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第四章 修行の成果、戦いの歌

第六話 女神のウワサ

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 魔物の襲撃があった夜から三日たち、インスの街はすでに日常を取り戻している。

 あの後、東側に出現した魔物の群れを一掃した兵士さんたちが西側へ集結し、歌の力で眠った魔物およそ四十体を何の苦もなく討伐し、危機は去った。
 東側と合わせて計百体もの魔物が同じ日に現れるというのはこの街始まって以来の出来事で人々を怯えさせたけれど、その一方でいつの間にかこんな噂が広まっていた。

「なあに、もしまた魔物どもがやって来ても、女神様が助けてくださるさ」

「ああ、この街には歌の女神様がついてるんだ。なんせあれほどの魔物が現れたのに、兵士には誰一人として重傷者なし、住民への被害は皆無だったんだからな。まさに女神の奇跡だよ!」

 …久しぶりの休日だし、公園でストリートライブをしようかなと思ってやってきたところ、昼間から女神談義で盛り上がるおじさんたちを目撃してしまい、私はただ散歩してますよ~という設定で公園を突っ切って宿屋へ帰宅した。


 そう、あの日を境に、この街では女神の存在が信じられてしまった。そしてたくさんの人が語っているうちに、噂は大きくなり、どんどん謎の女神像が確立していった。

 曰く、女神の慈悲深い歌声は凶暴な魔物さえも落ち着かせ、眠らせた。

 曰く、女神は幾千もの声を操り、街の住民へ一斉に救いの声をかけた。

 曰く、女神の加護により兵士の中には獅子奮迅で大活躍した者がいた。

 曰く、女神は可憐な少女から成熟した大人の女性まで変幻自在に姿を変えられる。

 曰く、女神に守られたこの地ではもうこの冬は魔物に怯える必要がない。
 
 …そう、言うまでもなく私がやらかしたことが原因だった。偶像崇拝とはこうして生まれるのだと身を持って学んだわ…

 そして中らずといえども遠からずな内容もあれば、完全に尾ひれはひれなものもある。とくに最後の思い込みは危険なので、兵士さんたちが街を巡回する際に、魔物の出現は予期できないので決して油断することのないよう住民たちに話して回っていた。


 ストフさんからは、実際に私と箱を通して会話した門番さんもいるし、自分の行動に説明が難しかった点も多いため、兵士の上官と街のお偉方に対して私の存在を完全に隠すことは難しいと申し訳なさそうに言われた。そして可能な限り能力についての詳細は伏せるので、一部説明して良いかと相談された。

 私としてはもちろん自分がやらかした結果なので、一も二もなく頷いた。ストフさんなら悪いようにはしないという信頼もあったから。

 最終的に、ストフさんは以下の内容で報告をしたそうだ。

「国で有数の能力者である自分の叔父が発明した魔法の箱を使い、音の収拾と拡散を行った。女神と言われている女性は自分の知人で、子守歌の名手であることと、頭の回転が早く情報収集も得意なことから、音を使っての伝令役を頼んだ。作戦はすべて自分が指示した」

 ありがたいことに深掘りはされず、これで一応は納得してもらえたらしい。ストフさん、兵士の中では結構エライ人みたいだから権力とかでねじ伏せたんじゃないよね…?


 とにかく、私がなるべく人にバレずに穏やかに暮らしたいと考えていることを知っているストフさんは、あくまで私はストフさんの指示を受けた協力者という立場であったことにしてくれた。

 もちろん、師匠であるミゲルさんにも事前にこのような説明をさせてもらうことの許可は取った。


 手紙で報告したところ、すぐにミゲルさんから返事があった。

“その力は面白い。通話というのを試したいからお前の力を込めた魔核を送ってくれ”

 一瞬どういうことかと思ったけれど、言われて初めて自分でも気づいた。

 なんとなく自分が作った箱がないと声のやり取りはできないような気がしていたんだけど、あれは私の力を込めた魔核があるから出来ていることだった。
 ということは、いま私の手元にあるミゲルさんからもらった文箱に私の魔核を入れて転送すれば、ミゲルさんの手元に魔核が届く。そうしたらその魔核は即席携帯電話ツールに早変わりするのだ。

 …集音機能だけ考えて通話機能を見落としていたことに引き続き、どうにも私は自分の力に関しての見落としが多いな。気をつけないとと思うし、せっかく便利なのに気付かず無駄なことをしているケースもありそうだ。

 とにかく、無事にミゲルさんに魔核が転送できたので、通話を試してみる。

「私の声~届いて~♪ ミゲルさんの持つ~私が送った魔核まで~♪ 互いに会話も~出来るよう~♪」

 適当な通話ソングを作ってみた。これは今後多用しそうだからもう少しシンプルにしたいな。電話かけるときのワンコールくらいの長さが理想。

「もしもーし、ミゲルさん!聞こえますか~?」

<…チヨリか。すごいな、本当に聞こえる。オレの声も聞こえているのか…?>

「はい!バッチリ聞こえてますよ~」

<…音声を送るというのは考えたこともなかったが、これは手紙よりも便利だな。使用量はどの程度だ?>

「まだあまり実験できていないんですけど、街全体に声を響かせたときにはかなりごっそり持っていかれましたね…私の力の四分の一くらいですね」

<ふむ…お前でそれだとかなり大規模な詠唱になるな…>

「今はミゲルさんとだけ繋いでいるのでそれほどは使ってませんね。ただ、距離があるせいか力の減りは他の力を使ったときよりも早い気がします」

<…なるほど、距離や規模も関係するのだな。今オレは王都に来ているから、インスからだと相当な距離だ。しかし、これほど離れていながら違和感なく会話できるというのは革命的な技だな。ある程度条件を絞って使えばこれからの有効な通信手段に成り得そうだ。研究してみるとする>

「はい!あ、ミゲルさん、手紙でお願いした件なんですけど…」

<ああ、オレがこれを発明したことにするのは面倒ではあるが…それ以上にこの新たな情報伝達方法の価値の方がでかい。いらん名声になりそうだが、仕方ないからもらってやる>

「ありがとうございます、師匠!」

<…だから師匠はやめろ。それと、近くにストフはいるか?>

「はい、叔父上。こうやってお話するのはお久しぶりですね」

<ああ、元気に子育てをしているとチヨリから聞いている。…お前も苦労するな。それはさておき…そこのバカ弟子だが、お前も気をつけてやれ。散々そいつにも力のことは漏らさないよう気をつけろと言ったにも関わらずこのざまだ。まあ、それ以上の成果は挙げているから文句は言い辛いんだが…>

「…おっしゃるとおりです。私も気をつけます。…でも、今回のことはチヨリには申し訳なかったですが、本当に助かりました。あの規模の魔物の出現で重傷者も死人も出なかったのは奇跡です」

<…そうだな。それについては褒めてやって良い。…だが、注意しろ。もし上に伝わると面倒なことになる。…あるいは、もう伝わってしまっている可能性もあるが…>

「…はい、分かっています。ご忠告ありがとうございます」

 そんな感じで、しばらくストフさんとミゲルさんは何か難しそうな会話をしてから、通話を終えたのだった。

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