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第二章 はじめての仕事、新たな歌

閑話 宿屋の看板娘シェリーは秘密を知る

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 その後、ポーラさんに子どもたちを任せ、ストフさんと話をした。チヨをひとりにしておけないので、場所はチヨの部屋だ。
 そもそもベビーシッター用の休憩室を用意してくれるなんて、かなりの厚遇と言えるだろう。それだけでもこの家でチヨが大事にされていることが伝わる。


 そして、しばらく話してみたところ、互いに衝撃の事実が判明したのだった。

「まさかシェリーさんがチヨリの歌の力のことに気付いていたなんて…」

「はい…。私もびっくりでした。まさかこちらのお宅のみなさんにまでチヨの力がバレていたなんて…この子ったらどんだけうっかりなのか…」

 思わず、すやすやと眠っているチヨリの頬を強めにつつく。

「いや、うちの方は不可抗力だったというか、実は私が大ケガをした際にチヨリが力を使って治してくれたんだ。その前にエミールも擦り傷を治してもらっていたらしくて、結果的にこの家の者は全員知ることになってしまった。もちろん他の人には絶対に言わないようにと固く教えているんだけど…今日は子どもたちが口を滑らせたようだな。今後気をつける、すまない」

「いやいや!たぶん私がチヨの力のことを知らなかったら気にもしなかったと思うので、子どもたちは悪くないですよ!」

 驚いたけれど、これで昨日倒れた原因もなんとなく分かったし、考えようによっては抜けたところがあるチヨのことをストフさんとポーラさんも見守ってくれているのは悪くないなと思う。相談できる相手がいればチヨとしても心強いだろうし。

「…それで、宿屋のみなさんもチヨリの力のことは気付いているのだろうか?」

「えっと、不思議な歌の力のことは、たぶん私しか知らないと思います。でも、両親も祖父も、チヨが急に喋りが上達したことや眼鏡をかけなくなったことにはもちろん気付いています」

「…誰もそれをチヨリに突っ込まなかったのか?」

「…うちの家も結構変わり者が多いというか…まあそれがチヨなのねってことで流してます」

「それはすごいな」

 その後ストフさんと相談し、当面の間は今と同じように私はチヨの力を知らないふりをすることにした。その方がチヨも街や宿屋にいる間は気をつけるだろうと思ったから。
 それから、チヨが何かやらかしそうなときにはお互いにサポートしようということで同意した。

 話が一段落したところで、ストフさんに尋ねられた。

「ところで、シェリーさんは、チヨリがどこからこのインスの街へやって来たのか聞いている?」

 それはドキリとする質問だった。別の世界からやって来たなんて、信じてもらえるはずがないだろう。

「いえ、本人が話さないなら聞かずにいようと家族で決めました」

「そうか…、ちなみに、どこか心当たりはあるのかな?」

「いいえ…もしかして、と思ったことはありますけれど、勝手な憶測では言いたくないですし、やっぱりチヨが話してくれるのを待ちたいと思います。ストフさんは何か聞いていらっしゃいますか?」

「…いや、私もこの家の他の者も誰も聞いていないよ。私たちにとってもチヨリは大切な存在だから、彼女が話さないなら知る必要はないと思っているんだ」

「そうですか、それを聞いて安心しました」

 チヨのことを大切だと言ったとき、ストフさんの青い目が本当に優しく微笑んだので、この言葉は信用して良いと思う。
 …ていうか、それよりも気になったことがある。


「…あの、私からもひとつ質問して良いですか?」

「もちろん。どうぞ」

「…とても失礼な質問だとは分かっているんですが…すみません。ストフさん、チヨのことをどう思っていらっしゃいますか?ベビーシッターとしてではなく、ひとりの女性として」

「……」

 それまで順調に進んでいた会話がピタリと止まった。ストフさんは何かを躊躇う素振りを見せている。
 それは適当に誤魔化すために迷ったというよりも、何をどこまで話すべきかと悩んでいるように見えた。なんとなく直感だけどね。

「…チヨリにとって姉妹のような存在だと聞いているシェリーさんに嘘はつきたくない。だから、その答えについては“大切に思っている”とだけ答えさせてくれ。今はそれ以上は言えないが、いずれ必ずきちんとさせる。それから…これもまだ詳しくは話せないが、チヨリに対して不誠実なことは決してしていないし、今後もしないと誓うよ」

 ストフさんの言葉は歯切れが悪かったけれど表情は真剣そのもので、本当に何か事情があって言えないけれど、しっかりと答えたいという気持ちは感じられた。
 「不誠実」というのは、たぶん亡くなった奥様に対しての意味でも、チヨに対しての意味でもあるのだろう。

「…分かりました。私としては、チヨを傷つけるようなことだけは絶対に許せません。それはお分かりいただけますよね?」

「ああ。チヨリにもまだすべてのことを話せていないという意味で、いずれ衝撃は与えてしまうかもしれないが…、彼女を傷つける者がいるなら容赦はしないし、私自身も決してそんな真似はしないと約束しよう」


 その後も少し話をして、今日の会話は終了となった。

 ストフさんも何か言えないことがあるようだし、私としてもチヨが別の世界からやって来たことは確信しているけれど話せるはずもなく、お互いにどこか歯切れの悪い会話になってしまった気がする。

 とは言え、私たちの家族もストフさんご一家も、チヨに協力し、支えたいと思っているという点では意見は完全に一致した。そのために、今後たまに情報共有をすることも約束した。

 ストフさんは、力の制御ができるようになるための提案があるとのことで、チヨが目覚めたら話をしてみると言っていた。私としても、それでチヨが少しでもこの世界で生き易くなるのなら応援したいと伝えた。


 まだまだ心配なことはたくさんあるけれど、この子の周りにはしっかりと力になってくれる人がいる。もちろん私だって。

「…心配いらないからね、早く起きなさいよ」

 眠るチヨの頬をもう一度つついてから、私はストフさんのお宅を後にしたのだった。

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