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四日間、佐野から逃げ続けている。
LINEや電話も無視してるのに、大学構内で鉢合わせすることが多くて、その度に猛ダッシュで逃げていた。
一度だけインスタを更新したら『呑気にSNSなんてやらないでください』とコメントで凸ってくるし、執念深すぎて少し怖いと思ってしまう。
「なあ、佐野と喧嘩したの? 『椎名さんと会えるように協力してくれませんか。メンエス代奢るんで』って連絡きたんだけど」
口の軽すぎる井口が、また講義前に告げ口してきた。それ、俺に言ったらだめだろ。
「絶対協力すんなよ。友達やめるからな」
「じゃあ、椎名が奢ってよ」
「………はあ、もう友達やめたくなってきた」
「うそうそ。冗談だって。無理って言っておくよ」
井口はそう言って、スマホの画面をタップする。こいつは俺が奢るって言ったら、笑顔で了承していただろう。小賢しいやつだ。
「………で、なんで喧嘩したんだよ。お前ら仲良かったじゃん」
「喧嘩っつーか……あいつ、付き合ってる相手が居るの俺に教えようとしないんだよ」
「そんな理由で避けてんの? 子供かよ」
だって、セフレだったからな!
流石にそれは井口に言っていない。面倒なことになるのが目に見えているからだ。
「俺にも事情があるんだよ」
「ふーん、よくわかんねーけど…………佐野って怒らすと怖いタイプっぽいし、会うだけ会っといたほうがいいんじゃねーの」
「はあ? なんで」
「………んー、なんでも」
井口はスマホの画面を見つめたまま、難しそうな表情をした。不吉なこと言うなよ。別に俺は悪いことなんてしてないし。
むしろ、自分から身を引いてるんだから偉くないか? 佐野の恋人が誰だか知らないけど、感謝してほしいくらいだ。
「なあ、佐野って誰と付き合ってんの? 同じ大学のやつ?」
「らしいよ。名前までは教えてくんなかったけど………あー、でも、あの子かもな」
「誰?」
「今年の文化祭でミスコン一位だった子が、最近彼氏できたって噂流れてたから」
それは、確か竹内とかいう女の子だろう。佐野と同じ二年で、美人インフルエンサーとして有名だ。美形の佐野と合わせれば、美男美女カップルでお似合いなことは間違いない。
佐野も俺と同じでゲイかと思ってたけど、バイだったんだな。確証はないが、納得いく組み合わせではある。
「……だとしたら何で隠すんだろ。あんな美人だったら自慢したくならないか?」
「さあ、直接聞いてみれば?」
「だから、俺には付き合ってることすら教えてくれないんだって」
「ぷっ、嫌われてんじゃねえの」
「……………そういう感じじゃないんだよなあ」
今もスマホに溜まる通知量を見れば、嫌われてるというわけではないということがわかる。
それがさらに謎を深めていた。
単純に本命と付き合って、俺とはもうヤらないとでも言われたほうがごく自然なのに。
あまり上手くいってないとか……そういう理由なんだろうか。
「あ、そうだ。来週さ、合コンやるんだけど来ない? 椎名が来るって言うと女の子集まりやすいんだよな」
「行かねーよ」
井口の能天気な提案に、俺は冷たく言い放った。
◇
講義が終わって移動している最中、噂の二人を見つけた。佐野と竹内だ。こんな広い敷地内で偶然見つけるなんて、どんな確率だよ。
遠巻きに見ても、絵になるというか、やっぱりお似合いカップルだと思う。何を話してるかわからないが、親しげに見えた。
……なんだ、俺なんていらないじゃん。
胸が小さく締め付けられる。あれだ、愛犬が他の人間に懐いてる時と同じ気持ちだ。
俺に特別懐いてくれてるわけじゃないという事実をまざまざと見せつけられている。
…………もしかして、俺を振ったやつらもこう思ったのかな。嫉妬というより、寂しい。その言葉がしっくりくる。
ーーー不意に、佐野と目が合った。
時間が止まったような感覚に陥る。距離が離れてるのに、どうして俺を見つけられたんだろう。
目を逸らされずにこちらに近づいてくる。恋人らしき存在を置いて。
逃げなきゃ、と思うのに足が地面に張り付いたかのように動かない。
「…………椎名さん」
俺を呼ぶ声と表情は、捨てられた子犬のようにどこか寂しげで。
胸が苦しくなるのと同時に、俺の元へやって来てくれたことが"嬉しい"と思ってしまう自分が居た。
…………こんなの、間違っている。
そう理解しつつも、感情までは止められない。
「………今日は逃げないんですね」
「…………何で俺のところ来るんだよ」
「一緒に居たいから………好きな人だから。それ以外に理由はないです」
「……………好きな人って…………」
お前の後ろに居るだろ。俺じゃないだろ。
何でこっちに向かって言うんだよ。
どうして、俺も嬉しいって思ってるんだ?
全部おかしいって。間違ってるって。
「意味わかんないことばっか言うなよ………普通じゃない………」
「何でそんなこと言うんですか」
立ち去ろうとしたら、やっぱり腕を掴まれる。
「ねえ、逃げないでくださいよ。普通じゃなくても、椎名さんのこと好きなんです。お願いだから………俺から逃げないで」
まるで恋人に向けられたような言葉に、胸がさらに苦しくなる。恋人じゃない俺に言うなよ。
「マジでなんなの…………お前、ちょっと怖い」
脳内がキャパオーバーだ。掴まれた腕を振り解いて、その場から逃げ出した。
俺と佐野はセフレで。
佐野は誰かと付き合ってて。
なのに、俺のことを好きだと言う。
一緒に居たいと言う。
…………意味がわからない。
けど、一番意味わからないのは、それがおかしいと気付きながらも"嬉しい"と感じた自分だ。
LINEや電話も無視してるのに、大学構内で鉢合わせすることが多くて、その度に猛ダッシュで逃げていた。
一度だけインスタを更新したら『呑気にSNSなんてやらないでください』とコメントで凸ってくるし、執念深すぎて少し怖いと思ってしまう。
「なあ、佐野と喧嘩したの? 『椎名さんと会えるように協力してくれませんか。メンエス代奢るんで』って連絡きたんだけど」
口の軽すぎる井口が、また講義前に告げ口してきた。それ、俺に言ったらだめだろ。
「絶対協力すんなよ。友達やめるからな」
「じゃあ、椎名が奢ってよ」
「………はあ、もう友達やめたくなってきた」
「うそうそ。冗談だって。無理って言っておくよ」
井口はそう言って、スマホの画面をタップする。こいつは俺が奢るって言ったら、笑顔で了承していただろう。小賢しいやつだ。
「………で、なんで喧嘩したんだよ。お前ら仲良かったじゃん」
「喧嘩っつーか……あいつ、付き合ってる相手が居るの俺に教えようとしないんだよ」
「そんな理由で避けてんの? 子供かよ」
だって、セフレだったからな!
流石にそれは井口に言っていない。面倒なことになるのが目に見えているからだ。
「俺にも事情があるんだよ」
「ふーん、よくわかんねーけど…………佐野って怒らすと怖いタイプっぽいし、会うだけ会っといたほうがいいんじゃねーの」
「はあ? なんで」
「………んー、なんでも」
井口はスマホの画面を見つめたまま、難しそうな表情をした。不吉なこと言うなよ。別に俺は悪いことなんてしてないし。
むしろ、自分から身を引いてるんだから偉くないか? 佐野の恋人が誰だか知らないけど、感謝してほしいくらいだ。
「なあ、佐野って誰と付き合ってんの? 同じ大学のやつ?」
「らしいよ。名前までは教えてくんなかったけど………あー、でも、あの子かもな」
「誰?」
「今年の文化祭でミスコン一位だった子が、最近彼氏できたって噂流れてたから」
それは、確か竹内とかいう女の子だろう。佐野と同じ二年で、美人インフルエンサーとして有名だ。美形の佐野と合わせれば、美男美女カップルでお似合いなことは間違いない。
佐野も俺と同じでゲイかと思ってたけど、バイだったんだな。確証はないが、納得いく組み合わせではある。
「……だとしたら何で隠すんだろ。あんな美人だったら自慢したくならないか?」
「さあ、直接聞いてみれば?」
「だから、俺には付き合ってることすら教えてくれないんだって」
「ぷっ、嫌われてんじゃねえの」
「……………そういう感じじゃないんだよなあ」
今もスマホに溜まる通知量を見れば、嫌われてるというわけではないということがわかる。
それがさらに謎を深めていた。
単純に本命と付き合って、俺とはもうヤらないとでも言われたほうがごく自然なのに。
あまり上手くいってないとか……そういう理由なんだろうか。
「あ、そうだ。来週さ、合コンやるんだけど来ない? 椎名が来るって言うと女の子集まりやすいんだよな」
「行かねーよ」
井口の能天気な提案に、俺は冷たく言い放った。
◇
講義が終わって移動している最中、噂の二人を見つけた。佐野と竹内だ。こんな広い敷地内で偶然見つけるなんて、どんな確率だよ。
遠巻きに見ても、絵になるというか、やっぱりお似合いカップルだと思う。何を話してるかわからないが、親しげに見えた。
……なんだ、俺なんていらないじゃん。
胸が小さく締め付けられる。あれだ、愛犬が他の人間に懐いてる時と同じ気持ちだ。
俺に特別懐いてくれてるわけじゃないという事実をまざまざと見せつけられている。
…………もしかして、俺を振ったやつらもこう思ったのかな。嫉妬というより、寂しい。その言葉がしっくりくる。
ーーー不意に、佐野と目が合った。
時間が止まったような感覚に陥る。距離が離れてるのに、どうして俺を見つけられたんだろう。
目を逸らされずにこちらに近づいてくる。恋人らしき存在を置いて。
逃げなきゃ、と思うのに足が地面に張り付いたかのように動かない。
「…………椎名さん」
俺を呼ぶ声と表情は、捨てられた子犬のようにどこか寂しげで。
胸が苦しくなるのと同時に、俺の元へやって来てくれたことが"嬉しい"と思ってしまう自分が居た。
…………こんなの、間違っている。
そう理解しつつも、感情までは止められない。
「………今日は逃げないんですね」
「…………何で俺のところ来るんだよ」
「一緒に居たいから………好きな人だから。それ以外に理由はないです」
「……………好きな人って…………」
お前の後ろに居るだろ。俺じゃないだろ。
何でこっちに向かって言うんだよ。
どうして、俺も嬉しいって思ってるんだ?
全部おかしいって。間違ってるって。
「意味わかんないことばっか言うなよ………普通じゃない………」
「何でそんなこと言うんですか」
立ち去ろうとしたら、やっぱり腕を掴まれる。
「ねえ、逃げないでくださいよ。普通じゃなくても、椎名さんのこと好きなんです。お願いだから………俺から逃げないで」
まるで恋人に向けられたような言葉に、胸がさらに苦しくなる。恋人じゃない俺に言うなよ。
「マジでなんなの…………お前、ちょっと怖い」
脳内がキャパオーバーだ。掴まれた腕を振り解いて、その場から逃げ出した。
俺と佐野はセフレで。
佐野は誰かと付き合ってて。
なのに、俺のことを好きだと言う。
一緒に居たいと言う。
…………意味がわからない。
けど、一番意味わからないのは、それがおかしいと気付きながらも"嬉しい"と感じた自分だ。
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