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第三章 新たな力、修行の歌
閑話 執事ロイの呟き
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「あーあ、チヨさん行っちゃいましたねえ…」
「……」
チヨさんを玄関で見送ったあと、心なしか淋しそうなオーラが出ている主の背中に話しかけたけれど、返事がない。
「あーあー、また無口な主に戻っちゃって」
「…うるさい」
「結局チヨさんに主の身の上は明かさなかったんですね」
「ああ。オレとしては話しても良かったんだけどな。…まだストフが話していないそうだから、先にオレがバラしてしまったらアイツの顔が立たんだろう。手紙でも“自分の口でちゃんと伝えたいから絶対に言わないでほしい”と何度も口止めされたしな」
自分としては言ってしまえば良かったのにと思うけれど、昔から甥っ子を弟のように可愛がってきた主は、ストフ様にはとても甘い。というかこの主は人間嫌いのクセに、一度懐に入れた人間に対してはどこまでも甘い。そこが良いところでもあるんだが。
「相変わらずストフぼっちゃんに甘いですねえ主は」
「……」
返事がないのは肯定だ。
「それで、チヨさんの力はどうでしたか?例の作戦に協力できそうなほどですか?」
「……」
またも返事がないけれど、今度は明らかに不機嫌なオーラを前面に出し、ギロりと睨まれた。
「…もしもあの力が表に出てしまえば、召集は避けられないだろうな。…気を付けるようには言ったが、お人好しのあいつは必要になれば躊躇わずにその力を使うだろう。ストフにもより注意するようには連絡した」
「お人好しは主もですよ。チヨさんに手伝ってもらえたら楽になるでしょうに」
「…あんな子どもを前線に送る気はない」
主がプイッと顔を背けるときは、照れているときか本心を隠すときだ。子どもだなんて思っていないからこそ、安全な場所で守りたいと思っているんでしょうに、相変わらず素直じゃない。
チヨさんは、黒髪黒目という珍しい外見だけでなく、どこか不思議な魅力のある女性だった。自分たち使用人はまだしも、人嫌い、とくに若い女性が大の苦手な主にこうもあっさり気に入られたのは前代未聞だ。
チヨさんにも聞いてみたところ、初日から山小屋の構造や設置されたアイテムのことで意気投合したらしいので、本当に気が合ったのかもしれない。それにこれまで言霊使いに類似するような能力を持った人間なんて現れたことがなかったから、主としても初めて同志を見つけたという感覚だったのかも。
わざわざ屋敷からフルーツやお菓子を取り寄せたり、女性が好みそうなシャンプーや石鹸を揃えたりと、主があんな風に女性への気遣いができるなんてことは我々使用人にとっては衝撃だった。
何日あの生活が続くかとみんなでちょっとした賭けもしたけれど、さすがに正解者はひとりもいなかった。まあ、いちばん長く十日間と予想した私が勝ったのでそれは良しとしよう。主には内緒だ。
特殊な能力持ちというのは、一歩間違えば弾かれ、一歩間違えば利用される。主は常にその一歩を間違わないように、幼い頃から孤独に注意深く生きて来た人だ。
自分たち使用人からしたら、チヨさんほど主がすんなり心を開いた相手はこれまでいないのだから、なんとしても捕まえてもらいたかったんだが……うん、まあ察するにストフ様も同じような気持ちみたいだからここは一旦引くしかないか。
もしも主が自分の気持ちに素直になるなら、陰ながら全力でサポートしよう。
「分かりましたよ。さて、主、お仕事に関するお手紙が届いておりますよ」
「…姉上からか?」
「お察しのとおり」
深いため息を漏らしてから、主は渋々と手紙の封を開ける。手紙を読んでいる主の表情から、大体予想通りの内容だったことが推測できる。
「行くならお供しますよ。面倒事は冬の間にさっさと片付けて、春になったらチヨさんたちの街へ旅行にでも行きましょう」
「…ああ、そうだな」
不器用な主が、少しでも生きやすい世界になると良い。今はそのために、自分も全力を尽くそうと決めた。
「……」
チヨさんを玄関で見送ったあと、心なしか淋しそうなオーラが出ている主の背中に話しかけたけれど、返事がない。
「あーあー、また無口な主に戻っちゃって」
「…うるさい」
「結局チヨさんに主の身の上は明かさなかったんですね」
「ああ。オレとしては話しても良かったんだけどな。…まだストフが話していないそうだから、先にオレがバラしてしまったらアイツの顔が立たんだろう。手紙でも“自分の口でちゃんと伝えたいから絶対に言わないでほしい”と何度も口止めされたしな」
自分としては言ってしまえば良かったのにと思うけれど、昔から甥っ子を弟のように可愛がってきた主は、ストフ様にはとても甘い。というかこの主は人間嫌いのクセに、一度懐に入れた人間に対してはどこまでも甘い。そこが良いところでもあるんだが。
「相変わらずストフぼっちゃんに甘いですねえ主は」
「……」
返事がないのは肯定だ。
「それで、チヨさんの力はどうでしたか?例の作戦に協力できそうなほどですか?」
「……」
またも返事がないけれど、今度は明らかに不機嫌なオーラを前面に出し、ギロりと睨まれた。
「…もしもあの力が表に出てしまえば、召集は避けられないだろうな。…気を付けるようには言ったが、お人好しのあいつは必要になれば躊躇わずにその力を使うだろう。ストフにもより注意するようには連絡した」
「お人好しは主もですよ。チヨさんに手伝ってもらえたら楽になるでしょうに」
「…あんな子どもを前線に送る気はない」
主がプイッと顔を背けるときは、照れているときか本心を隠すときだ。子どもだなんて思っていないからこそ、安全な場所で守りたいと思っているんでしょうに、相変わらず素直じゃない。
チヨさんは、黒髪黒目という珍しい外見だけでなく、どこか不思議な魅力のある女性だった。自分たち使用人はまだしも、人嫌い、とくに若い女性が大の苦手な主にこうもあっさり気に入られたのは前代未聞だ。
チヨさんにも聞いてみたところ、初日から山小屋の構造や設置されたアイテムのことで意気投合したらしいので、本当に気が合ったのかもしれない。それにこれまで言霊使いに類似するような能力を持った人間なんて現れたことがなかったから、主としても初めて同志を見つけたという感覚だったのかも。
わざわざ屋敷からフルーツやお菓子を取り寄せたり、女性が好みそうなシャンプーや石鹸を揃えたりと、主があんな風に女性への気遣いができるなんてことは我々使用人にとっては衝撃だった。
何日あの生活が続くかとみんなでちょっとした賭けもしたけれど、さすがに正解者はひとりもいなかった。まあ、いちばん長く十日間と予想した私が勝ったのでそれは良しとしよう。主には内緒だ。
特殊な能力持ちというのは、一歩間違えば弾かれ、一歩間違えば利用される。主は常にその一歩を間違わないように、幼い頃から孤独に注意深く生きて来た人だ。
自分たち使用人からしたら、チヨさんほど主がすんなり心を開いた相手はこれまでいないのだから、なんとしても捕まえてもらいたかったんだが……うん、まあ察するにストフ様も同じような気持ちみたいだからここは一旦引くしかないか。
もしも主が自分の気持ちに素直になるなら、陰ながら全力でサポートしよう。
「分かりましたよ。さて、主、お仕事に関するお手紙が届いておりますよ」
「…姉上からか?」
「お察しのとおり」
深いため息を漏らしてから、主は渋々と手紙の封を開ける。手紙を読んでいる主の表情から、大体予想通りの内容だったことが推測できる。
「行くならお供しますよ。面倒事は冬の間にさっさと片付けて、春になったらチヨさんたちの街へ旅行にでも行きましょう」
「…ああ、そうだな」
不器用な主が、少しでも生きやすい世界になると良い。今はそのために、自分も全力を尽くそうと決めた。
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