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プロローグ

第三話 やっぱりチートはないっぽい

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 ファンタジーな森を彷徨うこと三日。ついに私は街を発見した。やはり姉の言ったとおり、文明は川沿いに興るのだ。

 やったよ、お姉ちゃん!ありがとう、お姉ちゃん!


 森の中で最初に発見したときには二メートルに満たないくらいだった川幅は四倍ほどになり、中央に橋を挟んで川の両側に二階建ての建物が並んでいるのが見える。村というよりは街という規模だと思う。

 そしてその街の姿が地球と同じように人間サイズであることから、人型の生命体に出会えることを期待して私は最後の力を振り絞って歩いた。


 街の周りには石造りの塀があり、出入りできる場所は制限されているようだ。ファンタジーな森があったくらいなので謎の種族や動物が住んでいる可能性もあると思い、私は警戒しながら近づいた。しかしどんな生物がいるとしても、私はこの街で食料を入手しないことには死ぬ運命なので、腹をくくって突撃するほかない。

 
 街の入口には鎧を身に着けて長い槍を持った男性が二人立っていた。幸いと言って良いだろう。私が発見した第一村人、もとい第一街人たちは、どう見ても私と同じく人間だった。アジア人ではないけれど、ヨーロッパあたりにいそうな雰囲気の。いかにもRPGの街の門番という格好だ。

 対する私は、荷物なし、金なし、靴なし(すでに三日間の森歩きでスリッパはご臨終だったので今は裸足…)、服装は部屋着、パンツは履いてるけどノーブラ。着替えなんてなかったから白っぽかったはずのもこもこパジャマズボンの足元は土や草でこすれて茶色く汚れている。

 うん、見るからに怪しい人物だよね私。臭くならないように川で水浴びはしていたので、最低限の清潔感は備えていると信じたい。


「…こ、こんにちは?」

「~~~~~~~!」


「…はろー、ぐーてんたーく、ぼんじゅー?」

「~~~~~~~?」


「にいはお、ぼんじょるの、さわでぃーかー、くむすたか、すぱしーば?」

「「…??」」


 こんにちは以外の挨拶も混ざってる気がするけど、とりあえず思い出せる限りの各種挨拶を門番のお兄さんにぶつけてみた。お兄さんたちも顔を見合わせて不思議な顔をしながら話しかけてくれるんだけど、なんというかやはり…異世界語だった。

 怪しいやつだ、ひっとらえろー、槍でグサー!という展開にならなかったことは幸運だけど、ちょっとだけ…ほんのちょっとだけ期待してたんだよ、異世界チート的なやつを。
 喋ってみたらあら不思議、通じちゃった~って展開とか、どう見ても地球でいうところの欧米出身っぽい顔なのにいや、日本人かよ!って突っ込めるほど相手が日本語ペラペラとか。

 
 門番のお兄さんたちは困った顔をしていたけれど、武装もしていない非力なアラサー女には危険がないと判断したのか、身振りで街に入って良いと示してくれた。何を教えてくれたのかはよく分からないけど、ひとりが指で道を教えてくれた。

 するともうひとりがそれじゃ分からないだろう、というような仕草で首を振って、槍の柄で地面に何かの絵を描いてくれた。看板のデザインのようだった。

 たぶん交番とかお助けマンがいるお店か何かを教えてくれたのだと思う。私は感謝の気持ちを精一杯身振りで伝え、街に入った。この世界にお辞儀があるのかは分からないけど、気持ちが大事だよね。お金も何も持っていない私としては通行料的なものを求められたらアウトだったので、街の中に入れてもらえただけでもだいぶありがたい。

 
 街には活気があり、歩いていると心が弾む。雰囲気としてはお姉ちゃんが旅先から送ってくれた動画で観た、イギリスの片田舎で一日往復二便くらいはかろうじてバスがある街くらいの栄え具合。はちみつ色で統一された建物が可愛くて、日本人の二十代カメラ女子にはたまらないだろうと思う。(偏見)

 しかし、私とすれ違う人々の怪訝な目線で、うっかり弾んでしまっていた気持ちから現実に戻る。

 そうだった…今の私と言えば、異世界に飛んできて三日間歩き通しでおそらく顔色最悪、この街では見かけない黒髪黒目でアジア人顔に厚底で青みがかった丸眼鏡、裸足でモコモコパジャマズボンに上はロンT。そして誰にも見られないけれどノーブラ。なんども脳内で繰り返してしまうのは、自宅以外でノーブラなのがずっと落ち着かないからに違いない。

 石を投げられるとか、不吉な魔女め!みたいな罵声を浴びせられなかったのは良かったけれど、見事に周りを人が避けていく。そうだよね。怪しい謎の女になんて関わりたくないし、近づきたくないよね。
 

 街の中心部に向かって歩いていくと、門番のお兄さんが地面に書いてくれていた看板のお店が見えてきた。一階が食堂になっていて、二階が宿のようだ。
 謎の外国人に見えただろう私に、彼らは宿を紹介してくれたんだと理解する。チラりと中を覗くと、外見年齢十八歳くらいのいかにも看板娘という雰囲気の可愛らしい女の子が、チェックイン中のお客さんの案内で忙しそうに動き回っていた。

 そんな彼女に私は声をかけ………られるはずもなく、ただチラッと覗いてみただけですよ~という空気を出しながら宿屋の前を通り過ぎた。

 お腹も空いたし体はヘトヘトだけれど、私にはお金がない。言葉も通じない。このままいけば今夜も野宿だろう。



 最後の力を振り絞って街をぐるっと一周し、私は悟った。

 ――ああ、これはダメだわ。詰んでる。死ぬかも。


 今見た限り、この街に日本語が通じそうな相手はいない。

 転移モノやRPGなんかでよくある、気のいいパン屋のおかみさんが声をかけて拾ってくれて、「あんた行くとこないんだろ?泊まって行きな!お金がない?なーに気にしなさんな、良かったら住み込みで働かないかい?ちょうど新しく人を雇おうと思ってたんだよ。はっはっは!」みたいな幸運な出会いは、残念ながら私にはなかった。

 そしてファンタジーな森のことを一旦忘れて、運よくここが地球上のどこかであることも期待していたんだけど、街中で見かけちゃったんだよね、背が低めで頑固そうな顔をして、少し尖がった形の耳を持ったおじさんたちを。彼らの外見は小説やアニメで見るドワーフのイメージに近く、明らかに異種族だった。

 それから、ファンタジーな森にいたのでこの世界の植物は全部エメラルドグリーンなのかと思いきや、街中の植物は大体が地球と同じ爽やかな緑色だった。
 
 でも、そんな普通の木々に混じって、街のあちこちにあのファンタジーな森の木も植えられていた。日中は理由が分からなかったけれど、日が暮れて納得した。この街には街灯がないから、その代わりなんだ。
 家の中から漏れてくる灯りはろうそくより明るく、蛍光灯より暗いけれど、十分活動可能な明るさに見える。何か電灯のような仕組みがあるんだろうと思う。ただ、外に灯りを灯す文化がないのか、ファンタジーな森の木が大体十メートル間隔であちこちに植えられていて、夜道でも歩けるくらいの幻想的な光を放っていた。


 幸いなことに、この街には広々とした公園が複数あり、公園には自由に使えるポンプ式の井戸と、汲み取り式っぽい公衆トイレもあった。これに関しては昔田舎のおばあちゃんちにこのタイプのトイレが残っていたので知っている。アラサーで良かったわ。十代の子とか、これたぶん無理でしょ。

 私は街外れの目立たなそうな公園で、すでに慣れ親しんだファンタジーツリーの中から良い感じのほらがある木を見つけ、今夜の寝床とすることに決めた。空腹は井戸水を飲んでやり過ごす。さすがに明日は何か食糧を入手しないとヤバいと本能的に感じている。


 …やっぱり私にはチートなんてなかったか~。

 数日間の野宿ですっかり体に馴染むようになってきた木の洞の中で体を丸めながら考える。

 せっかく街を見つけたにも関わらず事態が好転しなかったことには、がっかりを通し越して半ば絶望的な気持ちになっている。明日からどうやって生きるかを必死で考えているうちに、心身共に疲れ切っていた私はいつの間にか深い眠りに落ちていた。


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