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 どれくらいの時間が経ったんだろうか。
 自由になった手足が外気に晒されてスースーする。俺はベッドの端で、抱えた枕に顔を埋めて放心状態になっていた。

「椎名さん、ごめんなさい………やりすぎました。二度と勝手に縛ったりなんてしないから………こっち向いてくれませんか」

 冷静になった佐野がさっきからご機嫌取りしようとしてくるけど、簡単に許してやる気になれない。このレイプ魔め。変態。鬼畜。

「……………もうやだ、どっか行け」
「うう………ごめんなさい。俺のこと嫌いにならないで……椎名さんに嫌われたら、俺、生きていけない…………」

 背後から抱きしめられて、隙間なく密着してくる。うなじに鼻先をぐりぐりと擦り付けられた。犬みたいな仕草に、ザラついた気持ちがほんのりと和らぐ。

 この情けない感じはさっきまでとは別人のようだ。二重人格か何かなのか? 言ってることと、やってることがめちゃくちゃすぎるし。

 …………でも、心の底から憎むことが出来ない。その理由はうっすらと勘づいてはいる。

「………あのさ、ちょっと離れてくんない?」
「……っ! やだ、離れたくないです……お願いします……避けられてたの、本当に辛くて………」
「もう逃げないから。一回、ちゃんと話したい」

 俺がそう言うと、抱きしめる力が緩まる。身体ごと振り返ったら、申し訳なさそうに眉尻を下げている佐野と目が合った。

「………なあ、俺たちが恋人ってどういうこと?」
「………え?」
「セフレじゃなかったのかよ?」
「………………セフレ?」

 ようやく疑問を口に出したら、佐野の表情が固まった。

「付き合ってとか言われた記憶ないんだけど」
「…………え、初めてした日に言いましたよね」
「………………覚えてない」

 三ヶ月前に初めてした時は、酔いすぎててヤった記憶も途切れ途切れだった。わざわざ後から「俺たちセフレになったな」なんてバカみたいな確認してなかったし。

「………嘘でしょ。じゃあ、何であんな平然としてたんですか?」
「まあ……俺、初めてではなかったから」
「………………」

 佐野に嫉妬を孕んだ目で、じろっと睨まれる。

「……何だよ。二十歳超えてんだから、経験済みでもおかしくないだろ。そんなの気にするなんて童貞かよ」
「……童貞ですよ。椎名さんが初めてだったし……」

 視線を逸らした佐野が、不貞腐れたように言う。いじらしい告白に思わず頭を撫でたくなって、髪へと触れた。その手を上から重ねられる。

「俺、椎名さんのこと好きってけっこう言ってた気がするんですけど………」
「それは、ヤる前から言ってたじゃん」
「……………まあ、確かに」

 冗談っぽく『椎名さん、好きです』なんて言われることはしょっちゅうあった。だから、今までは心にあまり響いてなくて、さらっと受け流してた気がする。俺も適当にあしらってたし。最初から距離感がバグりすぎてたのかもしれない。

「でも、こんなことって普通あります?」
「…………酒って怖いな」
「三ヶ月も誤解されてた事実のほうが怖いですよ。まさか、他の人ともしてたりしないですよね?」
「流石にそれはない」

 バイトがない日は、しょっちゅう佐野と会ってたし。それで他の相手とってなると、俺の尻のほうが持たない。

「はあ、よかった…………じゃあ、何でいきなり俺のこと避けたりしたんですか?」
「井口から佐野に付き合ってる相手が居るって聞いたから」
「…………あの人のせいか」

 佐野は低い声でぼそっと呟いた。

「あいつはろくでもないやつだけど……まあ、ある意味そのおかげで誤解が解けた気もするな」
「それはそうですけど………え、ということは、俺たちって付き合ってないってことですよね………?」

 そういうことにはなる。
 無言で頷いたら、重ねられた手をぎゅっと握られた。

「……あの、付き合ってもないのに、自分勝手なことしてごめんなさい……。でも、本当に椎名さんのこと好きなんです。たった数日会えなくなるだけでも頭がおかしくなるほど……」
「………何でそんなに俺のこと好きなの?」
「一目惚れっていうのもありますけど……………他にも理由があって」

 佐野はやや言いづらそうに、視線を下に落とした。

「…………実は、俺………あまり人と話すの得意じゃないんです」
「え?」

 それは予想外だった。
 佐野は出会った当初から、よく笑ってよく話すような男だったから。とてもそんな風には見えなかった。

「小学生の時は女っぽいっていじめられてましたし、中学生の時もろくに友達が居なくて………それが嫌で、高校生になってから積極的に話すようにしたら、友達は増えたんですが…………今度は本音で話せなくなってしまって」

 黒い瞳がわずかに揺れて、俺のほうに向いた。

「けど………椎名さんだけは違うんです。先輩なのに馴れ馴れしくても許してくれるし、ゲームで煽っても本気で怒ったりしないし……素の自分でいられることが出来て、すごく………心が楽で。椎名さんと話すのが楽しくて………気付いたら、椎名さん無しじゃ生きられないって思うほど、好きになってました」

 佐野の目の端から涙の粒が滲み出てくる。

「………だから、急に避けられた時、頭が真っ白になって………怒ってる理由もよくわからなかったし……このまま離れるのが嫌で……暴走しました。最低なことしてごめんなさい」

 縛られて赤くなった手首の痕を、佐野が優しく撫でた。明らかにやりすぎではあったけど、人の噂話を鵜呑みにして、きちんと理由を言わなかった俺にも非はあるだろう。

 そして、何より………俺に特別懐いてくれていたということが"嬉しい"と思ってしまった。

「その………付き合うのとか無理なら……友達でも……セフレでもいいので……椎名さんのそばに居させてくれませんか。本当に自分勝手だとは思うんですけど………」

 一筋の涙が伝っていく。その綺麗な色に、俺は目が離せなくなった。

「………佐野は、それでいいの?」
「………え?」
「俺と友達とかセフレでいいのかよ」

 念を押すように聞いたら、ポロポロと涙があふれ出てくる。

「………いやだ…………っほんとは、いやです………付き合って、ほしい、です…………」

 俺は顔を近づけて、涙を拭うように目尻へとキスした。

「最初からそう言えって。かっこ悪すぎ」

 この情けない男に酷い目に遭わされても、心底憎むことが出来ないのは…………俺も好きだからだろう。

 同じような執着心があるかと聞かれたら、それはまだわからないけど………少なくとも他の誰かではなく、俺と付き合ってほしいと思った。

「………うう………っ、ごめんなさい…………椎名さん、俺と付き合ってくれますか…………?」
「……………うん、いいよ」
「………ほ、本当ですか?」

 佐野の目の色がぱっと明るくなる。

「本当だよ。今度こそちゃんと付き合おう」
「……っ! ど、動画撮っておきません?」
「は?」
「だ、だって、また朝になって忘れられたら嫌だし……!」
「……………お前、テンパると発想がヤバいの何なの? もっと普通に『嬉しい』とか返すところじゃないのか」

 俺が若干引き気味に言ったら、佐野に正面からぎゅっと抱きしめられた。

「………すごく嬉しくて、また暴走しました……普通って……難しいですね………」
「…………まあ、いいんじゃないか。ちょっと変なやつなぐらいが見てて飽きない」
「…………椎名さん、優しすぎる………好き。大好きです………」

 好きって言葉に、心臓の鼓動が速くなる。言われ慣れたはずの言葉が特別に感じる。嬉しいって思う。

「…………俺も、好きだよ」

 そう口に出したら、より一層強く抱きしめられた。




 ーーーその後、佐野は朝までずっと離れてくれなくて、全然眠れなかった。
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感想 6

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みんなの感想(6件)

春雨
2023.05.27 春雨
ネタバレ含む
ななな
2023.05.27 ななな

ヤンデレが加速化すると思います😂
その加減がむずかしくて………
ただのヤバいやつにならないように気をつけます😭

感想ありがとうございます🙇‍♀️🙇‍♀️

解除
🌨
2023.05.24 🌨

すれ違い系ののお話すごい好きです〜^^
続きが気にっちゃいます❤︎

ななな
2023.05.25 ななな

すれ違い良いですよね……🥹
その魅力を上手く引き出せてるか不安だったのですが、
そう言って頂けると、すっごくやる気になります💪

感想ありがとうございます🥰

解除
春雨
2023.05.24 春雨
ネタバレ含む
ななな
2023.05.25 ななな

よかったです〜〜😂😂

やりすぎたかもしれん………と
賢者タイムに陥ってたので、すごく安心しました…!
感想ありがとうございます😭

解除

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