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第四章 修行の成果、戦いの歌

第一話 冬、到来

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「わぁ、雪だ!」
 
 朝の日課になっている宿屋の玄関前の掃き掃除をしていたら、空からひらひらと雪が舞い落ちて来た。思わずジャンプしてキャッチする。

 インスの街での生活に戻ってから一月ほど経った。この初雪を合図に、いよいよ本格的な冬がやって来る。

 この地方は四季がはっきりしていて、真冬には数十センチから一メートルほど雪が積もることもあるとは聞いているけれど、東京に住んでいた頃は雪なんて年に二~三回降るか降らないかくらいだったので、年甲斐もなくちょっとウキウキする。

 大人になると雪には良い印象が減ってしまう。電車が止まることを想定して早朝から出発したり、年に一度くらいしか履かないのにわざわざ雪でも滑らないパンプスを買ったり、何かと煩わしくなってしまうからだ。

 でも、幼い頃から温暖な地方で育った私にとって雪はすごく珍しくて、上京してからもデメリットは知りつつも、雪が降るとついつい心は弾んでしまっていた。
 今は電車通勤なんてないし、雪が積もる土地での生活は初めてのことなので、さらにわくわくしてしまう。

「あらあ、今朝は冷え込むと思ったら、もう降ってきたのねえ。今年は少し早いかしら…」

 私の様子に気付いたノエラさんが、玄関まで出て来て言った。

「初雪ですね!でも積もるのはまだまだ先でしょうか」

「そうねえ、この街で積もるほど雪が降るのは、大体初雪から三~四週間くらい経ってからね。さ、冷えるからチヨちゃんも中にお入りなさい。お掃除も終わりだし、お茶でも淹れましょ」

「はい!」

 雪が積もったら当然毎日の雪かきが必要なわけで、この世界の大人たちもやっぱり雪はあまり嬉しくないらしい。吟遊詩人のバルドさんにいたっては寒いのが嫌で暖かい地方へ旅に出ちゃうくらいだもんね。

 それでも私は、異世界に来て初めて迎える冬に、やっぱり楽しみな気持ちが大きいのだった。


 ∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴

「今年の冬は街の警備を早めに強化した方が良いな」

「ええ、そうですね。この時期の冷え込みと大雪は心配です」

 初雪から五日。

 今年の冬は予想外に早くやってきて、昨夜から降り始めた雪は今朝まで止まず、あっという間に街じゅうが真っ白に染まった。

 雪が降るのを楽しみにしていたエミールとブレント、そしてこんなたくさんの雪は人生初体験となるルチアと私は、全員テンションマックスで庭で大はしゃぎしていた。

 雪遊びは楽しいけれど体力の消耗が激しいので、もっと遊びたがる子どもたちを言いくるめて休憩に戻ると、ストフさんとメイドのポーラさんが何やら深刻な顔で話している。

「雪で警備の強化?」

 自分の頭の中で単語がうまく繋がらなかったので聞いてみた。

「ああ、チヨリも知っておいた方がいい。魔物は普段は森や平原で暮らしているのは知っているな?」

 ストフさんの質問に頷く。この世界の基本情報として前に教えてもらったことだった。

「魔物の生態は未だに謎が多いが、各地にある魔力溜まりから何らかの手段で生命エネルギーを得ている他、野生動物を狩って食糧にもしているんだ。それが、真冬になって雪が積もる頃になると、活動中の動物が減り、魔力溜まりの機能も弱まる。つまり、魔物たちにとってのエネルギー源が大幅に減ってしまう。そうなると、魔物は代替品として人を襲うために街へやって来ることもあるんだ」

「冬になると魔物が迷い込みやすいとは聞いてましたが、そういうことだったんですね。ちなみに…魔物は人を食べるんですか…?」

 今までどこか他人事で、遠い世界の存在だと思っていた魔物が、急に身近な脅威だと感じられて私は怖くなった。

「いや、魔物が人間を食べることはないよ。厳密に言うと動物のことも食べているわけではないんだ。仕組みは謎なんだが、魔物は魔核という部分に力を溜めこむことで生きていて、そのためには魔力溜まりで体を休めるか、動物や人間など、他の生き物の命を奪うことが必要なのだと考えられている。…だから、食われることはないが、やつらは本気で命を狙って襲ってくるんだ。危険なことに変わりはないんだよ」

「な、なるほど…理解しました」

 ミゲルさんの山小屋で修業していたとき、魔物を倒したときには、魔核だけ残して肉体は消滅すると聞いた。そして人間はその魔核の力を使って、室内灯やポンプ等を筆頭に便利なアイテムを次々と生み出して利用している。

 ミゲルさんが開発した物体転送に使う箱や、あの山小屋にあった家電もどきの数々も、動力源になっていたのは魔核だ。

 魔物は人にとって脅威だけど、魔物から得られる魔核は人の生活を豊かにしている。この世界における魔物という存在は、共存共栄とまでは言えなくても、切り離せない存在なのかもしれない。
 …イメージは全然違うけれど、地球における核燃料との距離感に近いのかな。

「そんなわけで、例年ならば魔物にとってのエネルギー源が少なくなる真冬から冬の終わり頃にかけて警戒レベルを上げるんだけど、今年は冬の訪れが早かった分、魔物が街に出現する時期も早まる可能性がある。もちろん、街の中に入れることのないよう、兵士たちが警戒するけど、用心に越したことはないからね。チヨリもなるべく一人歩きは控えた方が良い。この家に来るときは私が送迎するし、状況によってはしばらく休んでもらっても構わないよ」

「えー?チヨまたやすむのー?つまんない~~!」

「チー!やー!」

 大人たちの難しい話は分からないので気にせず遊んでいたブレントとルチアだけど、私が休むかもしれないという部分だけはしっかりキャッチしたらしく、不満の声を上げた。

「もー、ふたりともわがままいっちゃダメなんだよー!」

 最近さらにしっかりしてきたエミールは、弟妹をたしなめる。

「そうね、なるべくお休みしなくて良いように私も気をつけるよ!…ストフさん、私、何か安全な移動方法を考えますからあまり心配しないでください。せっかくミゲルさんに修行をつけてもらって、出来ることも増えてますから!」

「ああ、私たちとしてもチヨリがいつもどおりに来てくれたら助かるけど…でも、絶対に無理はしないで」

 ストフさんの真剣な表情に、私もしっかりと頷いた。

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