定になっている。

 二つめは、魔物を眠らせる歌をうたうこと。この地方に出没する魔物にも、箱を通して私の歌を聴かせるだけで効果が出ることはすでに実験で確認している。
 これについても、少しでも力の消費量を抑えるため、私は山には登らないけれど、死火山の麓の本陣まで行くことで、通信距離を縮めて臨む予定となっている。

 そして最後の三つめは、力を温存して待機することだ。
 万が一作戦のどこかで重傷者が発生した場合や、不測の事態が起きた場合に、私が力を使いきってしまえば通信で連絡を取ることもできなくなってしまう。
 箱を使った音声通信はミゲルさんも出来るけれど、作戦の最後でミゲルさんは火口に突入する部隊なので身動きが取れなくなる。そのため、麓の本陣で待機する私が状況の把握と伝令役を務める必要があった。

 できることなら手助けしたいことはいくらでもあるけれど、私がすべきことは最初の二つをきっちりやり遂げ、確実に力を制御して温存することだ。心の準備も出来ている。…出来ているはずなんだけど、戦いとも魔物とも無縁の生活だった私は、今どうしようもなく緊張していた。

 理論的には問題なく出来るはずだけど、万が一何か失敗してしまったら。もしも私の力が及ばなかったら。一体どれほどの被害が出てしまうのか…
 力になりたいと決意してここまでやってきたはずなのに、自分のせいで誰かが傷ついてしまう可能性があると思うと、どうしようもなく怖い。


 
 仮眠を取るようにと言われているのに、頭が冴えるばかりで眠気は一向に訪れそうになかった。そんなとき、ノックの音が響いた。

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