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第一章 最初の街、はじめての歌

第四話 生きていける気がする

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「あれ?このお店って…」


 バルドさんに連れられて来たのは、見覚えのある看板の建物。昨日門番のお兄さんたちが教えてくれた、一階が食堂で二階が宿屋になっているお店だった。
 バルドさんの動きからしても、「いきなり宿屋に連れ込まれる!」という感じではまったくなく、今からここで演奏するよ~という空気だったので、私も安心して入っていく。

 もう夕飯時なので、食堂はなかなかの賑わいを見せていた。

 すぐに歌うのかと思ったら、バルドさんは給仕の女性に何かを注文しているようだ。先に食事をするのかもしれない。
 注文を受けたのは、昨日この宿を覗いたときに見えた、いかにも看板娘という感じの可愛らしい女の子。赤みがかった茶色の髪をポニーテールにまとめ、薄手の白いブラウスとギンガムチェックに似た模様のスカートに、白いエプロンがよく似合っている。

 バルドさんの注文を聞いてから、私に目を合わせにっこりと笑ってくれる。うん、可愛い。

 私も何か注文しないとダメなのかな?と思いつつもどうせメニューは読めないので、バルドさんや周りの人の注文したお皿を見て後から「同じものお願いします!」作戦で行けば良いかなと考える。それよりも、この世界に来て初めて入った建物なので、ついついキョロキョロと辺りを見回してしまう。

 店内は温かみのある木製の家具で統一されていて、レストランや酒場というよりは、いかにも外国の大衆食堂という雰囲気。お客さんもにぎやかだけど、酔っぱらいの多い嫌な雰囲気ではなく、どこか家庭的で、一家団欒のようなほっとする明るさがある。


 しばらく待つと、先ほどの給仕の女の子が大きな木製のカップを二つ持ってきた。バルドさんにはビールのような見た目の飲み物。元々お酒は詳しくないのでよく分からないけれど、エールというやつかな?

 そして私には…たぶんミルクだ。あれ、私もしかして子どもだと思われてる…?まあいっか。

「~~~~!」

「かんぱーい!」

 とりあえずバルドさんと乾杯して飲み物に口をつける。やっぱりミルクだった。昔牧場で飲んだ乳脂肪分が高い牛乳っぽくて、味が濃い。そしてハチミツを溶かしてあるようで、ほんのり甘くてほっとする味だった。

 よく考えてみたら、今日のお昼は空腹すぎていきなりガッツリ牛肉サンドを食べてしまったけれど、断食明けに近い状態なのだからお腹にやさしい物から摂取するべきだったかもしれない。

 この飲み物をチョイスしたのはおそらくバルドさんだろうから、ただただ感謝だ。

「ありがとう、バルドさん。おいしい!」

「~~~、チヨ。ハッハッハ」

 やっぱり何を言ってるのかは分からないけれど、バルドさんも私が喜んでいることは伝わったのか、笑ってくれた。

 
 ミルクを堪能していると、給仕の女の子が食事を運んできてくれた。バルドさんが私の分も注文してくれたようだ。

「…!お米あるの!?」

 私はプレートに乗った定食のような料理を見て驚いた。ジャガイモとナスとひき肉をトマトソースで煮込んだような料理に、付け合わせのブロッコリーっぽいゆで野菜。そしてその横に盛られているのはサフランライスみたいな黄色がかったお米。お米…お米…!!

 思わず脳内でリピートしてしまうけれど、異世界転移といったらお米にはなかなか出会えないのがお約束だと思っていたし、今日の昼間に市場の屋台を覗いてもパンとかサンド系のメニューばかりだったから、てっきりお米は存在しないか、一般的な食べ物ではないのだと諦めていた。それが今、目の前にある。

 さっき胃のことを考えて食べ物には気を付けようと思ったばかりなのに、添えられてきた木製のスプーンでついついがっついてしまう。

「……!おいしいーーーー!!」

「オイシイーーーー?~~~~~?」

 バルドさんが私の言葉を反芻する。「おいしい」と言っていることが理解できたようで、この世界の同じ意味の言葉を後に続けてくれたようだ。私がバルドさんを真似して繰り返すと、サムズアップを返してくれた。

 日本のお米より少し粒が大きめで、水分は少な目だけど、味も食感も間違いなくお米だった。煮込み料理もおいしくて、お米がもりもり進んでしまう。

 この世界、言葉はまだ分からないけれど食べ物がおいしい、そしてお米がある。一気にこの先楽しく生きていけそうな気持ちになり、やる気が満ちてくる。


 
 大満足の夕食を終え、バルドさんが得意のギターのような弦楽器(めんどくさいので今後はギターと呼ぶことにする)を持って立ち上がり、お店の隅の小さなテーブルへと移動する。手招きされたので私も一緒に着いていく。

 バルドさんが席に着くと、周りで食事中のお客さんから自然と注目が集まり、拍手が起こる。おそらく普段からここで歌っているんだろう。バルドさんと、お店の常連と思われるお客さんたちが軽く言葉を交わすと、バルドさんが歌い始めた。

 あ、これは夕方公園で歌っていた曲だなとすぐに分かったので、私も鼻歌で口ずさむ。すると、バルドさんからハンドサインで「もっと歌って!」と促されたので、音量を上げて歌ってみる。もちろん、歌詞はよく分からないので適当にラララで歌っているだけだ。メロディーはもう大体覚えた。

 私の歌に、バルドさんのギターが伴奏を奏で、サビに差し掛かるとバルドさんが私の歌う主旋律にハモりを入れてくれる。なんだこれ、めちゃくちゃ楽しいぞ。

 公園で歌ったときにも思ったけれど、中学・高校と合唱部だった私には、久々に感じる誰かと一緒に歌う楽しさは格別だ。
 大人になってからはもっぱらストレス解消のためのひとりカラオケばかりだったけれど、そういえば部活のときはいつもこんな楽しさに浸っていた。誰かがピアノやギターを鳴らすと、自然と周りに人が集まって、時には真剣に歌ったり、みんなで適当にハモってみたり。仕事に追われる毎日で、こんな楽しさはすっかり忘れていたなとしみじみ思う。


 その後も私とバルドさんで十曲ほど披露し、終盤はお客さんも歌に加わって大盛り上がりしたところで、なんとなく締めの流れになり、バルドさんが静かな優しい歌を聴かせてくれた。この世界の民謡のような歌なんだろうか、初めて聴くのにどこか懐かしさを感じる曲だった。

 お客さんと一緒に私もバルドさんに拍手を送り、これで終了かと思ったらバルドさんがもう一曲弾き始めた。

「…?あれ?バルドさん、なんでこの曲を…」

 バルドさんはいたずらっ子のような顔で微笑み、私に歌えと顎で合図してくる。これは昼間公園でストリートライブをしたときに私が歌った日本人ならたぶん誰でも知っている歌。確かどこかの国の民謡だったか、クラシックが原曲だったかな。普通に日本語の歌詞でしか知らないのでよく分からないけれど。

 公園でこの歌をうたっていたときにはバルドさんはその場にいなかった気がしたけれど、もしかしたら乱入してくる前から聞いていて、覚えてくれたのかもしれない。

 驚いたけれど、なんだかとても嬉しくて、私は歌い出した。お姉ちゃんと何度も歌った、やさしいメロディーを。学校でも歌ったけれど、家族でキャンプに行ったときに焚火をしながらみんなで歌ったのが印象深い。

 最後まで歌い終え、静まり返って聴いてくれたお客さんたちにぺこりと頭を下げると、大きな拍手をもらった。感動したよ!と言うように握手を求めてくるおじさんまでいた。しかもそのおじさん、私に銀貨五枚も渡してきたので、さすがに多すぎると断ろうとしたけれど、強引に私の手に握らせて、愉快そうに笑って去って行った。

 おじいさんに続いて他のお客さんからも次々にチップをいただいてしまった。ストリートライブならまだしも、お店で行われたライブで報酬を得て良いものかと思い、バルドさんに目で助けを求めたけれど、サムズアップを返されただけだった。

 仕事をしつつ後方で聴いてくれていた給仕の女の子の方にも目をやると、彼女はなぜか目に涙を浮かべていて、私を見て大きくうんうんと頷いている。
 とりあえず私がもらっても問題ないようなので、ありがたくコインをパジャマズボンのポケットに収めた。

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