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1章
2話 いつもの
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*モブのおじさんが登場します
「もう着きますからね」
車椅子をゆっくりと押し進めながら看護師は話しかけてくる。
涼斗の病室から診察室までは角を一回曲がればいいだけ。
なので、決して遠くない距離。なのに、身体を支えるのはやっぱり大変だった。
「では、辻浦さん。ここで待ってましょうね」
診察室の前までくると看護師がそう言って、車椅子を止める。
すでに頭はふらつき、視界がぼやけている気がした。それでも、倒れないようにと胸の前で腕を組み、手のひらで掴んで静かに待つ。
「辻浦、涼斗さん」
診察室の扉が開かれ、大声で名前を呼ばれる。行きたくないなと思いつつも後ろから車椅子が押されるので診察室の中へと入った。
診察室の中では、病室とは異なる雰囲気が漂っていて、涼斗は余計に息苦しくなる。
それでも、ここから逃げることはできなかった。
「おはよう、涼斗くん」
中へと入ると白衣を着て、銀縁の眼鏡をかけた齢50歳ほどの男性が顔に皺を刻み話しかけてきた。
でも、その態度はまるで子どもの相手をするかのようなものだった。
「体調はどうかな?」
涼斗が目の前に来ると涼斗の目を見て尋ねてくる。
「別に……」
「そっか。なら、ちょっとこっちを向いててね」
優しい手つきで涼斗が動かないように顔を両手で押さえ込み、じっと見つめてきた。
「ん……」
「大丈夫。怖くないからね」
数秒の間、顔色を確認すると次は首へと手が移り、何も変化がないか確認される。
「じゃあ、最後に心臓の音聞くからね」
涼斗は黙ったままシャツを捲し上げる。
「うん。ありがとう」
そう言われて、聴診器が胸に当てられた。
当てられた瞬間、冷たいと肩がビクッと震える。わざとじゃないのに、どこか恥ずかしくなって、まるで自分の性が強調されているような気がする。
だから、この数秒間の静まっている時間が一番嫌いな時間。
「うん。音も綺麗。今日も大丈夫そうだね。じゃあ、このあとは、昨日使ったお薬を今日も使うからね。今日もそこのベッドに横になってね」
診察室に置かれている割には大きなベッドに指を指され、車椅子が動かされる。
「いや……」
ベッドに近づき誰にも聞こえないような声で呟いていた。ほとんど無意識に近い状態で。
「はい、では、ここにいつものように横になって下さいね」
「はい……」
恐る恐るベッドへと移動して、横になる。
眺めている天井は病室とは変わらず、眩しい。けれど、逃げられないと思うのはこっちの方が強かった。
「大丈夫だからね。そのまま待っててね」
医師はそう言って、処置の準備をしに診察室から一旦去っていく。
ここでの生活の1番の特徴は、どんなに熱が出ていても、命に別状がないと医師が判断すれば実験は終わらないこと。
だから、体調に乱れがないことを確認するとすぐに次の処置へと移行する。
ちなみに、涼斗がここ数日使っている薬は発情期を抑える薬で、Ωにとっては欠かせないもの。だから、Ωの涼斗が治験として今使っているのだった。
そんな薬を使って、今日で5日目。
新しい薬とあって、効き目は良かったが、副作用もひどく、もう使いたくないものであった。
それでも、使われてしまう。
「待たせたね」
注射器とアルコールのシート、それから薬の入った瓶がトレイによって運ばれてくる。
「っ……」
それを見るたびに呼吸がキュッとしてしまう。
「大丈夫。昨日と同じだからね」
涼斗の顔が強張ったのを感じてか、慰めるような手つきで頭に触れる。
「じゃあ、お願いします」
看護師たちにそう言うと、涼斗の身体は動かないようにとベッドへ押さえ付けられる。
「いやっ……」
恐怖からなのか諦めたはずなのに、身体は勝手に動こうとする。
でも、やっぱり逃れられない現実を突きつけられる。
「ダメだよ。痛いかもしれないけど、動かないでね」
より一層強く身体を押さえ付けられ、優しい声色で話しかけられる。
それから、数分して体力がなくなり動けなくなった。
「じゃあ、打つね。痛いかもだけど、動かないようにね。危ないから」
そう言われた次の瞬間には注射の針を躊躇もせずにプツッと皮膚に刺してきた。
「うっ」
皮膚は一瞬、痛みを感じ、ピクっと動く。けれど、耐えられない痛いというわけではなかった。
「じゃあ、お薬入れていくね」
耳元で言われて、医師が指を動かした瞬間のこと。
「いたっ、やめ、ろ」
腕の痛みが全身へと広がっていく。どうにか逃れようと全身を使ってもがくも、もともとベッドに動かないようにと押さえつけられていたせいか全く動く気配はなかった。
「だめだよ。大人しくしていてね。もう少しだから」
着々と身体に流れ込む液体を眺めて早く減ってくれと願う。それでも、注射器の中身はなかなか減ってくれず、この5日間で一番時間が長く感じた。
「は、早く……はぁ……」
完全に動くこともできなくなり、息が絶え絶えになり始めた頃。ようやく液体がすべて入り終わった。
「はい。終わったよ。よく頑張ったね。ありがとう」
涙が出始めている涼斗の涙を拭きつつ、頭を撫でながらそう言われた。
「……おわっ、た?」
「うん。終わったよ。もう痛くないからね」
いつの間にか、涼斗を押さえつけていた看護師さんも身体から離れており、身体は軽くなっていた。
「……ん? はぁ、はぁ……」
けれど、頭は働かなくなり、身体が先ほどよりも熱くなり、ぼーっとし始めていた。
それに深呼吸を何回も繰り返し行っているのに全然正常な息遣いに戻らなかった。
「もう着きますからね」
車椅子をゆっくりと押し進めながら看護師は話しかけてくる。
涼斗の病室から診察室までは角を一回曲がればいいだけ。
なので、決して遠くない距離。なのに、身体を支えるのはやっぱり大変だった。
「では、辻浦さん。ここで待ってましょうね」
診察室の前までくると看護師がそう言って、車椅子を止める。
すでに頭はふらつき、視界がぼやけている気がした。それでも、倒れないようにと胸の前で腕を組み、手のひらで掴んで静かに待つ。
「辻浦、涼斗さん」
診察室の扉が開かれ、大声で名前を呼ばれる。行きたくないなと思いつつも後ろから車椅子が押されるので診察室の中へと入った。
診察室の中では、病室とは異なる雰囲気が漂っていて、涼斗は余計に息苦しくなる。
それでも、ここから逃げることはできなかった。
「おはよう、涼斗くん」
中へと入ると白衣を着て、銀縁の眼鏡をかけた齢50歳ほどの男性が顔に皺を刻み話しかけてきた。
でも、その態度はまるで子どもの相手をするかのようなものだった。
「体調はどうかな?」
涼斗が目の前に来ると涼斗の目を見て尋ねてくる。
「別に……」
「そっか。なら、ちょっとこっちを向いててね」
優しい手つきで涼斗が動かないように顔を両手で押さえ込み、じっと見つめてきた。
「ん……」
「大丈夫。怖くないからね」
数秒の間、顔色を確認すると次は首へと手が移り、何も変化がないか確認される。
「じゃあ、最後に心臓の音聞くからね」
涼斗は黙ったままシャツを捲し上げる。
「うん。ありがとう」
そう言われて、聴診器が胸に当てられた。
当てられた瞬間、冷たいと肩がビクッと震える。わざとじゃないのに、どこか恥ずかしくなって、まるで自分の性が強調されているような気がする。
だから、この数秒間の静まっている時間が一番嫌いな時間。
「うん。音も綺麗。今日も大丈夫そうだね。じゃあ、このあとは、昨日使ったお薬を今日も使うからね。今日もそこのベッドに横になってね」
診察室に置かれている割には大きなベッドに指を指され、車椅子が動かされる。
「いや……」
ベッドに近づき誰にも聞こえないような声で呟いていた。ほとんど無意識に近い状態で。
「はい、では、ここにいつものように横になって下さいね」
「はい……」
恐る恐るベッドへと移動して、横になる。
眺めている天井は病室とは変わらず、眩しい。けれど、逃げられないと思うのはこっちの方が強かった。
「大丈夫だからね。そのまま待っててね」
医師はそう言って、処置の準備をしに診察室から一旦去っていく。
ここでの生活の1番の特徴は、どんなに熱が出ていても、命に別状がないと医師が判断すれば実験は終わらないこと。
だから、体調に乱れがないことを確認するとすぐに次の処置へと移行する。
ちなみに、涼斗がここ数日使っている薬は発情期を抑える薬で、Ωにとっては欠かせないもの。だから、Ωの涼斗が治験として今使っているのだった。
そんな薬を使って、今日で5日目。
新しい薬とあって、効き目は良かったが、副作用もひどく、もう使いたくないものであった。
それでも、使われてしまう。
「待たせたね」
注射器とアルコールのシート、それから薬の入った瓶がトレイによって運ばれてくる。
「っ……」
それを見るたびに呼吸がキュッとしてしまう。
「大丈夫。昨日と同じだからね」
涼斗の顔が強張ったのを感じてか、慰めるような手つきで頭に触れる。
「じゃあ、お願いします」
看護師たちにそう言うと、涼斗の身体は動かないようにとベッドへ押さえ付けられる。
「いやっ……」
恐怖からなのか諦めたはずなのに、身体は勝手に動こうとする。
でも、やっぱり逃れられない現実を突きつけられる。
「ダメだよ。痛いかもしれないけど、動かないでね」
より一層強く身体を押さえ付けられ、優しい声色で話しかけられる。
それから、数分して体力がなくなり動けなくなった。
「じゃあ、打つね。痛いかもだけど、動かないようにね。危ないから」
そう言われた次の瞬間には注射の針を躊躇もせずにプツッと皮膚に刺してきた。
「うっ」
皮膚は一瞬、痛みを感じ、ピクっと動く。けれど、耐えられない痛いというわけではなかった。
「じゃあ、お薬入れていくね」
耳元で言われて、医師が指を動かした瞬間のこと。
「いたっ、やめ、ろ」
腕の痛みが全身へと広がっていく。どうにか逃れようと全身を使ってもがくも、もともとベッドに動かないようにと押さえつけられていたせいか全く動く気配はなかった。
「だめだよ。大人しくしていてね。もう少しだから」
着々と身体に流れ込む液体を眺めて早く減ってくれと願う。それでも、注射器の中身はなかなか減ってくれず、この5日間で一番時間が長く感じた。
「は、早く……はぁ……」
完全に動くこともできなくなり、息が絶え絶えになり始めた頃。ようやく液体がすべて入り終わった。
「はい。終わったよ。よく頑張ったね。ありがとう」
涙が出始めている涼斗の涙を拭きつつ、頭を撫でながらそう言われた。
「……おわっ、た?」
「うん。終わったよ。もう痛くないからね」
いつの間にか、涼斗を押さえつけていた看護師さんも身体から離れており、身体は軽くなっていた。
「……ん? はぁ、はぁ……」
けれど、頭は働かなくなり、身体が先ほどよりも熱くなり、ぼーっとし始めていた。
それに深呼吸を何回も繰り返し行っているのに全然正常な息遣いに戻らなかった。
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