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4話 堕落

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 俺は何かの理由で、この世界に必要とされている。そう思うしかなかった。
 ふと気がつくと、俺はまたこの街にいた。今度はまた別の異世界に召喚される、というようなことはなかった。
 それから、自分の姿がまた別の誰かのものになっていることにも、今回はすぐに気がついた。胸に、見慣れない膨らみがあったからだ。また、髪もやけに長く、どうやら俺は、女になってしまったようだ。

 胸が締め付けられるように感じた。一気に、気分が高まった。俺は、自分で見ても、すごくいい体をしていた。
 興奮した。自分自身の体に。
 胸が高鳴って、この体をどうしようかという期待が、どんどん膨らんだ。押し潰されそうなほどであった。
 思わず、自分の手で、自らの胸を揉もうとした。だが、いくらなんでも周りには人が多すぎたので、今は自重することにした。
 そう決めたにも関わらず、気づいたときには、体が勝手に動いていた。
 買い物でもしていたのだろうか。野菜や果物がたくさん入った手提げバッグを持っていたが、手を離し、それを地面に落とした。
 そして、両手で、自分の胸を激しく揉みしだいている俺がいた。その場にしゃがみ込んで、無我夢中で胸を揉んだ。

 ーーやばい、何してんだ俺。

 そう思いながらも、揉み続けた。
 ブラジャーをしているからか、思っていたほど柔らかくはなかった。
 女の子の胸を揉むなんて、生きてきた中で初めての体験だった。まさかその初めて揉む胸が、自分自身のものであるとは思いもしなかった。
 周囲を歩いていた人々が、立ち止り、俺の方を見ていた。非常に多くの群衆が、俺の周りに出来上がっていた。
 それが逆に、興奮した。注がれる視線の全てが、自分の体を舐めまわしているようだった。
 心臓の鼓動がどんどん高鳴って、息が苦しくなるほどだった。
 唾液を飲み込もうとすると、それが非常に難しく、飲み込んだときの音が、なんだか物凄くはっきりと聞こえた。

「おい見ろよ、何やってんだあの女」

 群衆の中から、男がそう言ったのが聞こえた。
 そうだ、今の俺は女なんだ。そう思うと、何故だか、これまでにないくらい嬉しくなった。
 思えば、ずっと昔から、女の子になりたいと思っていた。性同一性障害とか、そういったものではなく、ただ単に女の子の柔らかくて、綺麗な体が欲しかった。
 まさか、そんな叶うはずがなかった願いが、こうして現実になるだなんて、誰が予想できただろう。
 本当に、不思議なことの連続である。

 ふとそこで、はっとして、冷静さを取り戻した。
 今の自分の状況を、改めて確認してみた。
 自分の周りに、若い男たちが集まっていた。今にも犯されそうである。

 ーー何をやってたんだ俺は……。これはまずいな。

 そう思って、すぐにその場から立ち去ることにした。
 立ち上がって、全力で走り出した。幸いにも、誰かに捕まったりすることはなく、すぐにその場から離れられた。
 すごく体が軽く感じた。それから十分ほどは走り続けていたが、全く疲れを感じなかった。
 
 それから立ち止まると、突然、疑問が湧いてきた。
 そういえば、俺が死んで、どれくらいの時間が経ったのだろう。死んですぐに、またこうやって、命を取り戻したのだろうか。それとも、あれから何年か過ぎたのだろうか。
 セシリアは、どうしているんだろう。
 俺はすぐに、セシリアの家に行って確かめることにした。
 歩き出し、彼女の家に向かおうとした。

 しかしそこで、何だか嫌な予感がして、堪らなくなった。もしかしたら俺は、とんでもないことをしてしまったのではないだろうか……
 居ても立っても居られなかった。
 辺りを見回すと、すぐ近くに雑貨屋があった。俺はそこまで走って行った。
 店に客はおらず、そこの店主と思われる男が一人いるだけだった。

「すみません。鏡はありますか?」

 店主に問いかけた。すると彼は、

「ああ、あるよ。ちょっと待っててくれ。すぐに持ってくるから」

 そう言って、店の奥の方へ行った。
 間違いであってくれと、必死に祈った。だが、時間が経つにつれて、嫌な予感は、確信に変わりつつもあった。
 恐ろしかった。体の内側からこみ上げてくる恐怖が、少しずつ、自分の体を破壊していくように感じた。
 店主が鏡を持ってくるまでの時間は、とてつもなく長く感じられた。待ち合わせをしていた尺取り虫が、遅刻してきたのかと思うほどだった。
 やがて、鏡を持って戻ってきた彼は、

「ほらよ。これでいいかい?」

 と言って、鏡を差し出してきた。
 俺はそれを受け取ると、恐る恐る、鏡を覗き込んだ。
 透き通るような白い肌。長い髪。そして、先の尖った耳。
 映っていたのは、セシリアだった。相変わらず、綺麗な顔をしていた。

「ーーッ! 嘘、だろ……」

 死ぬ前、セシリアは俺に対してこれまでにないくらい、優しく接してくれた。彼女には、感謝してもしきれないと、そう思っていた。
 だから、屋上から飛び降りる前、彼女のことだけが唯一気がかりだった。

 ーー彼女は、セシリアは、どこに行ったんだ!?

 この世からいなくなったのだろうか。だとしたら、セシリアを殺したのは、俺ってことなのか?

「おいおい、姉ちゃん。自分の顔見てなんでそんなに絶句してるんだ? べっぴんさんじゃねえか」

 空気の読めない馬鹿な店主が言った、その言葉にイラついた。イラついて、思わず声を荒げた。

「黙れ! もういい!」

 彼は、呆気に取られていた。まさか、可愛い女の子の口から、こんなことを言われるとは思わなかったのだろう。
 俺は、そんな店主は放っておいて、店を出た。

 ーー彼女がいなくなったら、俺はどうやって生きていけばいいんだ……

 セシリアの家で過ごした二週間、俺は彼女に頼りっきりだった。この世界の右も左も分からず、何もできない俺を彼女は養ってくれた。
 思えば、どうしてあんな俺の面倒を、彼女は見てくれたのだろうか。一日中家にいるばかりで、働こうともしなかった俺を。
 そんなことを考えながら、俺の足は自然とセシリアの家へ向かっていた。
 そこに行けば、何かわかるかもしれないと思った。俺がなぜこの世界にやってきたのか、なぜ俺は死んでもまた生き返るのか、セシリアは何者なのか。

 しばらくして、彼女の家に辿り着いた。
 家の前にあるはずの死体は、見当たらなかった。近くで見ても、血痕すら残っていなかった。
 もしかしたら、かなりの年月が経ったのかもしれない。
 ところで、この世界には魔法があることを、セシリアには教えてもらっていた。その魔法で作られた道具で、日付けや時間は、極めて正確に知ることができる。確か、普通に「時計」と呼ばれていたはずだ。
 家に入って、その時計を確認した。
 それは、またしても不可思議なことだった。自殺してから、まだ二時間しか経っていなかったのだ。俺の死体は跡形もなく消え去っていたにも関わらず。
 その時、俺はもう何もかもがどうでもよくなって、考えることをやめた。
 俺には絶対に理解できないことなんだと、そう結論付けた。

 ーーいや、待てよ。そういえば……

 そういえば、セシリアは毎日、書斎で何か仕事をしているようだった。その書斎には、絶対に入らないようにと言われていた。
 「もしかしたら、あの部屋に行けば何か分かるかもしれない」と思って、急いでそこに向かった。
 書斎は二階にあった。扉の前で、大きく息を吸って、吐いた。少し緊張していた。
 ゆっくりと、ドアノブに手をかけた。
 すると、電流のようなものが激しい光を伴って、手に流れてきた。

「うあっ!」

 激しい痛みに、思わず手を引いてしまった。なんらかの魔法で、部屋の中に入ることができないようだった。
 そこで、セシリアがどうやってこの部屋に出入りしていたか考えてみた。しかし、なぜか全く思い出せなかった。
 今度こそ、諦めた。
 もう、何もしたくなくなった。とりあえず、今日は寝ることにした。

 一週間が経った。
 その間、俺はずっと引きこもっていた。食料は備蓄があったので、それを食べて過ごした。まだ一ヶ月は持ちそうだ。
 そして、毎日、一日中セシリアの体で自慰に耽っていた。
 彼女の体は非常に敏感で、これまでにないくらいの快感だった。やはり、女性の方が性的快感は大きいのだろう。
 自分の体に欲情して、自慰に耽る。そんな暮らしが続いていた。
 もう、セシリアに対する罪悪感はさっぱり無かった。我ながら、救いようがない。
 自分がここまでのクズだなんて、今まで気づかなかった。
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