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第五話 そしてストーリーは始まる
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入学式を終え、最初のホームルームが始まる。
王立学院貴族科特別クラスの今年の新入生五名と、その従者たちがついに一堂に会する。
黒板と教卓を挟んだ向かい側には、十分な作業スペースのある個人机が五つ。そこに座る五人の貴族の子女の後ろの席には、各自の従者たちの席が設けられている。従者といえども特別クラスの一員として共に学ぶので、机は貴族用のものと同じものが用意されている。
クラス分けテストを受けたのは当然貴族の子女だけであるが、彼らが同行させることのできる従者・侍女にはとくにテストは行われず、各貴族家で自由に選ぶことが可能である。ただ一つ学院より課される条件は、「その主と同等に学ぶことができる能力を持つ者」と定められており、それぞれの家の名に懸けて相応しい者のみが選定される。
「皆さん、あらためましてご入学おめでとうございます。特別クラス担任となりましたロータスです。貴族科Sクラスに定員の五名が合格となったのは、実に十八年ぶりだそうです。我々教職員一同も大変嬉しく思っています。従者・侍女として共に入学した五名も合わせて、この十名のクラスメイトで、切磋琢磨し、実りある学院生活を送ることを願っています。これから三年間、よろしくお願いしますね」
ロータス先生は朗らかな笑顔で、クラスメイト一人ひとりと目を合わせながら話した。
「まず最初に言っておきますが、学院内ではすべての生徒に対し、平等であり公平であることが原則です。私たち教師はあなた方を全員名前で呼びますので、ご承知おきください」
ロータス先生は、窓側最前列の席に座る男子学生の目を見て、きっぱりと告げた。男子学生も目線だけで頷く。
「それでは、すでに顔見知りの方も多いとは思いますが、まずは自己紹介から始めましょう。アルベール君から、お願いします」
先ほどロータス先生と目を合わせていた男子学生が立ち上がり、名乗る。
「アルベール・リリーヴァレーだ。先ほどロータス先生がおっしゃったとおり、学院にいる間は等しくクラスメイトとして接してもらいたい。ここにいる全員、気軽に名前で呼んでくれて構わない。これから三年間、よろしく頼む」
彼の短く歯切れの良い挨拶に、クラスメイトから拍手が贈られる。
アルベール・リリーヴァレー。言わずと知れた、この国の第一王子である。ロータス先生の発言を受け、わざわざ「ここにいる全員」「気軽に名前で」と言い切る姿に、わたしは好感を持った。彼は王子という立場でありながら、ここにいる全員、つまり従者・侍女も含めて、対等な関係で良いと言ったのだ。
…さすがヒーローだわ、かっこいい。
私は思わず前の「私」の気持ちで彼を見た。そう、彼こそが『月と太陽のリリー』のメインヒーローなのであった。
柔らかな金髪は短めに整えられており、意志の強さが感じられる漆黒の瞳は、王子というよりも騎士のような硬派な空気を纏っている。先ほどの端的な挨拶からも立派な志を持つ王子様であることが感じられるのに、ゲーム本編では卒業パーティーで婚約者を断罪し婚約破棄した上に、最終的に (形式上は)浮気相手であるヒロインと結ばれるのだから、乙女ゲームの世界は恐ろしい。テンプレ展開なので仕方ない部分もあるのだろうが、実世界で起きたら大ごとだ。ぜひとも彼には現実的かつ良識的な存在であってほしい。
内心そんなことを考えている間に、次の人物の自己紹介に移っていた。そしてもちろん私は、彼女のことをよく知っている。
「ピヴォワンヌ・ピアニーと申します。わたくしのこともどうぞ気軽に名前で呼んでくださいませ。この学院で学ぶことをとても楽しみにしておりましたの。これからクラスメイトとして、みなさんと仲良くしていただけたら嬉しいですわ」
第一王子の婚約者であるピヴォワンヌ様は、王子と同様に自分にも気軽に話すようにと言った。このセリフはゲームとまったく同じであったが、ゲームでの彼女は王子の手前このように述べただけで、内心はクラスメイトの平民や使用人たちを見下していた。
しかし、私と共に過ごした時間の影響もあり、身分へのこだわりや家族とのわだかまりもなく、真っ直ぐに成長した今の彼女の言葉には、嘘偽りのない響きがあった。
次に挨拶したのは、第一伯爵家の天才と称される双子である。
「イーサン・オリアンダーだよ。騒がしい妹が迷惑をかけると思うけれど、どうぞよろしく」
「エヴリン・オリアンダーよ。そそっかしい兄をどうぞ嫌わないでやってくださいねー。よろしくお願いしますー」
現在国の第一伯爵家であるオリアンダー家は、古くから有能な人材を輩出し、国王からの信頼の厚い家である。その一方、有能ながらも癖のある人物が後を絶たない家としても有名であった。
兄のイーサン様は幼い頃から異様に数字に強く、算術や統計学に長けており、将来国の財務大臣の座に就くこと間違いなしと言われている。また、高い情報収集能力と情報処理能力を兼ね備えていると噂されており、王国内外の貴族たちから一目置かれると同時に、恐れられてもいるらしい。興味のないことに対してはとことん無関心で、貴族科初等学校には最初の三日間しか通っていないという変わり者である。
妹のエヴリン様は子どもの頃から好奇心旺盛で、柔軟な発想力を生かした様々な新製品を生み出している。彼女は十五歳にしてすでに類い稀な発明家であり、乙女ゲームの世界では、彼女が生み出した怪しげなアイテムの数々が、時にヒロインを助けたり窮地に追いやったりしていた。由緒正しい一族出身の娘であることから、幼い頃は王子の婚約者候補でもあったが、婚約者選定のお茶会で、王子との交流などそっちのけで王家の庭にしかない貴重な花や植物に興味津々になり、果ては珍しい蝶々を追いかけて行方をくらませたという逸話が残っている。
髪色はふたりとも同じオレンジがかった茶髪。イーサン様はいわゆるおかっぱヘアーで、エヴリン様は兄より少しだけ長い髪の毛をハーフアップにしている。瞳の色も同じ、明るめのブラウン。兄妹どちらも小柄で背丈もほぼ変わらず、実年齢よりも幼く中性的な印象だ。
もちろんこのふたりはゲームにも登場していたので、実際には初対面なのだが、妙な懐かしさを感じてしまう。オリアンダー兄妹はクラスのムードメーカー兼トラブルメーカーで、様々なイベントを引き起こす存在である。ちなみにこのふたりに付いている従者アールと侍女エマも兄妹で、幼い頃からオリアンダー兄妹に振り回されている苦労人だ。クラス内では最も使用人歴が長いのがこの兄妹なので、ばあやを目指す私としては、ぜひとも彼らから使用人としての知識やスキルを学びたいと思っている。
そして貴族五名の中で最後に挨拶したのがリーリエ様であった。
「みなさま、お初にお目にかかります。リーリエ・ジプソフィラと申します。先だって父が男爵位を賜り、貴族科への入学許可を頂戴しました。至らない点ばかりと存じますが、侍女のターニャ共々、どうぞよろしくお願い申し上げます」
リーリエ様の挨拶には、クラス中が注目していた。王家、侯爵家、伯爵家という名門貴族家出身である他のクラスメイトたちは、当然子どもの頃から交流があった。その中でリーリエ様とは誰一人顔を合わせたことがなかったため、皆気になっていたのである。そして誰も知らないことは当然であった、つい先日まで平民の娘であったのだから。
淀みなく美しい挨拶をされたリーリエ様だが、後ろの席に座る私には、彼女の指先が震えているのが見えていた。いきなり王国有数の貴族の子女の輪に放り込まれたのだから、緊張して当然である。せめて信頼する侍女でもいたなら少しは緊張も和らいだかもしれないが、彼女に着いているのは、つい数時間前に出会ったばかりの私である。彼女にとっては一瞬たりとも気の休まる暇もない状態だろう。
それでも声や表情には一切出さずに見事に挨拶をされたリーリエ様の姿に、私は感服していた。ついでに心の中で前の「私」が「リーリエ様可愛い!健気すぎる!抱きしめたい!」と騒いでいるのを感じた。侍女が主人を抱きしめるのはどうかと思うが、少しでも早く、自分が後ろにいることが彼女の安心感に繋がるよう、信頼関係を築きたいと思う。
「へえ。キミはジプソフィラ男爵家のお嬢様だったんだね。てっきり他国の姫かと思ったよ」
イーサン様がリーリエ様に軽い口調で話しかける。その言葉には彼女を「成金貴族」として蔑むような響きはなく、純粋な興味だけが感じられた。そして声には出していないが、教室内の全員が、彼の言葉に内心で同意していた。彼女の凛とした美しさや立ち居振る舞いからは気品が感じられ、とても貴族の一員になったばかりには見えず、他国出身の貴族だろうと思っていたのだ。
そんな生徒たちの心の声を読み、ロータス先生が説明を挟む。
「リーリエさんは非常に優秀で、元々は魔術学院の特別クラスに合格していたのです。貴族の一員となったことで、急遽こちらの学院で学ぶことになったのですが、その能力と資質の高さから、Sクラスで学ぶ資格が十分にあると判断されました。また、侍女を務めるターニャさんは、今年の使用人科特別クラスの合格者でしたが、縁あってリーリエさんと共にこのクラスで学んでもらうこととなりました。入学したばかりなのはみなさん同じですが、彼女たちは急に環境が大きく変わり、戸惑うことも多いでしょう。クラスメイトとして、手助けしてあげてくださいね」
ロータス先生の言葉に、リーリエ様と私の状況を理解したクラスメイトたちは、しっかりと頷いてくれた。その後はそれぞれの従者・侍女たちも簡単な自己紹介をして、初日のホームルームを終えた。
そしてそんな中でただひとり、ロータス先生の発言中にも、従者や侍女の挨拶の間にも、リーリエ様から目を離せなくなっていた人物がいたことに、私はもちろん気付いていた。
それは、第一王子であるアルベール様だ。
私は誰かが一目惚れする瞬間を初めて見た。やはり、ゲームのストーリーの大筋は変わっていないのだと確信し、静かに思考を巡らせる。
この世界でピヴォワンヌ様は悪役令嬢にはならないはずで、今の彼女がアルベール様に嫌われる可能性はとても低い。ともすると、そのまま問題なく婚約続行となる未来も想像していたのだが、アルベール様はやはりゲーム同様にリーリエ様に恋をしてしまったようだ。
現時点ではこの後リーリエ様がアルベール様を好きになるかどうかは分からないが、もしもそうなった場合には、とても難しい状況になる。なんの非もないピヴォワンヌ様に対し、ゲームと同じように婚約破棄をする展開は起こりようがなく、そうなると第一王子と平民出身の男爵令嬢の恋が実る可能性はとても低い。
自分の生涯の主と決めたリーリエ様を、私は絶対に幸せにしたい。彼女のそばで侍女として働き、いずれはばあやになってみせるのだ。そして、数年来の友人であるピヴォワンヌ様のことも、断罪エンドになど絶対にさせない。
誰も不幸にならない道、大団円エンドを求める私の挑戦が、今確かに始まったのであった。
王立学院貴族科特別クラスの今年の新入生五名と、その従者たちがついに一堂に会する。
黒板と教卓を挟んだ向かい側には、十分な作業スペースのある個人机が五つ。そこに座る五人の貴族の子女の後ろの席には、各自の従者たちの席が設けられている。従者といえども特別クラスの一員として共に学ぶので、机は貴族用のものと同じものが用意されている。
クラス分けテストを受けたのは当然貴族の子女だけであるが、彼らが同行させることのできる従者・侍女にはとくにテストは行われず、各貴族家で自由に選ぶことが可能である。ただ一つ学院より課される条件は、「その主と同等に学ぶことができる能力を持つ者」と定められており、それぞれの家の名に懸けて相応しい者のみが選定される。
「皆さん、あらためましてご入学おめでとうございます。特別クラス担任となりましたロータスです。貴族科Sクラスに定員の五名が合格となったのは、実に十八年ぶりだそうです。我々教職員一同も大変嬉しく思っています。従者・侍女として共に入学した五名も合わせて、この十名のクラスメイトで、切磋琢磨し、実りある学院生活を送ることを願っています。これから三年間、よろしくお願いしますね」
ロータス先生は朗らかな笑顔で、クラスメイト一人ひとりと目を合わせながら話した。
「まず最初に言っておきますが、学院内ではすべての生徒に対し、平等であり公平であることが原則です。私たち教師はあなた方を全員名前で呼びますので、ご承知おきください」
ロータス先生は、窓側最前列の席に座る男子学生の目を見て、きっぱりと告げた。男子学生も目線だけで頷く。
「それでは、すでに顔見知りの方も多いとは思いますが、まずは自己紹介から始めましょう。アルベール君から、お願いします」
先ほどロータス先生と目を合わせていた男子学生が立ち上がり、名乗る。
「アルベール・リリーヴァレーだ。先ほどロータス先生がおっしゃったとおり、学院にいる間は等しくクラスメイトとして接してもらいたい。ここにいる全員、気軽に名前で呼んでくれて構わない。これから三年間、よろしく頼む」
彼の短く歯切れの良い挨拶に、クラスメイトから拍手が贈られる。
アルベール・リリーヴァレー。言わずと知れた、この国の第一王子である。ロータス先生の発言を受け、わざわざ「ここにいる全員」「気軽に名前で」と言い切る姿に、わたしは好感を持った。彼は王子という立場でありながら、ここにいる全員、つまり従者・侍女も含めて、対等な関係で良いと言ったのだ。
…さすがヒーローだわ、かっこいい。
私は思わず前の「私」の気持ちで彼を見た。そう、彼こそが『月と太陽のリリー』のメインヒーローなのであった。
柔らかな金髪は短めに整えられており、意志の強さが感じられる漆黒の瞳は、王子というよりも騎士のような硬派な空気を纏っている。先ほどの端的な挨拶からも立派な志を持つ王子様であることが感じられるのに、ゲーム本編では卒業パーティーで婚約者を断罪し婚約破棄した上に、最終的に (形式上は)浮気相手であるヒロインと結ばれるのだから、乙女ゲームの世界は恐ろしい。テンプレ展開なので仕方ない部分もあるのだろうが、実世界で起きたら大ごとだ。ぜひとも彼には現実的かつ良識的な存在であってほしい。
内心そんなことを考えている間に、次の人物の自己紹介に移っていた。そしてもちろん私は、彼女のことをよく知っている。
「ピヴォワンヌ・ピアニーと申します。わたくしのこともどうぞ気軽に名前で呼んでくださいませ。この学院で学ぶことをとても楽しみにしておりましたの。これからクラスメイトとして、みなさんと仲良くしていただけたら嬉しいですわ」
第一王子の婚約者であるピヴォワンヌ様は、王子と同様に自分にも気軽に話すようにと言った。このセリフはゲームとまったく同じであったが、ゲームでの彼女は王子の手前このように述べただけで、内心はクラスメイトの平民や使用人たちを見下していた。
しかし、私と共に過ごした時間の影響もあり、身分へのこだわりや家族とのわだかまりもなく、真っ直ぐに成長した今の彼女の言葉には、嘘偽りのない響きがあった。
次に挨拶したのは、第一伯爵家の天才と称される双子である。
「イーサン・オリアンダーだよ。騒がしい妹が迷惑をかけると思うけれど、どうぞよろしく」
「エヴリン・オリアンダーよ。そそっかしい兄をどうぞ嫌わないでやってくださいねー。よろしくお願いしますー」
現在国の第一伯爵家であるオリアンダー家は、古くから有能な人材を輩出し、国王からの信頼の厚い家である。その一方、有能ながらも癖のある人物が後を絶たない家としても有名であった。
兄のイーサン様は幼い頃から異様に数字に強く、算術や統計学に長けており、将来国の財務大臣の座に就くこと間違いなしと言われている。また、高い情報収集能力と情報処理能力を兼ね備えていると噂されており、王国内外の貴族たちから一目置かれると同時に、恐れられてもいるらしい。興味のないことに対してはとことん無関心で、貴族科初等学校には最初の三日間しか通っていないという変わり者である。
妹のエヴリン様は子どもの頃から好奇心旺盛で、柔軟な発想力を生かした様々な新製品を生み出している。彼女は十五歳にしてすでに類い稀な発明家であり、乙女ゲームの世界では、彼女が生み出した怪しげなアイテムの数々が、時にヒロインを助けたり窮地に追いやったりしていた。由緒正しい一族出身の娘であることから、幼い頃は王子の婚約者候補でもあったが、婚約者選定のお茶会で、王子との交流などそっちのけで王家の庭にしかない貴重な花や植物に興味津々になり、果ては珍しい蝶々を追いかけて行方をくらませたという逸話が残っている。
髪色はふたりとも同じオレンジがかった茶髪。イーサン様はいわゆるおかっぱヘアーで、エヴリン様は兄より少しだけ長い髪の毛をハーフアップにしている。瞳の色も同じ、明るめのブラウン。兄妹どちらも小柄で背丈もほぼ変わらず、実年齢よりも幼く中性的な印象だ。
もちろんこのふたりはゲームにも登場していたので、実際には初対面なのだが、妙な懐かしさを感じてしまう。オリアンダー兄妹はクラスのムードメーカー兼トラブルメーカーで、様々なイベントを引き起こす存在である。ちなみにこのふたりに付いている従者アールと侍女エマも兄妹で、幼い頃からオリアンダー兄妹に振り回されている苦労人だ。クラス内では最も使用人歴が長いのがこの兄妹なので、ばあやを目指す私としては、ぜひとも彼らから使用人としての知識やスキルを学びたいと思っている。
そして貴族五名の中で最後に挨拶したのがリーリエ様であった。
「みなさま、お初にお目にかかります。リーリエ・ジプソフィラと申します。先だって父が男爵位を賜り、貴族科への入学許可を頂戴しました。至らない点ばかりと存じますが、侍女のターニャ共々、どうぞよろしくお願い申し上げます」
リーリエ様の挨拶には、クラス中が注目していた。王家、侯爵家、伯爵家という名門貴族家出身である他のクラスメイトたちは、当然子どもの頃から交流があった。その中でリーリエ様とは誰一人顔を合わせたことがなかったため、皆気になっていたのである。そして誰も知らないことは当然であった、つい先日まで平民の娘であったのだから。
淀みなく美しい挨拶をされたリーリエ様だが、後ろの席に座る私には、彼女の指先が震えているのが見えていた。いきなり王国有数の貴族の子女の輪に放り込まれたのだから、緊張して当然である。せめて信頼する侍女でもいたなら少しは緊張も和らいだかもしれないが、彼女に着いているのは、つい数時間前に出会ったばかりの私である。彼女にとっては一瞬たりとも気の休まる暇もない状態だろう。
それでも声や表情には一切出さずに見事に挨拶をされたリーリエ様の姿に、私は感服していた。ついでに心の中で前の「私」が「リーリエ様可愛い!健気すぎる!抱きしめたい!」と騒いでいるのを感じた。侍女が主人を抱きしめるのはどうかと思うが、少しでも早く、自分が後ろにいることが彼女の安心感に繋がるよう、信頼関係を築きたいと思う。
「へえ。キミはジプソフィラ男爵家のお嬢様だったんだね。てっきり他国の姫かと思ったよ」
イーサン様がリーリエ様に軽い口調で話しかける。その言葉には彼女を「成金貴族」として蔑むような響きはなく、純粋な興味だけが感じられた。そして声には出していないが、教室内の全員が、彼の言葉に内心で同意していた。彼女の凛とした美しさや立ち居振る舞いからは気品が感じられ、とても貴族の一員になったばかりには見えず、他国出身の貴族だろうと思っていたのだ。
そんな生徒たちの心の声を読み、ロータス先生が説明を挟む。
「リーリエさんは非常に優秀で、元々は魔術学院の特別クラスに合格していたのです。貴族の一員となったことで、急遽こちらの学院で学ぶことになったのですが、その能力と資質の高さから、Sクラスで学ぶ資格が十分にあると判断されました。また、侍女を務めるターニャさんは、今年の使用人科特別クラスの合格者でしたが、縁あってリーリエさんと共にこのクラスで学んでもらうこととなりました。入学したばかりなのはみなさん同じですが、彼女たちは急に環境が大きく変わり、戸惑うことも多いでしょう。クラスメイトとして、手助けしてあげてくださいね」
ロータス先生の言葉に、リーリエ様と私の状況を理解したクラスメイトたちは、しっかりと頷いてくれた。その後はそれぞれの従者・侍女たちも簡単な自己紹介をして、初日のホームルームを終えた。
そしてそんな中でただひとり、ロータス先生の発言中にも、従者や侍女の挨拶の間にも、リーリエ様から目を離せなくなっていた人物がいたことに、私はもちろん気付いていた。
それは、第一王子であるアルベール様だ。
私は誰かが一目惚れする瞬間を初めて見た。やはり、ゲームのストーリーの大筋は変わっていないのだと確信し、静かに思考を巡らせる。
この世界でピヴォワンヌ様は悪役令嬢にはならないはずで、今の彼女がアルベール様に嫌われる可能性はとても低い。ともすると、そのまま問題なく婚約続行となる未来も想像していたのだが、アルベール様はやはりゲーム同様にリーリエ様に恋をしてしまったようだ。
現時点ではこの後リーリエ様がアルベール様を好きになるかどうかは分からないが、もしもそうなった場合には、とても難しい状況になる。なんの非もないピヴォワンヌ様に対し、ゲームと同じように婚約破棄をする展開は起こりようがなく、そうなると第一王子と平民出身の男爵令嬢の恋が実る可能性はとても低い。
自分の生涯の主と決めたリーリエ様を、私は絶対に幸せにしたい。彼女のそばで侍女として働き、いずれはばあやになってみせるのだ。そして、数年来の友人であるピヴォワンヌ様のことも、断罪エンドになど絶対にさせない。
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