上 下
6 / 71
第一章 最初の街、はじめての歌

第三話 瞬間、心、ひとつに

しおりを挟む
 午後には同じ公園でストリートライブを二回行った。同じ場所で一日ダラダラ過ごしている人などそうそういないので、客層は少しずつ変わっていったけれど、思った以上に私の歌は好意的に受け止めてもらえたようで、順調にコインを稼ぐことができた。

 満腹まではいかないものの、お腹が満たされ、裸足から脱出できた私は、午前よりも気分良く歌うことができた。人間、余裕を持つことって大事なんだと実感する。

 午後一回目は子連れの家族が多かったので、童謡やアニメソング、手遊び歌などを中心に披露した。気分は歌のお姉さんだ。

 この世界でも子育て中のパパママの財布の紐は固いのだろう。正直に言ってあまりお金を得ることはできなかった。でもその代わりにライブ終了後に子どもたちが集まってきて、私にいろいろ話しかけてくれたため、少しだけ単語を理解することができた。

 水・太陽・空・犬・猫・花(これは花を意味する単語なのか、特定の花の名前を意味するのかは分からなかったけれど…)など、身振り手振りを交えてなんとか覚えられた。貴重な知識だ。


 午後二回目のライブは、仕事帰りの大人たちが増えて来た夕方の時間帯。どうやらお酒を買ってきて公園で仕事後の一杯を楽しむ人も多いようで、愉快なおじさま方が徐々に増え、それと共にライブも大いに盛り上がった。このときは昭和歌謡が大ウケして、次々に銅貨や銀貨が蔓のお皿に投げ込まれた。

 ついでに私は、日本人はいないまでも、せめて地球出身の人がいないだろうかと思って、知っている限り他の国の歌も披露した。日本人の耳に馴染んでいる歌でも、意外とスコットランドとかアメリカの民謡があったはずだ。どの歌がどこの国の歌だったかまでは記憶にないけれど。

 それでも残念ながら、知っている言葉で私に話しかけてくる人はいなかったけれど、途中で面白いハプニングがあった。昨日この公園で見かけていた吟遊詩人のおじいさんがライブに乱入してきて、即興で私の歌に伴奏をつけ始めたのだ。

 おじいさんには馴染みのない音階を使った音楽だろうに、さすがはプロだと感心してしまった。一番をアカペラで歌うと、二番からはギターのような楽器を使って、簡易的な伴奏をつけてくれる。伴奏が入った途端、歌っている私もどんどん楽しくなっていき、周りのお客さんも盛り上がっていく。

 ついでにおじいさんからこの世界の歌を教えてもらい、歌詞は分からないけれどラララ~とかルルル~で適当に歌った。最終的には周囲に集まった観客と一緒に大合唱で締めくくった。おじいさんのおかげで、思いがけず充実のライブになった。


 午後の収入は銀貨五枚と銅貨十六枚。かなりの成果だと思う。午前中の分と合わせれば、これでどうにか今日明日の食事代と宿代は稼げた気がする。
 今日リサーチした洋服代を思うと、明日も同じようにストリートライブで稼げたら、ようやくパジャマ生活からもおさらばできるかもしれない。ライブを盛り上げてくれた吟遊詩人のおじいさんには大感謝だ。


 夕焼け空が広がり、ライブがお開きになると、先ほどの吟遊詩人のおじいさんに話しかけられた。私も先ほどのライブでもらったコインを伴奏をしてくれたおじいさんにも分けなければと思い、どう伝えようか考えていたところだった。

「~~~~~!~~~~~?」

 何かを質問しているようだけど、分からない。歌は世界を超えるけれど、言葉の壁は厚い。


「~~~~~~。~~~~~?~~~~~~?」

 私もジェスチャーを交えて必死で理解しようと努める。相手の動きを真似しながら考える。これはあれだ、ジェスチャーだけで伝える伝言ゲームみたいでちょっと楽しいかもしれない。


「ふんふん。~~~~?は一緒に行かない?って言ってくれてます?」

「~~~~!」

 おじいさんは私の質問に、もう一度同じジェスチャーをしながら頷いている。


「うーん、そこがよく分からないんだけど、たぶんお店?レストラン?に行こうってことかな。で、そこでおじいさんが歌う予定なのね?」

 なんとなくだけど、この後どこかで歌う予定があるから、お嬢ちゃんも来ない?みたいな感じで誘ってくれているっぽい。

 初対面の人に意味も分からず着いていくなんて普段なら絶対ダメだけど、すでに一緒にライブをした仲の陽気なおじいさんが悪い人とは思えないし、直感的に「この人はめっちゃ気のいいおっちゃんタイプ」だから大丈夫だという気がしていた。先ほども顔見知りのお客さんたちと仲良くお喋りしていたけれど、みんなに好かれているのが見ているだけでも分かったしね。

 どうせどこかで思い切って飛び込んでいかないとこれから生きていけないのだから、冒険のつもりで着いていくことにした。最悪もしも何か危なくなったら走って逃げよう!


「~~~、バルド。バルド!」

「ん?おじいさんの名前かな?バルドさん?」

 おじいさんが自分を差しながら同じ言葉を発している。どうやらおじいさんの名前らしい。そして私の名前を尋ねているみたいだ。


「~~!バルド!」

「バルドさんね、分かった!私はちよりです。ち・よ・り!」


「チョールィー?」

「ち・よ・り!」

「チーヨールィ?チ、チヨールルルイ―?」

 …どうやら日本語の「り」が上手く発音できないみたいだ。変な巻き舌みたいになってしまう。


「ちよ、でも良いですよ。ち・よ!」

「チヨ!チヨ!」

 バルドさんは満面の笑みで頷いてくれた。すごい、異文化コミュニケーションをついに成功させたわ私。


「はい、バルドさん!」

「~~、チヨ!」


 お互い意味もなく名前を呼び合ってみる。名前を知っていればもう知らない人じゃないし、着いていっても大丈夫だろうという気持ちになるから不思議だ。

 こうして私はバルドさんの後について、夕焼け染まる街へと繰り出した。

しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!


処理中です...