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第二章 はじめての仕事、新たな歌
第八話 見せてあげよう…私の歌の底力を!(願望)
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~痛いシーンが苦手な方のための三行で分かる前回のあらすじ~
・魔物から新米兵をかばったストフは左肩に全治三か月の大ケガを負ってしまった
・当分抱っこしてもらえないと知った次男ブレントと末っ子ルチアが大泣きでカオス一歩手前
・五歳児の長男エミールが解決策を閃いた!
========================
「…!そうだ、チヨ!あのお歌うたってよ!ぼくのおケガをなおしてくれた歌!」
エミールのその言葉で、ようやく頭が少しずつ回り出す。
確かに、突然の出来事で気が動転してしまったけれど、私の歌の力ならストフさんを治せる可能性はある。治せないまでも、少しでも回復させることならできるかもしれない。
幸い、まだ今日は能力を一度も使っていないし、普段の四回分の力を全部使っても良いから、ストフさんのケガを治せるものなら治してあげたい。
私の秘密の能力を知られてしまうとか、そんなことに迷いはなかった。
どこの誰とも分からない私を頼り、信じ、大切な子どもたちを預けてくれた。金銭面だけじゃなく、私がこの世界で知るべきことをたくさん教えてくれて、精神的にも支えてくれた。
ジャンさんの宿屋と同じように、いつのまにかこの家は、私にとってはこの世界で数少ない自分の居場所のように感じているほどに。
「そうだね、エミール、やってみよう!」
すぐにでも試したかったけれど、まずはこのカオスな状況を収めないといけないので、普段の子守歌でルチアとブレントを落ち着かせた。
ストフさんはまだ真っ青な顔色なのに、「チヨリの歌を聴いていると痛みが遠のく気がする」なんてお世辞まで言ってくれる。今はそんなの本当にいらないから、とにかく安静にしてほしい。
子どもたちが少し落ち着き、エミールさんを送ってきてくれた兵士のお兄さんの見送りをメイドのポーラさんに任せてから、私はストフさんにソファーに横になるよう言った。
本当はそのまま眠れるようにベッドの方が良いと思うけど、この場に子どもたちを置いていけないし、私ひとりで子ども三人全員を連れてストフさんの自室まで押し掛けるのは無理だと判断したから。
ストフさんは素直にソファーに横になってくれた。やはり口に出してはいないけれど、相当しんどいのだと思う。
「ストフさん、こんなときに信じられないと思うけど、聞いてください。私には不思議な力があるんです。今からそれをストフさんに使わせてほしいんです。うまくいけば、ケガを治すか、せめて少しだけでも痛みを和らげることができるかもしれないから」
いきなりこんなことを言い出して、変な女だと思われるだろうけれど、今はそれどころじゃない。嫌と言われたとしても歌ってやろうという意気込みで、三人掛けの長いソファーのアームレストを枕にして横になっているストフさんの青い瞳を覗き込む。
「…それは、チヨリにとって負担になることではない?」
こんなときでさえストフさんは、私の力についての質問でも、自分がこれからされることについての不安でもなく、私の心配をする。
…どれだけ良い人なんだろう。前世は神だったんじゃなかろうか。さすが天使たちのお父さんだわ。
「おそらく私への負担はありません。でも、まだ未知の部分も多い能力なので、うまく治せるとは言えないし、治ったとしてもストフさんにどんな影響があるかも分からないんです。…それでも、やってみるだけの価値はあると思うんです。やらせていただけませんか…?」
私としても確実に治せる保証はないし、力を使う私にも、それを受けるストフさんにもどんな副作用があるかは未知数だ。嘘を付いても仕方ないので正直に伝えた。
「…ふふ。チヨリがそう言うなら、きっと効き目がありそうだね。正直に言うと、今は少しでも痛みを紛らわせたいんだ。だから、私としてはさっきみたいにチヨリが歌ってくれるだけでもありがたいくらいなんだよ。…やってみてもらえるかな?」
笑っているけれど、本当に顔色は悪く辛そうだ。本人の許可は取れたし、やってみよう。
「…ありがとうございます。それじゃ、いきますよ!怖かったら目をつぶっていてくださいね」
私の隣では、エミールが手を組んで祈るようなポーズを取っている。ストフさんが治るようにと願ってくれているのだろう。
その横ではブレントとルチアが、エミールを真似ている。ふたりはそのポーズの意味は分かっていないだろうけれど、新しい遊びだとでも思ったのか、お兄ちゃんの真似がしたいようだ。
そんな可愛らしい子どもたちの姿を見ていると、ストフさんがこの子たちをすぐにでも抱っこできるようにしてあげたいと思う。
私は一度大きく息を吐いて、それから大きく吸った。声量も気持ちの込め方も効果には関係しないかもしれない。それでも、少しでもストフさんが良くなる可能性があるのなら、全力を尽くすのみだ。
「痛いのいったい~の飛んでゆけ~♪ お空の上まで飛んでゆけ~♪ ストフさんの肩の~傷も痛みも~ぜーんぶまーるめって吹っき飛っばせ~♪ フ――――――ッ!!」
我ながら、この緊迫した状態でのんきな歌だなとは思ったけど、こればかりは元々そういう歌なので仕方ない。
丸めて吹き飛ばすところでは、前回見ていたエミールが一緒にフーー!をやってくれて、それを見ていたブレントとルチアも面白がって私の手の平の上を吹く真似をした。
ストフさんは私の突然のアホな歌に驚いたのか、ポカーンという言葉でしか形容できない表情を浮かべていた。
「ス…ストフさん、どうです?傷の痛み、少しは引きました…?」
私が恐る恐る尋ねると、ストフさんはさらにポカーンとしている。
「……どこも痛くない…」
ストフさんは大きな青い目を真ん丸にしたまま、ガバッと起き上がった。
「ちょ、ちょっとストフさん!いきなり動いたらダメですよ!まだ安静にしていた方が…」
ストフさんは右手で左肩に巻かれた包帯の上をそっと撫でる。
「…やっぱり、痛くない。それにさっきまで血が足りなくてフラつくような感覚があったけど、なくなってる…」
「とーちゃ、もうおケガいたくない?チヨのお歌すごいでしょ!だから言ったんだよ!ぼくしってるんだ!」
呆然とした様子で呟くストフさんと、当たり前だというように胸を張り、目を輝かせるエミール。
ストフさんはもう一度右手で自分の左肩を触って確認してから、左手の指をゆっくりグーパーグーパーと曲げたり伸ばしたりして確認する。問題なく動いているようだ。
びっくりした顔のまま私を一度じっと見つめ、そして私の隣で興奮した様子のエミールに目をやると、左手で彼の頭を優しく撫でた。
「ああ、そうだねエミール。キミの言ったとおり、チヨリはすごいな」
ストフさんのエミールを見る柔らかな表情には、痛みを我慢しているような素振りは一切見えない。
「とーちゃ、もういたくない?またぼくたちをだっこできる?」
「うん、いたくないよ。今日は念のため遠慮しておくけれど、すぐに抱っこできるようになると思うよ」
エミールを安心させるようにストフさんは優しく微笑み、それから今度は同じ左手でそっと私の手を取った。全治三か月と診断された腕は、違和感なく動いているようだ。
「…ありがとうチヨリ。こんな大変な力を僕に使ってくれて。…とても大切な秘密だっただろうに」
麗しい笑顔で私に向かって微笑むストフさんが眩しすぎて、手を取られていることも恥ずかしすぎて、私は自分の顔が真っ赤に染まっていくのを感じ、ストフさんの顔を直視できなかった。
「あー!チヨ、まっかっか!」
「チー、っかっか!」
私をからかうブレントと、兄の真似をするルチア。
「もう!」
ブレントを叱るふりをして、私はストフさんの手をさりげなく遠ざけたけれど、その手の温もりが残っているようで、その後もなんだかずっとドキドキしてしまった。
この気持ちについて考えるのは後回しにして、今はただ、無事に私の歌でストフさんのケガを治せたことだけを喜ぶことにしよう。
・魔物から新米兵をかばったストフは左肩に全治三か月の大ケガを負ってしまった
・当分抱っこしてもらえないと知った次男ブレントと末っ子ルチアが大泣きでカオス一歩手前
・五歳児の長男エミールが解決策を閃いた!
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「…!そうだ、チヨ!あのお歌うたってよ!ぼくのおケガをなおしてくれた歌!」
エミールのその言葉で、ようやく頭が少しずつ回り出す。
確かに、突然の出来事で気が動転してしまったけれど、私の歌の力ならストフさんを治せる可能性はある。治せないまでも、少しでも回復させることならできるかもしれない。
幸い、まだ今日は能力を一度も使っていないし、普段の四回分の力を全部使っても良いから、ストフさんのケガを治せるものなら治してあげたい。
私の秘密の能力を知られてしまうとか、そんなことに迷いはなかった。
どこの誰とも分からない私を頼り、信じ、大切な子どもたちを預けてくれた。金銭面だけじゃなく、私がこの世界で知るべきことをたくさん教えてくれて、精神的にも支えてくれた。
ジャンさんの宿屋と同じように、いつのまにかこの家は、私にとってはこの世界で数少ない自分の居場所のように感じているほどに。
「そうだね、エミール、やってみよう!」
すぐにでも試したかったけれど、まずはこのカオスな状況を収めないといけないので、普段の子守歌でルチアとブレントを落ち着かせた。
ストフさんはまだ真っ青な顔色なのに、「チヨリの歌を聴いていると痛みが遠のく気がする」なんてお世辞まで言ってくれる。今はそんなの本当にいらないから、とにかく安静にしてほしい。
子どもたちが少し落ち着き、エミールさんを送ってきてくれた兵士のお兄さんの見送りをメイドのポーラさんに任せてから、私はストフさんにソファーに横になるよう言った。
本当はそのまま眠れるようにベッドの方が良いと思うけど、この場に子どもたちを置いていけないし、私ひとりで子ども三人全員を連れてストフさんの自室まで押し掛けるのは無理だと判断したから。
ストフさんは素直にソファーに横になってくれた。やはり口に出してはいないけれど、相当しんどいのだと思う。
「ストフさん、こんなときに信じられないと思うけど、聞いてください。私には不思議な力があるんです。今からそれをストフさんに使わせてほしいんです。うまくいけば、ケガを治すか、せめて少しだけでも痛みを和らげることができるかもしれないから」
いきなりこんなことを言い出して、変な女だと思われるだろうけれど、今はそれどころじゃない。嫌と言われたとしても歌ってやろうという意気込みで、三人掛けの長いソファーのアームレストを枕にして横になっているストフさんの青い瞳を覗き込む。
「…それは、チヨリにとって負担になることではない?」
こんなときでさえストフさんは、私の力についての質問でも、自分がこれからされることについての不安でもなく、私の心配をする。
…どれだけ良い人なんだろう。前世は神だったんじゃなかろうか。さすが天使たちのお父さんだわ。
「おそらく私への負担はありません。でも、まだ未知の部分も多い能力なので、うまく治せるとは言えないし、治ったとしてもストフさんにどんな影響があるかも分からないんです。…それでも、やってみるだけの価値はあると思うんです。やらせていただけませんか…?」
私としても確実に治せる保証はないし、力を使う私にも、それを受けるストフさんにもどんな副作用があるかは未知数だ。嘘を付いても仕方ないので正直に伝えた。
「…ふふ。チヨリがそう言うなら、きっと効き目がありそうだね。正直に言うと、今は少しでも痛みを紛らわせたいんだ。だから、私としてはさっきみたいにチヨリが歌ってくれるだけでもありがたいくらいなんだよ。…やってみてもらえるかな?」
笑っているけれど、本当に顔色は悪く辛そうだ。本人の許可は取れたし、やってみよう。
「…ありがとうございます。それじゃ、いきますよ!怖かったら目をつぶっていてくださいね」
私の隣では、エミールが手を組んで祈るようなポーズを取っている。ストフさんが治るようにと願ってくれているのだろう。
その横ではブレントとルチアが、エミールを真似ている。ふたりはそのポーズの意味は分かっていないだろうけれど、新しい遊びだとでも思ったのか、お兄ちゃんの真似がしたいようだ。
そんな可愛らしい子どもたちの姿を見ていると、ストフさんがこの子たちをすぐにでも抱っこできるようにしてあげたいと思う。
私は一度大きく息を吐いて、それから大きく吸った。声量も気持ちの込め方も効果には関係しないかもしれない。それでも、少しでもストフさんが良くなる可能性があるのなら、全力を尽くすのみだ。
「痛いのいったい~の飛んでゆけ~♪ お空の上まで飛んでゆけ~♪ ストフさんの肩の~傷も痛みも~ぜーんぶまーるめって吹っき飛っばせ~♪ フ――――――ッ!!」
我ながら、この緊迫した状態でのんきな歌だなとは思ったけど、こればかりは元々そういう歌なので仕方ない。
丸めて吹き飛ばすところでは、前回見ていたエミールが一緒にフーー!をやってくれて、それを見ていたブレントとルチアも面白がって私の手の平の上を吹く真似をした。
ストフさんは私の突然のアホな歌に驚いたのか、ポカーンという言葉でしか形容できない表情を浮かべていた。
「ス…ストフさん、どうです?傷の痛み、少しは引きました…?」
私が恐る恐る尋ねると、ストフさんはさらにポカーンとしている。
「……どこも痛くない…」
ストフさんは大きな青い目を真ん丸にしたまま、ガバッと起き上がった。
「ちょ、ちょっとストフさん!いきなり動いたらダメですよ!まだ安静にしていた方が…」
ストフさんは右手で左肩に巻かれた包帯の上をそっと撫でる。
「…やっぱり、痛くない。それにさっきまで血が足りなくてフラつくような感覚があったけど、なくなってる…」
「とーちゃ、もうおケガいたくない?チヨのお歌すごいでしょ!だから言ったんだよ!ぼくしってるんだ!」
呆然とした様子で呟くストフさんと、当たり前だというように胸を張り、目を輝かせるエミール。
ストフさんはもう一度右手で自分の左肩を触って確認してから、左手の指をゆっくりグーパーグーパーと曲げたり伸ばしたりして確認する。問題なく動いているようだ。
びっくりした顔のまま私を一度じっと見つめ、そして私の隣で興奮した様子のエミールに目をやると、左手で彼の頭を優しく撫でた。
「ああ、そうだねエミール。キミの言ったとおり、チヨリはすごいな」
ストフさんのエミールを見る柔らかな表情には、痛みを我慢しているような素振りは一切見えない。
「とーちゃ、もういたくない?またぼくたちをだっこできる?」
「うん、いたくないよ。今日は念のため遠慮しておくけれど、すぐに抱っこできるようになると思うよ」
エミールを安心させるようにストフさんは優しく微笑み、それから今度は同じ左手でそっと私の手を取った。全治三か月と診断された腕は、違和感なく動いているようだ。
「…ありがとうチヨリ。こんな大変な力を僕に使ってくれて。…とても大切な秘密だっただろうに」
麗しい笑顔で私に向かって微笑むストフさんが眩しすぎて、手を取られていることも恥ずかしすぎて、私は自分の顔が真っ赤に染まっていくのを感じ、ストフさんの顔を直視できなかった。
「あー!チヨ、まっかっか!」
「チー、っかっか!」
私をからかうブレントと、兄の真似をするルチア。
「もう!」
ブレントを叱るふりをして、私はストフさんの手をさりげなく遠ざけたけれど、その手の温もりが残っているようで、その後もなんだかずっとドキドキしてしまった。
この気持ちについて考えるのは後回しにして、今はただ、無事に私の歌でストフさんのケガを治せたことだけを喜ぶことにしよう。
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