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第三章 新たな力、修行の歌

第十話 帰還のとき

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「チヨさん~~~~!心配しましたよ!ご無事で良かった~~~!」

 夜灯よあかりの森の入口で泣きまねをして見せる執事のロイさんに、主であるミゲルさんはジト目を向けている。

「あはは…なかなか修行に見切りをつけられなくて、ミゲルさんに長らくお付き合いいただいてしまいました。でも、おかげさまで成果は得られました!」

「それは何よりです。私共としても、主が女性とふたりきりで長期間過ごすなんて初めてのことでしたので、いつ主が音を上げて帰って来るか賭…ゴホンゴホン、予想し合っていたのですよ。いやあまさかこれほど長くなるとはねえ。いっそこのまま主をもらっていただいても…」

 ロイさんの頭にミゲルさんの無言の拳骨が炸裂した。うん、やっぱり仲良しなんだなこの主従は。


 ミゲルさんのお屋敷まで馬車に揺られながら、ロイさんにこの一月弱の出来事をざっくり報告する。私の力のことは修行でお世話になる以上はロイさんにもきちんと説明しないといけないと思い、手紙である程度は伝えてあったので、隠し事もなく話すことができた。

 私としては街に戻ったら初日に泊まった宿屋に部屋を取るつもりでいたんだけど、ロイさんから全力で止められた。

「そんな水くさいことをおっしゃらないでくださいよ!屋敷の者たちは主人が一月も留守にしていたので元気が有り余ってましてね。すでにチヨさんのお部屋もおやつも食事も用意してますので、どうぞご遠慮なく!最初に屋敷にいらっしゃった日にはゆっくりお話する暇もなかったですしね」

 そう言われてしまうと、自分のせいで長らくミゲルさんを山小屋に足止めしてしまった負い目もあるし断り辛い。というか日本人だからか、昔から上手に何かを断るのは苦手だし、私としても挨拶もそこそこに森へ送ってもらったきりなので、お屋敷の皆さんにもちゃんと挨拶した方が良いのかなという気もした

「…では、すでに相当ご迷惑をおかけしているのに恐れ入りますが…お世話になります」

「はい、どうぞ何日でも何か月でも何年でも、ご自分の家だと思ってくつろいでくださいね」

「…ロイ、お前…。まあいい。今回の山籠もりは元々予定していたことだし、オレとしても新しい切り口での実験や研究も進んで有意義だった。気にするな」

「はい!ミゲルさん、ロイさん、ありがとうございます。ではお言葉に甘えて、よろしくお願いします」


 ∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴ 

 結局私はその後三日間、ミゲルさんのお屋敷でお世話になった。

 初日こそ、なぜか私の部屋をミゲルさんの私室の隣に用意されるという驚きの展開があったけれど、ミゲルさんに雷を落とされたロイさんたち使用人は素早く別の棟にある客間を用意してくれた。うん、使用人の皆さんの考えが清々しいほどに伝わってきて本当に驚いたよ。

 あとで仲良くなったベテラン侍女のゾーイさんによると、ミゲルさんは幼い頃から女性嫌いがひどくて、これまで屋敷に親族以外の女性客が泊まったことなどなく、山小屋での修行生活で一月近くも一緒だったことからも「これは主人にもついに春が…!!」と使用人一同で先走って大はしゃぎしてしまった結果らしい。

「いやあ、チヨさん、悪かったねえ。半分はお茶目な冗談だったんだけど、もう半分は勢いで押してみたらなんとかなるかと思ってね。はっはっは!」

 ゾーイさんはロイさん同様、普段はピシッとそつなく仕事をこなしている侍女さんなんだけど、話してみたら豪快な性格の明るいおばさまだった。そもそもこの屋敷の使用人は全員、ミゲルさんを幼い頃から知っている気心の知れた者だけで構成されているらしく、主人をなんとか幸せにしたいという思いが強いみたい。


 ミゲルさんを訪ねてこのヴァーイの街へ来たときには観光をするような心の余裕もなかったので、私は三日間かけて一通り街を見て回った。大きな港を持つこの街では新鮮な魚介類がたくさん売られていて、お屋敷で出てくる食事にも海の幸がふんだんに使われ、私としては大満足の三日間となった。

 ロイさんとゾーイさんをはじめ、仲良くなった使用人の皆さんにかなり引き留められたけれど、私としてはそろそろ元の街が恋しくなっていたので、早めに戻ることを決めた。

 一か月の山小屋生活の間も、ふと子どもたちの笑い声を思い出しては、今頃どうしているかな、ストフさんとポーラさんは困ってないかなと、何度も何度も思い出してしまった。一度ストフさんとシェリーからそれぞれ手紙が届いたときには、ちょうど修行も行き詰っていた時期で、ホームシックになりかけた。

 三人の子どもたちはもちろん、シェリーやジャンさん、ノエラさんにも会いたいし、そろそろ冬が近づいてきたのでバルドさんは吟遊詩人として旅に出る時期も近いはずだ。バルドさんの出発前には絶対に戻らねばと思った。

 そしてそんな風に最初の街インスで出会った人たちやそこでの生活を思い出すと、やっぱりこの世界で、私の日常はあの街にあるのだと実感した。
 これから真剣に働いてお金を貯めて、あの街に家を建てるのも良いかもしれないな。


 出発の朝、ストフさん一家とジャンさん一家へのお土産の入った袋を大量に抱え、往路の反省点を生かして数日前から考えていた、乗合馬車でもお尻が痛くなったり酔ったりしないソングで万全の態勢を整えた。

「おい、これを持っていけ」

 お屋敷を出る前、ミゲルさんから包みを手渡された。中を見ると、ミゲルさんが魔核を組み込んで作った文箱だった。私がこれを持っていれば、他の街にいてもすぐにミゲルさんと連絡を取ることができる。

「…!良いんですか?」

「ああ、新しい力の使い方の発見でもしたら連絡しろ。…あとは何か困ったときもな」

「ありがとうございます、師匠!」

「…だから師匠はやめろ」

 ミゲルさんとお決まりのやり取りをしてから、丁重にお礼を言う。

 本当にどれほどお世話になったか分からない。力の制御や使い方、消費量について教えてもらっただけでなく、魔核を利用した物体転送まで出来るようになり、私の能力で出来ることは格段に幅が広がった。おかげでこの世界で生きていけるという自信もついた。

「ありがとうございます、ミゲルさん。インスの街へ着いたらすぐにお手紙書きますね!」

「…たまにで良い」

 プイッと顔を背けたミゲルさんの態度は、照れ隠しだともう知っているので、もう一度お礼を言ってから出発した。ロイさんを筆頭に、使用人の皆さんもわざわざ揃って見送ってくれた。

 この街で出会った人たちも、温かい人ばかりで大好きになった。
 だけど、やっぱり私は最初のあの街が好きだ。

 さあ、“私の街”に帰ろう。
 
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