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 津田が変わったのは、この日からだ。

「ルームメイト変更、する?」
「…………は?」



 俺の通う高校は全寮制の男子校で、相部屋が基本。部屋の中には二段ベッドと、勉強机二つ、クローゼット二つが窮屈に並んでいる。

 同室相手は津田といい、恐ろしく顔が整ったイケメンで、白に近い金髪と両耳にピアスが大量に空いている、いわゆる不良だった。

 ただ、不良といっても喧嘩に明け暮れるようなタイプではない。単純にガラ悪いだけ。一匹狼でもなく、同じように顔が整った友達とつるんでいる。

 …………正直、怖い。
 第一印象でそう感じた時から、半年経った今でも変わっていない。



 津田は友達に対してもクールな対応をしているけど、俺に対してはもっとひどくて、『無反応』『無表情』『無関心』が当たり前だった。

 挨拶だけは返してくれるものの、基本的に会話という会話はない。津田はイヤフォンをして音楽を聴いているか、二段ベッドの下段で寝ている。友達の部屋に泊まって帰ってこない日だってよくある。

 ーーー俺は、おそらく嫌われていた。
 何をしたかはわからない。最初からずっとそうだから、津田とは馬が合わないんだろう。

 ならいっそ、ルームメイトを変更してもらったほうがいいんじゃないか。その結論に至ったわけだ。今でも特に支障はないけど、せめて会話ができる相手が欲しい。



 だから、津田が夜遅く部屋に戻ってきた時に、意を決して伝えることにした。

「あのさ、津田………ちょっといい?」
「なに?」

 視線は合わない。脱いだカーディガンをクローゼットの中にしまう津田の背中を眺めながら、ごくりと息を呑む。

 ーーー言おう。言わなきゃ。
 きっと向こうも同じことを思ってるはず。

「ルームメイト変更、する?」

 ………言った。ちゃんと言えた。
 思ったよりもすんなりと出てきた言葉に、肩の力が抜けていく。

「…………は?」

 振り返った津田は、切れ長の瞳を大きく見開いた。

「なんで? 理由は」

 短く言葉を切った津田の声色は、一段と低い。

 ………な、なんだ? 怒ってる?
 てっきり理由も聞かれずに、「そうするか」と返ってくると思っていたから動揺してしまう。

 何て言おうか………。
 津田と喧嘩をしたわけじゃないから、理由を説明しづらい。

 でも、この際だから素直に言ってしまおう。

「津田って…………俺のこと、嫌いでしょ」

 遠慮がちに言うと、津田は下唇を少し噛んで眉根を寄せた。

「………別に、そんなことねえよ」
「……え?」
「高瀬のこと、嫌いじゃないって言ってんの」

 …………嘘、でしょ?

 津田は相手に取り繕うタイプじゃない。
 言いたいことはハッキリ言う。

 つまり………本当に嫌われてないってことだ。

「てか、それだけ? 理由は」
「……う、うん。津田は俺じゃないほうがいいのかなと思ってたから……」
「………は、バカじゃねえの。俺は高瀬でいいよ」

 視線を外してぶっきらぼうに返された言葉に、胸がドキリとした。

 嫌われていると思っていたからか、「高瀬でいい」という言葉がやけに嬉しく感じる。



「なんで嫌われてると思ったわけ」

 津田がそう言いながら、勉強机の前にある椅子に座った俺の元へと近づいてきた。

 ーーーあ、いい匂いする。
 柑橘系っぽい爽やかな感じ。香水、かな?

 それに気を取られて返事をし忘れていたら、綺麗に整った顔がわずかに歪んだ。

「なにボーッとしてんの。聞いてんのかよ」
「ご、ごめ………津田って、いい匂いするなと思って……」
「……………」

 ………やばい、引かれた?
 男からいい匂いするなんて言われたら、きもいよな。

 慌てて訂正しようと思ったら、津田が一歩後ろに下がった。

「……早く理由教えろって。気になるから」

 あっさりスルーされた。やっぱり引かれたみたいだ。

 なんてバカなこと言ってしまったんだと反省しつつ、津田の質問に答えることにした。

「あ、えっと……俺と話すの嫌なのかなって思ってたんだ。……いつもイヤフォンしてるし……」
「…………それは、」

 津田は何かを言いかけてやめてしまった。
 部屋の中が、しいん、と静まり返る。

「………高瀬は、俺と話したいってこと?」
「えっ」
「なに? 違うのかよ」
「ち、違くはないけど………」

 ………言い方がおかしい気がするけど。
 うん、間違ってはない。

 津田のことは怖いと思ってるけど、嫌いではないから。せっかく同室なんだから仲良くしたい。

「………じゃあ、これからは話すようにするわ」
「……本当に?」
「嘘ついてどうすんだよ」

 津田がそう言ってくれるとは思わなかったから、つい聞き返してしまった。

 ………でも、嬉しい。すごく嬉しい。
 人に懐かない猫が振り向いてくれたみたいで。

「それなら、ルームメイトは継続でいいだろ?」
「もちろん! 改めてよろしくね」

 満面の笑みを浮かべると、津田がふいっと顔を逸らした。

「………ん、よろしく」

 気恥ずかしそうに言った津田は、俺の元から離れていく。

 ーーーあれ? 待てよ。
 なんで津田は俺がいいんだろう。
 聞きそびれてしまった。

 …………けど、まあいいか。
 嫌われていないなら何よりだ。
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