10 / 32
第十話 入学二日目午後:ばあや志望の侍女は悪役令嬢(仮)に優しい嘘をつく
しおりを挟む
酔っぱらって眠ったままのリーリエ様を自室のベッドへそっと寝かせ、ピヴォワンヌ様、サラさん、私の三人はほっと一息付いた。
私は今日はこのまま早退し、リーリエ様に付き添うが、時刻は午後最初の授業の半ばで、ピヴォワンヌ様とサラさんが今から教室に戻っても中途半端なタイミングだろう。
昨日のホームルームの後、突如悪役令嬢のような暗いオーラを放ったピヴォワンヌ様のことが気になっていたこともあり、今は話をするチャンスでもあった。クラスメイトとは言え、リーリエ様付きの侍女である私が、主人を差し置いてピヴォワンヌ様とふたりだけで気軽に話をするのは、普段はなかなか難しいからだ。
「ピヴォワンヌ様、サラさん、ご協力いただきありがとうございました。本当に助かりました。授業の途中ですが、すぐに教室へ戻られますか?お疲れのことと存じますので、よろしければお茶をお淹れしますが」
「気にしないでくださいな。大切なクラスメイトですもの。困ったときはお互い様でしてよ。でも、そうですわね、今から戻っても間が悪いですし、次の休憩時間に戻った方が良さそうですわね。ターニャのお言葉に甘えますわ」
ピヴォワンヌ様が誘いを受けてくれたので、私はふたりをリビングルームへ通し、お茶の用意をした。リーリエ様は吐き戻すような様子もなく、規則的な寝息を立てながら眠っているので、しばらくそばを離れても問題はないだろう。
「あらためまして、ピヴォワンヌ様、サラさん、先ほどは本当にありがとうございました。私ひとりでリーリエ様をお運びすることは難しかったので、大変助かりました。それに、昨日のホームルーム後も、リーリエ様と私に真っ先に声をかけてくださったこと、感謝しております。ピヴォワンヌ様が親しく話しかけてくださったからこそ、クラスの皆さんも私たちを受け入れてくださったのだと思います。正直に申し上げて、平民出身の私たちに対しては皆さんもっと距離を置かれるかと思っておりましたので、昨日と今日でこれほど温かく接してくださっていることが、とてもありがたく存じます」
「お気になさらないで。わたくしは大したことはしておりませんわ。ターニャはわたくしのお友達なのですから当然のことをしたまでですし、リーリエさんも、これから三年間共に過ごす大事なクラスメイトなのですから」
ピヴォワンヌ様は優しく微笑んだ。
「それに、リーリエさんにはとても可哀相でしたけれど、ターニャとお話がしたかったので、わたくしとしてはかえってラッキーだったかもと思ってますのよ。本当は今日のレクリエーションであなたたちに見つかってしまったときに、ターニャに着いてきてもらおうと思いましたのに、ヘクターったら!」
レクリエーションの鬼ごっこで最初に捕まってしまったピヴォワンヌ様は、そのときを思い出してプンプンと怒る。悪役令嬢のような意地の悪い怒り方ではなく、頬を膨らませて「わたくし怒ってます!」というポーズを取るピヴォワンヌ様は、普段の美しく淑やかな雰囲気とのギャップがあって、とても可愛らしい。
私が微笑ましく見ていると、ピヴォワンヌ様の隣に腰掛けたサラさんが疲れた声で言った。
「あの後は大変だったんですよ、ターニャ。ピヴォワンヌ様ったら、ターニャとお話がしたかったとずーっとグチグチこぼされて。先ほどの場の収拾をヘクターに丸投げしたのは、あのときターニャを取られた仕返しですね」
「当然ですわ!わたくしがターニャとふたりでお話したかったのに、ヘクターがターニャとふたりきりだなんて!まあ、ヘクターなら妙な間違いを犯すことはないでしょうけれど、可愛いターニャを連れ去ったんですもの。少しくらい意地悪したって良いと思いましたのよ」
ふたりの言葉に、あの後ヘクターとふたりでアルベール様を発見した際に、どさくさ紛れになぜかヘクターに壁ドンされたまま、息をひそめて会話していたことを思い出してしまった。顔に出したつもりはなかったのだが、ピヴォワンヌ様は見逃してくれなかった。
「…!ターニャ、お顔が少し赤くってよ!まさかヘクターに何か言われましたの!?それともまさかまさか何かされたりしたんですの!?…ヘクターめ…わたくしのターニャになんてことを……指一本でも触れようものなら我が家の権力を使ってけちょんけちょんにしてやりますわ…。…いいえ、いっそ他国に追いやって…」
前半は驚いたように私を問い詰める口調だったが、後半になるにつれてドス黒いオーラを出しながら低音の小声で呟きだした。私は都合よくなぜか聞こえなくなる主人公スキルは持ち合わせておらず、むしろ忍術の修行を通して小さな音でも拾えるよう鍛えているので、その声はばっちり聞こえてしまった。そして王子の婚約者が、王子の幼馴染兼従者を国外追放にしたらまずいので慌てて止める。
「い、いえいえ!とんでもない!何も言われてませんし、触られてもいませんのでご安心ください!ヘクターは勝負に熱中していたので、勝つための戦略として私を連れて行っただけですから!」
なぜか壁ドンはされたので「何もされていない」とは言わなかったが、嘘はついていない。実際に顔の距離は近くて驚いたけれど、触れられてはいないのだから。
私の必死の弁解に黒いオーラが少し和らぐのを感じる。そして私は悟った。今のピヴォワンヌ様の黒いオーラは、ターニャを取られると思ってのやきもちのような感情なのだ。そしてそれは、昨日のホームルーム後に見えたオーラとまったく同じであった。あのときの冷ややかな空気は、アルベール様がリーリエ様に見惚れていることに気付き、悪役令嬢としての素質が開花し始めたのかと焦ったのだが、考えてみれば、あれは私がリーリエ様に仕えることになった経緯を話していたときだった。
ピヴォワンヌ様が友人として私のことを気に入ってくれていることは自覚していたが、おそらく私が思う以上に、私のことを大切に思ってくださっているのだろう。思い起こせば、最初に出会った十二歳の夏の終わりと、翌年の十三歳の夏の終わりには、ピヴォワンヌ様からも、ピアニー侯爵家の執事からも、侍女として侯爵家の領地のお屋敷で働かないかと誘いを受けていた。
あの頃の私は、侯爵家でのお誘いをとても有難く思いつつも、流れを変えずにゲーム本編を始めるため、学院使用人科の入学試験で一位を取らなければいけない状況であったので、「どうしても他に勉強したいことがあるから」という理由で断っていたのだった。実際、勉強の他にもばあやを目指すための各種修行に勤しんでいたので、王都から距離のあるピアニー侯爵領へ行くわけにはいかなかったのだ。
最後にピヴォワンヌ様と過ごした昨年の夏にはとくに侍女の話は出なかったので、友人のような関係になったことで、私を雇いたいという気持ちはなくなったのだと思っていたが、もしかしたら本心は違ったのかもしれない。彼女は、使用人科特別クラスを目指す私の夢を尊重してくれていたのだ。実際に私が目指していたのは「使用人科Sクラスに一位で合格し、リーリエ様の侍女に選ばれて貴族科Sクラスに入学する流れを作ること」だったのだが、当時そんなことを言えるはずもなかった。
ここまで考えて、ようやく私はピヴォワンヌ様のヤキモチの理由が理解できた気がする。前々から自分の侍女にと誘っていた私が、「一目見た瞬間にリーリエ様にお仕えしたいと思った」なんて言えば、それは面白いはずがなかった。そして、私のことを大切な人間として認めてくださっているピヴォワンヌ様に対して、きちんと説明しないのは不誠実である気がした。
私は背筋を正して、ピヴォワンヌ様に向かい合った。
「ピヴォワンヌ様、私のことを心配してくださってありがとうございます。実は、リーリエ様にお仕えすることになった経緯で、クラスの皆さんにも、リーリエ様ご自身にも、お話していないことがあるのです」
私の真剣な様子を察してか、ピヴォワンヌ様とサラさんも表情を引き締めた。
「昨日私は、『リーリエ様にお会いした瞬間にこの方が私のお仕えすべき方だと感じた』と説明したのですが、実際は違うのです。私は幼い頃に、まだ平民でいらしたリーリエ様と、偶然お会いしたことがありました。その頃のリーリエ様は裕福な平民のお嬢様でしたが、誰にでも優しく、分け隔てなく皆を大切にするそのお姿に、私は将来この方にお仕えしたいと思ったのです。お会いしたのはたった一度きりでしたが、いつかまたお会いすることができたなら、自分を生涯おそばに置いていただけるよう、何でもできるようになろうと努力をしてまいりました」
私の言葉に、ピヴォワンヌ様とサラさんは驚いた顔を見せた。この話は半分は嘘だが、半分は真実だ。ゲームの知識だが、ヒロインが幼い頃から孤児院や貧民街に住む者たちのために奉仕活動をしていた描写があり、そんなヒロインの姿に前の「私」が好感を持っていたことは事実であった。
そして、学院に入学し、サポートキャラとして現実でもリーリエ様の力になりたいと願い、長年努力していたことも事実なのだ。ついでに子どもの頃からの夢である「ばあやになること」は外せないので、リーリエ様の侍女の役目を経由し、リーリエ様のお子様のお世話も務め、将来的にはばあやになりたいのだ。嘘をついたのは「偶然お会いしたことがある」という部分だけである。
「私は、昨日リーリエ様のお顔を拝見した瞬間に、この方があのときお会いした方だと分かりました。だからこそ、侍女としてお仕えすることに迷いはありませんでした。ですが、とても幼い頃に一度お会いしただけですので、リーリエ様は私を覚えていらっしゃらないと思います。私が侍女として選ばれたのは、たまたま使用人科の入学試験で首席を取ることができたからです。このお話は、今はまだリーリエ様にお伝えするつもりはございません。いつか今の私自身をリーリエ様が認めてくださったときに、侍女となったのが、他の誰かではなく、ターニャで良かったと思っていただけたときに、お話したいと思っております」
静かに聞いていたピヴォワンヌ様とサラさんは、納得したとばかりに深く頷いてくれた。
「恐れながら、私はピヴォワンヌ様をいちばん大切な友人だと思っておりますし、もちろん、侍女であるサラさんのことも信頼しております。だからこそ、おふたりに隠し事はしたくないと思い、お話させていただきました。でも、リーリエ様や他の皆さんには秘密にしていただけますか?私は先入観なしで、自分の実力でリーリエ様に認めていただきたいのです」
「…そうでしたのね。ええ、ターニャ。もちろんでございますわ!いちばん大切な友人であるあなたがそうおっしゃるのなら、誰にも言いませんわ」
「はい、私もピヴォワンヌ様の大切なご友人の秘密は守ります。そうじゃなくても、もうターニャは私にとっても大事なクラスメイトなのですから」
優しいふたりは、私の言葉を疑うことなく、口外しないことをしっかりと約束してくれた。ただの友人ではなく「いちばん大切な」という言葉を付け足したことが大正解だったことは、先ほどと一転して背景に赤百合の花が満開のスチルが見えるような、明るいピヴォワンヌ様の表情でよく分かった。
実際、ばあや修行に明け暮れていた私には、知人・先輩・師匠はやたらと多いが、同年代で友人と呼べる存在はあまりおらず、ピヴォワンヌ様のことは本当に大事な友人だと思っているので、その気持ちに偽りはない。
そのあとピヴォワンヌ様は、実は私がリーリエ様を選んだことが悔しかったのだと、正直に話してくれた。その上で、幼い頃からのターニャの夢が叶ったことを嬉しく思うし、これからリーリエ様と信頼関係を築けるよう心から応援すると言ってくれた。サラさんからは、後でこっそりと「昨日はピヴォワンヌ様がかなりショックを受けていた様子だったので、きちんと説明してくれて良かった」とも言われた。
そんなふたりに対して嘘を交えた説明をした自分に、我ながら卑怯だなと思う。しかし、私の告白を聞いたピヴォワンヌ様の表情は晴々としていて、悪役令嬢のような陰りは一切なくなり、紅玉の瞳を輝かせて楽しそうに笑っている姿に安堵する。
私の目指す大団円エンドには、彼女が悪役令嬢にならず、幸せに学院を卒業することも含まれているのだ。大切な友人を騙したことに心はチクリと痛むが、それでピヴォワンヌ様の心が軽くなるのなら構わない。その分、彼女たちの友情と信頼は絶対に裏切らず、ストーリーがどう展開したとしても必ず守るのだと、私は誓いを新たにするのであった。
私は今日はこのまま早退し、リーリエ様に付き添うが、時刻は午後最初の授業の半ばで、ピヴォワンヌ様とサラさんが今から教室に戻っても中途半端なタイミングだろう。
昨日のホームルームの後、突如悪役令嬢のような暗いオーラを放ったピヴォワンヌ様のことが気になっていたこともあり、今は話をするチャンスでもあった。クラスメイトとは言え、リーリエ様付きの侍女である私が、主人を差し置いてピヴォワンヌ様とふたりだけで気軽に話をするのは、普段はなかなか難しいからだ。
「ピヴォワンヌ様、サラさん、ご協力いただきありがとうございました。本当に助かりました。授業の途中ですが、すぐに教室へ戻られますか?お疲れのことと存じますので、よろしければお茶をお淹れしますが」
「気にしないでくださいな。大切なクラスメイトですもの。困ったときはお互い様でしてよ。でも、そうですわね、今から戻っても間が悪いですし、次の休憩時間に戻った方が良さそうですわね。ターニャのお言葉に甘えますわ」
ピヴォワンヌ様が誘いを受けてくれたので、私はふたりをリビングルームへ通し、お茶の用意をした。リーリエ様は吐き戻すような様子もなく、規則的な寝息を立てながら眠っているので、しばらくそばを離れても問題はないだろう。
「あらためまして、ピヴォワンヌ様、サラさん、先ほどは本当にありがとうございました。私ひとりでリーリエ様をお運びすることは難しかったので、大変助かりました。それに、昨日のホームルーム後も、リーリエ様と私に真っ先に声をかけてくださったこと、感謝しております。ピヴォワンヌ様が親しく話しかけてくださったからこそ、クラスの皆さんも私たちを受け入れてくださったのだと思います。正直に申し上げて、平民出身の私たちに対しては皆さんもっと距離を置かれるかと思っておりましたので、昨日と今日でこれほど温かく接してくださっていることが、とてもありがたく存じます」
「お気になさらないで。わたくしは大したことはしておりませんわ。ターニャはわたくしのお友達なのですから当然のことをしたまでですし、リーリエさんも、これから三年間共に過ごす大事なクラスメイトなのですから」
ピヴォワンヌ様は優しく微笑んだ。
「それに、リーリエさんにはとても可哀相でしたけれど、ターニャとお話がしたかったので、わたくしとしてはかえってラッキーだったかもと思ってますのよ。本当は今日のレクリエーションであなたたちに見つかってしまったときに、ターニャに着いてきてもらおうと思いましたのに、ヘクターったら!」
レクリエーションの鬼ごっこで最初に捕まってしまったピヴォワンヌ様は、そのときを思い出してプンプンと怒る。悪役令嬢のような意地の悪い怒り方ではなく、頬を膨らませて「わたくし怒ってます!」というポーズを取るピヴォワンヌ様は、普段の美しく淑やかな雰囲気とのギャップがあって、とても可愛らしい。
私が微笑ましく見ていると、ピヴォワンヌ様の隣に腰掛けたサラさんが疲れた声で言った。
「あの後は大変だったんですよ、ターニャ。ピヴォワンヌ様ったら、ターニャとお話がしたかったとずーっとグチグチこぼされて。先ほどの場の収拾をヘクターに丸投げしたのは、あのときターニャを取られた仕返しですね」
「当然ですわ!わたくしがターニャとふたりでお話したかったのに、ヘクターがターニャとふたりきりだなんて!まあ、ヘクターなら妙な間違いを犯すことはないでしょうけれど、可愛いターニャを連れ去ったんですもの。少しくらい意地悪したって良いと思いましたのよ」
ふたりの言葉に、あの後ヘクターとふたりでアルベール様を発見した際に、どさくさ紛れになぜかヘクターに壁ドンされたまま、息をひそめて会話していたことを思い出してしまった。顔に出したつもりはなかったのだが、ピヴォワンヌ様は見逃してくれなかった。
「…!ターニャ、お顔が少し赤くってよ!まさかヘクターに何か言われましたの!?それともまさかまさか何かされたりしたんですの!?…ヘクターめ…わたくしのターニャになんてことを……指一本でも触れようものなら我が家の権力を使ってけちょんけちょんにしてやりますわ…。…いいえ、いっそ他国に追いやって…」
前半は驚いたように私を問い詰める口調だったが、後半になるにつれてドス黒いオーラを出しながら低音の小声で呟きだした。私は都合よくなぜか聞こえなくなる主人公スキルは持ち合わせておらず、むしろ忍術の修行を通して小さな音でも拾えるよう鍛えているので、その声はばっちり聞こえてしまった。そして王子の婚約者が、王子の幼馴染兼従者を国外追放にしたらまずいので慌てて止める。
「い、いえいえ!とんでもない!何も言われてませんし、触られてもいませんのでご安心ください!ヘクターは勝負に熱中していたので、勝つための戦略として私を連れて行っただけですから!」
なぜか壁ドンはされたので「何もされていない」とは言わなかったが、嘘はついていない。実際に顔の距離は近くて驚いたけれど、触れられてはいないのだから。
私の必死の弁解に黒いオーラが少し和らぐのを感じる。そして私は悟った。今のピヴォワンヌ様の黒いオーラは、ターニャを取られると思ってのやきもちのような感情なのだ。そしてそれは、昨日のホームルーム後に見えたオーラとまったく同じであった。あのときの冷ややかな空気は、アルベール様がリーリエ様に見惚れていることに気付き、悪役令嬢としての素質が開花し始めたのかと焦ったのだが、考えてみれば、あれは私がリーリエ様に仕えることになった経緯を話していたときだった。
ピヴォワンヌ様が友人として私のことを気に入ってくれていることは自覚していたが、おそらく私が思う以上に、私のことを大切に思ってくださっているのだろう。思い起こせば、最初に出会った十二歳の夏の終わりと、翌年の十三歳の夏の終わりには、ピヴォワンヌ様からも、ピアニー侯爵家の執事からも、侍女として侯爵家の領地のお屋敷で働かないかと誘いを受けていた。
あの頃の私は、侯爵家でのお誘いをとても有難く思いつつも、流れを変えずにゲーム本編を始めるため、学院使用人科の入学試験で一位を取らなければいけない状況であったので、「どうしても他に勉強したいことがあるから」という理由で断っていたのだった。実際、勉強の他にもばあやを目指すための各種修行に勤しんでいたので、王都から距離のあるピアニー侯爵領へ行くわけにはいかなかったのだ。
最後にピヴォワンヌ様と過ごした昨年の夏にはとくに侍女の話は出なかったので、友人のような関係になったことで、私を雇いたいという気持ちはなくなったのだと思っていたが、もしかしたら本心は違ったのかもしれない。彼女は、使用人科特別クラスを目指す私の夢を尊重してくれていたのだ。実際に私が目指していたのは「使用人科Sクラスに一位で合格し、リーリエ様の侍女に選ばれて貴族科Sクラスに入学する流れを作ること」だったのだが、当時そんなことを言えるはずもなかった。
ここまで考えて、ようやく私はピヴォワンヌ様のヤキモチの理由が理解できた気がする。前々から自分の侍女にと誘っていた私が、「一目見た瞬間にリーリエ様にお仕えしたいと思った」なんて言えば、それは面白いはずがなかった。そして、私のことを大切な人間として認めてくださっているピヴォワンヌ様に対して、きちんと説明しないのは不誠実である気がした。
私は背筋を正して、ピヴォワンヌ様に向かい合った。
「ピヴォワンヌ様、私のことを心配してくださってありがとうございます。実は、リーリエ様にお仕えすることになった経緯で、クラスの皆さんにも、リーリエ様ご自身にも、お話していないことがあるのです」
私の真剣な様子を察してか、ピヴォワンヌ様とサラさんも表情を引き締めた。
「昨日私は、『リーリエ様にお会いした瞬間にこの方が私のお仕えすべき方だと感じた』と説明したのですが、実際は違うのです。私は幼い頃に、まだ平民でいらしたリーリエ様と、偶然お会いしたことがありました。その頃のリーリエ様は裕福な平民のお嬢様でしたが、誰にでも優しく、分け隔てなく皆を大切にするそのお姿に、私は将来この方にお仕えしたいと思ったのです。お会いしたのはたった一度きりでしたが、いつかまたお会いすることができたなら、自分を生涯おそばに置いていただけるよう、何でもできるようになろうと努力をしてまいりました」
私の言葉に、ピヴォワンヌ様とサラさんは驚いた顔を見せた。この話は半分は嘘だが、半分は真実だ。ゲームの知識だが、ヒロインが幼い頃から孤児院や貧民街に住む者たちのために奉仕活動をしていた描写があり、そんなヒロインの姿に前の「私」が好感を持っていたことは事実であった。
そして、学院に入学し、サポートキャラとして現実でもリーリエ様の力になりたいと願い、長年努力していたことも事実なのだ。ついでに子どもの頃からの夢である「ばあやになること」は外せないので、リーリエ様の侍女の役目を経由し、リーリエ様のお子様のお世話も務め、将来的にはばあやになりたいのだ。嘘をついたのは「偶然お会いしたことがある」という部分だけである。
「私は、昨日リーリエ様のお顔を拝見した瞬間に、この方があのときお会いした方だと分かりました。だからこそ、侍女としてお仕えすることに迷いはありませんでした。ですが、とても幼い頃に一度お会いしただけですので、リーリエ様は私を覚えていらっしゃらないと思います。私が侍女として選ばれたのは、たまたま使用人科の入学試験で首席を取ることができたからです。このお話は、今はまだリーリエ様にお伝えするつもりはございません。いつか今の私自身をリーリエ様が認めてくださったときに、侍女となったのが、他の誰かではなく、ターニャで良かったと思っていただけたときに、お話したいと思っております」
静かに聞いていたピヴォワンヌ様とサラさんは、納得したとばかりに深く頷いてくれた。
「恐れながら、私はピヴォワンヌ様をいちばん大切な友人だと思っておりますし、もちろん、侍女であるサラさんのことも信頼しております。だからこそ、おふたりに隠し事はしたくないと思い、お話させていただきました。でも、リーリエ様や他の皆さんには秘密にしていただけますか?私は先入観なしで、自分の実力でリーリエ様に認めていただきたいのです」
「…そうでしたのね。ええ、ターニャ。もちろんでございますわ!いちばん大切な友人であるあなたがそうおっしゃるのなら、誰にも言いませんわ」
「はい、私もピヴォワンヌ様の大切なご友人の秘密は守ります。そうじゃなくても、もうターニャは私にとっても大事なクラスメイトなのですから」
優しいふたりは、私の言葉を疑うことなく、口外しないことをしっかりと約束してくれた。ただの友人ではなく「いちばん大切な」という言葉を付け足したことが大正解だったことは、先ほどと一転して背景に赤百合の花が満開のスチルが見えるような、明るいピヴォワンヌ様の表情でよく分かった。
実際、ばあや修行に明け暮れていた私には、知人・先輩・師匠はやたらと多いが、同年代で友人と呼べる存在はあまりおらず、ピヴォワンヌ様のことは本当に大事な友人だと思っているので、その気持ちに偽りはない。
そのあとピヴォワンヌ様は、実は私がリーリエ様を選んだことが悔しかったのだと、正直に話してくれた。その上で、幼い頃からのターニャの夢が叶ったことを嬉しく思うし、これからリーリエ様と信頼関係を築けるよう心から応援すると言ってくれた。サラさんからは、後でこっそりと「昨日はピヴォワンヌ様がかなりショックを受けていた様子だったので、きちんと説明してくれて良かった」とも言われた。
そんなふたりに対して嘘を交えた説明をした自分に、我ながら卑怯だなと思う。しかし、私の告白を聞いたピヴォワンヌ様の表情は晴々としていて、悪役令嬢のような陰りは一切なくなり、紅玉の瞳を輝かせて楽しそうに笑っている姿に安堵する。
私の目指す大団円エンドには、彼女が悪役令嬢にならず、幸せに学院を卒業することも含まれているのだ。大切な友人を騙したことに心はチクリと痛むが、それでピヴォワンヌ様の心が軽くなるのなら構わない。その分、彼女たちの友情と信頼は絶対に裏切らず、ストーリーがどう展開したとしても必ず守るのだと、私は誓いを新たにするのであった。
12
あなたにおすすめの小説
転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎
水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。
もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。
振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!!
え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!?
でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!?
と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう!
前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい!
だからこっちに熱い眼差しを送らないで!
答えられないんです!
これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。
または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。
小説家になろうでも投稿してます。
こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。
悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。
槙村まき
恋愛
スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。
それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。
挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。
そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……!
第二章以降は、11時と23時に更新予定です。
他サイトにも掲載しています。
よろしくお願いします。
25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!
断罪中、味方が多すぎて王子が孤立している件について
夏乃みのり
恋愛
バーンスタイン伯爵家の令嬢ラミリアは、魔力も剣の才能もない「ごく普通」の地味な女性。
ある日のパーティーで、婚約者であるジェラルド第二王子から「地味で無能で嫉妬深い」と罵られ、身に覚えのない罪で婚約破棄を突きつけられてしまう。
しかし、断罪劇は予想外の展開へ。
【完結済】破棄とか面倒じゃないですか、ですので婚約拒否でお願いします
紫
恋愛
水不足に喘ぐ貧困侯爵家の次女エリルシアは、父親からの手紙で王都に向かう。
王子の婚約者選定に関して、白羽の矢が立ったのだが、どうやらその王子には恋人がいる…らしい?
つまりエリルシアが悪役令嬢ポジなのか!?
そんな役どころなんて御免被りたいが、王サマからの提案が魅力的過ぎて、王宮滞在を了承してしまう。
報酬に目が眩んだエリルシアだが、無事王宮を脱出出来るのか。
王子サマと恋人(もしかしてヒロイン?)の未来はどうなるのか。
2025年10月06日、初HOTランキング入りです! 本当にありがとうございます!!(2位だなんて……いやいや、ありえないと言うか…本気で夢でも見ているのではないでしょーか……)
∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
※小説家になろう様にも掲載させていただいています。
※作者創作の世界観です。史実等とは合致しない部分、異なる部分が多数あります。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体等とは一切関係がありません。
※実際に用いられる事のない表現や造語が出てきますが、御容赦ください。
※リアル都合等により不定期、且つまったり進行となっております。
※上記同理由で、予告等なしに更新停滞する事もあります。
※まだまだ至らなかったり稚拙だったりしますが、生暖かくお許しいただければ幸いです。
※御都合主義がそこかしに顔出しします。設定が掌ドリルにならないように気を付けていますが、もし大ボケしてたらお許しください。
※誤字脱字等々、標準てんこ盛り搭載となっている作者です。気づけば適宜修正等していきます…御迷惑おかけしますが、お許しください。
婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています
由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、
悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。
王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。
だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、
冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。
再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。
広場で語られる真実。
そして、無自覚に人を惹きつけてしまう
リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。
これは、
悪役令嬢として断罪された少女が、
「誰かの物語の脇役」ではなく、
自分自身の人生を取り戻す物語。
過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、
彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
今度は、私の番です。
宵森みなと
恋愛
『この人生、ようやく私の番。―恋も自由も、取り返します―』
結婚、出産、子育て――
家族のために我慢し続けた40年の人生は、
ある日、検査結果も聞けないまま、静かに終わった。
だけど、そのとき心に残っていたのは、
「自分だけの自由な時間」
たったそれだけの、小さな夢だった
目を覚ましたら、私は異世界――
伯爵家の次女、13歳の少女・セレスティアに生まれ変わっていた。
「私は誰にも従いたくないの。誰かの期待通りに生きるなんてまっぴら。自分で、自分の未来を選びたい。だからこそ、特別科での学びを通して、力をつける。選ばれるためじゃない、自分で選ぶために」
自由に生き、素敵な恋だってしてみたい。
そう決めた私は、
だって、もう我慢する理由なんて、どこにもないのだから――。
これは、恋も自由も諦めなかった
ある“元・母であり妻だった”女性の、転生リスタート物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる