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 実は、ジークベルトと最後にした時の記憶が曖昧だ。

 フェロモンを制御するためにアルファとオメガは結婚すると番関係を結ぶ必要があるのだが、それはヒート中にアルファがオメガのうなじを噛む事で成立する。

 最後にした時も結婚当初に起きたヒート中だった。それで頭が朦朧としていたのと、最中で顔を見られたくなくて、僕はずっと顔を隠していたから……………ジークベルトの表情すら覚えていない。

 しかも、何度もしつこく求められることはなく、番が成立した翌日には抑制剤を飲んで過ごしていた。

 その苦い経験から、初めて味わった快感が記憶の片隅に追いやられて、今に至る訳で。行為そのものには期待よりも不安の方が大きかった。



「…………………んっ、………………」

 両手を軽く押さえられて、体重を乗せられて。首筋に柔らかい感触が触れる。時折舌が当たったり、わずかに噛まれたり。小さな刺激を与えられても、悶える隙間もないくらいに肌が密着している。

 今されているのは、性交というより、アルファのマーキングだ。ジークベルトは『抱く』ではなく『上書き』と言った。その言葉通りではある、が。

 "可愛い"
 "凄くいい匂いだ"
 "久しぶりだから優しくしたいが………"

 触れ合った肌から、ジークベルトの思考が流れてくる。まだ直接言われた事のない言葉に、頭の中まで侵されておかしくなりそうだった。急所に触れられてもいないのに、身体が火照っている。

(はやく、ネックレスを外さないと…………っ)

 そう思って手を伸ばそうとしても、逃がさないと言わんばかりに押さえつけられているから、大人しくこの妙な感覚を味わう事しか出来なかった。

「…………っひ、………ぅ………」

 首筋から鎖骨と下に位置を移しながら、夜着の中に手が入ってくる。優しく肌をなぞられたあと、胸の突起に指が掠めた。

「………あっ、!」

 大袈裟に身体がびくりと跳ねた僕は、咄嗟にネックレスの紐を掴んだ。

"他のアルファの匂いだけではなく、ネックレス一つでも嫉妬する男だと知られたら…………幻滅するだろうな"

 …………嫉妬?
 眉を寄せて、僕を見つめるジークベルトの心の声からは確かにそう聞こえてきた。今されている行為も単純に発情したからではなく、嫉妬で煽られて、という方が納得はいく。

(……………そんなに嫉妬深かったの?)

 明確に言われていなかったせいか、嫉妬されてると思ってなかったし、そこまで独占欲は強くないのだと勘違いさえしていた。

「ここを…………触られるのは嫌か?」

 隠されていた本心を盗み聞きしてしまい、動揺していた僕は何を聞かれたのかわからなかった。

「………? いやじゃ…………ない、です」
「…………そうか」

 訳もわからないまま首を横に振ったら、胸の突起にまた指が触れた。

「あぁッ!………や…………っ」
「嫌なのか? どっちだ」

 嫌じゃない、嫌じゃないけど………。
 敏感な箇所を撫でられている間にも、"声も可愛い"とか"意地悪したくなる"って心の声が聞こえてくるから。

(言ってる事と、思ってる事が違いすぎる………っ!)

 部屋に充満したフェロモンの匂いと、快感だけでも気が変になりそうなのに。そもそも、僕は今何をされてるんだ? これもただのマーキング行為?

「………………大丈夫か?」

 心配する素振りをしておきながら、愛撫する手は止まらない。それどころか、硬くなった突起にちゅ、と口付けをされた。

「ん、ぁあっ、んぅッ」

 舌先で転がされて、きつく吸われたと思いきや、優しく吸われたり。頭の中だけではなく、身体まで翻弄されていく。

"気持ちよさそうで、良かった"
"どこまで許してくれるんだろうか"

 どこまでって…………?
 疑問を抱いているうちに、太ももを手で撫でられて、足を広げられる。内側にキスされたあと、顔を上げたジークベルトと目が合った。

「……………………っ」

 いつもと違う、余裕のない表情。熱で浮かされた目がわずかに揺れていた。

「……………これ以上のこと、しても良いか?」

 僕を尊重しているように見えて、逃がす気なんてないようにも思える。これはもうただのマーキング行為じゃない、と察した。

 そして、いつの間にか僕の中にあった不安が消えていて、早く彼を受け入れたいと、期待の方が大きくなっている。

「やさしく…………して、くれるなら…………」

 そう言ってみたものの、内心ではジークベルトになら意地悪だってされてみたいとも思っていた。言ってる事と思ってる事が違うのは、僕も同じだ。

「…………ああ、そうする」

 それを察したのか否か。ジークベルトはふ、と軽く笑った。
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